「レジ袋の有料化」「紙ストローの導入」に意味はあったのか…「政府の政策に根拠がない」という日本の大問題
プレジデントオンライン / 2024年5月23日 16時15分
■「永遠のごみ」になるプラスチック
あれから4年を経て、すっかり社会に定着した感がある。ただし、すこしのモヤモヤを抱えながら。レジ袋の有料化とマイバッグの持参である。
それまでスーパーなどで無料でもらえたレジ袋が原則有料となったのが2020年の7月。プラスチック製品の安易な使いすぎを一人ひとりが自覚して、プラスチックごみを減らすための手段として国が導入した施策だ。
プラスチックは、20世紀半ばから広く使われるようになった丈夫で安くて便利な人工素材だ。だが、使い終わって捨てられ、それが自然環境中に出てしまうと、生ごみなどとは違い、消滅することのない「永遠のごみ」になる。プラスチックを分解して水と二酸化炭素に戻してくれる微生物が、ほとんどいないからだ。だから、使いすぎを減らし、ごみになった場合は、きちんと回収して環境中に漏れ出さないように処理する必要がある。
■「脱レジ袋」は数字に表れている
レジ袋は、河原や海岸、深海底にまで散らかっている代表的なプラスチックごみだ。海などの自然環境に流れ出て、いつまでも残るプラスチックごみ。そして細かく砕けて生き物の体内に取り込まれるマイクロプラスチック。それが2010年代後半から世界的な社会問題となり、各国がプラごみの抑制に動いた。日本のレジ袋有料化も、その流れに沿ったものだ。
環境省の調査によると、1週間にレジ袋を使わなかった人の割合は、2020年3月には30.4%だったが、有料化後の2020年11月には71.9%に増えた。レジ袋の辞退率は、コンビニでもスーパーでも大幅に上がった。
日本ポリオレフィンフィルム工業組合によると、2021年のレジ袋の出荷量は3.4万トンで、2019年の4割に減った。「金を払うなら不要」という金銭的動機に後押しされたとはいえ、人々はレジ袋の使用を現実に減らしたのだ。
それなら、冒頭で述べた「すこしのモヤモヤ」は、いったいどこから来るのか。
■一方、プラごみ廃棄量は横ばい状態
まず挙げられるのは、プラごみの全体量に占めるレジ袋の少なさだろう。プラスチック循環利用協会によると、2021年に捨てられたプラごみは824万トン。さきほどのレジ袋の出荷量3.4万トンがすべてごみなったとしても、その割合は1%に満たない。実際には、この統計に漏れたレジ袋もあるはずだが、レジ袋の量は、プラスチック製品全体からみると微々たるものだ。
さきほど述べたように、レジ袋有料化の目的は、それがプラごみ問題の元凶だからではなく、市民に対するプラごみの意識改革にあった。だから、身近なレジ袋をきっかけにプラごみの総量が減ったならよいのだが、実際にはそうなっていない。
国内のプラごみ廃棄量は、レジ袋有料化まえの2019年は850万トン、そして2020年は822万トン、2021年は824万トンだから横ばい状態だ(図表1)。
したがって、レジ袋有料化の効果は、あったともなかったともいえない。これでは、「私たちはなんのためにレジ袋の使用を減らす努力をしているのだろう」と徒労感、モヤモヤ感を覚えるのも無理はない。
■なぜレジ袋がターゲットなのか分かりにくい
「エビデンス・ベースト・ポリシー・メーキング(EBPM)」という言葉がある。そのまま訳せば「証拠に基づく政策立案」だ。その場の雰囲気や世間の流れに任せるのではなく、根拠のある確かな証拠に基づいて政策を決めていきましょうということだ。内閣府も、これを積極的に推進することになっている。
だが、プラごみ問題については、いささか怪しい。レジ袋有料化も、2019~2020年あたりの「海洋プラスチックごみ問題」ブームに乗った施策にみえる。「なぜレジ袋なのか」「なぜ有料化なのか」「どういう効果が予測されるのか」を国はファクト(事実)に基づく根拠のある形で発信しなかったからだ。
有料化後にレジ袋の使用量はたしかに減ったが、それがプラごみ全体の減量に有効に結びついていないなら、その理由を検証し、レジ袋有料化は再検討する、あるいは逆にそれに続く身近な第2弾、第3弾を打ち出す。そういった当然のことが行われていない。EBPMになっていないのだ。だからモヤモヤする。
■「紙ストローは環境にやさしい」は本当か
レジ袋が有料化されたころ、国内の飲食店では、提供していたプラスチックストローを紙ストローに替える動きがあった。だが、ほんとうに紙ストローはプラストローより環境への負荷が小さいのだろうか。じつは、その後、「プラストローの代替品は、かならずしも地球にやさしいわけではない」という研究結果が科学論文として公表されている。
たとえば米国内でのストロー使用に関する研究。原料の生産から輸送、製品化から使用、廃棄にいたるまでの製品の一生について地球環境への負荷を調べる「ライフサイクル・アセスメント」の手法を使った。環境への負荷としては、地球温暖化、水域の富栄養化など8項目を考慮した。
その結果、「ごみとしての最終的な処分方法が焼却であろうと埋め立てであろうと、従来のプラストローは、生分解性プラスチックストローや紙ストローより環境にやさしい」ことがわかった。これは2022年に発表されている。
ブラジル国内で行われた同様の研究でも、やはり紙ストローよりプラストローのほうが環境にやさしく、金属やガラス、竹でできたストローを「マイストロー」として繰り返し使っても、それがかならずしも地球環境の負荷軽減には結びつかないと指摘している。プラストローが減っても、それで地球環境が悪化してしまうなら本末転倒だ。
