神宮外苑の再開発は本当に必要なのか…「秩父宮ラグビー場の取り壊し」に反対するラガーマンを撮影した狙い
プレジデントオンライン / 2024年5月16日 10時15分
■「3.5%」が立ち上がれば、社会は変えられる
――なぜ「神宮外苑の再開発」をテーマにした写真を撮ったのですか。
もともと神宮外苑の近くに11年住んでいたこともあって、再開発の問題にはどちらかといえば反対の立場で関心を持っていました。音楽家の故・坂本龍一さんが小池百合子都知事に再開発反対の手紙を送ったことも知っていましたが、特別にアクションを起こすことはありませんでした。
そんな中、昨年5月、東京大学大学院の斎藤幸平准教授を撮影する機会があり、そこで「ハーバード大学の政治学者エリカ・チェノウェスらの研究によると、『3.5%』の人々が非暴力的な方法で、本気で立ち上がると、社会が大きく変わる」という話を聞いて、胸が熱くなるのを感じました。
「3.5%」であれば、何とかできるかもしれない。私も作家活動を通じたアクションを起こさなければ、と思うようになったのです。そこで、私のライフワークである「Manda-la(マンダラ)」のシリーズで、神宮外苑の再開発を撮ることにしました。
■作品のモチーフは「個人とシステムの対峙」
――過去の「Manda-la」では、政治的な対立を描くことはあっても、作品自体は中立の立場でした。なぜ今回は「再開発に反対」という立場で、作品を撮ったのですか。
「Manda-la」は仏教絵画の「曼荼羅」のように、あるテーマに関係するたくさんのものや人々を配置し、1枚の写真に収めるというものです。撮影場所に何度も赴き、現地の⼈々とリサーチや対話を繰り返すことで、地域が抱える問題や歴史、社会の有様を写真で表現します。
たとえば2013年に撮影した「伊藤雄一郎 気仙沼(宮城) 2013」では、津波で気仙沼の市街地に打ち上げられた共徳丸を、解体2日前に撮影しました。地面には流されたのち回収された大漁旗約400枚を敷き詰めました。
2014年に撮影した「早志百合子 広島 2014」では、世界中で読まれる被爆体験文集『原爆の子』の執筆者の一人である早志百合子さんを中心に据えています。高齢者から子どもまで4世代にわたる撮影参加者とボランティアスタッフを合わせ、約500人の協力を得て、原爆ドーム前での撮影を行いました。
2017年の「マンダラ・イン・キプロス 2017」では、「世界最後の分断首都」のひとつとされるキプロスの首都ニコシアをモチーフに、ギリシャ系とトルコ系のそれぞれの人たちに撮影に参加してもらいました。
今回の「声なきラガーマン 神宮外苑 2023」は、もちろん再開発に反対という私の立場が投影されていますが、作品のモチーフは再開発計画そのものというより、「個人とシステムの対峙」というものです。
■なぜ日本のアスリートは「政治的発言」ができないのか
――作品では、スポーツに興じる人とスーツ姿の人が対峙しています。
神宮外苑には1947年に竣工した秩父宮ラグビー場があります。当時のラガーマンの勤労奉仕や寄付により造られた「ラグビーの聖地」です。ここを音楽ライブやアイスショーなどもできる複合施設に改修する計画です。収容人数は2万5000人から1万5000人に減ってしまいます。阪神甲子園球場のように、既存の施設を生かして改修工事をするという選択肢もあったはずです。これだけ歴史あるラグビー場を、収容人数を減らしてまで取り壊す必要はあるのでしょうか。
関係者に話を聞くと、多くのラグビー関係者が不満を抱きながらも、反対の声を上げられずにいることがわかりました。海外のアスリートは、むしろ積極的に政治的な発言をしていますが、日本ではさまざまなリスクに阻まれてできないのです。
一方、開発をする側も一枚岩ではありません。企業や行政など話を聞いた人の中にも、開発に反対という意見はありました。でも、それを表明することはできません。もしくは「組織の決定事項だ」と考えることを放棄しているのです。なので、作品内でのスーツ姿の人たちは下を向いています。
周辺に住む人たちからも声を聞きました。作品には、開発が急に進められ、対話のテーブルすら設けられないことに落胆した人たちが写っています。裁判を起こした人もいます。都の再開発プロセスは合法なのかもしれませんが、本当にこれでいいのかと感じました。
そういった声を上げられないラガーマンや神宮外苑を愛する人々と、まるでロボットのように組織の決定を粛々と実行するシステム側とのコントラストを、ラグビーの試合に見立てて1枚の写真に収めたのが、今回の作品です。
■少数意見を無視する暴力性を可視化したかった
――システム側の一人は「チェーンソー」を手にしていますね。
