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「プッチンプリン」の出荷停止に、ゆうちょ銀行の入金遅延…日本企業でシステムトラブルが相次ぐ根本原因

プレジデントオンライン / 2024年5月30日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

江崎グリコのシステム障害によりプッチンプリンなど一部商品の出荷が停止している。4月にはゆうちょ銀行で入金遅延が起きた。なぜ企業のシステムトラブルが相次いでいるのか。麗澤大学教授の宗健さんは「システムを発注している日本のユーザー企業にはITのプロがいないことが背景にある」という――。

■続出する企業のシステムトラブル

今に始まったことではないが、企業のシステムトラブルは思ったよりも多い。2023年10月に発生した全銀ネットの障害では数百万件の送金が滞り社会的にも大きな影響があり、2027年に稼働を見込んでいた次期システムの検討作業も停止に追い込まれた。

最近も、江崎グリコのシステム障害によりプッチンプリンの出荷が止まり(※1)、ゆうちょ銀行でも100万件を超える入金遅延が起きた(※2)

※1 日本経済新聞「プッチンプリン出荷再開を延期 グリコのシステム障害」(2024年5月1日)4月3日のERP切り替えが原因で、調達や出荷、会計を一元的に管理するものだったようだ。5月1日時点では冷蔵品の出荷再開は6月中とされている。
※2 日本経済新聞「ゆうちょ銀行で障害、入金遅延118万件 夜10時すぎ解消」(2024年4月23日)4月23日に障害が起き当日中には入金処理は完了している。

なぜ、このようなシステムのトラブルが続出するのだろうか。

その答えはシンプルで、日本のユーザー企業にはITの専門家がいないからだ。

そんなことはないだろう、大企業にはちゃんとした情報システム部もあるし、メガベンチャーと呼ばれるようなネットサービス企業もたくさんあるではないか、という指摘もあると思う。

しかし、そこで働いている一人一人を見れば、その企業の正社員ではなく、いわゆるSIer(システムインテグレーター)と呼ばれるIT専門企業から派遣されているケースがものすごく多い。

日本のユーザー企業のIT部門はいわば張り子の虎なのだ。

■日本のユーザー企業にはITのトップがいない

日本のユーザー企業にももちろん、情報システム部門管掌の役員もいるし、情報システム部長もいるが、そうしたポジションはいわゆるCIO(Chief Information Officer)ではないことが多い。

実際、ITのユーザー企業の団体である日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の「企業IT動向調査報告書2024」(※3)では、「役職として定義された専任のCIO等」がいるのはわずか5.7%で、兼任を含めても15.9%にすぎない。売上が1兆円を超える企業でもCIOの設置率は専任が27.5%しかなく、兼任を含めても60%にとどまる。

※3 日本情報システム・ユーザー協会「企業IT動向調査報告書2024」

業種でみると金融・保険のCIO設置率が専任で19.1%、兼任を含めて40.4%と突出して高く、逆に専任CIOの設置率が10%を超える業種はない。

諸外国に比べたCIO設置率は日本が断然低く、平成30年版情報通信白書(※4)によれば、日本のCIO設置率11.2%に対して、米国36.2%、英国44.4%、ドイツ35.6%などとなっている。

※4総務省「情報通信白書平成30年版」

しかも、このものすごく少ない日本のCIOが、きちんとした専門性を保有している保証はどこにもない。

■SIerとユーザー企業には埋められない人材格差がある

多くの日本企業にはITのトップがいないが、同時に情報システム部に所属している人材もITに関する十分な経験を持っているとは言えない。

これは、日本ではIT技術者がSIerと呼ばれるIT専門企業に集中している構造があるためだ(その背景には日本の雇用の流動性の低さや、給与等の待遇が職種別ではなく企業別・業界別であるといったものがあるが本稿では触れない)。

筆者の2018年の論文「発注者と開発者のスキル・意識の違いがシステム開発に及ぼす影響」(※5)では、SIerと呼ばれるNTTデータや野村総合研究所(NRI)のようなシステム開発専業会社と、システム開発をSIerに発注する立場であるユーザー企業に所属している従業員の資格保有状況、システム経験年数、転職経験等を比較している。

※5 宗健(2018)「発注者と開発者のスキル・意識の違いがシステム開発に及ぼす影響」経営情報学会春期全国研究発表大会

【図表】管理職の資格保有率
図表=筆者作成

情報処理推進機構(IPA)が運営するITパスポート試験やプロジェクトマネジャ試験などの国家試験の合格状況を比較すると、大手SIerの管理職は、高度資格の代表であるITストラテジストの保有率が16.7%、プロジェクトマネジャの保有率が33.3%だが、ユーザー企業の管理職の保有率はITストラテジストの保有率が3.8%、プロジェクトマネジャが7.5%と非常に低くなっている。基本情報技術者の保有率も大手SIerの管理職は48.1%と半数近くが保有しているがユーザー企業の管理職の保有率は15.1%にすぎない。

■日本のシステム開発は「素人がプロに発注している」構図

システム経験年数も大手SIerの管理職では25年以上が51.9%と半数を超えるが、ユーザー企業の管理職の25年以上の比率は9.4%でしかない。

学歴を見ても、大手SIer管理職の大卒(理系)比率は42.6%だが、ユーザー企業管理職は11.3%であり、転職経験がない比率も大手SIerの管理職では85.2%と大多数を占めるが、ユーザー企業の管理職では35.8%にすぎない。