■日本における「ファクト」が必要不可欠
こうした結果は、その国の電力はどうやってまかなわれているか、製品の原料がどのような方法で生産されているかといった個々の事情で変わるので、その国や地域、目的とする製品に特化して評価する必要がある。したがって、この論文の結果がそのまま日本国内にもあてはまるとはかぎらない。
本来なら、国はこうした研究を進め、日本ではプラストローやレジ袋をどう扱うのが適切なのか、そのファクトを社会と共有したうえで施策を立案し、あるいは変更していくべきだろう。それがモヤモヤ解消への道だ。
事はプラごみ問題にとどまらない。この国では、都合の悪いファクトにふたをするかのような施策が目につく。端的な例を挙げよう。巨額の税金が投じられている国の地震防災対策である。
■南海トラフ地震の発生確率は「水増し」された
西日本の太平洋沖で遠からず発生するとされる巨大な南海トラフ地震。国はこの地震の発生確率を「30年以内に70~80%」と発表し、その対策に他の地域とは比べものにならない巨費を投じている。
だが、この確率は「水増し」されたものだ。南海トラフ地震だけが通常とは違う方法で計算され、国はあえて大きな数字を見せている。この計算方法は、かつて使われていたこともあったが、地震学研究の進展にともない、すでに不適切とされている。他の地震と同じ方法を使えば、「70~80%」は20%前後にしかならない。
この事実は最近、東京新聞の小沢慧一記者が、新聞の連載と『南海トラフ地震の真実』(東京新聞)で明らかにした。発生確率の水増しで社会の危機感をあおり、事を進めたがる防災関係者や国に、科学を正当に扱おうとする地震学者がねじふせられる悲しい姿も描かれている。そこに、危機感をあおっておけば国からの研究費が得やすくなるという学者側の事情も絡む。
■ファクトを伏せて政策を突き進める問題点
小沢記者をゲストに呼んでこの問題を取り上げた2024年3月3日放送の「ビートたけしのTVタックル」(テレビ朝日系)で、かつて宮崎県知事を務めた東国原英夫氏は、「自治体は70~80%を前提に防災計画を立ててしまっている」「20%が正しいなら、計画を変えなければならなくなる」「自治体は『もう、おとなしくしておいて』という気持ちを持っているだろう」と発言していた。
いちど始めてしまったものは、その適否がどうあれ、そのまま突き進むしかないということか。行政の本音ではあろう。この「水増し」に対する国の釈明はない。ファクトを伏せた政策の推進……。
もちろん、この社会の将来は、私たち一人ひとりが話し合って決めてよい。それが民主制の社会だ。科学のファクトが社会の合意で最優先される必要はない。だがその際、「科学的なファクトとしてはこうだ。だが、さまざまな事情を考慮して、別の選択肢をとる」という政策決定の過程が、誰の目にも明らかにされておくべきではないか。
■科学の知を100%活用しない科学者たち
付言すれば、プラごみ問題に関するファクトを提供するはずの科学者側にも問題がある。
科学者の仕事は学術論文を書くことだ。転職にも昇進にも、その数がものをいう。そのとき、いちど社会に公表してしまった研究成果は、論文誌に掲載を拒まれるリスクがある。だから、いまこの社会に必要とされる成果が得られても、論文誌に載るまでは塩漬けになって利用されない。載ったころにはタイミングを逸しているかもしれない。
科学者たちは、そうした内輪の論理だけでなく、社会に科学の知を役立てることも考えるべきだという指摘は、30年まえからあった。だが、記事を書くため取材を申し込んでも、「論文誌への掲載が決まるまでは話せない」と断られることは、いまでもごくふつうにある。科学者コミュニティーの意識と習慣が変わらなければ、いま進行している社会問題の解決に科学の知を生かすことは難しいだろう。
■このモヤモヤ感を無視してはいけない
レジ袋の有料化にまつわるこのモヤモヤ感は、きっと大切なものなのだ。思えば新型コロナウイルス禍でもそうだった。ファクトに基づかない突然の一斉休校。政策に都合のよい科学研究成果のつまみ食い。なぜそういう政策になるのか、筋の通った説明がない。ほんとうにモヤモヤした。
その時点でわかっている確かなファクトを公開し、数ある政策の選択肢のなかから、討議によってベストなものを選ぶ。その過程を透明にし、すべての市民の建設的な批判にさらす。それがこの社会に欠かせないことに私たちは気づいたからこそモヤモヤした。
「由(よ)らしむべし知らしむべからず」は、もうやめよう。モヤモヤは不快だが、忘れてはいけないのだと思う。
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東京大学特任研究員、サイエンスライター
1959年、東京都生まれ。東京大学理学部地球物理学科卒業。同大大学院で海洋物理学を専攻。1985年読売新聞社に入社。おもに科学報道にたずさわる。2010年に東京工業大学で博士(学術)を取得。2017年まで東京大学海洋アライアンス上席主幹研究員。現在は東京大学大気海洋研究所特任研究員。著書に『クジラのおなかからプラスチック』『海のプラスチックごみ調べ大事典』(ともに旬報社)、『謎解き・海洋と大気の物理』『謎解き・津波と波浪の物理』『地球規模の気象学』(ともに講談社ブルーバックス)などがある。
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(東京大学特任研究員、サイエンスライター 保坂 直紀)
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