樹齢100年以上を数えるイチョウ並木は神宮外苑の象徴です。それを含む700本以上の樹木が伐採予定です。都は「残せる木は移設して残す」「植樹をして樹木の本数は維持する」としていますが、専門家からは「移植すると根が定着せずに枯れてしまう」と聞きました。また植樹で本数が増えても、今と同じ景色になるにはまた100年近い月日がかかります。
ラグビー場の改修は必要なのかもしれません。イチョウ並木もいつかは伐採しなくてはいけないのかもしれません。私も再開発そのものの必要性は認識しており、全てに反対しているわけではありません。ただ、少なくない人が反対を表明しているのに、それを無視して強引に進める暴力性に疑問を感じています。
■道路の使用許可を取らない「ゲリラ撮影」だった
――路上で撮影をしていますが、どのように許可を取ったのですか。
撮影には被写体でない人も含めて総勢130人ほどに協力してもらいましたが、周囲の迷惑にならないように気を配りました。
かつて渋谷のスクランブル交差点の真ん中にベッドを置いたYouTuberが道路交通法違反の疑いで書類送検され、罰金の略式命令が下りたことがあります。私の撮影でも、道路上に物を置きたかったのですが、そうすると交通を妨害したとして罪に問われる恐れがあります。そのため今回は見送りました。
また、外苑のイチョウ並木には、日中、多くの人やクルマが行き交います。迷惑になってはいけないので、交通量の少ない早朝に撮影を行いました。信号が青から赤に変わるまでは約1分5秒。信号が青になると同時に配置につき、点滅と同時に歩道に撤収するという撮影を何度か繰り返しました。
道路の使用許可を取らない、いわゆる「ゲリラ撮影」だったのですが、交通を妨げることはなかったので法的な問題はなかったと思っています。
■干されて消えるなら、それまでの作家だったということ
――今回の撮影について、懸念を示す関係者もいたと聞きました。
そうですね。政治的なメッセージがあるからなのか、いつもなら協力的な人からも、突き放されてしまうことがありました。直接、「ずいぶん政治的なことをするんだね」と言われたこともあります。
こうした発信にはリスクが伴うのだなと、あらためて実感しました。私の作品は個人や企業関係者、美術関係者からも多数購入いただいていますが、そうした取り引きが減ってしまうかもしれません。また、行政や企業などから依頼された仕事に呼んでいただくこともありますが、「イロの付いた写真家は避けたい」と言われるようになるかもしれません。
ですが、そうしたことを怖がって何も表現しないまま人生や表現活動を終えることは考えられませんでした。多少リスクがあっても自分が思うことを表現したい。自分のやりたいことをできずに消えていく作家はごまんといます。「干される」という表現が正しいかどうかはわかりませんが、今回の撮影で消えたならそこまでの作家だったんだな、という思いでシャッターを切りました。
■CGや合成を使わず「1枚の写真」に収める理由
――次はどんな作品に挑む予定ですか。
「Manda-la」プロジェクトを北海道から沖縄まで日本全国で撮影したいと思っています。私の作品テーマの一つに「戦争」があります。すでに広島では撮影していますが、同じ原爆投下のあった長崎や、アメリカとの地上戦があった沖縄、空襲で甚大な被害を受けた東京などで、作品を撮りたいと考えています。
私の「Manda-la」では、CGや合成を一切使っていません。実際にその場に多くの人を集めて撮影します。それは私にとって写真とは、1人で撮るものではなく、その土地の人々と一緒に作り上げるプロジェクトだからです。みんなで集まって撮影するには、多くの準備が必要です。1枚の写真を撮るために、膨大な時間がかかりますが、それらすべてが「写真を撮る」ということなのです。
戦争を知る人を撮るというのは、時間的にギリギリの挑戦になると思います。それでも、いまという時代だからこそ、じっくりと時間をかけて、人を集めて、写真に収められればと考えています。
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美術家、写真家
1972年千葉県千葉市生まれ。1997年武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。様々な地域や立場におかれた人々とその人物の世界を表現するものや人々を周囲に配置し、仏教絵画の曼荼羅のごとく1枚の写真に収める「Manda-la」プロジェクトを大学在学中から20年以上続けている。
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(美術家、写真家 宇佐美 雅浩)
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