かつて日本のタクシーは「ぼったくり」が常識だった…たった10台で創業したMKタクシーが大成功できた理由
プレジデントオンライン / 2024年5月10日 16時15分
1985年1月31日、運輸省(現国土交通省)を相手取って起こした「タクシー運賃値下げ裁判」で勝訴し、記者会見するMKタクシーの南部昌也社長(左)とMKグループの青木定雄会長(大阪市の大阪地裁) - 写真=時事通信フォト
■業界で当たり前だった「遠回り」をやめさせた
1960年当時の日本のタクシーは、客への対応が悪くて有名だった。車は薄汚く、運転手が道に不案内なことも多い。京都のタクシー会社は、改善する気などなかった。この業界は、政府に完全に統括されていたからだ。
料金はもちろんのこと、台数を増やす必要があれば、地元の大手タクシー会社に、政府が通達する。新しいタクシーの運転手を決めるのも、政府だ。
MKタクシー創業者の青木定雄は、初めてタクシーのライセンス、全部で10台分を手に入れたとき、すべてを変え始めた。
彼のタクシーは、常に塵一つない状態に保つこと。運転手はいつも礼儀正しくすること。
無作法で有名だったこの業界では、異例のことだった。運転手はたいてい口を利かないか、ただボソッと何か言うだけ。青木はさらに、自社の運転手たちに地図の見方を教え、京都のどの地点からでも、目的地までのベストルートを行く訓練をした。これもまた、この業界では異例だ。それまでは、運転手が遠回りすることで有名だった。
■青木が運転手に義務付けた「4つのセリフ」
運転手たちは、客に4つのセリフを言うよう、義務付けられた。
「ご乗車ありがとうございます。私の名前は×××です。お客様を目的地まで安全にお連れいたします」
「お客様の目的地は×××でよろしいですか?」
「お忘れ物がないか、どうぞご確認ください」
「MKタクシーをご利用くださいまして、ありがとうございました」
女性客が深夜にタクシーを降りたときは、暗闇の中、道がわかりやすいように、ライトで照らしてやること。突然雨が降り出したときは、客に傘をかざすこと。青木によれば、客がタクシーに乗ることで、多少古臭いにしても、さわやかでセンチメンタルな気分を味わえるようにすべきなのだ。
タクシーが乗車拒否するのが普通の時代だった。とくに深夜、終電に乗り遅れた客は、タクシーに頼る。すると運転手は、メーターの数倍の料金を請求したり、長距離の客だけを乗せたりしたものだ。しかし、青木のタクシーは違う。誰でも、正規の料金で乗せてくれる。だから人々は、MKタクシーをとても気に入った。
■永井石油の新入社員には厳しいトレーニングを課した
青木は、これも当時異例なことだが、大卒を運転手に採用し、英語の勉強を奨励した。タクシーの運転手が英語を話せれば、外国人の京都観光客が喜ぶことは言うまでもない。必然的に、MKは通常料金のタクシーサーヴィスと同様、個人ツアーも請け負った。
収益が上がるにつれ、街のメインステーションに、客の待合ラウンジを設け、ドライヴァーに、日本のファッション界の大御所、森英恵デザインのユニフォームを着せた。従業員のサラリーは平均以上。従業員宿舎も提供し、自尊心と自信をつけるために、夜学も奨励した。
1965年までには、2人の息子に恵まれ、次女も生まれた。最初のビルを建てて、本社とそこで、MKタクシーと最初に就職して引き継いだ永井石油(現MK石油)の両方を運営した。永井石油は、彼が引き継いでから、経営が順調になっていた。
全国のトップクラスの学校から、社員を募り始めた。株式の発行も、彼の商法の一環だ。
永井石油の新入社員は、厳格なトレーニングを課される。会社の寮に住まなければならない。朝6時に起床。建物内を清掃し、朝食後、午前8時30分にはガソリンスタンドに出勤する。それから新しい顧客を探しに、セールス活動に出かける。彼らはいつも、バックポケットにボロきれを持ち運び、家々の前に駐車している車を見つけたら、きれいに磨く。
■客が最終的に選ぶのは「好ましいと思う相手」
「永井石油のサーヴィスです」
家から出てきたオーナーがびっくりして、いったい何をしているのかと聞くと、彼らはそう言う。オーナーはたいてい、お茶でもいかが、と招き入れてくれる。すると彼らは、ガソリンスタンドのフリーサーヴィス・チケットを手渡す。彼らはこのプロセスを、何度も何度も、毎日毎日繰り返し、ビジネスを成長させていった。
