秒速900kmで"地球直撃"した太陽風が"秒速0"になる…225億km先で完全にせき止められる驚くべき宇宙の神秘
プレジデントオンライン / 2024年5月14日 10時15分
※本稿は、平松正顕『ウソみたいな宇宙の話を大学の先生に解説してもらいました。』(秀和システム)の一部を再編集したものです。
■とてつもないエネルギーの源は核融合
日々空から私たちを照らしてくれる太陽。直径は地球の109倍、約140万kmにもなります。地球に生きる植物は、太陽のエネルギーで光合成を行って生きています。その植物を食べる昆虫や動物も太陽の恩恵を受けていると言えます。
そもそも、生物が生きていくのに、地球がちょうどよい温度になっているのは、太陽からの光のおかげです。地球は太陽のまわりを回っていますし、地球が生まれるときもほぼ同時に太陽系の中心で太陽ができあがりました。太陽なしには私たちの存在はあり得なかったと断言できます。
そんな太陽について人は、昔から考え続けてきました。例えば、太古の昔から輝き続ける太陽のエネルギー源について。もし太陽の中心でエネルギーを生み出しているのが石炭だとしたら、どうなるでしょう。1秒間に太陽から放たれるすべてのエネルギーと、石炭が1tあたりに生み出すエネルギー、そして太陽の質量(つまり燃料の総量)がわかれば、石炭をエネルギー源とする太陽が今のペースで輝き続けられる時間が計算できます。
荒唐無稽に思えるかもしれませんが、太陽のエネルギーについて研究者たちが科学的に考えようとし始めた19世紀には、産業革命を受けて石炭がメジャーな人類社会のエネルギー源でした。計算で出てきた答えはわずかに5000年ほど。当時すでに進んでいた化石の研究によれば、これよりはるかに昔の時代に生きていた生物がいると考えられていました。さすがに当時の研究者も太陽なしで生命が生きられるとは思っていないので、太陽のエネルギー源が石炭ではないことは明らかでした。
今では、太陽は原子のエネルギーで輝いていることがわかっています。4つの水素原子核(陽子)が融合してヘリウム原子核になる「核融合反応」です。アインシュタインの相対性理論によって導き出される世界一有名な式「E=mc2」に従って、陽子が融合するときのわずかな質量の減少が莫大なエネルギーとなって解放されるのです。
太陽だけでなく、夜空に光る恒星はすべて核融合反応で輝いています。核融合はたいへん燃費が良く、材料となる水素も地球上に豊富にあるので、未来の人間社会を支えるエネルギー源として期待されています。日本を含め各国で実用化のための研究が進められていて、フランスには国際協力で実証実験を行うための巨大な施設「ITER」が建設中です。
しかし、高温高圧のプラズマガスを安定的に閉じ込めておく必要があるなど、技術的なチャレンジが多く、実用化への道のりはまだ不透明です。
人類がまだまだ到達できない核融合反応を太陽が自然にこなせている理由、それは太陽が巨大だからです。2×10の30乗kgという膨大なガスが球状に集まっているのが太陽です。その自重は大変なもので、これによって太陽中心部には超高圧・超高温な環境が作られ、これによって核融合反応が安定して続くのです。
■太陽風は地球への脅威か太陽系を守るバリアか
太陽の表面を望遠鏡で撮影してみると、盛んに爆発現象が起きています。これを太陽フレアと呼びます。太陽フレアが発生すると、そこから高エネルギーの荷電粒子が大量に噴き出し、太陽系の中を飛んでいきます。これが太陽風です。
「風」と書きますが、地上の風のように生やさしいものではありません。その正体は、高エネルギーの荷電粒子、放射線です。しかも速度も地球上の風より桁違いに大きく、地球周辺では秒速400~800km(時速150万~300万km)にも及びます(※)。こんなものが飛んできたら、ひとたまりもありません。実際、強い太陽風が直撃したことによって故障してしまった人工衛星もあります。
(※)プレジデントオンライン編集部註:国立天文台の講師・平松正顕さんによれば「今回は秒速900km(時速320万km)に上昇したようだ」。
そんな太陽風が飛んできても私たちが無事なのは、地球の磁気圏が守ってくれているからです。しかし、太陽風が地球の磁気圏と激しく衝突することで磁気嵐が起きることがあります。
観測史上最強の太陽風が地球を直撃したのは1859年のこと。イギリスの天文学者キャリントンがもとになった太陽フレアを観測したことから、キャリントン・イベントと呼ばれます。このときには、ハワイでもオーロラが見られたといいます(※)。各地でオーロラが楽しめるだけならまだよいのですが、当時たくさんの人が情報のやりとりに使っていた電報のシステムに障害が起きてしまいました。磁気嵐によって電線に大きな電流が流れてしまったことが原因でした。
