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経営の神様 松下幸之助の信念・哲学に学ぶ【1】

プレジデントオンライン / 2013年1月4日 12時0分

いまなお、経営者・ビジネスマンたちから絶大な支持を受け、その言葉がいまも生きる松下幸之助。このほど『松下幸之助に学ぶ経営学』を上梓した学界の重鎮、甲南大学特別客員教授 加護野忠男氏が、「経営の神様」と称えられる巨人の信念と哲学を語り尽くす。

Q いまなお松下幸之助氏が注目される理由は何でしょうか。

【加護野】2つの面があると思います。まずは不況です。パナソニックという会社の歴史を調べてもらうとわかりますが、同社は不況のたびに伸びてきた。例えば昭和初期の金融恐慌では、倉庫に大量の在庫を抱えて売り上げが半減。普通なら従業員を解雇したり賃下げで生き残りを図るところですが、幸之助さんは工場勤務の従業員を営業に回して苦境を乗り切り、むしろ生産が追いつかなくなるほどの発展を遂げました。幸之助さんはこの種の逸話に事欠かない。それが不況で苦戦しているいまの人々の心をひきつけるのでしょう。

もう1つ、日本企業がある意味で理念喪失、目標喪失に陥っていることも大きい。バブル崩壊以降も日本の企業は頑張ってきましたが、株主主権の尊重という誤った方向に進み、頑張れば頑張るほど企業の元気がなくなっていきました。リーマンショックを経てようやくおかしさに気づき、いま多くの人が会社の存在意義を見つめ直そうとしています。その流れの中で、「会社の目的は社会貢献にある」と言って経営を行った幸之助さんが注目を集めているのだと思います。

かつては「会社は株主のお金儲けの手段」などと愚かなことを言う経営者は誰もいませんでしたよ。オムロンの創業者である立石一真さんは「企業は社会の公器」と言っておられたし、京セラの創業者・稲盛和夫さんも、京セラの目的は「全従業員の物心両面の幸福を追求すること」と言っておられた。いずれにしてもそこには社会的に意義のある理念があったわけです。

おそらく現在の経営者たちも本音では、株主のために会社があるとは考えていないはずです。ところが金融庁や証券市場の圧力を受けて、表向きは「株主のために利益を出す」と言わざるをえない状況に追い込まれている。これでは働いている人も経営者を信頼できません。リーダーの基本は正直さ。現場の人の「何のために働くのか」「本当に大事なことは何なのか」という声に対して、リーダーは真摯に答える必要があるでしょう。

Q しかし利益が出なければ会社は存続できません。社会貢献とどのように折り合いをつければいいのでしょうか。

【加護野】もちろん利益を度外視していいわけではありません。幸之助さんも社会貢献を掲げる一方で、利益にこだわって経営していました。創業者・中内功さんは幸之助さんと対立した経営者の1人でしたが、中内さんは最終的にダイエーを潰してしまった。その一因は、日本の流通を革命するという使命感が強すぎて、突っ走ってしまったことにあります。社会貢献の意識は、ときに暴走を生みます。社会貢献が企業をつき動かすアクセルだとしたら、一方では利益というブレーキも必要なのです。

かといって毎年、あるいは四半期で利益を追い求めようとすると、ブレーキが利きすぎて会社は失速します。大切なのは短期的な利益に右往左往せず、長期的視野で利益を捉えることでしょう。

そういう意味で言うと、時価会計が導入されたいまはチャンスです。時価会計では会社の資産を時価に直せます。だから工場に積極的に設備投資をして、その後に一気に損として計上すれば、以降は設備がタダ同然の値段になって使用できるので競争力を高めることができる。しかも、このとき計上する減損分は会計上の損であって、会社からキャッシュが出ていくわけではありません。時価会計ならば、こうした長期的な戦略を打ち出せるのです。ところが多くの経営者は短期で毎年、会計上の利益を出さないといけないと考えてしまい、大胆な決断をしようとしない。これじゃ会社はよくなりません。

幸之助さんは長期的視野を持った経営者でした。日本で最初に週休2日制を採用したのは幸之助さんですが、導入したのは会社が順調なときではなかった。むしろ会社として余裕のないときに、生産性を上げることを目指して週休2日にしたのです。他社がやっていない週休2日制をいち早く取り入れることは、短期的に見るとコストが上がり、マイナスだったでしょう。しかし幸之助さんは将来に向けて会社の競争力を高めていくために決断した。リーダーには、こうした長期的視野が必須です。

