「同意のない妊活」は不同意性交等罪になる恐れ…「夫婦間ではレイプは成立しない」が誤解である理由
プレジデントオンライン / 2024年5月29日 9時15分
■被害者が16歳未満であれば、原則として罪が成立する
2023年の刑法改正により、強制わいせつ罪・準強制わいせつ罪が一つにまとめられ、不同意わいせつ罪になりました。被害者が16歳未満であれば、性交やわいせつ行為があるだけで、原則、罪が成立します。13~15歳については、加害者が5歳以上年上であることが要件です。
旧法では、「暴行・脅迫を用いて」または「人の心神喪失もしくは抗拒不能に乗じ、または心神を喪失させ、もしくは抗拒不能にさせて」わいせつな行為をした者が処罰されましたが、この改正法で、一定の事由や、それに類する行為などにより「同意しない意思を形成し、表明しもしくはまっとうすることが困難な状態にさせ、またはその状態にあることに乗じてわいせつな行為をした」者が処罰されます。
これまでは、被害者の意思に反していても、「反抗を著しく困難にする程度の暴行・脅迫」がないと強制わいせつ罪は成立せず、「被害者の同意があったと勘違いした」などという加害者の弁解がまかり通る事例がありました。また、起訴するかどうかの検察官の判断や、有罪か無罪かの裁判官の判断にも、個人差があり、処罰されるべき行為が適切に処罰されていないという批判がありました。
■不意打ちや怖くて動けないといったケースにも適用
そこで、「自由な意思決定が困難な状態でなされた性行為」を処罰することを明確にし、その判断のバラつきをなくすために8つの類型が例示されました。
不同意わいせつ罪・不同意性交等罪の8つの類型(行為・事由)
①~⑧のいずれかを原因として、【同意しない意思を形成、表明、またはまっとうすることが困難な状態にさせること】または、【相手がそのような状態にあることに乗じること】
①暴行または脅迫
②心身の障害
③アルコールまたは薬物の影響
④睡眠、そのほかの意識不明瞭
⑤同意しない意思を形成、表明、またはまっとうするいとまがないこと 例)不意打ち
⑥予想と異なる事態との直面に起因する恐怖または驚愕 例)フリーズ
⑦虐待に起因する心理的反応 例)虐待による無力感、恐怖感
⑧経済的、または社会的関係上の地位に基づく影響力による不利益の憂慮
※法務省HPを基に作成
■「すれ違いざまに胸を触られた」も犯罪になる
【CASE】
昼間に街を歩いているとき、すれ違いざまにいきなり胸をさわられた。ビックリして唖然としている間に加害者は逃げていってしまった。これ、警察に相談していい?
【ANSWER】
すぐに警察に行ってください。このような行為は、類型の⑤「同意しない意思を形成、表明またはまっとうするいとまがないこと」にあたりえます。
「いとまがない」というのは、被害者が、性的行為がなされようとしていることを認識してから性的行為がなされるまでの間に、その性的行為について自由な意思決定をするための時間のゆとりがないことを意味します。
したがって、「何秒だったらいい」というような問題ではなく、ケースバイケースとなります。
【CASE】
取引先の社長から商談の最中にわいせつ行為をされ、嫌でしたが、なにもできませんでした。私は小さな会社の社員で、会社の利益はその取引先に頼っているので、怖くて逆らえません。私の上司も、社長のわいせつ行為を受け入れるべきというような物言いをします。
【ANSWER】
それは、類型の⑧「経済的、または社会的関係上の地位に基づく影響力による不利益の憂慮」により被害者が同意しない意思を形成、表明、まっとうすることが困難な状態にあることに乗じたわいせつ行為といえます。
また、この上司の対応は男女雇用機会均等法に反しますので、会社の相談窓口や弁護士に相談しましょう。
■「上司と部下」「教師と学生」といった上下関係にも
類型の⑧は、改正前の刑法では最も立件が難しかった類型といえます。「経済的関係」というのは、「雇用主と従業員」「取引先の職員どうし」といった関係を広く含むと理解されています。「社会的関係」というのは、家庭・会社・学校といった社会生活における人的関係を意味し、次のような関係性を想定しています。
●「祖父母と孫」「おじ/おばとおい/めい」「兄弟姉妹」といった家族関係
●「上司と部下」
●「先輩と後輩」
●「教師と学生」「コーチと教え子」
●「介護施設職員と入通所者」 など
・改正のポイント
また、類型の⑧は、実は性暴力でとても多いケースでした。しかし「監護者性交等罪」にも含まれなかったり、特に仕事関係となると「恋愛のもつれ」「不倫くずれ」などといわれたりして、なかなか性暴力として扱われず、警察に届けてもほとんどが不起訴にされてきました。今後は、こういった類型についても適切に処罰されることが望まれます。
【CASE】
大学のゼミの泊まり合宿で、夜に宴会があった。しかし、疲れていた私は、先に部屋に戻って寝ていた。熟睡していて気づかなかったが、友だちから「A君が部屋に入って、あなたのパジャマをまくりあげて胸をさわっているところを見た」と言われた……。
【ANSWER】
睡眠状態にあることに乗じてわいせつ行為をすることは、類型の④にあたります。「睡眠」というのは、完全に眠っていなくて「半覚醒状態」で意識がもうろうとしている状態も含まれます。
