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だからトヨタは「全方位戦略」を貫いた…「富裕層のシンボル」テスラがここにきて大失速しているワケ

プレジデントオンライン / 2024年5月20日 9時15分

テスラのイーロン・マスクCEO(2024年1月22日) - 写真=EPA/時事通信フォト

■背景に「血で血を洗う」中国市場の価格競争

足許、米電気自動車(EV)メーカーである、テスラの先行きに不透明感が高まっている。これまで同社は、世界最大の新車販売市場である中国および、第2位の市場である米国で生産能力を構築し業績は拡大してきた。ところが、その勢いに陰りが見え始めている。今年1月~3月期の収益は約4年ぶりの減収減益だった。

テスラの業績減速の背景には、中国のEV市場の競争激化がある。特に、EV分野の価格競争は熾烈を極めている。2019年、中国国内で約500のEVメーカーが政府に登録された。どう見ても、過剰メーカーがひしめいていた。

その結果、価格競争は激化した。不動産バブル崩壊による景気低迷も深刻化した。EVメーカーは100社程度に淘汰されたとみられる。中国EV市場は、多くの企業が血で血を洗うような激しい価格競争を繰り広げる、いわゆる“レッドオーシャン”の状況に陥っている。

■「EV一本足打法」が裏目に出たか

それに加えて、米国市場でもテスラの成長の勢いは鈍化している。航続距離の短さ、充電インフラの整備の遅れなど、消費者の好みはハイブリッド(HV)やエンジン車に向かい始めた。テスラの新型モデルの供給体制に不安を強める消費者も多い。

今後、中国EVメーカーの追撃はさらに厳しさを増すことだろう。テスラの打開策が本格的な成果を上げるか否か、先行きは見通しづらい。

ただ、中長期的に、脱炭素などで主要先進国のEVシフトは加速する。米国政府としてもテスラを破綻させるわけにはいかないはずだ。半導体やEV分野で、米国が対中制裁措置を強化するリスクも上昇傾向だ。EV一本足打法のテスラが環境変化にどう対応し収益力を立て直すか、不確定な要素は多い。

■最終利益が前年同期比55%減に沈んだ理由

テスラの今年1月~3月期の売上高は、前年同期比9%減の213億100万ドル(1ドル=155円換算で約3兆3000億円)だった。最終利益は同55%減の11億2900万ドル(約1700億円)と落ち込み幅が大きかった。

最重要市場の中国EV市場の“レッドオーシャン化”はかなり強烈だ。テスラは、上海に同社最大の工場を建設し、中国向け、海外向けのEV生産を強化した。中国政府は、テスラへの補助を実施し、低コスト生産体制の強化を支援した。

テスラから中国のEVメーカーへの技術移転が加速した。中国政府はEV分野の産業政策も強化した。EVメーカーではBYD、埃安(アイオン)、五菱(ウーリン)、車載用バッテリーメーカーのCATL、バッテリー絶縁材など部品メーカーの上海エナジーなどに土地の供与や研究開発、生産強化の補助金を支給した。

シャオミやファーウェイなどの、IT先端企業のEVへの新規参入も増加した。産業補助金などを支えに中国勢のEV生産能力は急速に拡大した。生産コストも低減した。ブランドは違うが性能はあまり変わらないEVが市場にあふれ出た。

■値下げ競争では中国製EVにかなわない

供給が需要を上回り、過剰生産能力は累積している。それに伴い、値下げ競争が激化している。相手が価格を下げれば、より大幅に値下げをする。値下げ競争に拍車がかかり、淘汰される企業も増えた。現状、中国EVメーカーで安定的に収益を獲得できるのは、BYD、アイオン、ウーリンなど一部に限られるとの見方もある。

熾烈な競争で競争企業が互いの体力を削ぎあう、“レッドオーシャン化”は鮮明だ。中国市場で、テスラも値下げせざるを得ない状況だ。しかし、テスラは、競合する中国勢とのコスト負担の差を埋めることは難しい。積みあがる在庫を圧縮するために、追加の値下げが必要な負の循環にテスラは陥っている。

不動産バブル崩壊による個人消費の停滞なども深刻だ。中国市場でテスラの採算は悪化し、安定的に獲得することは難しくなった。

■李強首相と会談し、「自動運転の実用化」を表明

足許、テスラのイーロン・マスクCEOは中国事業の立て直しを急いでいる。4月下旬、突如マスク氏は訪中し、李強首相と会談した。同氏の訪中は、テスラにとっての中国の重要性を確認する重要な機会になった。

