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トヨタは「ハイブリッド車1本で行く」と言ったことはない…日本企業初の「営業利益5兆円」を達成できた本当の理由

プレジデントオンライン / 2024年6月5日 16時15分

トヨタ自動車の決算発表記者会見でスピーチする佐藤幸治社長(2023年5月10日、東京) - 写真=EPA/時事通信フォト

■生産台数3億台、人的投資3800億円、変革への投資1.7兆円

2024年5月8日にトヨタの決算が発表された。営業収益(売上高)は45兆953億円。前期よりも21.4%増えた。営業利益は5兆3529億円。前期よりも2兆6279億円、96.4%増えている。利益はほぼ倍増している。

各メディア、ニュースサイトが取り上げる数字はこのふたつだ。しかし、決算の数字の中で注目すべきはこの数字だけではない。

これまでとこれからのトヨタを知ろうと思ったら次の3つの数字に注目するべきだろう。それは決算要旨に書かれている。生産台数3億台、人的投資3800億円、変革への投資1.7兆円。

「2023年9月にグローバル生産累計3億台を達成しました」

トヨタは1938年の創業からこれまでに3億台もの車を作ってきた。これはユーザーからの支持だ。延べ3億人のユーザーがトヨタの車に乗ってきた。誇るべきはこの数字だ。例えば年間に300万台作ったとして、3億台を達成するには100年かかる。それをトヨタは86年で達成した。3億台は感慨無量の数字だろう。

次が人的投資の金額だ。決算説明会の資料にはこうある。

■こんな投資は聞いたことがない

「高い業績を活かし、未来への人的投資、成長投資を加速。人への投資:3,800億円(うち、仕入先/販売店 3,000億円)……(中略)自動車産業全体の魅力を高めるための、仕入先/販売店の労務費負担、従業員の環境改善などに対する投資」

これは自社へのお金ではない。仕入れ先、販売店の従業員に対して労働環境を整備するための費用を負担すると言っている。つながりはあるとはいえ、他の会社の従業員のためにお金を使うと言っている。会社の姿勢、心意気とはこういうところに表現されている。ちなみに、大企業がこうした予算を発表したことをわたしは聞いたことがない。

さて、3つめが本稿の主旨に関連する投資内容だ。技術への投資である。

「モビリティカンパニーへの変革に向けた投資:1.7兆円。マルチパスウェイ戦略の具現化(BEV・水素など)。トヨタらしいSoftware Defined Vehicleの基盤づくり(ソフトウェア・AIなど)」

マルチパスウェイの筆頭に挙げられている技術領域がBEVだ。べヴと読む。トヨタは現在、世界中からもてはやされるようになったハイブリッド技術よりもBEVを筆頭に挙げている。

さて、それはどういうことなのだろうか。

■空前のBEVブームにも流されなかった男

自動車会社の人や業界通が「べヴ、べヴ」と言い出したのは2020年頃からだ。べヴとはBEV。つまり、バッテリーEVのこと。電動車(EV)のカテゴリーにはBEVのほか、HV(ハイブリッド・ヴィーイクル)、PHEV(プラグインハイブリッド・ヴィーイクル)、FCV(燃料電池車)とある。うちひとつがべヴで、エンジンはなく、バッテリーがパワーの源だ。

2020年頃から世界中で環境規制とEVの販売目標が語られるようになり、「これからはバッテリーEVの時代だ。ICE(インターナル・コンバッション・エンジン)の車はなくなる。ハイブリッドもなくなる」と言われるようになった。

当時、オートショーを訪ねると、ひとりの業界通が「やっぱりべヴだろう」と語る。もうひとりが「そうですね、べヴですよね」とうなづく。「べヴだべヴだ」と語り合って悦に入り、意気投合していたのである。

その時、ただひとりだけ言わなかった男がいた。「お客さまの必要な車を作る。すべての車種を開発する」と発言していたのがトヨタの社長(当時)、豊田章男だ。ひとりだけ、全方向の開発(マルチパスウェイ)を主張していたこともあって、「トヨタはEV開発に遅れている」と評された。

しかし、2024年になって、BEVをとりまく状況は一変した。それは2023年、世界でいちばん大きい自動車マーケット、アメリカでハイブリッドカーがBEVの売れ行きを上回ったからだ。