「学習、反省、練習」
寮の壁には、こんな標語がかかっている。
青木はいつも、ビジネスの世界はいかに競争が激しいかを強調する。優位に立つためには、MKは1円、2円を争わなければならない。客は、自分が好ましいと思う相手から、いつ、何を、どこで買おうと決めるのだ、と彼は説く。だからこそ、人間関係がビジネスにはもっとも重要なのだ、と。
1969年には、青木は46軒の家から成る社宅を建設し、やがては持ち家にできるように、社員に住宅ローンを提供。彼の社員は、業界最高のサラリーをもらっているので、持ち家を手に入れることができた。
■「1日24時間、週に7日」社員でいること
青木は、社員をビジネスに参加させるべきだと信じている。彼らを雇用するために、どれだけ資金が必要かを、理解させるためだ。社員はみな、大きな家族の一員だと、青木は信じている。
「制服を着たままコミュニケーションをとるべきだ」
彼はよくそう言っている。
「夕食を一緒に食べ、バーやナイトクラブで一緒に飲むことで、大切な絆が生まれる」
あるときは、社員との夜の会合で夢中になりすぎて、寮に泊まらざるを得なくなった。またあるときは、社員を突然、家に連れ帰って、妻の文子に大変な思いをさせた。余分の食事を急に用意しなければならないからだ。
大晦日には、会社の寮に出かけて、キッチンスタッフを手伝い、寮の社員全員のお節料理を作った。
彼の会社に入るということは、1日24時間、週に7日、社員でいることだと、青木は信じている。
1970年2月、青木は、ドライヴァーの生活の安定をはかる目的で、彼らの妻たちのために、〈婦人会〉を立ち上げた。同社はさらに、家庭内教育プログラムを設定。毎月、外部のエキスパートや、教授、講演者を招き、生活のあらゆる面について、全社員のためにレクチャーさせた。
■障害者、病人、妊婦でも絶対に乗車拒否しない
その趣旨は、ドライヴァーの自尊心を高めること。タクシー運転手は社会的地位が低く、尊敬に値しない、という通念を打破する目的だ。当時、タクシードライヴァーの社会的地位はまだ低く、妻は、「夫の職業はタクシー運転手です」と言うのをためらった。
12月、青木は社員のために社内報を発行。さらに、〈大阪万博〉に孤児たちを連れて行く方針を実行した。
1970年の終わりには、青木は京都中でもっとも収益のよいタクシー会社となっていた。
この成功を契機に、翌年、タクシー規制当局が難癖をつけはじめた。
青木は自社のドライヴァーに、出勤時間節約のため、自宅にタクシーを停めさせてやりたいと思った。その許可を、当局に申請したのがきっかけだ。当時、商用車両と非商用車両の区別をする規制が厳しかったので、このような些細な問題でも、解決に1年かかった。しかし、いったん許可が下りると、効率は上がり、MKの事故率は下がった。
1972年4月、青木は「みんなのためのタクシー」をモットーに、障害者でも、病人でも、産気づいた妊婦でも、絶対に乗車拒否しない方針を打ち出した。さらに、深夜から朝六時まで営業する、初の深夜タクシーを開設。社章として「ハートマーク」を採用した。
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1942年、米国ニュージャージー州生まれ。カリフォルニア州立大学から上智大学に編入し、政治学を専攻。出版社勤務を経て、執筆活動を開始、日米比較文化論の視点から取材を重ねた論考が注目を集める。77年『菊とバット』(サイマル出版会、文春文庫)、90年『和をもって日本となす』(角川書店、角川文庫)はベストセラーとなった。『東京アンダーワールド』は取材・執筆に10年の歳月を費やし、単行本と文庫で20万部を超えている。他の著書に『サクラと星条旗』『イチロー革命』(以上、早川書房)、『ふたつのオリンピック 東京1964/2020』(KADOKAWA)など。
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(作家 ロバート・ホワイティング)
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