会談において、マスク氏は、百度(バイドゥ)と提携し、自動運転の実用化を目指す考えを示したようだ。事前のXへの投稿で、マスク氏は、「フル・セルフ・ドライビング(FSD)と呼ばれる、運転支援システムの実用化はすぐ可能になるかもしれない」と述べた。

会談とほぼ同じタイミングで、テスラはAIへの投資の拡大も発表した。また、4月上旬に中止が伝わった低価格車の開発に関して、決算説明会の場で投入を急ぐと方針を撤回した。いずれも、中国市場の失地回復が念頭にあるだろう。

現在、米国を中心に、テスラはAIや自動運転などのソフトウェア開発を強化している。それを、テスラは中国企業と共有する。低価格車の生産体制を強化する中で、中国での直接投資も積み増す可能性は高い。

テスラの上海店
写真=iStock.com/Robert Way
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Robert Way

■“手土産”の代わりに規制緩和を依頼か

それは、中国政府が国内企業への技術移転を強化するために重要だ。テスラは手土産を渡す代わりに、中国政府に規制緩和を依頼し、需要の獲得を目指しているようだ。

会談後、中国は安全保障上の理由から規制した政府機関へのテスラ車乗り入れを解除した。中国当局が、テスラの自動運転システムを暫定的に承認したとの見方もある。テスラの投資拡大は中国にとって、雇用や低価格EVの輸出増加の支えとしても重要だ。

一方、半導体やAI、データ主権分野などで米中の対立は先鋭化している。米国や欧州委員会は、中国製EVの関税を追加的に引き上げる恐れもある。中国が過剰生産能力を輸出し、雇用が奪われるとの米欧の懸念は上昇傾向だ。

それでも、テスラが最大市場の中国から離れることは難しいだろう。マスク氏の訪中は、中国が世界の自動車メーカーなどに重要であることを改めて確認する機会になった。

■標準規格になったテスラを見捨てられない米国

テスラは、米国でも収益体制の立て直しを急ぐ。5月10日、マスク氏は閉鎖が報じられたスーパーチャージャー(急速充電器)部門の投資拡大を表明した。新たなパートナ企業の獲得も目指すようだ。

マスク氏の方針修正には、米国政府の意向が影響したとみられる。テスラのスーパーチャージャーは、現在、世界最大の充電システムに成長した。テスラの規格が米国のEV充電の標準規格になっている。米国にとって、EVは脱炭素を加速するために欠かせない。

急速充電網の整備は、EV利用のインフラ強化に必須だ。テスラの事業が行き詰まることは、米国経済にとって損失になる恐れがある。米国政府はテスラに対して、他企業と連携し充電インフラ整備の促進を求めたとの見方もある。テスラの米国でのEV生産に関しても、他社との連携などが進むかもしれない。

米国政府は、過剰生産能力を抱える中国自動車産業への警戒を強めている。11月の大統領選挙の結果次第で、米中がEV関連分野などで効率関税をかけあう恐れもある。世界的な貿易戦争に発展するリスクは上昇している。

■全方位戦略をとるトヨタと明暗が分かれる格好に

米中両にらみで事業の立て直しを進めるテスラだが、今のところ、その成果は見通しづらい。中国はEV支援策を一段強化する構えだ。政府は、BYDなどに加え、中国第一汽車集団、東風汽車集団、重慶長安汽車の国有大手3社のEV生産能力を引き上げる考えを示した。今後、テスラは一段と苛烈な中国EV勢の追撃に直面するだろう。

トヨタなど大手自動車メーカーは、エンジン車、HV、PHV、EVなど全方位型の戦略を強化している。いずれも、米国、中国など主要市場の当局の政策を見ながら、生産・供給体制を強化している。先端分野での米中対立の懸念が高まる中、主要自動車メーカーによるリスク分散はさらに加速するだろう。

1月~3月期、テスラの営業利益率は5.5%だった。前年同期の11.4%から低下した。「テスラはマグニフィセント・セブンから脱落した」と見る投資家もいる。中国市場での収益向上も容易ではないだろう。EV専業メーカーのテスラがどのように収益の挽回を目指すか、先行きの不確定要素は増加傾向だ。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

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