■米国でHV車、PHEV車の販売台数が83%増加

2023年のアメリカ国内におけるハイブリッドカーの販売台数は124万台。前年に比べて65%の増加だ。一方、テスラを主とするBEVの販売台数は107万台。前年に比べて51%の増加ではあるものの、ハイブリッドカーよりは伸びに欠ける。

アメリカでトヨタは20車種以上のHV車、PHEV車を提供していて、販売台数の3割近くはHV車だった。なお、今年の1月と2月、トヨタのアメリカでの販売台数は20%増加した。それは同社のHV車、PHEV車の販売台数が83%も増えたからだった。

以来、自動車関連のオンラインメディアには既存自動車会社の一部がHV車の生産について見直して、拡充するという記事が毎日のように載るようになった。

メルセデスベンツはこれまで2030年までに内燃機関の車を製造することを止めると決めていた。それを方向転換して目標を5年延期し、さらに2030年代でも内燃機関の車、ガソリンエンジン車を出す予定に変えた。フォードは今後のEV全体の生産目標を引き下げ、EV用バッテリーの生産工場の建設を遅らせると決めた。

「多くの消費者がHV車に興味を持っている」と語ったのがフォードのジム・ファーリー(CEO)だ。彼は2023年の夏「今後5年間でHV車の販売台数を4倍に増やす」と表明している。GMはHV車の販売を中止していたが、BEVのいくつかのモデルを導入することを延期し、販売店の強い要望があるHV車、PHEV車の再導入を計画している。

■なぜ豊田会長だけがEVの限界を見抜けたのか

米国の経済ニュースを紹介する「US FrontLine」が出した2023年9月5日のオンライン記事にはこんなことが書いてある。

「S&Pグローバル・モビリティー(自動車情報のニュース会社)は、今後5年間でHVは3倍以上増加し、2028年には米新車販売の24%を占めると予測。完全EV(BEV)の割合は約37%で、低出力モーターを備えたいわゆるマイルドハイブリッドを含む内燃エンジン車(ICE)は40%近くになると見ている。23年の米自動車販売に占めるHVの割合は7%、完全EVは9%で、ICEは80%以上を占める見通し」

ちょっと前までべヴだべヴだと言っていた専門家たちが今の時点では、新車を買うならHV、投資するならHV車の生産設備と考えを変えたようなのである。

前述のように、この数年間、「すべての車を開発する」と言っていたのがトヨタだ。現会長の豊田章男は一度もブレることなく、マルチパスウェイという言葉を使って、トヨタの開発計画について説明していた。そして、「トヨタ生産方式に則って車を作る」とも言ってきた。

同方式の原則は「必要なものを必要な時に必要なだけ」届けること。わかりやすく言えば、ユーザーが望む車をユーザーが必要な時に、ユーザーが必要なだけ提供するということだ。BEVがいいのかHVがいいのか、ガソリンエンジン車がいいのかを決めるのはユーザーだとしている。

東京で開催されたジャパンモビリティショーに出展したトヨタ自動車のブース=2023年10月26日、東京都内
撮影=プレジデントオンライン編集部
東京で開催されたジャパンモビリティショーに出展したトヨタ自動車のブース=2023年10月26日、東京都内 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■過去最高益を支えた「時代と状況への対応力」

考えてみればどんな商品であれ、売れるか売れないかを決めるのは会社ではなく消費者だ。豊田章男は当たり前のことを言ってきただけで、BEVの開発に鈍かったわけではない。しかし、メディアの大半は「トヨタはEVについては周回遅れ」と数年間、報じてきた。

さて、わたしはトヨタが市場の要望に合わせて車を作ってきたことを知っている。生産工場を見学すれば一目瞭然だ。工場の組み立てラインの大勢を占めているのは人気車種だ。ほかは、少数の客の要望に応えた車が少量多種で流れている。そして、今のトヨタ工場のいくつかではベルトコンベアは廃止され、AGV(自動搬送装置)になっている。

トヨタは変わる会社であり、変化に投資する会社だ。ICE車やHV車に固執しているのではなく、ユーザーが望む車を少しでも早く届けることを考えている。そのために生産設備全体をカイゼンして、状況の変化に対応している。