一時的にでも損を出すことは経営者にとって勇気がいること。それが将来の利益につながると理解されなければ株主は怒るし、従業員も怖くなって逃げ出してしまいますからね。その意味では一種の賭け、リスクテーキングです。しかし経営学には「リスクを取らないことほど危険なことはない」という格言がある。いま大きな問題が見えないからといってリスクを避けていると、じわりじわりと会社が悪くなっていずれ身動きが取れなくなる。やはり先を見越してリスクを取るべきです。

果敢にリスクを取れるのは、幸之助さんが創業社長だったからだという見方もあるでしょう。しかし、サラリーマン社長でもリスクテーキングすることは可能です。最近なら日本マクドナルドHDの原田泳幸CEO。マクドナルドはいま不採算店舗の整理を進めていますが、現時点では業績好調ですから、短期の利益を考えたら、そこまでやる必要はないはずです。しかし、会社の継続的な発展を考えて、あえて整理に踏み切った。創業社長だろうとサラリーマン社長だろうと関係ない。リーダーの意識の問題です。

Q 幸之助氏のリーダーシップの秘密はどこにあるのでしょうか?

【加護野】幸之助さんの有名な言葉に「3%のコストダウンは難しいが、3割はすぐできる」というものがあります。かつて松下電器は、トヨタ自動車からカーラジオの価格に関して毎年3%のコストダウンを求められていました。ところがコロナという戦略車種をアメリカに輸出するにあたり、ある年、3割のコストダウンを要求された。当然、松下の事業部は無理だと回答するつもりでした。しかし幸之助さんが事業部にやってきて、「3%だったらいままでの延長線上でのコストダウンになるけれども、3割も一気に下げるということなら製品設計の基本から全部考え直さざるをえない。だとすれば、3割は意外に簡単なのではないか」と言った。もちろん3割のコストダウンは簡単なはずがない。幸之助さんの真意は、現状の延長線上で満足するな、もっと深く考え抜け、というところにあったと思います。

松下電器の元副社長で、WOWOW元社長の佐久間昇二さんから、こんな話を聞いたことがあります。佐久間さんが乾電池を売るために旧西ドイツに赴任したころ、松下電器には、どこの国の市場でも自分たちの商品をもっとも高い値段で売るという原則がありました。しかし当時西ドイツには圧倒的シェアを持つボルタという乾電池メーカーがあり、それより高い値段で売ることは実質的に不可能。それでも原則を破って安く売ることは許されず、佐久間さんはそれこそ「血の小便」が出るくらいに考え抜いたそうです。その結果、乾電池を透明なプラスチックの什器に入れて新しさをアピールして、ボルタと差別化する方法を思いついたといいます。

このように原則を徹底させることも、目標を高く掲げることと同じ効果があります。困難な目標に挑戦するからこそ、努力もするし、知恵も出る。幸之助さんは「考えて考えて考え抜いたら、だいたい考えたとおりになる。結局そのとおりにならないのは考えが足りないだけである」と言っていましたが、そうやって考えざるをえない状況に追い込むことで人を育ててきたわけです。

最近でいうと、JFEホールディングスの數土文夫相談役も高い目標を掲げて社員を引っ張った名経営者です。數土さんはNKKと川崎製鉄の統合後、社長として15%の利益率という無茶ともいえる目標設定をした。そうなると思い切って事業の整理も行わなくてはいけないし、社員もNKKだ、川鉄だと縄張り争いする余裕がなくなる。まさに大きな目標を示すことで、小さなことにこだわる人たちの視線を上に向けさせたのです。実際にそれでJFEスチールは目標を達成した。企業統合という難しい局面でそれをやってのけたのですからすごいですよね。

従業員が驚くくらいの目標でいいのです。いわばショック療法。カルロス・ゴーンさんが日産自動車をV字回復に導いたとき、日産の人になぜ頑張れたのかとインタビューしたことがあります。そのときある方は、「こんなおじさんに会社を潰されてたまるかという思いだった」と打ち明けてくれました。そのように社員に思わせたゴーンさんは優秀ですよ。経営者の仕事は、みんなに好かれることではない。みんなが必死になって仕事をしてくれるよう仕向けるのがいいリーダーですから。

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甲南大学特別客員教授 加護野忠男
1947年、大阪府生まれ。70年、神戸大学経営学部卒業。75年、同大学大学院博士課程修了。79年から80年までハーバード・ビジネス・スクール留学。専攻は、経営戦略論、経営組織論。近著に『松下幸之助に学ぶ経営学』など。

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(甲南大学特別客員教授 加護野 忠男 構成=村上 敬 撮影=浮田輝雄)

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