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なぜ定年退職した「エリサラ」はカスハラ常習犯になりやすいのか…60代男性が自白した「カスハラを始めた動機」

プレジデントオンライン / 2024年5月17日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tony Studio

理不尽なクレームをつける「カスタマーハラスメント(カスハラ)」をする人には、どんな特徴があるのか。公認心理師の柳川由美子さんは「定年退職した元エリートサラリーマンはカスハラをしやすい。そこには自身の満たされない感情を、自分より立場の弱い人にぶつけたい、という構図がある」という――。

■大手企業を退職後、感情がコントロールできなくなった

私のカウンセリングを受けに来た60代の男性・Aさんの第一印象は、「穏やかで優しそうな人」でした。大手企業を定年退職後、体調が悪くなり、不眠に悩まされるようになったというAさん。人に対する恐怖や強い不安感が退職前からありました。職場で言いたいことが言えなくなっただけでなく、家庭でも言いたいことは言わずに我慢してきたそうです。

きっかけは10年以上前に会社で重要なプロジェクトを任されていた時、大きなトラブルがあり、責任を取る形でプロジェクトから外されたことでした。後で分かったのは、信じていた人からの裏切り行為があり、不本意な形で責任を負わされたということでした。Aさんにとって、プロジェクトには強い思い入れがあり、時間も費やしてきただけに、ショックは大きかったそうです。結局、その出来事のせいで意に沿わない部署に回されたため、定年延長はせず、逃げるように退職したということでした。

しかし、話を聞くうちにAさんの別の一面が見えてきました。「最近、感情をコントロールできなくなってきました。先日、買ったばかりの家電の調子が悪く、コールセンターに電話した時、かなり待たされたんです。応対したオペレーターの説明も要領を得ないのでイライラしてしまって。折り返し連絡すると言うので、“すぐに電話しろよ。他の客の電話は後回しにして私に最初に電話しろ”と怒鳴ってしまったんです」。その後も飲食店や病院でスタッフに腹が立ち、怒りを抑えられないことがあったそうです。

■すぐに「でも自分は悪くない」という気持ちが強くなる

こうしたカスハラ(カスタマーハラスメント)をしてしまうという相談は他にもあります。例えば大学病院を予約していたが急患が入ったために担当医の診察が受けられなかったことに怒り、看護師に文句を言い続ける、といったものです。

ただ、本人がカウンセリングを受けているのなら、ハラスメントをしているという自覚があり、改善を望んでいるわけですから希望が持てます。しかし、実際は家族が困り果ててカウンセリングに来ることがほとんどです。家族はいつ感情を爆発させるか分からない本人と過ごすことで、萎縮したり、不安になったりしています。迷惑をかけた病院やお店などに謝りにいくことが続き、疲れてしまった家族が離れていくというケースも少なくありません。

カスハラをしたという自覚症状がある場合、時間が経って落ち着くと、激しく怒鳴ってしまったことに対する罪悪感を覚える人もいます。しかし、Aさんもそうでしたが、すぐに「でも自分は悪くないんだ」という気持ちが強くなるケースは多いです。そう思うことで、結局、自分で改善する力を失ってしまい、いつも同じことをくり返してしまいます。「改善するためにできることはないのか?」と自分の可能性を信じられなければ、変わることは難しいです。

■なぜ「優しい人」ほどカスハラをしてしまうのか

「すぐに電話しろ」。そんな強い言葉で怒鳴っている姿は、目の前にいる穏やかなAさんからは想像できません。なぜ、そんな人がカスハラをしてしまうのでしょうか。

人にはそれぞれ他者と関わるときの思考や行動のクセがあり、これを「自我状態」といいます。カウンセリングでは交流分析という心理療法で使われる性格分析の手法「エゴグラム」を使って、自我状態を診断します。AさんはN型とよばれるタイプ。このタイプの人は相手を受容してばかりで自分を犠牲にすることが多く、自分の中に思いを溜めてしまって言いたいことが言えない傾向があります。

そうやって日頃は抑えていた感情が、何かのきっかけで爆発してしまう。しかも、自分の周りの人には気を遣っているので、直接、接点のない、自分より立場の弱い人に対して満たされない感情を吐き出してしまう、というのが一般的なカスハラの構図です。カスハラがよく起こる場として店や病院、コールセンターなどがありますが、病院の医師ではなく受付のスタッフ、店では女性スタッフが攻撃の対象になりやすいのも、無意識に言い返せない相手を選んでいるからでしょう。

