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公的年金は「100年安心」からどんどんかけ離れていく…政府がNISAで「貯蓄から投資へ」を後押しする残念な理由

プレジデントオンライン / 2024年5月28日 17時15分

厚生労働省や環境省が入る中央合同庁舎第5号館=2024年5月14日、東京都千代田区 - 写真=時事通信フォト

■65歳まで支払期間を延長するという「選択肢」

「100年安心」というキャッチフレーズが付けられている日本の年金制度。今年は5年に1度の「財政検証」が行われ、将来の年金支給を持続可能にするために、来年には制度改正が行われる。

厚生労働省の社会保障審議会年金部会で、将来人口や働き手の数、経済成長の予測など年金財政に影響を与える前提を議論しているがその中で、いくつかの政策のオプション(選択肢)も議論されている。

その中で最も議論を呼びそうなのが、基礎年金の保険料の支払い期間の延長だ。現在は20歳から60歳まで40年間を支払い期間としているが、これを5年間延ばし45年(20歳から65歳)にするケースを想定した計算も行っている。もちろん支払い5年延長が決まっているわけではないが、それを前提に財政の先行きを検証するということは、政府は本気で「選択肢」として検討し始めているということだ。

■現役世代の負担は間違いなく大きくなっていく

逆に言えば、この夏にもまとまる「財政検証」の行方は厳しいということだ。何より厳しいのは人口の減少ピッチが想定以上に速いこと。年金財政は、年金を受け取る高齢の受給者の数と、年金を支払う働く層、いわゆる「現役世代」の数が最も重要な要素だ。これに年金基金の運用利回りや、現役世代の給与の伸び率が加わる。つまり、最も重要な現役世代の人口が大幅に減り続けることが「確定」しているのだ。今年22歳になった人たちの人口は122万人。いわゆる「大学新卒世代」である。これが、14年後には100万人を割り、その3年後には90万人も割る。2023年に生まれた子どもの数は75万人だから、そこまで減ることが分かっている。

一方で、年金を受け取る高齢者は、今後、団塊の世代の死亡によってピークを越えていくが、少子化ほどには減らない。つまり、今後、年金を支払う現役世代の負担は間違いなく大きくなっていくわけだ。

かといって、今でも高い社会保険料をさらに引き上げるというのは反発が大きい。ではどうするか。方法は2つ。年金の受取額を抑えていくか、支払額(掛け金)を増やすほかない(運用収益を増やすという道もあるがここでは除外する)。

■「掛け金を増やすこと」が狙いなのは明らか

受取額の増加に歯止めをかける方法として「マクロ経済スライド」が導入されている。いきなり年金を減額するのは反発が強いため、賃金や物価の上昇分をそのまま年金額に反映させるのではなく、給付の増加を少しずつ抑える方法である。実際、2022年の物価上昇は2.5%だったが、2023年度の年金改定率(68歳以上)は1.9%に抑えられた。

岸田文雄首相は物価上昇率を上回る賃上げ、と言っているが、年金生活者については、年金支給額を物価上昇率以下に抑える方法を採っている。つまり高齢者は実質収入が減っていくわけだ。

年金額を下げる抜本的な方法には年金支給年齢を65歳からさらに繰り下げるという手がある。だがこれだと定年退職後、無収入の期間が生じるリスクもあるため、そう簡単には踏み出せない。

前述の2つのうちの2つ目が、掛け金(保険料)の引き上げだ。かと言って一人ひとりの掛金額を上げると生活を圧迫する。そこで出てきたのが掛金の支払い期間を5年伸ばすという案というわけだ。5年支払う期間が増えると、年金の手取りが増えます、と政府は強調するが、実際のところは掛け金を増やすことが狙いなのは明らかだ。

年金手帳
写真=iStock.com/Wako Megumi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Wako Megumi

