「早寝早起き」で生活や学習が乱れる子はいない…小児科医が「睡眠不足はやめろ」と繰り返すワケ
プレジデントオンライン / 2024年5月25日 10時16分
(前編からつづく)
■子育てはいつからでもやり直せる
――幼児期に早寝早起きの習慣ができないまま大きくなったお子さんの場合、「からだの脳」を育て直すことはできるのでしょうか? それとももはや手遅れなのでしょうか?
脳には可塑性がありますから、いつからでも育て直すことができます。大人になってからでも可能です。
そして脳の育て直しは何歳であっても、早寝早起きの生活リズムを叩き込み、「からだの脳」を育てることから始まります。
――では大きな子の場合、どうやって生活リズムを作っていけばいいのでしょうか? 自我ができてくると親の言うことをなかなか聞かなかったり、幼児より難しいのではと思うのですが。
小さい子と基本は同じですね。起きる時刻を早めるんです。小学校高学年あたりぐらいまでだと、きちんと親御さんが論理立てて説明をしてあげれば、「やってみようかな」という気になってくれると思います。例えば夏休みなら、朝明るくなるのも早いし、始めやすいのではないでしょうか。
その時には「朝なら自分の好きなことをいくらでもやっていいよ」と言ってみましょう。例えば5時に起きて、6時半に朝ごはんを食べるとすれば「5時から6時半まではゲームをずっとやっててもいいし、自分の好きなドラマを見ていてもいいし、外に行ってバスケットボールの練習をしてもいいし、なんでも自分の好きな活動をしていいよ。その代わり、夜は絶対に9時に寝るからね」と話しましょう。前にお話しした小さい子の場合もそうですが、子供って楽しいことがあると意外と早起きできるので、この作戦でけっこううまくいきます。
でも中学校ぐらいになって、思春期や反抗期を迎えた子は、なかなか親が言っても聞きません。でもアクシスで私たちが科学的な根拠を伝えると「じゃあやってみようかな」と取り組む子はいます。
■大人が寝ていないことが問題
――中高生で親が言ってもダメな場合、専門家の手を借りるまでの間にやれることはないでしょうか。
私の本を本人に渡して読んでいただく(笑)。それで成功した子が結構いるんです。親御さんがわざとリビングのソファとかに『子どもが幸せになる「正しい睡眠」』などの本を置いておいたら、お子さんがいつの間にか読んで、「なんかさ、寝ないと死ぬんだって。だから俺さ、朝起きて勉強することにするわ」って言い出して。それからめきめき学力が上がった子もいるんですよ。
――小学生や中学生に早寝早起きを習慣づける場合であっても、親も夜早く寝なければなりませんか。
当然です。そもそも大人たちがちゃんと夜寝ていないという環境が問題なのです。大人たちが早寝早起きをおろそかにしない家庭生活を送っていれば、おのずと子供たちにも早寝早起きの習慣はつくんです。これだけ寝ない子が増えているのは、大人たちがちゃんとした生活をしていないからです。
■5歳までの子供にスマホは絶対NG
――いまの子どもの睡眠リズムを乱す要因にスマホもあるかと思います。親御さんは皆さん苦労していると思うのですが、子どもとスマホとの付き合いはどうするといいでしょうか?
「からだの脳」を育てる時期、つまり5歳くらいまでの子供にスマホは不要だというのが私の考えです。5歳までの子供には、自分で自分をコントロールすることなど絶対にできません。スマホの操作は簡単で、いったん操作を覚えてしまうと「もっとやりたい」ということになるので、絶対に子供に持たせてはいけません。
お出かけ先で子供にスマホを渡しているお母さんがなぜあんなに多いのか、不思議でしかたありません。子供をおとなしくさせるため、周囲に気を遣っているのかも知れませんが、私からすればそのこと自体がちょっとよく理解できません。だって、子供は黙らなくていいんですよ。
それに、子供にとっては五感からの刺激が一番大事です。お出かけしている時の子供は五感からいろいろな刺激を受けているはずなのに、その機会をスマホに奪われてしまったら脳が育たないのではないかと思います。だから私の中ではスマホは絶対NGです。
■スマホの使用も「脳の発達」に合わせる
――小学校に入って以降はどうでしょう?