あなた自身は熟睡していて意識がないでしょうから、警察に行く場合には、目撃していた友だちに証言をお願いしましょう。
■手指や物の挿入も「性交等」として処罰される
2023年の刑法改正により、強制性交等罪・準強制性交等罪が一つにまとめられ、不同意性交等罪になりました。趣旨については不同意わいせつ罪と同じです。
8類型、婚姻関係の有無にかかわらないこと、性的同意年齢が原則16歳(例外として、5歳差要件)であることも、不同意わいせつ罪と同じです。
これまで「性交等」は、膣性交、肛門性交、口腔性交に限定されていました。しかし法改正によって加害行為の種類が増え、「膣、肛門に陰茎を除く身体の一部や物を挿入する行為であってわいせつなもの」が新たに含まれることになりました。
「身体の一部・物」については、形状や性質による限定はありません。これにより、手指の挿入が当然「性交等」に含まれることになりました。
「物」については、錠剤や座薬のように挿入後に溶ける物であっても該当します。しかし、医療行為など必要性があるものを除くため「わいせつなもの」に限定されています。
・改正のポイント
被害者が年少者の場合、膣性交が難しいために指を入れられることがしばしばありました。これまではその場合、強制性交等罪ではなく、刑が各段に軽い強制わいせつ罪でしか処罰できませんでした。
被害者が大人の場合も、膣や肛門への手指・物の挿入は、傷害罪や暴行罪、強要罪などで処罰されることはあっても、被害者が感じた苦痛とはかけ離れており、やはり刑が軽いという問題がありました。
また膣や肛門に男性器を挿入することと、手指や物を挿入することで、被害者の傷つき度合いは変わらないことが研究で明らかになっており、「性交等」に含めるべきだという声があがっていました。
■酒を飲まされ、意識もうろう状態で襲われたときは
【CASE】
飲み会で一気飲みさせられ、記憶をなくした。起きたら男性の家のベッドにおり、意識のない状態でレイプされていたことがわかった。
【ANSWER】
酒や薬で意識を失わせて性交するなど、正常な判断ができない状態の人に対して性交したりした場合、不同意性交等罪が成立します。完全に意識を失っておらず、もうろうとしている状態でも成立します。
ただし、被害者にそれなりの意識があった場合や、被害者の振る舞いによって、加害者が「意識がある」と勘違いしても仕方がないとみなされた場合には、不同意性交等罪が成立しないこともあります。
【CASE】
実父が勝手に10代前半の娘である自分の自室に入り、ベッドに入ってきた。体をさわり、男性器を口の中に入れてきた。
【ANSWER】
「監護者」が、その影響力を利用して18歳未満の人に性交すると、監護者性交等罪が成立します。
監護者とは、同居している親やそれと同じくらいの影響力を持つ人が想定されています。
したがって、加害者が学校や塾の先生、たまたま遊びに来ていた親戚などである場合は、監護者性交等罪は成立せず、不同意性交等罪にあたるかどうかが問題となります。
・被害者が16歳未満の場合……原則として、性交等があれば不同意性交等罪が成立
・被害者が13~15歳の場合……加害者と被害者の年齢差が5歳未満であれば、類型①~⑧などの理由で、同意しない意思を形成、表明、もしくはまっとうすることが困難な状態にさせたり、その状態に乗じて性交等をしたかどうかを検討し、あてはまれば不同意性交等が成立
■夫婦であっても、同意のない性行為は犯罪になりえる
【CASE】
どうしても子どもがほしいのですが、夫が性行為に応じてくれません。夫が酔っ払っていたり寝ぼけていたりしていて意識がないときを狙って無理やり性行為をしています。
【ANSWER】
類型の③・④により、犯罪が成立する可能性があります。性別にかかわらず、加害者にも被害者にもなりえます。
刑法改正により、不同意わいせつ罪、不同意性交等罪のどちらにも、「婚姻関係の有無にかかわらず」罪が成立することが明記されました。
ただし、家族内のことなのでそれを事件にするかどうかは、被害者の意思が尊重されます。特に子どもがいる場合、一方の親を犯罪者にしていいのかと悩む人は少なくありません。
なお、「婚姻関係の有無にかかわらず」というのは、「あらゆる関係で性犯罪が成立する」ことを意味します。つまり、事実婚、同棲、交際中のカップルなど、すべての関係において成立します。
■「夫婦間ではレイプは成立しない」は誤解
・改正のポイント
改正前から、加害者と被害者が夫婦であるかどうかは、強制わいせつ罪や強制性交等罪の成立に影響しないと考えられており、裁判で夫婦間の犯罪が成立したケースもあります。
しかし、学説の中には、法律上の婚姻制度が継続的な性交渉を前提としていることを理由に、婚姻関係が破綻している場合に限って犯罪が成立するなど、犯罪成立の範囲を限定的に捉える見解もありました。
また、国民の中にも「性交渉に応じるのは妻の義務だから、夫婦間ではレイプは成立しない」という考え方が少なくありませんでした。その誤解を解くため、夫婦間でも性犯罪が成立することが、刑法の条文に明記されました。
■もし被害に遭ってしまったら?
