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なぜ「犯罪レベルのカスハラ」が放置されてきたのか…悪質クレーマー対策で日本企業がやってこなかったこと

プレジデントオンライン / 2024年5月29日 9時16分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AH86

JR東日本が「鉄道カスハラ」には対応せず、悪質な客には厳正に対処するという方針を表明した。ビジネスコンサルタントの新田龍さんは「企業にはカスタマーハラスメントから社員を守る義務がある。理不尽な悪質クレーマーやカスハラ加害者はうちの客ではないときっぱりと宣言すべきだ」という――。(後編/全2回)

■カスハラへの「毅然とした対応」とは?

企業における「悪質クレーマー対策」や「カスハラ対策」は、往々にして

「悪質クレーマーの不当要求には断固として屈してはいけない!」
「従業員一丸となって毅然とした対応を!」

といった精神論的なスローガンになりがちだ。

しかし実態としては、組織全体として何らかの統一的な方針やマニュアルを整備しているというわけではなく、単に「現場の従業員に悪質客の対応を押し付けている」だけ、というケースも残念ながら多い。

「揉め事やリスクは極力回避したい」という思考から、「顧客相手に店側が主張して戦う」よりも、「現場が即座に謝って、その場を丸く収めればいい」という発想になりがちなのだ。

さらに、近年では仮に強い調子で迷惑客を排除したら、その部分だけを動画などで切り取ってSNS等で拡散され、風評被害を受けるリスクがある。危険を避けるためにも、顧客にはどこまでも丁重かつ下手にでなければならないという事情もあるだろう。

しかし、「毅然とした対応」の主語はあくまで「企業」であり、「店舗」であり、「経営者」なのだ。それらが「理不尽な悪質クレーマーや、カスハラ加害者は当店の客ではない」と宣言して従業員を守ることこそ、本来の意味における「毅然とした対応」なのである。

■社員を守るJR東日本の“英断”

折よく、企業としてのカスハラ対策におけるロールモデルとなり得る事例が報道された。今年4月、JR東日本はカスハラに対する方針を発表。

「グループで働く社員1人1人を守るため、カスハラが行われた場合は、お客様への対応を致しません」
「悪質と判断した場合、警察・弁護士などに相談の上、厳正に対処します」

と宣言したのだ。まさに、組織全体で従業員をカスハラから守る姿勢を毅然と示した例であり、ぜひ同様の取組が他社でも広がってほしいと願っている。

■犯罪の域にいる鉄道カスハラたち

実際、同社が公表した悪質クレームの事例が、カスハラの域を超えてほぼ犯罪ともいえるレベルなのだ。日々このようなトラブルと向き合い、対処されている駅員や乗務員の皆さまのご苦労には頭が下がる思いである。

・「お前なんかクビにしてやる!」「早くしろクズ!」などと暴言
⇒状況に応じて「名誉毀損罪」「侮辱罪」など

・車掌をスマホで撮影
⇒「迷惑行為防止条例違反」「軽犯罪法違反」など

・駅の自動改札を突破/グリーン券を持たずにグリーン車に乗車
⇒「鉄道営業法違反」

・違反を指摘したら乗務員室のドアを蹴る
⇒状況に応じて「器物損壊罪」など

・「土下座しろ!」など威圧的な言動を繰り返し
⇒「強要罪」

山手線
写真=iStock.com/coward_lion
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/coward_lion

■カスハラ客に構ってくれる従業員はもういない

これまで、どれほど面倒な客でも神様扱いされ、丁寧に対応してもらえていたのは、あくまで「若い労働力が」「安い賃金で」「いくらでも雇える」という一時的な人口ボーナスタイムの恩恵があったからに過ぎない。

しかし、今や少子高齢化と慢性的な人手不足により、「『若い労働力』というだけで希少価値」の時代に突入している。豊富な労働力を前提に回っていた社会のさまざまな仕組みが回らなくなり、今まで人が対応してくれていた業務は、自動券売機、自動配膳ロボット、自動精算機などに置き換わっているのだ。

JR東日本方式の毅然とした対応が他社でも広がっていけば、少人数で対応しないと運営が回らないお店などでは、店員さんを呼びつけ、「この機械の使い方分かんないんだけど‼」と文句を垂れて手間をかけさせる客や、ましてや暴言や怒号、理不尽なクレームをつけるようなカスハラ客はどんどん切られていくことになるだろう。

しかも2023年9月からは、精神障害を労災認定する時の心理的負荷の基準に、新たにカスハラも盛り込まれるようになっている。人手不足が深刻化している時代、組織がいかにして従業員の心身の健康を守り、安全な労働環境を提供できるか否かは、働き手にとって今後重要な選社基準となるであろうし、客側もサービス提供側のこのような変化に対応していかなくてはならなくなるだろう。

■今日からできるカスハラ対応5ステップ

では、組織ぐるみで「毅然とした対応」をとるために、企業や店はどのような準備をしておけばよいのだろうか。具体的なステップに分けて解説しよう。

(1)組織トップから明確なメッセージを発信する

まずは組織トップから、「カスハラは許されないことであり、組織として全従業員をカスハラから守る」という基本姿勢を直接発信するとともに、対外的にもメッセージを出すことが有効だ。「お客様は神様ではありません」「理不尽なクレームや要求には、毅然とした対応をとり、場合によっては乗車をお断りいたします」と広告した秋田県の観光バス社も話題になった。