トヨタが利益を上げているのはHV車に固執したからではない。時代と状況への対応力があるからだ。変化への対応力もまたトヨタ生産方式の賜物である。冒頭に挙げた仕入れ先、販売店への人的投資は変化への対応力を強化するための投資だと思える。自社の人間も、グループ会社の人間も、一人も取り残すことなく、大きなサークルとして変化に対応して乗り切っていこうという意気込みだ。

■2025年にはBEVの新型SUVを発売

トヨタはHVだけでなくBEVと電池にも投資している。同社はアメリカでは初のBEV専門の生産工場をケンタッキー州に作り、BEVの新型車を2025年から生産開始する。新型車は3列シートのSUVだ。車載電池はノースカロライナの電池工場で作る予定。

トヨタの北米統括会社と豊田通商は、電池工場に総額で59億ドル(8800億円)という巨費を投入し、BEVに必要なリチウムイオン電池を生産・供給すると発表している。こうした事実を拾っていけばトヨタは周回遅れどころか、もっともBEVに投資している会社のひとつだとわかる。

メディアはただただ翻弄されるのみだ。思えば、トヨタはただの一度も「ハイブリッドやります。頑張ります。応援よろしくお願いします」なんて言ったことはない。徹頭徹尾、マルチパスウェイを貫き、現場はトヨタ生産方式で自動車を組み立てている。

そして社長の佐藤恒治は決算発表で、はっきりと宣言した。

「未来に向けた今期の重点取り組みテーマが、『マルチパスウェイ・ソリューションの具体化』と、お客様の多様な移動価値を実現する『トヨタらしいソフトウェア・ディファインド・ビークル』の基盤づくりです」

言ったことは約束だから必ず守る。トヨタは約束を守る会社だ。

ケンタッキー州にBEV専門工場ができる2025年からはその比率が増えていく。トヨタのBEVへの投資は今年で終わるわけではないだろう。

佐藤社長はガソリン車、BEV、HV、FCVなどを含めたマルチパスウェイ戦略を強化していく考えだ
撮影=プレジデントオンライン編集部
佐藤社長はガソリン車、BEV、HV、FCVなどを含めたマルチパスウェイ戦略を強化していく考えだ - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■テスラを抜いたBYDは日本市場を席巻する?

自動車業界の全体を見渡すと、当面はHV、PHEVへの投資が増えるかもしれない。しかし、潮流はやはりBEVだ。何といっても、現在、BEVを作っているのはテスラのような専門企業だ。

彼らはエンジン技術があるわけではないから必然的にBEVを作らざるを得ない。また、テスラを抜いて世界一、多くのBEVを出している中国のBYDは専門企業ではない。しかし、主に開発しているのはBEVだ。BYDもまたBEVを作り続けるしかない。

そして、BYDはBEVのメーク(メーカー)のなかでも生産力が突出している。同社の2023年の販売台数は302万台だ。ドイツのBMW(256万台)とメルセデスベンツ(249万台)よりも多い。

さらに、同社の販売台数は対前年比で61.9%も伸びていて、加えて国外への輸出は24万2765台。輸出台数は前年より実に334.2%も増えた。同社の普及型EV「シーガル」の価格は約1万ドル(約147万円)。日本、ドイツ、アメリカのメーカーはとてもこんな価格でBEVを作ることはできない。

BYDの社員数は29万人で、今年の新入社員の数は3万人。トヨタの国内社員数は7万人だ。これだけの人数がBEVの開発に注力しているのだから、BYDはBEVの世界では屹立した存在になった。

それでもBYDのBEV乗用車が日本、アメリカ、ヨーロッパといった地域でマーケットシェアを獲得するのは簡単ではない。こうした地区に住むユーザーは中国製自動車の品質に対して疑問を持っている。ユーザーを安心させるにはまだまだ時間がかかるからだ。しかし、バスや小型トラック、小型フォークリフトといったEV商用車の分野では安さを武器に攻勢をかけてくるから、こうした分野では侮れない。