小学校に入って以降は、今は学校でも子供1人にタブレット1台という時代ですから、電子媒体なしで過ごすというのは難しいとは思います。それでも小学校低学年までは、まだまだ自分で自分をコントロールすることはできませんので、個人でスマホを持たせることは推奨しません。
持たせるとしたら、位置情報の確認とか緊急連絡のためだけに、キッズスマホを持たせる。共働きの親の場合は特に、子供がどこにいるか確認できないと困る場面はありますし、何かあった時に子供が緊急連絡できるツールを持たせるのは、現代の社会状況を考えると必要なのかなと思います。ただ、いろんな情報にアクセスできるような権限は一切与える必要もないし、与えてはいけない。
小学校高学年になれば、少しは許容範囲を広げてもいいでしょう。タブレットの使い方とかメディアリテラシーについては学校の授業で習ってきますし、必要ならスマホを持たせても構わないとは思います。とは言うものの、やっぱりまだ自分で自分を抑制するのは難しいので、小学校4年生ぐらいまではアプリの制限や使用時間の制限は親主導でやっても構わないと思います。
ただ、その子にもよりますが、4~5年生以降の年齢になってくると「こころの脳」つまり前頭葉が育ってきます。そこで親は、子供を信頼しながら、少しずつ自力でメディアとの接触をコントロールできるように導いていかなければなりません。
「今まではスマホを使える時間を親が制限していたけれど、調べものをするのに必要な時間は使ってもいいと思うよ」と子供に話しましょう。そして、1日何時間とか、何時から何時までは使える時間にするというルールを、親子でじっくり話し合って決めるのです。
それでも、決まった時間を過ぎてもスマホをいじっていたりとか、もっとインターネットに繋げて使いたいと言いだしたりとか、調べ物ではなくゲームばかりしていたりといったことが必ず起こります。そうしたら「調べ物をするためだけにスマホを使うという約束だったけど、ゲームばっかりやってるね。自分でなかなかゲームがやめられないんだったら、やっぱり時間を制限した方がいいと思うよ」と子供に伝えて、親子でまた話し合いをしましょう。トライアンドエラーを繰り返す中で、子供が自分で考えていけるよう促すのです。
ただしここで言っているのは「寝る時刻と起きる時刻だけは絶対に守る」と言うルールを家庭で徹底することを前提とした、それを守った上でのメディアとの接触時間です。就寝時刻を超えた設定は基本的にありえません。
■主体性を尊重することで「こころの脳」は育つ
――なかなか根気が要りそうですね。トライアンドエラーを繰り返す中で、親が気を付けるべきことはありますか?
小学校高学年であれば、頭ごなしに「こうしちゃダメ」、「こうしなさい」と言うのはやめておきましょう。
まず自分で考えさせて「睡眠の質が落ちているのはスマホから出てくる光、ブルーライトのせいだよね」と納得させましょう。今、学校ではメディアリテラシーの授業をかなりやっているので、普通はそういうことを知らないはずはないんです。
「そういうの学校で習ったよね」と聞けば、「うん、知ってるよ」と答えるでしょうから、本人の知っていることを引き出しながら、「実際にお母さんが見てると、あんたは寝付きも悪いみたいだし、夜中も目が覚めてしまうみたいだし、やっぱり寝る時間ギリギリまでスマホ見てるのがよくない気がするんだよね」って、あくまで「お母さんの感想はこうだけれど、どうする?」というスタンスで、子供が主体となって、自分でメディアコントロールをするよう促すんです。
絶対に子供は失敗します。でも失敗も承知の上で、トライアンドエラーの中から子供が自力で学んでいく状況を作っていくことで、「こころの脳」も育っていきます。
■勉強に目覚めるのは「こころの脳」が育ってから
――前編で不登校や発達障害も睡眠で改善するというお話がありました。小学校に入って以降、親の大きな悩みになるのが子供の勉強ギライだと思うのですが、これも睡眠を改善すると変わりますか?
はい、学習面でも改善していきます。
ただ、そもそも小さいうちは勉強が好きな子なんていませんよ。小さい子は本能で生きているはずで、喜怒哀楽とか危険から身を守るとか、死に至らないように生きるといったことが大切なのです。でも、勉強は子供たちが生きるために別に必要ではありません。だから、小学校低学年で勉強が好きなんて言ってたら逆に変です。
ではなぜ学校に行くかというと、他の人間という生き物が好きになってきて、その集団の一員になることが心地よかったりするからです。それからみんなで先生の話を聞くという新しい刺激、今まで経験したことのないことがあるからです。
そうして学校に通い続けているうちにそれなりに学力はつくと思うんですが、でもそれは、本当の意味での勉強ではないんですよ。本当の意味の勉強というのは、自分を深めるための知識欲や、論理思考に支えられています。これは前頭葉つまり「こころの脳」が育つ10歳以降で初めてできるようになるのです。
そうして「こころの脳」が育ち上がっていけば、自分は将来これになりたいという姿、医者でも弁護士でも自動車整備士でもいい、自分の将来像を想像するようになります。想像するのは前頭葉の働きですから。
そして自分なりに模索して、その将来像に至るための段取りを考えた時に、高校はこういう学校に行って、大学進学するなら○○学部に行かなければならないというのが見えてきます。そこでようやく「嫌いだけど社会も勉強しようか」とか「英語に徹底的に取り組んで点数を増やそう」となるわけです。