(2)カスハラ被害に遭った従業員のための相談窓口を設置する

新規で特別に設ける必要はなく、既存のパワハラやセクハラの対応窓口(担当者)が対応し、被害者の相談に乗り、被害者の上司や人事部門、法務部門、外部機関(顧問弁護士など)と連携できるような体制を構築しておければ有効である。

■普通のクレームと悪質クレームの線引き

(3)カスハラ対応マニュアルを整備する

ビジネス形態や各社の顧客対応指針によって対処方法に違いはあれども、その場に管理監督者が不在の場合であっても、現場従業員のみで適切な対応ができるようにマニュアルが共有されていることが望ましい。とくに、一般的なクレームと悪質クレーム、カスハラとの線引き基準を明示しておき、顧客の要求がその一線を越えた場合にどのような対応をとるべきか、誰が見ても分かる状態になっていることが望まれる。

カスハラに該当する過剰要求の判断ライン(例)

・欠陥があった商品の代金より、高額な賠償を要求
・謝罪として土下座を要求
・従業員の解雇を求める
・自社製品以外の要求
・不当な返品要求(返品期限を過ぎている返品など)
・実現不可能な要求(法律を変える、子どもを泣き止ませるなど)
・発生した事象に対応したにもかかわらず、社長や企業トップを出せという要求

■怒鳴る客は録音し、謝罪はせず退去を求める

カスハラに該当する要求容態と対応指針(例)

長時間拘束型:顧客が従業員に長時間にわたりクレーム対応を強いて業務に支障がでる
⇒誠意をもった対応をおこなった後、20分程度を超えて要求が続く場合には対応を切替え、上司もしくは専門対応者に対応をバトンタッチし、録音を開始。
⇒そこから30分後においても理解されない場合にはお引き取りを願い、それでも、退去しない場合は警察へ連絡。

リピーター型:電話や来訪を繰り返し不合理な要求をしてくるパターン。
⇒連絡先を確実に取得した上で、不合理な問い合わせの回数が2回で注意、3回目に至ればそれ以降対応できない旨を伝える。
⇒それでも要求が継続する場合は、ブラックリスト化して通話記録を残し、4回目以降は上長が対応。窓口を一本化し、迷惑であり、止めるよう要求する。
⇒それ以降も繰り返された場合には業務妨害罪として警察へ通報。

暴言型:大きな怒鳴り声をあげたり、侮辱的発言、人格否定的な言動がおこなわれる。
⇒止めるように求め、録音を開始。侮辱されたときは、謝罪せず退去を求める。あまりに態度が酷い場合には証拠をもとに提訴。

威嚇・脅迫型:従業員に危害を加えることを予告して怖がらせること。「○○するぞ」という言葉だけではなく、反社会的勢力との繋がりをにおわせたり、異常に接近するなど、暗示的なものも含まれる。
⇒ただちに上長と交代する。中止を求め、応じなければ警察に通報。

このあたりの具体的な切り分けと対処指針は、前編で取り上げたUAゼンセンがガイドラインを公開しているので、参考にされるとよいだろう。

(UAゼンセン「悪質クレームの定義とその対応に関するガイドライン」)

街に立つ警官
写真=iStock.com/y-studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio
(4)カスハラ対応研修を実施する

教育研修は、可能な限り全員が受講し、かつ定期的に実施することが重要だ。研修内容には、トップのメッセージ内容を含めるとともに、組織として統一設定したルールの内容、取り組みの内容や具体的な事例を加えると効果的である。

■いざという時の「助っ人」を確保しておく

(5)弁護士や警察と日々良好な関係を構築しておく

カスハラ客からの要望が理不尽なあまり警察を呼んだとしても、場合によっては「民事不介入」を理由に充分な対応をしてくれないことがある。また、弁護士に対処を依頼するとしても、悪質なクレーマーは対応に手間がかかり、逆恨みを受けて弁護士自身も危険な目に遭うリスクが高く、弁護士費用とのバランスで考えれば、「あまり受けたくない仕事」として消極的になってしまうケースもある。それでは肝心なときに企業やお店は大切な従業員を守ることができない。

そのためには、日々地域活動に協力して警察とのパイプを太くしておき、「こういうときはどうしたらいいですか」と相談を重ね、「何かあったら気軽に連絡してください」「パトロールのコースにそちらの店舗を入れておきます」と言われるくらいの信頼関係を構築しておくことだ。

弁護士も同様。いきなり一見で押しかけてややこしい案件を持ってきても対処に困ってしまうが、日々のお金をケチらずに顧問契約を結んでおき、自社のビジネスと顧客層についてよく理解してもらえれば、適切な対処法もアドバイスしてもらえるし、いざとなったらカスハラ客に対して『今後一切の連絡を禁止、要件は文書にて当方へ』と通知してもらえることになる。

企業にはカスタマーハラスメントから社員を守る義務がある。ぜひ企業やお店は悪質客から従業員を守る措置を今日からでも実施してほしい。まずは接客担当者の名札に本名を出さず、イニシャルやニックネームにするところからではいかがだろう。

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新田 龍(にった・りょう)
働き方改革総合研究所株式会社代表取締役
働き方改革総合研究所株式会社代表取締役。労働環境改善、およびレピュテーション改善による業績と従業員満足度向上支援、ビジネスと労務関連のトラブルと炎上予防・解決サポートを手がける。厚生労働省ハラスメント対策企画委員。

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(働き方改革総合研究所株式会社代表取締役 新田 龍)

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