ここからわかるのは、システムを作る側の大手SIerの管理職は、一度も転職せずさまざまなシステム開発を経験してきた歴戦の勇士だが、システムを発注する側のユーザー企業の管理職の多くは、もともとはシステム関連の仕事ではなく転職か異動によってシステム部門に配属された経験の浅い場合が多いということだ。

この構図は、簡単にいえば、日本のシステム開発は、素人がプロに発注している、ということになる。しかも、ユーザー企業の情報システム部門の主な業務は「発注」と「管理」であり、システム開発や運用そのものではない。システム開発や運用自体は、受注側のSIerが行うから、業務によって蓄積される経験の内容も全く違う。

ユーザー企業側のITの資格保有率が低いのは、「発注」や「管理」にはそうした資格に裏付けられたスキルがいらないからだ。

そして、ITに関する専門性のある(そしてできれば役員としての発言力と影響力のある)トップも経験豊富な現場の管理職もいない日本のユーザー企業のIT戦略がうまくいくはずがない。

なぜなら、このような状況で「戦略」が立てられるはずがないからだ。

■コンサルとSIer任せのIT戦略になっている

システムの素人がプロに発注している状況では、受注する側が主導権を握っている。そのため、ITに関する年度計画や戦略策定は、受注する側のSIerからの提案がベースになっている。

場合によっては、システム開発に関してコンサルが入っている場合もあるが、その場合もユーザー企業は自分で戦略を検討しているわけではなく、コンサルからの提案を受ける形になる。

つまり、日本のユーザー企業のIT戦略は、コンサルとSIerというお金をもらう側任せになっているということであり、だとすると受注側は自らの受注額の最大化につながる提案を行うことになる。

それは、発注側にとって最適な戦略になるはずもない。もちろん、受注側もそんなことは承知のうえで、それらしいキーワードをちりばめた提案を提案し、それをユーザー企業の情報システム部門や担当役員が自分たちの計画に組み込んでいく。

このような状況では、ITコストは年々増えていき、一方で戦略的な成果は出ず、場合によってはトラブルが起きる。

しかし、システムを運用しているSIerなしで事業は成り立たず、トラブルが起きたから、コストが高止まりしているからといって、発注先を変更することもできない。

すでに多くのユーザー企業はSIerにロックインされているのだ。

デジタルトランスフォーメーションのイメージ
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

■IT戦略推進のためには「コスト削減」を諦める必要がある

既にあるシステムの維持、改修、運用の主導権をSIerに握られている状態では、ユーザー企業に最適な戦略を実行する難易度は極めて高い。

しかも、ユーザー企業の情報システム部門は常にコスト削減の圧力にさらされており、追加投資の承認を得ることも簡単ではない。

そうした状況で、事業に必要なIT戦略を実行するとすれば、何かを諦めるしかない。

このとき諦めるべき最初の目標はコスト削減だろう。

既存システムの主導権をSIerに握られている以上、SIerの既得権益は守らざるをえない。もし、既得権益を侵すようなことをすればSIerの積極的協力が得られないからだ。

だとすれば、まずは既得権益を認めたうえで、それを侵さないことを保証して、どのように同じ方向を向くかが最初の目標になる。

そのためには、発注側のユーザー企業にITの専門家であるCIOと、戦略策定と実行を担う部隊が必要になるが、そうした人材は外から招聘(しょうへい)せざるを得ない。招聘とは、もちろん公募やあっせんでという意味ではなく純粋なヘッドハンティングになる。なぜなら、現在活躍していて評価を受けている優秀な人材が自分から応募してくることはないからだ。

■実績を出している人材の年収は軽く1000万円を超える

さらに、すでにSIerやユーザー企業で実績を出している人材は年収で軽く1000万円を超え、そうした人材が同じ待遇でリスクを冒して転職するわけがないから、招聘する人材の待遇というコストは度外視せざるを得ない。

例えば50歳くらいのそうした経験豊富な人材はリスクを冒さなくても、残りの10~20年の現役を通じて同じ待遇を維持できることを知っている。だとすれば、リスクを冒してきてもらうためには、待遇を大きく引き上げる必要がある。

そして、年収2000万~3000万円クラスでチームを構成すればすぐに億を超えるコストになる。しかも単年度ではなく複数年の保証がなければ安心して来てもらうことができない。

また、そうした人材に一定の帰属意識を感じてもらい、信頼関係を作っていくためには、招聘する側の経営トップの力量も試される。

この時、お互いのリスク(数年後に袂(たもと)を分かつ可能性)を考えれば、移籍してもらうことだけでなく、現職を維持したまま副業や業務委託といった形で参加してもらうことも十分にあり得る。

そうしたチームを集めることができるだけの力量がトップにあれば、独自のIT戦略を実行できる可能性はあるだろう。

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宗 健(そう・たけし)
麗澤大学工学部教授
博士(社会工学・筑波大学)・ITストラテジスト。1965年北九州市生まれ。九州工業大学機械工学科卒業後、リクルート入社。通信事業のエンジニア・マネジャ、ISIZE住宅情報・FoRent.jp編集長等を経て、リクルートフォレントインシュアを設立し代表取締役社長に就任。リクルート住まい研究所長、大東建託賃貸未来研究所長・AI-DXラボ所長を経て、23年4月より麗澤大学教授、AI・ビジネス研究センター長。専門分野は都市計画・組織マネジメント・システム開発。

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(麗澤大学工学部教授 宗 健)

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