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「留学生に抜かれた日本人は可哀想」なのか…外国人留学生を排除する"イジメ"のような規定改定の時代錯誤

プレジデントオンライン / 2024年5月22日 10時15分

全国高校駅伝の女子2区、立命館宇治の大西桃花(左)を抜き、先頭に立つ仙台育英のデイシー・ジェロップ。2023年12月24日、京都市内[代表撮影] - 写真=時事通信フォト

駅伝でレース展開をひっくり返すような大活躍する外国人留学生は多いが、そんなシーンが激減するかもしれない。高校駅伝のルール変更で留学生が走っていいのが「最短区間(3km)」のみに限定されることになったのだ。スポーツライターの酒井政人さんは「留学生と切磋琢磨して、日本人選手は成長してきた。外国人を排除する動きは、日本の長距離界にとってマイナスだ」という――。

■高校駅伝は純ジャパチームが勝てればいいのか?

全国高校駅伝は毎年12月下旬に開催されている。冬の駅伝シーズンの目玉で、テレビ中継もされる。ファンにとっては将来の箱根駅伝のエース候補などを見いだすいい機会でもある。

この大会の規定が、今年から変わる。外国人留学生の起用が「最短区間(3km)」に限定されることになったのだ。駅伝を中心とした取材をしている筆者からすると、この変更に強い違和感を抱かざるをえない。“駅伝の国際化”に完全に逆行しているからだ。

全国高校駅伝に外国人留学生が参加するようになったのは1992年大会からだ。ちょうど筆者が高校1年生(陸上部)の時で、本当に衝撃的だった。

当時は日本人高校生の5000mのタイムは13分台が1人しかいなかった時代。ケニアからやってきたダニエル・ジェンガとジョン・マイタイという仙台育英高(宮城)の留学生コンビが入学直後の大会で14分08秒台(当時の高校歴代4位相当)をマークした。

2人のケニア人留学生を擁した仙台育英高は、その年の全国高校駅伝に初出場で4位。翌年(93年)は最長区間(10km)の1区でジェンガが抜け出すと、3区のマイタイも区間賞。そのまま独走した。この年、仙台育英高は男女各2人のケニア人留学生を起用して“アベック優勝”を果たしている。

ケニア人留学生のパワーがあまりにも強烈だったこともあり、全国高等学校体育連盟(高体連)は1995年からインターハイの留学生枠をチームの20%前後までに規制。高校駅伝においても外国人留学生選手は「エントリーは2人以内として出場は1人」とした。

その後も2007年大会まで“花の1区”は、ケニア人留学生が区間賞を奪い続けた。2008年からは男女とも外国人留学生選手の起用は、「1区を除く区間」という規定に変更。それでも“留学生パワー”は衰えず、全国各地にケニア人ランナーがいる時代になった。

昨年度(2023年)の高校100傑は男子5000mで14人、女子3000mで13人の外国人留学生の名前を見つけることができる。なおインターハイの男子5000mは、ケニア人留学生が1993年から30年連続で優勝をさらっているのだ。

ちなみに長距離種目以外で、外国人選手の姿はほとんど見当たらない。日本でファンも多い「駅伝」という人気種目で、校名をPRしたい学校経営者側の思惑が影響しているといえるだろう。

高体連は2019年と2021年に陸上競技専門部の加盟校に対して、意見を求めるアンケートを実施。留学生区間のさらなる制限に過半数が賛成したという。しかし、それは当然の結果かもしれない。留学生が増えているとはいえ、留学生のいないチームのほうが多いのだから。

■抜かれた日本人が可哀想?

高校駅伝の区間距離は男子が1区10km、2区3km、3区8.1075km、4区8.0875km、5区3km、6区5km、7区5kmの合計42.195km。女子は1区6km、2区4.0975km、3区3km、4区3km、5区5kmの合計21.0975kmだ。

昨年まで男子は3区、女子は5区に留学生を起用するケースが多かった。直近10年間の全国高校駅伝で男子は8回、女子は4回、留学生を擁するチームが優勝している。そして今回の“規定変更”は女子の大会の影響が大きいのかもしれない。

強烈だったのが、2020年の全国高校女子駅伝、最終5区の“大逆転劇”だ。

トップと42秒差の8位でスタートした世羅高(広島)のテレシア・ムッソリーニが爆走。従来の区間記録(15分04秒)を大幅に塗り替える14分37秒で駆け抜けて、前を走る7つの高校をごぼう抜きして、一気にトップを奪ったのだ。

このタイムは区間8位の選手と比べて1分49秒、過去の大会に出ていた日本人最高記録(15分26秒)と比べても49秒速かった。

当時のレースを現地で取材した筆者は、留学生を抱えるチームのある監督からこんな言葉を聞いた。

「14分37秒で走るのはまったく想像していませんでした。14分台は想定していましたが、ここまでは異常ですよ。私は(留学生の)区間制限を提唱している人間ですけど、もっと本格的に考えていかないといけないのかな、と。留学生がいるチームの人間でも、もどかしさを感じていますから」