(※)プレジデントオンライン編集部註:国立天文台の講師・平松正顕さんによれば「今回もハワイでオーロラが観測されました」。
また20世紀で最大の太陽フレアが起きた1989年には、同じく巨大な磁気嵐によって、カナダの送電線に過大な電流が流れ、停電が広範囲で発生しました。強い太陽風、大きな太陽フレアの発生は、私たちの現代社会に大きな影響を与えてしまいます。
太陽風はもちろん地球までで終わるわけではなく、もっともっとずっと遠くまで太陽系の中を吹き渡っていきます。太陽系の惑星がある領域をはるかに超えて届きます。この影響範囲をヘリオスフェア(太陽圏)、ヘリオスフェアの端をへリオポーズ(太陽圏界面)といいます。
へリオポーズは、太陽から100~150天文単位ほどのところにあると考えられています。1天文単位は太陽と地球の間の距離、約1億5000万kmに相当します。太陽系で一番外側を回る惑星は、太陽から30天文単位のところにいる海王星です。太陽風は、海王星よりも3~5倍も遠い場所まで到達しているのです。
■太陽風が届く“果て”の温度は約3万~5万度に達している
2012年、NASAの惑星探査機ボイジャー1号がへリオポーズを通過したというニュースが流れました。2018年にはボイジャー2号もへリオポーズを通過しました。これら2機の探査機は、太陽の影響範囲を超えて飛び続けているわけです。
では、このへリオポーズではどんなことが起きているのでしょうか。実際にそこを通り抜けた2機のボイジャー探査機には、プラズマ粒子のエネルギーや運動方向の観測を行うための観測装置が搭載されていました。残念ながら1号に搭載されていた装置はへリオポーズ通過時には動かなくなっていましたが、2号の装置は打ち上げから40年以上も動き続けていて、貴重なデータを私たちに届けてくれました。
ボイジャー2号のデータ(※①)によればへリオポーズ周辺では太陽風の速度はほとんどゼロになっていました。太陽風が、星間空間に満ちるガスと衝突してせき止められている証拠です。まさにここが太陽風が届く果てであることを表しています。その場所の温度はおよそ3万~5万度に達していました。これは事前の理論的な予想よりも2倍も高い温度でした。
※① Richardson, J.D., Belcher, J.W., Garcia-Galindo, P. et al. Voyager 2 plasma observations of the heliopause and interstellar medium. Nat Astron 3, 1019-1023 (2019).
へリオポーズを通り抜けていくボイジャー2号は、宇宙線の量がグッと増えていく様子も観測しました。宇宙線は太陽風よりもさらにエネルギーの大きな放射線で、太陽系の外の宇宙のいろいろなところで発生しています。へリオポーズを抜けると宇宙線が増えるということは、つまり太陽風が宇宙からの高エネルギー宇宙線を遮ってくれていたということです。遮っている宇宙線の量は全体の4分の1程度で、完全にシャットアウトしてくれるわけではありませんが、太陽系を高エネルギー宇宙線から守ってくれていると言ってもいいでしょう。逆に、そこを飛び出していった2機のボイジャー探査機は、そのバリアなし孤独な旅路を続けていくことになります。
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国立天文台 講師
国立天文台 台長特別補佐、天文情報センター 周波数資源保護室 講師。総合研究大学院大学 先端学術院 天文科学コース 講師(併任)。東京大学大学院理学系研究科天文学専攻 博士課程修了。博士(理学)。専門は電波天文学、科学コミュニケーションなど。月刊『星ナビ』の連載や、講演、文部科学省「一家に1枚宇宙図」の作成など、宇宙の面白さを共有する活動を積極的に行っている。また、最近は暗い星空など天文観測に適した環境を守る仕事を進めている。著書に『宇宙はどのような姿をしているのか』(ベレ出版)がある。
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(国立天文台 講師 平松 正顕、ナゾロジー)
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