■結局、どんなエコカーを選べばいいのか

HV、PHEV、BEV、FCVとエコカーが乱立した現時点で、消費者は何を選択すればいいのだろうか。世間では「オートモーティブ・ソリューション・プロバイダー」と認知されているわたしはこう考える。

まずBEVを買うのであれば、わたしならば2025年にトヨタの電池工場が稼働するのを待つ。もっと言えば2027年以降に全固体電池が車に搭載されるまで待つ。それは全固体電池が搭載された車とそうでない車ではまったく違うからだ。全固体電池を搭載した車は充電速度が向上し、発火リスクが抑えられる。容量が大きくなるから航続距離も伸びる、とされている。

おせっかいだけれど、全固体電池の車がマーケットに登場するまではどんな車に乗ればいいのか?

わたし個人は残価が落ちない車を買う。例えばトヨタのランドクルーザー、アルファード、ヴェルファイア、そして、メルセデスベンツのGシリーズといった車だ。そうして、全固体電池の車が出たから買い替える。

前記のような人気車はコロナ禍と半導体不足の影響もあり、乗った後に売っても価格が下がらないようになった。買ったとたんに売り払っても儲けが出るケースもある。そして人気車の価格が落ちなくなった背景にはBEVの残価、つまり中古BEV車の価格が明確に定まっていないことがある。加えて、中古BEV車の電池を新品に取り換えるのにかかる費用が高額ということもある。

■中古価格が落ちないエンジン車はまだまだ強い

今年の3月30日の日本経済新聞にはこんな記事が載っていた。

「脱炭素対応に伴う電気自動車(EV)シフトにブレーキがかかっている。原因は中古車・リース車市場にある。リセールバリュー(再販価値)が急落し、世界的に企業や消費者にEVを避ける動きが広がる。欧州では消費者が買い替えをためらい、ガソリン車の保有年数が延びている。(略)

価値の低下はEV全体で広くみられる。中古車検索サービスの米アイシーカーズが230万台超を調査した結果、23年10月の中古EVの平均価格は3万4994ドル(約520万円)と22年10月と比べ34%下がった。中古車全体は5%減の3万972ドルでEVの下落率の大きさは顕著だ」

この傾向は続く。BEVに比べると中古価格が落ちないエンジン車、HV車が人気という現象はBEVの中古価格が明確になるまではなくならないだろう。

つまり、ユーザーが今後、自動車に関するニュースで注目すべきは全固体電池の量産体制がいつできるか、残価が落ちない車とはどういったものか。賢いユーザーはこのふたつのことへの態度だと思われる。

■相次ぐ社内の不正にどう対応するのか

本稿を書き上げたあと、トヨタ自動車、マツダ、ヤマハ発動機、ホンダ、スズキの5社で型式指定の認証「不正」が判明した。型式指定は車の量産に必要な国の認証で、全メーカー合わせて38種に上る。次いでトヨタは3日からカローラ フィールダー、カローラ アクシオ、ヤリスクロスの3車種について出荷、販売を停止した。

会長の豊田章男は3日の会見でこう語った。

「認証に関わるプロセスに必要なリードタイムが非常に長いことと、すべての工程を把握している人がいないということ。標準スケジュールがなく、現場に負担がかかっていると思う」

加えて話した内容は以下のようなことだ。

「正しい認証プロセスを踏まずに量産、販売してしまった。トヨタグループの責任者として、お客さま、クルマファン、すべてのステークホルダーの皆さまに心よりおわび申し上げます。本当に申し訳ございませんでした」

ここでいう「不正」の内容は認証試験よりも厳しい基準で試験を行ったというもの。車の安全性には問題はない。豊田章男は世間やマスコミではなく車に乗っているユーザーやファンの不安を払拭したかったのだろう。彼自身が記者会見に出てきて丁寧に説明した。

わたしは今年2月、彼にインタビューをした。豊田章男はダイハツ工業、豊田自動織機、日野自動車で見つかった認証不正問題について話をし、グループ会社の責任者として、認証工程にトヨタ生産方式を導入する、自主研(自主研究会)をやると言った。仕事の工程を明らかにし、カイゼンができる職場に変えていくと話していた。

営業利益が5兆円を突破しても、累計生産台数が3億台になっても、トヨタのやるべきことはまだまだ終わらない。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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