カスハラをするクライアントを見ていて感じるのは、被害者意識や自分は間違っていないという思いが強い人が多いということです。相手の状況や背景に思いを馳せることも極めて苦手で、人の言動を悪い方に解釈してしまうことが多いのも特徴です。一方で、ふだんは人目をとても気にしています。そのせいか身なりがきちんとしている人が多く、これはAさんも同様でした。

男性と医師
写真=iStock.com/Chinnapong
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Chinnapong

■原因のひとつは「年齢を重ねたこと」

行動や思考は人間関係や所属している場所、時代背景、遺伝、生育歴など、さまざまな要素に影響を受けるので一概には言えませんが、年齢を重ねたことがカスハラの一因となっている可能性はあります。

なぜなら、自分の信念によって作られたフィルターが、歳を重ねることでより強固になり、そのフィルターを通して物事を見ているために「やっぱりそうだ」「思っていた通り」と思い込みを強めてしまうからです。思い込みによってネガティブに物事を捉えることが増え、自らストレスを溜めてしまう、というループに陥ってしまうのです。年齢的に自分より若い人が増えるので、上から物を言いやすい環境になることも関係あるでしょう。

年齢を重ねると認知機能の低下や経験に基づく信念の強化、変化することへの抵抗などによって柔軟性が低下し、新しい情報や異なる視点を受け入れにくくなる傾向があります。また、社会的に孤立してしまうと、他人の意見や感情を理解しにくくなります。

そのため、思い込みの強さにこうあるべきだ(こうなるはずだ)……という視野の狭さが加わることで、「想定外」と感じる出来事が増えます。すると、その人にとっては「ありえない」と怒りの対象が増えるわけです。

また、Aさんのように定年後にカスハラをしてしまう、と聞くと、「時間が余って暇だからと何かとクレームをつけたくなるのだろう」と思われがちですが、暇であっても心が安心で満たされていれば、そんなことはしません。ハラスメントをしてしまう人の根底にあるのは、満たされない思いです。

■優しい人が攻撃的になる「きっかけ」

カスハラをする人の根底にあるのは強い承認欲求です。自分より立場が弱い人を攻撃することで、その欲求を満たそうとします。相手のせいにして相手を下げることで、自分の力を誇示したい、という欲求を満たそうとするのです。自分が正しいということを過剰に主張することもあります。

心理学の理論の1つである「選択理論心理学」では、人には生存、愛・所属、力、自由、楽しみという5つの基本的欲求が必ずあると考えられています。その欲求の強さは人によって異なり、カスハラをしてしまう人は「力の欲求」が強い人といえるでしょう。

Aさんは大手企業で高い地位に就いていましたが、このように社会で重要な役割を担っていた人が、それを失ったことで「力の欲求」を満たそうとすることもあります。仕事を通じて得ていた達成感や自尊心がなくなり、自己価値を感じられなくなったことで、「自分は何者なのか」というアイデンティティが混乱してしまうのです。

もちろん、性格や社会的サポートの有無、その人の価値観や適応能力などによりますが、まわりに過度な要求をしたり、昔の様に権力を使いたくなったりすることがカスハラにつながることもあります。

また、自己効力感(自分の行動が期待通りの結果をもたらすという信念)が低い人も多いです。そのために相手をコントロールすることで自分を満たそうとします。

ベッドの上で頭を覆っている悲しい実業家
写真=iStock.com/Tzido
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tzido

■人を見下すのは、自分を大きく見せたいから

こうした強い承認欲求や低い自己効力感が原因となるのはカスハラだけではありません。部下へのパワハラ、子どもへの暴力、言葉による虐待やコントロール、SNSでの誹謗中傷なども、自分より弱い相手、言い返せない相手に対して、自分の力を示したいという欲求を満たすために起こることが多いのです。

カスハラに限らず、心の問題を抱えている人に共通するのが、「I’m not OK(私はダメだ)」と自己否定してしまうことです。この状況が続くと「I’m not OK、You’re OK(あの人は優秀なのに、私はダメだ)」とネガティブになっていき、そのうち「I’m not OK、You’re not OK(私も世の中も全部ダメだ)」と感じるようになります。

