ハーバード、コロンビア、MIT…超名門大学の「ガザ侵攻抗議デモ」がトランプ支持者から冷笑されている背景
プレジデントオンライン / 2024年5月21日 6時15分
■全米で2000人以上の逮捕者が出る大騒動に
11月の大統領選挙まで半年を切ったアメリカ。共和党の大統領候補指名が確実視されているトランプ氏が、ここへきて現職のバイデン大統領を上回る支持を得ている。NBCニュースが4月21日に発表した世論調査によると、大統領選挙が行われた場合、誰に投票するかという質問に対し、トランプ氏が46%、バイデン氏が44%となった。
トランプ氏は現在91件の犯罪容疑で訴追されており、選挙活動を積極的に展開できる状況にない。にもかかわらずその人気は衰えていないどころか、「接戦でトランプ氏が勝つ」との観測も出始めている。
その内情は、トランプ氏が強いというより、バイデン民主党の支持が弱まっているといったほうが正しい。最大の原因は、イスラエルとパレスチナの衝突だ。ガザで繰り広げられている虐殺を現政権が止められないために、若者だけでなく支持母体のリベラル支持者の間でも「バイデン離れ」が起きている。
ニューヨークの名門コロンビア大学やNY市立大学では、学生がイスラエルの攻撃に対する抗議デモを数週間にわたって行い、4月30日には約300人が逮捕された。これを発端にした親パレスチナの抗議運動は今や全米に拡大し、5月5日時点で2000人以上の逮捕者が出るに至る。
■「イスラエルに加担する企業への投資をやめよ」
筆者が取材したニューヨーク・フォーダム大学の運動主催者はこう訴える。
「ガザで起きているのは虐殺であり、イスラエルがやっているのはアパルトヘイトです」
「大学はイスラエルの攻撃に加担している企業への投資をやめるべきだ」
抗議運動の最大の特徴は2つ目で、イスラエルへの投資をやめるよう政府や企業に求めるというもの。キャンパスでテントを張ったり、デモを起こしたりしながら、大学側との交渉を行っている。
学生らは「自分たちの授業料を使った投資がどこに行っているのか、情報公開を受けるのは当然の権利」と主張するも、現在のところほとんどの大学は要請に応じていない。逆に治安の維持を理由に警察を呼び、学生らの怒りを買って状況はエスカレートしている。
昨年の10月、ハマスのテロをきっかけにイスラエルのパレスチナ侵攻が始まった時も多くの大学で抗議運動が起きたが、実に平和的なものだった。それがどうしてこうなったのか。
まず、デモに危機感を持ったのはユダヤ系の学生たちだ。ホロコーストをはじめユダヤ差別の歴史を持つ彼らは、反ユダヤの動きが高まることを恐れた。確かに中にはヘイトスピーチもあったが、あくまでも学内での出来事にとどまっていた。
その状況を利用し、一変させたのが議会下院の共和党議員らである。
■ハーバード、ペンシルバニアの学長が相次いで辞任
学内でのユダヤ差別は許さないと、MAGA(トランプ)派の保守共和党員が中心になって、ハーバード大学、ペンシルバニア大学、マサチューセッツ工科大学という3つのエリート校の学長を呼んで、公聴会を実施したのだ。
名目はユダヤ差別問題だが、そこには裏がある。
白人至上主義的なMAGA議員らはかねてから、大学のダイバーシティ化を良しとせず、これまでさまざまな介入をしてきた。ダイバーシティは黒人学生を守るためにあり、他の人種を犠牲にしているというのが言い分だ。この場合、パレスチナ人は黒人の側に入る。ちなみに呼ばれた学長は全員女性で、ハーバードは初めての黒人学長だった。このあたりにも、彼らの意図を感じさせる。
公聴会ではどの学長も、反ユダヤは容認できないが言論の自由は守るべきという立場を貫いた。ハーバードのクローディン・ゲイ学長は、こうした中でヘイトスピーチなどの問題が生まれていることも認めた。それに対し「ユダヤ差別を放置している」と批判が浴びせられ、ゲイ学長はその後辞任に追い込まれる。同席したペンシルバニア大学のリズ・マギール学長も辞任した。
その際、公聴会で2人を締め上げたエリス・ステファニック下院議員は「2人堕とした」とSNSに投稿した。
■「自分たちは反ユダヤではない」
共和党議員らは、親パレスチナの抗議行動はすべて、反ユダヤと決めつけている。ユダヤ人の力が強いアメリカで、「反ユダヤ」のレッテルを貼られることは、共産主義者と同じくらい政治的にネガティブなインパクトだ。
それに対し学生らも負けていない。コロンビア大学正門前の抗議行動では、「自分たちは反ユダヤではない。反シオニズムだ」というビラを配っていた。
ある学生はこう説明してくれた。
「反ユダヤは特定の民族を攻撃するもの。自分たちが抗議している相手はユダヤ民族ではなく、イスラエルを動かすシオニズムだ」。シオニズムはイスラエル建国と維持の基礎となっている、19世紀末に生まれた政治思想である。
この学生は、「私たちを反ユダヤと決めつけるのは、黙らせるための政治家のレトリックにすぎない」と苛立ちを露わにする。また当のユダヤ人の中にもこの意見に同調する人が少なくなく、フォーダム大学での抗議行動には、黒服に髭を蓄えたユダヤ教徒も駆けつけた。「私たちの民族の宗教や歴史を、ガザ虐殺の言い訳に利用するのは許されない」と強い言葉で語ってくれた。
抗議の相手は決してユダヤ民族ではない。シオニズムを基礎としてパレスチナ人に対し人種隔離政策を行い、ガザ地区で虐殺を繰り広げているイスラエル政府とそこに紐づく既得権益だ。
![フォーダム大学のデモ参加者の中には、イスラエルの苛烈な侵攻に反対するユダヤ教徒もいた](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/5/1200wm/img_e56dc85010156e35968db33ec557b4ae910891.jpg)
■コロンビア大学学長も「辞任すべき」
こうして、自分たちの授業料を巻き上げて戦争ビジネスへの投資が行われていることに危機感を抱く学生らが大学に情報公開を求めたわけだが、平和的なデモが一変したのはトランプ氏と懇意の議会下院議長(共和党)がコロンビア大学を訪れたことがきっかけだった。