レイプを含む性暴力では、ごく一部だけが刑事事件となるのが現状です。また、民事的請求が認められるものもそう多くはありません。その主な理由は、客観的な証拠が得られにくいことです。レイプは密室で行われることが多いため、目撃証言もない場合がほとんどです。
もし被害にあったときは、すぐに110番に通報してください。ほかにも、各都道府県警の相談窓口につながる警察の性犯罪被害相談電話「#8103(ハートさん)」や、全国共通で最寄りのワンストップ支援センターにつながる相談電話「#8891(はやくワンストップ)」もあります。
気持ち悪いと思いますが、なるべくシャワーを浴びたり口をゆすいだりはしないでください。
そのとき着ていた洋服も捨てないでください。体内、体の表面、衣服に、体液など犯人のDNAが残っている可能性があります。それらは有力な証拠になります。
不同意性交等罪などの場合、血中のアルコールや睡眠導入剤などの薬物を測定するために、代謝・排出される前に急いでワンストップ支援センターや捜査機関で検査をしてもらいましょう。刑事事件の証拠として役立つ可能性があります。
また、記憶にあることはメモして残しておきましょう。
時間や場所、犯人の特徴(体格、洋服の色、顔の特徴など)など、思いつくことを書いてください。できれば、信頼できる家族や友人にメールなどで共有しておくのが望ましいです。誰にも言いたくなければ、自分宛てにメールしておけば大丈夫です。このメモは、事件後できるだけ早い段階で残すほうが、刑事事件や民事訴訟になった場合の証拠価値が高くなります。
■警察の協力病院に行けば無償で検査等が受けられる
もし被害にあったときは、できるだけ早く病院か警察に行くのが望ましいです。証拠保全や迅速な捜査にもつながりやすくなります。妊娠のおそれがある場合には、病院で「緊急避妊ピル」を出してもらいましょう。
「緊急避妊ピル」とは、事後的に避妊できる薬です。ただし、性交渉後、72時間以内に服用する必要があります。100%避妊できるわけではありませんが、早く服用すればするほど避妊できる可能性が高くなります。
性感染症に感染したおそれがある場合も、やはり病院で検査をお願いしましょう。警察の協力病院へ行くと、費用はかかりません。自分で支払っても、後日費用が戻ってくる場合があります。ほかにも、初診料やさまざまな検査にかかる費用、診断書の作成費が無償になる制度があります。できるだけ警察官やワンストップ支援センターの方に同行してもらって、手続きなどはその人にお任せしましょう。
■犯人に慰謝料や治療費を請求することも可能
刑事事件として処分してもらうには、警察に行き、被害を申告します。一人で行くのが不安なら、ワンストップ支援センターや、被害者支援機関の方が、無償で同行してくれます。その後、被害状況を聞かれる事情聴取、被害現場の確認、被害状況を再現する捜査などがあります。ただし、状況に応じて、犯人が逮捕される場合と逮捕されない場合があります。
犯人が見つかって、起訴された場合には、刑事裁判が行われます。
犯人が争っている場合は、被害者が法廷で証言しなければならない場合もありますが、裁判では、被害者の名前は伏せられます。被害者の顔は傍聴席や犯人から見られないような措置も取られます。
なお、任意の交渉や民事調停、民事訴訟などで、犯人に対して慰謝料や治療費等を請求できることがあります。
加害者に精神疾患がある場合、その程度に応じて、罪が成立しなかったり罪が軽くなったりする場合があります。「責任能力」といわれるものです。その場合でも、被害者はさまざまな支援が受けられます。警察やワンストップ支援センター、弁護士などに相談してください。
第176条 不同意わいせつ
第179条 監護者わいせつおよび監護者性交等
1 18歳未満の者に対し、その者を現に監護する者であることによる影響力があることに乗じてわいせつな行為をした者は、第176条第1項の例による。
2 18歳未満の者に対し、その者を現に監護する者であることによる影響力があることに乗じて性交等をした者は、第177条第1項の例による。
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弁護士 第一東京弁護士会所属
福岡県出身。青山学院大学法学部卒。毎日新聞記者を経て、2007年弁護士登録。犯罪被害者支援弁護士フォーラム事務次長。第一東京弁護士会犯罪被害者に関する委員会委員。元・青山学院大学法科大学院実務家教員。保護司。
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(弁護士 第一東京弁護士会所属 上谷 さくら)
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