カスハラは、一見「I’m OK、You’re not OK(私以外はみんなダメ)」と自分だけは肯定しているように見えますが、実は人を見下すのは自分を大きく見せたいという気持ちの表れです。人を許せないという気持ちの裏には、自身の心の余裕のなさやマイナスを隠したいという思いが隠れています。

先述した交流分析の考え方では、自分を肯定できなければ、相手を認めることもできません。まず自分を認めることができ、心にゆるみが生まれると、相手のゆるみも気にならなくなります。“I’m OK”が出せるようになると、“You’re OK”も出せるのです。

■目の前で怒鳴っているのは「助けてもらいたい人」

Aさんのカウンセリングでは、不安をなくして心を安心感で満たすことを目標に、さまざまなワークを行いました。過去の嫌な記憶や未来の不安に意識を向けず、五感を使って今ここに意識を集中させるだけでも不安は軽減されていきます。また、軽視されがちですが、上質な睡眠をしっかりと確保することも重要です。

さらに新しい趣味に取り組んだり、何かを学んだりすることで、小さな成功体験を積み重ねていくことは自己効力感を高めることにもつながります。特に社会で多くの人と関わってきた人が引退後、その機会が減ることでストレスになっている場合があります。引退後も意味のある活動をしたり、新しいコミュニティーに参加したりすることは大切です。

今、医療機関や店、カスタマーセンターなどでカスハラ被害に悩まされている人も少なくないと思います。まずはご自身の気持ちを落ち着けること、そして、目の前で怒鳴っているのは、実は助けてもらいたい人、困っている人だと認識してみてください。そうすると「怒鳴っているけれど、大変なんだな」と俯瞰して落ち着いて対応できるようになり、相手の怒りの感情に振り回されなくなります。

■カスハラに効果的な対応「2つのコツ」

その上で有効な対応を2つ紹介します。

1.共感を示す

相手の感情を逆撫でせずに落ち着かせるために、まず「相手の気持ちを受け取ること」が大切です。相手の言ったキーワードや語尾をくり返す、話を要約することで、相手の言い分を理解している、共感していることを示します。頷きながら話を聞くのも効果的です。「すみません」という言葉は安易に使わない方がいい場合もありますが、明らかに落ち度がある場合は丁寧に謝ることが大切です。

(例)
【客】いつまで待たせるんだ。1時間前に予約してるんだぞ。
【スタッフ】1時間前に予約なさっているのですね(1時間、予約というキーワードを使用)。お待たせして申し訳ありません。

または
【スタッフ】1時間もお待たせしているのですね……(相手の言ったことを要約)。申し訳ありません。

2.解決の方法をいくつか示し、相手に選んでもらう

相手のコントロール欲を満たすために、相手が自分で選べるような形で解決法を提案します。感情が優位になっている相手に対して、何がいいのかを冷静に考えるきっかけを与えることができます。

カスハラをする人は「自分が権力を持っている」と勘違いしていることが多いので、境界線を明確にすることも大切です。被害を受ける側が相手の一方的な要求にすべて応える必要はなく、「ここまでは受け入れ可能だが、それ以上の要求には応えられない」と具体的に伝えましょう。その境界線を超えた内容に対しては、穏やかに、そして丁寧に、はっきりとNOと言うことが大切です。組織として、どこまでは要求を受け入れてもよいか、どこからはNOなのかをしっかり決めておくとよいでしょう。

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柳川 由美子(やながわ・ゆみこ)
公認心理師
臨床心理士、産業カウンセラー、不安専門カウンセラー。鎌倉女子大学児童学部子ども心理学科卒業。東海大学大学院前期博士課程(文学研究科コミュニケーション学専攻臨床心理学系)修了。義母の末期がんの看病をきっかけにピアノ教師からカウンセラーを志し、自身の不安症の克服経験から、大学院等で「脳は心を解き明かせるか」「脳から見た生涯発達と心の統合」を学ぶ。2005年より大学やメンタルクリニック、企業研修などの活動を開始し、現在は「メディカルスパ西鎌倉」「メディカルスパみなとみらい」でカウンセリングを行う。1万回以上の個人セッション経験を通して相談者の共通パターンを発見。独自メソッドで解決に導いている。著書に『晴れないココロが軽くなる本』(フォレスト出版)、『不安な自分を救う方法』(かんき出版)。

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(公認心理師 柳川 由美子)

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