■親は「勉強」の定義を変えよう
昆虫図鑑とかポケモンの図鑑ばっかり見て、国語、算数、理科、社会の課題には手を付けない子は、一般の大人の定義で言うと「勉強嫌い」かも知れません。でも昆虫が好きな子が昆虫図鑑をすみずみまでなめるように、中身をほとんど覚えられるくらい読み込むのは、私の定義では「勉強好き」です。そういう意味で勉強嫌いな子はそんなに多くありません。
何かすごく好きなことを見つけて、それをどんどん掘りさげていこうとする子は、その後自分の目標を見つけた時に、そこに向かって頑張っていくことができるはずです。
――そこに関しては親が干渉しないほうがいいわけですね。
干渉しないというよりは、もうちょっと積極的に対応しましょう。子供が何か熱中するものを見つけてきた時に、水を差さない。「ポケモンのことだけは誰にも負けないね」って言ってあげる。そこは大事だと思いますよ。「ポケモンばっかり見てないで勉強しなさい」って言うのが一番いけません。勉強嫌いを助長するだけです。
――好きなことに熱中するのはいいけれど、学校の勉強をしないと基礎学力すらつかないのではと親としては心配になるのですが。宿題を出さないと学校からもいろいろ言われますし。
うちの子も提出物は全然出さないし、忘れ物ばかりしていた子でしたが、どこかの時点でやり出すんですよ。中学2年か3年の時に宿題を家でやってる姿を(初めて)見てびっくりしたことがありました。
例え提出物を出さなくても、学校に行っているというだけでそれなりに何かは身につきます。クラスのトップの方にはいないかも知れないけれど、繰り返しの刺激が入ってきますから。
学校におけるペーパーテスト向けの勉強は学校にお任せして、子供が家で勉強しないならその代わり、家庭の中で意図的に子供に役割を分担させることを通し、基礎学力と言うべきものを鍛えましょう。
例えば算数が苦手な子に「今日、お友達が9人来るんだけど、この丸いケーキ、9等分するにはどうしたらいいかな」と相談する。子供が考えて「まず3つに分けて、それをさらに3つに分けたら9になるんじゃない」と言ったらほめる。そういうことを通し、3の塊が3つあったら9になる、つまり3×3=9であり、3の2乗が9であるっていうことが、だんだんイメージとして頭に入ってくるんですよ。
学習という要素は実生活の中にいかようにでも入れることができると私は考えています。
■現代人は睡眠不足の深刻さをわかっていない
――さきほど、大人が寝ていないことが問題とおっしゃっていました。どのような問題意識をお持ちなのか、もう少し詳しく教えてください。
睡眠と食事をおろそかにしているという言い方もできるのですが、私には、睡眠と食事を楽しんでいない方が多いなという気がします。取らなきゃいけないから、睡眠を取っている。食べなきゃいけないから、ご飯を食べているようにしか見えないんです。本能的に湧き起こるはずの、寝られる時の幸せ感とか食べられる時の幸せ感を感じられない方が多いなという印象です。
聞いてみるとびっくりするのが、子供たちに限らず大人の方も毎食、「これを今食べないと死ぬ」ぐらいの、体や脳から湧き起こる危機感みたいな食欲を感じてない方が多いんですよ。ご飯は時間が来たから食べてるだけですっていう方が多いんです。
「これを食べなきゃ死ぬ」と感じるということは「からだの脳」がちゃんとできているということなんですよ。
でも(最近の大人を見ていると)「おりこうさんの脳」で「人間は3食取らなければならない。それを取るのは7時、12時、6時である」みたいな知識で食べている方が多い感じがします。
――「からだの脳」を現代の大人たちが取り戻すにはどうしたらいいのでしょう。睡眠のことはもちろん重要なのだと思いますが。
睡眠のことはもちろんじゃなくて、睡眠が全部なんですよ。
別に子供の問題に限らず、大人も今、病む人が多いのです。ここ最近、私の周りというか私の関わってる方たちの中でも、睡眠不足で、生活を犠牲にしながら、仕事も頑張ってるような方たちが、40、50、60歳ぐらいになってがたがたって病に倒れるケースが多くて、呆然としています。気がついたらもう手のつけられないような癌だったとかね。だから睡眠不足はやめろと言いたいです。やめてくださいじゃなくて、今すぐやめろって言いたいです。
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文教大学教育学部教授、子育て支援事業「子育て科学アクシス」代表
小児科医・医学博士・公認心理士。1987年神戸大学卒業後、米国ワシントン大学医学部や筑波大学基礎医学系で分子生物学・発生学・解剖学・脳科学の研究を行う。臨床医、研究者としての活動も続けながら、医療、心理、教育、福祉を融合した新しい子育て理論を展開している。著書に『「発達障害」と間違われる子どもたち』(青春出版社)、『高学歴親という病』(講談社)、『山中教授、同級生の小児脳科学者と子育てを語る』(共著、講談社)、『子どもの脳を発達させるペアレンティング・トレーニング』(共著、合同出版)など多数。
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(文教大学教育学部教授、子育て支援事業「子育て科学アクシス」代表 成田 奈緒子)
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