日帰り登山でも最悪の場合、死に至る…17日間遭難した59歳男性の命を救った「調味料」の名前
プレジデントオンライン / 2024年5月26日 8時15分
※本稿は、羽根田治『『ドキュメント生還2』(山と溪谷社)の一部を再編集したものです。
■左足首を骨折し動けなくなった男性が生還するまで
99(平成11)年には、“奇跡の生還”的な遭難事故が相次いで起きている。
まずは南アルプス・荒川岳での事例。50歳の男性が冬山の写真を撮影するため、南アルプス南部を縦走する計画を立てて入山したのは前年の年末のこと。男性は12月30日にマイカーで長野県大鹿村の湯折に入り、そこからタクシーを呼んで鳥倉登山口へ向かい、三伏峠への登山道を登りはじめた。テントに泊まりながら烏帽子岳、小河内岳、荒川岳と縦走し、予定どおり1月7日には大聖寺平から下山にとりかかった。ところが、下りはじめて間もなくアクシデントに見舞われる。たどっていった先行者のアイゼンの跡が正しいルートを外れ、前岳西側斜面の沢へと続いていたのである。
先行者はクライミングギア一式を携行していたらしく、氷結した滝をクライムダウンしていったようだった。しかし男性はクライミングギアを持っておらず、滝を迂回して下りようとしたときに、足を滑らせて3メートルほど滑落し、左足首を骨折して行動不能となってしまった。やむなくその日はそこにテントを張ってビバークしたが、翌日になると、足は靴に入らないほど腫れ上がり、さらに数日間のビバークを強いられることになった。
ようやく靴に足が入るようになって行動を再開するが、現場は荒川大崩壊地近くの急斜面。滑落しないように、右手にピッケル、左手にナイフを持って雪と氷の斜面と格闘するも、片足が不自由なため行程ははかどらず、わずか1キロ足らずの距離にある広河原小屋にたどり着くのに1週間ほどかかってしまった(1月17日着)。翌日は、標準コースタイムで約5時間の湯折へ向けて下山を開始したが、結局、湯折にたどり着いたのは、3日後の1月20日のことであった。
■「日帰り登山→遭難」の男性を救った調味料
続いて同年5月、志賀高原の岩菅山では、59歳の単独行男性が17日間にわたって山中を彷徨するという事故が起きた。5月6日、男性は日帰りのつもりで一ノ瀬の登山口から入山したが、スタート時刻が11時30分と遅かったため、稜線上のノッキリに出た時点で登頂を諦め、寺小屋峰経由で東館山スキー場へ下りることにした。ところが、稜線がほとんど雪に埋もれていたことからルートを誤り、下山方向とは正反対の枝尾根に入り込んでしまった。
それから9日間にわたって幾度となく尾根と沢を行ったり来たりしたのち、魚野川の本流まで下りてきた14日以降は、ほとんど動かずに沢のほとりでじっと救助を待った。その間、自力で下山することも考えなかったわけでもなく、下流にあった滝に身を投じれば、運よく生きて下流まで流されるのではないかと考えたりもした。それを実行に移さなかったのは、まだ冷静さを保っていられたからだった。
奇跡が起きたのは、遭難して16日目の21日のこと。毎年その時期にその沢に入っている釣り人が沢を遡ってきて、偶然、男性を発見したのである。
男性の命を救ったのは、入山前にお土産用に買い求めていたワサビ入りマヨネーズだった。持っていた食料を遭難3日目に食べ尽くしたあとは、毎日少しずつマヨネーズを舐めて空腹をまぎらわせていた。たまたま持っていた高カロリー食品のおかげで、彼は生き延びることができたのだった。
■道に迷って滝に飛び込む
この男性は、遭難中に滝から飛び降りることを思いとどまったが、生還するために逆に滝から飛び降りる決断をした遭難者もいる。同年8月、12日から15日の3泊4日の計画で南アルプスの荒川三山を訪れていた52歳の単独行男性は、13日に荒川小屋で幕営したのち、悪天候のため予定を切り上げ、大聖寺平から湯折に下山することにした。
しかし、広河原小屋に近づいてきたあたりで、雨水の流れる水路がルートのように見え、登山道を外れてそちらに踏み込んでいってしまった。途中で「あれ、おかしいな」とは思ったが、広河原小屋はすぐそこだろうから、「このまま下っちゃえ」と、強引に先へと進んだ。しばらく下っていくと、人の足跡が付いている沢に出たので、そのまま沢を下っていった。ところが、行き当たった滝を無理やり下ろうとして、とうとう途中で進退窮まってしまった。そのときに彼が下した決断は、滝を飛び降りることだった。
