「給料を3倍に上げてほしい」名門カネボウ破綻で誕生したクラシエ社長が耳を傾ける社員のワガママの中身
プレジデントオンライン / 2024年5月22日 7時15分
岩倉 昌弘関西大学卒業後、1985年にカネボウ入社。ホームプロダクツ部門に配属後、激動のカネボウ時代を過ごす。旧カネボウ破綻後、2007年にクラシエホームプロダクツ社長執行役員就任。18年にクラシエホールディングス代表取締役社長執行役員に就任。23年10月、グループの経営統合に伴い、現職に。
■「クレイジー」に部下をマネジメントするには
クラシエが「CRAZY KRACIE」というビジョンを掲げたのは2017年のこと。7年経って、社員はいい意味でのわがままを言える組織になってきました。
クレイジーは「狂気じみた」という意味だけではありません。たとえばメジャーリーグですごいプレーをしたら「クレイジーだ」と褒めますよね。それと同じように、人々を感嘆させるようなことをしようという意味でも使われます。ですから、たとえば工場でひたすら改善を続けたり、経理をミスなしでパーフェクトを目指すというクレイジーがあってもいい。自分自身が「これをとことんやりたい」と極めることができる環境をつくりたくて、このような表現を使うことにしたのです
そもそもなぜ私たちはクレイジーを目指したのか。クラシエは名門企業だったカネボウが破綻して誕生した会社です。カネボウ時代は強烈なトップダウン体制が組織に定着していて、若手が意見を言うなんて言語道断。服装から挨拶の順番まで厳しく管理されていた状態では、決していいアイデアは生まれないという気づきから、クラシエでは「クレイジー」という強烈なビジョンのもと、“いい意味でのわがまま”を言えるようにしたのでした。
ただ、最初はなかなか浸透しませんでした。賛同してくれた社員は数%。多くの社員は「せっかく普通の会社になったのに、また変なことを言い出した」と拒否反応です。
そこで風土改革のために「CRAZY創造部」を新設して、さまざまな施策を行いました。たとえば芸人さんを講師に招いて自分の課題解決のためのヒントをもらい、実践する「クレイジーアカデミー」を開催したり、直属の上司に言いにくいことも相談できるよう他部署や他事業の先輩をメンターにつける「ナナメンター」制度をつくったり。社員が夢中になれることをサポートしようと部活制度を始めたら、30近くの部ができました。なかにはカレー部やスイーツ部など、会社がお金を出していいのか迷う部もありますが、本気でやるならそれもありです。
社員のクレイジーさを引き出すには、リーダーのふるまいも重要です。まず大切なのは、敷居を下げること。こんなことを主張しても怒られないんだという雰囲気づくりをリーダーが率先して行うことが必要です。
私は社員向けにブログを書いています。経営方針など大事なことも書きますが、意外に多いのが日常のこと。散歩中に川でボラの大群を見たとか、臨時休業したお店の張り紙を見たら「子どもの夏休みの宿題を手伝うので休みます」と書いてあってほっこりしたなど、会社と関係ない話が大半です。
時には「二日酔いで頭が痛い」と、本当にどうでもいいことを書くこともあります。ただ、そうやって素の自分を見せることで、「この社長になら言いたいことを言えそうだ」と思ってもらえます。
![【図表】クラシエのわがまま組織論](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/8/1200wm/img_18e2e35ab43bd3eb9efa8cf1a62f3cd9198935.jpg)
動画でも学ぶ「実践!わがままに生きる」
プレジデントオンラインアカデミーでは、クラシエ岩倉昌弘社長による「部下のわがままは、どこまで許すか?」のレッスンをご覧いただけます。
■わがままを伝えやすいリーダー像とは
さらに大事なのが、社員の声を聞く姿勢です。「言いたいことがあるなら言いにこい」だと、社員はなかなか本音を話しません。門戸を開くだけでなく、こちらから聞きに行く機会をつくるべき。私は事業方針説明会ですべての事業場に行きますが、説明会の後には必ずディスカッションの時間をつくり、さらに希望者を募って食事に行くこともあります。そうやって自分から入っていくと、みんな言いたいことを言い始めます。
社員の話の中には、それはないなというものもあります。しかし、そこで即却下すると次から本音が言えなくなってしまう。「99%無理」と正直に伝えつつ、「ほかの経営陣にも聞いてみるから持ち帰らせて」と保留して、受け止める姿勢を示すことが大切です。
商品やマーケティングなどの企画提案に関しては、年次を理由に却下することもしません。経営陣は成功体験が豊富ですが、それは過去のもの。そもそも若い女性がターゲットの商品のデザインや色について、中高年が評価すること自体がズレています。事業性については経営陣がしっかり精査しますが、それ以外はむしろ私たちの想像を超えてくるようなものがいい。
いったんゴーサインを出したら、会社として全面的にバックアップします。「自分で提案したのだから後は知らない」では社員がチャレンジしなくなります。クレイジーな企画はリスクがありますが、幸い今は通販チャネルなどを使って小ロットで試しながら展開ができます。
こうした姿勢を見せることで、社員の意識は確実に変わってきました。従業員調査でクレイジー度を調べていますが、実際にクレイジーな行動をしている社員が、目標値の2割を突破。クレイジーな社員が一定数を超えてきたので、次は個のクレイジーからチームのクレイジーへと広げていくつもりです。
![ポスターにして社内に掲示されている企業ビジョン。組織体制も「大きく変わっていきたい」という岩倉社長の強いメッセージがこめられている。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/0/1200wm/img_609c59e94bd0d904b73674ee803f0c11398864.jpg)
注意したいのは、いい意味のわがままと単なる自分勝手を区別することでしょう。後者を許すと組織が成り立たないので、リーダーがしっかり見極めて待ったをかけなくてはいけません。
私の判断軸は、その人だけにメリットがある話なのか、それともまわりをも幸せにする話なのかどうか。たとえば「給料を3倍に上げてほしい」という社員がいたとします。その理由を尋ねて、「車を買い替えたいから」というのは悪い意味のわがまま。「同世代は生活が苦しくてみんな困っている。もっと仕事に集中して頑張りたいから給料を上げてほしい」なら、きちんと耳を傾ける価値があると思います。
部下のわがままをホイホイ受け入れていたら上司の威厳がなくなってマネジメントしにくくなると思う人がいるかもしれませんが、心配は無用です。
リーダーとそれ以外の人の一番の違いは、決断すること。社員も日々の仕事で決断していますが、リーダーの決断とは重みが違います。リーダーが普段から「いざというときには自分が全責任を負う」という思いで仕事をしていれば、その覚悟は社員に伝わり、ある種の威厳を生み出します。
逆に言うと、リーダーの責任をまっとうしていない人はナメられて終わりです。リーダーとしての自覚をもって決断を下し、何でも気軽に言える関係性と威厳を両立させてください。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年5月31日号)の一部を再編集したものです。
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クラシエ 代表取締役社長執行役員
関西大学卒業後、1985年にカネボウ入社。ホームプロダクツ部門に配属後、激動のカネボウ時代を過ごす。旧カネボウ破綻後、2007年にクラシエホームプロダクツ社長執行役員就任。18年にクラシエホールディングス代表取締役社長執行役員に就任。23年10月、グループの経営統合に伴い、現職に。
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(クラシエ 代表取締役社長執行役員 岩倉 昌弘 構成=村上 敬)
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