![大学に対し、イスラエルへの投資内容を公開するように求めた張り紙が並ぶ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/9/1200wm/img_090d67c25495d953f2a8b3ef043c4171660950.jpg)
キャンパスを訪れたマイク・ジョンソン議長は、「反ユダヤの抗議行動は許されない。もしやめられないのなら学長は辞任すべきであり、ユダヤ系の生徒を守れないなら、学校への助成金を打ち切る可能性もある」とスピーチ。時期を同じくしてネマト・シャフィク学長も公聴会で吊し上げにあい、「反ユダヤ的な抗議行動は厳しく取り締まる」と、約束をさせられる形になった。
それに憤った学生らが学内にテントを張り、抗議を始めたのが今回の大規模逮捕劇につながったのである。
ニュース映像では警官が力ずくで学生を地面に押し倒したり、ペッパースプレーを吹き付けたりしていて暴徒化する学生を取り締まっているが、日本の警察のように丸腰の相手に対して説得するといった選択肢は彼らにはない。警察の過剰な暴力は日常茶飯事なので、警察を信頼していない学生たちがヒートアップしたことが数百人もの逮捕者を出したともいえる。
■エリート大学生に反感を持つトランプ支持者たち
そして、この衝突を格好のネタにしているのがトランプ派共和党だ。党のスローガンである「法と秩序」を引き合いに出し、「民主党やバイデン大統領は若者に甘く、事態を収拾できないダメな政権だ」と攻撃している。トランプ氏への山盛りの刑事告訴を見ているとちゃんちゃらおかしいが、それは棚上げだ。
今回の大統領選では、トランプ氏はメキシコ国境の移民問題を最前面に掲げ、「バイデンは不法移民を取り締まれない。犯罪者の集団である不法移民がこれ以上入ってきたら、アメリカの治安は崩壊するだろう」と脅しをかけている。不法移民が犯罪を持ち込んでいるという根拠はどこにもない。しかしトランプ支持者にとっては、特に南米からのマイノリティ移民の大量流入だけで十分脅威に感じるのだ。
大学生の抗議運動も同じで、特に地方に住むトランプ支持者は「何もわかっていないガキが」とエリート校の学生に反感を持っている。そんな学生たちが、パレスチナという非白人の国に味方し、暴力に訴えているという構図を共和党はどんどん拡散したがっている。驚いたことに共和党議員の中には、この学生運動は反ユダヤどころか、テロを容認する親ハマス運動だと激しく糾弾する者さえいるほどだ。
一方、バイデン大統領は一連の大学デモに関してほぼ沈黙を守っている。唯一の発言も「(学生は)混乱を引き起こす権利はない」と通り一遍のもので、若者の間には失望が広がっている。
![コロンビア大学の学生デモの様子](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/1/1200wm/img_115e42bc2c9026821deabed99af16111657964.jpg)
■規制はできないが、放置するわけにもいかない
混乱を利用しているのは共和党だけではない。ニューヨーク・タイムズ(5月2日)は、ロシア、中国、イランが一連の抗議行動をアメリカ批判の材料にしていると報じている。
ロシア当局との関係が疑われるオンラインニュースは、アメリカの大学キャンパスで起きている衝突を「バイデン政権の失敗」と報道し、中国でも「警察による取り締まりは、言論の自由に関するアメリカのダブルスタンダードを暴露した」とする論調が広がっていると指摘した。
同紙は、こうした外国勢の介入を「米国内の緊張を煽り、世界での地政学的ポイントを稼ぐため」、また「バイデン大統領の再選の可能性を低くするため」と伝えている。
アメリカの若者の抗議行動は、ここまでの影響を与えている。いや利用されている。
はっきり言って学生運動に関して、バイデン氏ができることはほとんどない。活動の規制は言論の弾圧にあたるし、反ユダヤ暴力を理由に警察を送れば、支持母体の強い抵抗にあう。バイデン氏は重ねてイスラエルを強く批判し、武器供与の停止まで警告しているが、事態は好転の兆しさえない。かといってイスラエルを全面否定することもできない。まさに八方塞がりの状況だ。
名門大学の学長が立て続けに辞任した今回の騒動は、バイデン氏の首にも指がかかる事態に発展するかもしれない。
![コロナウイルス流行から4年がたったが、感染リスクを考えマスクを着用している人が多かった(フォーダム大学にて)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/9/1200wm/img_49f3455f813173dd9a0cb750f944dfdb1049934.jpg)
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ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家
早稲田大学政治経済学部卒業後、1991年からニューヨーク在住。ラジオ・テレビディレクター、ライターとして米国の社会・文化を日本に伝える一方、イベントなどを通して日本のポップカルチャーを米国に伝える活動を行う。長い米国生活で培った人脈や米国社会に関する豊富な知識と深い知見を生かし、ミレニアル世代、移民、人種、音楽などをテーマに、政治や社会情勢を読み解きトレンドの背景とその先を見せる、一歩踏み込んだ情報をラジオ・ネット・紙媒体などを通じて発信している。
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(ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家 シェリー めぐみ)
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