意を決して滝の上から飛び降り、思惑どおり体は滝壺の中にスポンとはまったかに思えた。だが、次の瞬間、左足に激しい痛みが走った。水中にあった岩に、左足の踵を打ちつけてしまったのだ。
なんとか岸に這い上がったが、左足が地面に触れると強烈な痛みが脳天を突き抜けた。折れているのは間違いなさそうで、この痛みがとれるまではどうにもならないと覚悟を決め、その日から救助を待つ日々が始まった。だが、1週間が経過して21日になっても、救助はやってこなかった。食料も2日前にすべてなくなっていた。このままここにいたのではもう発見されないだろうと思い、自力で脱出することを決意した。しかし、斜面を登り返していく途中で装備を滝の中に落としてしまい、万事休すとなった。
どうにかビバーク地点まで下りてきて、「これからどうしようか」と途方に暮れた。まさにちょうどそのとき、谷の下流から、突如としてヘリが姿を現した。目の高さと同じ位置にヘリが飛んでいて、パイロットの顔がはっきりと視認できた。そのパイロットと目が合い、初めて「ああ、助かったんだな」と実感した。男性のケガは左足踵の圧迫骨折と診断され、1カ月以上の入院生活を強いられることになった。
■蔵王と御嶽山での生還劇
次に2000(平成12)年以降の長期遭難をざっと見ていこう。
同年8月27日、73歳の男性がひとりで「蔵王の雁戸山へ登山に行く」と言って家を出たまま消息がわからなくなった。家族の届け出を受けて、県警や消防団らが捜索を開始したが見つからず、9月2日をもって捜索は打ち切りとなった。しかしその翌日、蔵王山系八方沢付近の登山道近くでうずくまっているところを釣り人によって発見された。全身を強く打って衰弱しており、話もほとんどできない状態であったが、命に別状はなかった。
このケースとほぼ同じ時期、長野県の御嶽山でも63歳の単独行男性が行方不明となった。男性は27日に「御嶽山に行く」と言って自宅を出発、この日は剣ヶ峰の山小屋に宿泊し、翌朝、お弁当のおにぎりを持って出ていったのち、行方がわからなくなっていた。それから8日後の9月4日、捜索を行っていた長野県警ヘリが、七合目の沢の近くで手を振って助けを求めていた男性を発見した。救助された男性は山麓の病院に搬送されたが、腕を骨折しているほか、肩や腰を打つなどして衰弱していたという。
■極寒の山中を生き延びた知恵
また、北海道の大雪山系では、同年12月15日から17日までの日程で、黒岳から旭岳への縦走を計画した男性2人組のパーティが、下山予定日を過ぎても帰らないという事故が起きた。18日から開始された捜索は難航し、なんの手掛かりも得られないまま「生存の可能性は極めて低い」として、21日には打ち切られてしまった。
しかし、その翌々日の23日、2人のうちの25歳男性が自力で下山してきて、層雲峡温泉に近い国道にたどり着いた。2人は下山中に吹雪でルートを大きく外れてしまい、ビバークしながら山麓を目指して下山を続けてきたが、もうひとりの衰弱が激しく、救助を求めるため男性がひとりで下りてきたのだった。山中でビバークしていた28歳の男性は、その日のうちに出動したヘリによって無事救出された。ビバーク中、2人は体温の低下を防ぐために抱き合って眠り、そうめんにマヨネーズをつけて食べるなど高カロリーな食事を摂って体力を維持していたという。
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ノンフィクションライター
1961年埼玉県生まれ。おもな著書に『ドキュメント 生還』『ドキュメント 道迷い遭難』『野外毒本』『人を襲うクマ』(以上、山と溪谷社)、『山の遭難――あなたの山登りは大丈夫か』(平凡社新書)、『山はおそろしい――必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』(幻冬舎新書)などがある。
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(ノンフィクションライター 羽根田 治)
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