昨年の全国高校女子駅伝でも最終5区のケニア人留学生が快走した。

神村学園高(鹿児島)がゴール直前に1分20秒差をひっくり返して、5年ぶりの優勝。惜敗した仙台育英高の日本人選手が号泣する様子は“残酷シーン”としてネット上で話題になった(※なお仙台育英高も2区に留学生を起用して区間賞を獲得している)

その記事のコメント欄には、「抜かされた日本人選手が可哀想だ」という声が強かった。なかには生中継していたNHKに「留学生の起用」に苦情を言う視聴者もいたようだ。

今回、男女とも「3km区間」に限定されれば、レース全体がひっくり返るような事態は起きないだろう。しかし、そんな外国人留学生イジメのようなことをして解決する問題なのだろうか。

マラソン大会の集団の足元
写真=iStock.com/amriphoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/amriphoto

新ルールについて、日本陸連や高体連などで構成される全国高校駅伝大会実行委員会は、「ジュニア期のスピード育成を鑑みて、留学生の特性の1つであるスピードを最短区間で発揮してもらい、そこに挑む日本人高校生のスピード向上も期待したい」と説明しているが、これはちょっと苦しい言い訳だ。

また同実行委員会は、「留学生が高校駅伝への出場機会や部活動を含めた教育の機会を奪われることはないと考えている」ようだが、どう見ても今後は留学生の出場機会は減っていくだろう。

区間トップの留学生と日本人上位選手を比べると、男子の8km区間なら30~90秒ほど、女子の5km区間なら50~100秒ほどの差があった。しかし、留学生の起用が3km区間に限定されると男子で15~30秒ほど、女子も20~40秒ほどのアドバンテージしか奪うことができない。

学校側が負担しているケニア人留学生費用(授業料、生活費、渡航費、選手の仲介料など)を考えると、費用対効果は明らかに悪くなることが予想される。

そうなると留学生を招く学校は減り、日本の高校にやってくる留学生も減少する可能性もある。仮に全参加チームが“純ジャパ”になれば、日本人選手のレベルダウンにもつながりかねない。なぜなら今、長距離界を牽引している佐藤悠基(SGホールディングス)、田澤廉(トヨタ自動車)、佐藤圭汰(駒澤大学)らは高校時代からケニア人留学生に刺激を受け、彼らに挑むことで成長したからだ。今後はそういう機会が失われてしまうのだ。

■留学生の規制に反対するワケ

留学生がいるチームが優勝すると、「勝利至上主義でいいのか?」という声が必ず上がる。しかし、裏を返せば、今回のように留学生の起用区間を厳しく限定することも、日本人による“勝利至上主義”とは言えないだろうか。

この問題については、5月9日に放送された「ABEMA Prime」でも取り上げられた。筆者も、桜美林大学駅伝部総監督の真也加ステファンさんと共に番組にコメンテーターとして出演したが、彼の「留学生はトラック(競技)で活躍するためではく、駅伝のために来ているんです」という言葉が印象に残っている。

走れる距離が短くなり、駅伝の“活躍度”がダウンすれば、留学生の居場所はなくなってしまう。また真也加さんは、「これからはミックス(ルーツ)の選手も増えてくる。その子たちが『あの選手は留学生では?』と言われるかもしれない。だからこそ、区別するのではなく、一緒に切磋琢磨してレベルアップしてほしいと思います」とも話していた。

近年の国内スポーツは、「カタカナ」の名前の選手が増えている。彼らは両親もしくは片親が外国出身者だ。また漢字の名前でも日本人と外国人のミックスという場合もある。

名前や見た目で、日本人と外国人を判別するのは難しい時代になっている。国際化が進み、多様性が叫ばれている時代。留学生を締め出すような新ルールには共感できない。日本人は“速すぎる留学生”に嫉妬しているだけではないだろうか。

高校駅伝の参加校は減少傾向で男女ともピーク時と比べて、半数近くまで落ち込んでいる。陸上競技部がありながら、「駅伝チーム」を組めない学校が増えいるのだ。

駅伝は日本独自のスポーツだ。次走者のことを考えて走り、チームの思いと各走者の汗が染み込んだタスキをつなぐ。この競技を世界に発信しないなんてもったいない。

イソップ物語の「北風と太陽」ではないが、強引にルールで規制するのではなく、寛容的になることで“適正な状況”に落ち着くこともある。

留学生のなかには駅伝が主な目的ではなく、日本のことを学びたいという者もいる。しかし、現状では、速くない留学生が高校駅伝に出場しにくい部分がある。

駅伝の普及・国際化を重視するなら、留学生の区間を限定するのは時代遅れであり、個人的には留学生の人数を制限する必要もないと思う。走力や肌の色に関係なく、高校駅伝への参加者が増えれば、日本人の長距離選手の底上げにつながるはずだ。

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酒井 政人(さかい・まさと)
スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)

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(スポーツライター 酒井 政人)

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