■今、高齢者が受け取る年金は現役世代が支払っている

それぐらい、将来にわたる年金財政は厳しい。

ではなぜ、「100年安心」と言うのか。実質的な給付額を抑えて、掛け金を引き上げていけば、制度としては100年もつ、というのは嘘ではない。ただし、その年金額で安心に生きられるか、100歳まで生活に十分な年金額を受け取れるか、というとそういう意味ではない。あくまで年金官僚の立場からみた「制度は安心」という話にすぎないのだ。このロジックでいけば、国民の多くが危惧する「年金制度の破綻」は起きないということになる。だが、生活が破綻しないと言っているわけではない。

年金に関して、もともと政府は嘘をついてきた。嘘というよりあえて誤解を助長してきた。年金をもらっている高齢者の多くは、自分が受け取る年金は自身が積み立ててきた原資から支給されていると思っている。現役時代に積み立てたお金から年金が支払われる方式を「積立方式」と言うが、多くの国民は日本の年金は積立方式だと無意識に思い込んでいる。だから、「あんなに高い年金掛け金を支払ってきたのだから、年金をもらうのは当然」という発想になる。

だが、日本の公的年金は「賦課方式」と言って、今、高齢者が受け取っている年金は、現役世代が支払っている保険料で賄う形を採っている。一部は年金基金として運用されているが、基本的には現役世代が支払っているのだ。

■もともとの制度設計からは大きく外れた現状

労働者を対象にした年金制度は、1889年にドイツで宰相ビスマルクが制定した年金保険を起源とする。炭鉱労働者が退職後、塵肺などで働けずに生活困窮するのを救済する仕組みとして考えられた。もともと弱者救済を狙う社会保障がスタートで、その後「賦課方式」の保険制度になっていったのも、「保険」としての「共助」の色彩が強いのだ。決して自分の将来のために積み立てる「自助」の仕組みではない。

ところが、日本政府は長年、いかにも「自助」の仕組みのように説明し、掛け金(保険料)の引き上げを進めてきた。本来なら生活に困窮する人にだけ補償を与え、資産を持って困らない高齢者には支給しないというのが「保険」のあり方だが、今更そんな事を言い出したら反乱が起き、誰も保険料を支払わなくなって制度は崩壊するに違いない。

長寿社会になって長生きが当たり前の社会は喜ばしい。だが、65歳から年金をもらい95歳まで生きれば、30年間年金をもらい続けることになる。これはもともとの制度設計から大きく外れる。本来なら、財政の立て直しには支給開始年齢を70歳などに繰り下げるのが手っ取り早いし、そうするのが論理的なのだが、国民の理解を得るのは難しいだろう。

そうなると、結局は、インフレが大きく進む中で、年金支給額を抑えることで、実質的な支払額を抑えていくことになるのだろう。残念ながら「100歳まで安心」からはどんどんかけ離れていく。

たくさん積みあがったコインと、3枚重ねたコインの上に立っている人形
写真=iStock.com/Syldavia
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Syldavia

■公的年金だけでは生活できない時代がやってくる

では個人として生活防衛するにはどうするか。

自分自身の責任で「積み立てる」個人年金に加入するか、老後に備えて十分な財産を作り上げるしかない。政府が躍起になって「貯蓄から投資」に旗を振り、NISAなど税制恩典を与えてでも資産形成を後押しする背景には、早晩、公的年金だけでは生活できない時代がやってくると考えているからに違いないのだ。

税金と社会保険料を合わせた国民所得に対する比率、いわゆる「国民負担率」は上昇を続け、50%に近づいている。岸田文雄首相は企業業績の好調と賃上げによって「国民負担率」は下がると豪語しているが、賃金は物価上昇に追いついておらず、国民の負担感は増えている。そうした中で、年金掛け金の負担をさらに増やすことは政治的に難しいだろう。

一方で、十分な老後の資産を蓄えられなかった人たちへの老後の生活支援をどうしていくのかが大きな課題になるに違いない。現状の公的年金制度とは別枠で、本当に困窮している高齢者を救う「公助」の仕組みを今から強化しておく必要がありそうだ。いずれにせよ、100年安心と言われても、決して安心することなく、政府に頼らない老後を準備しておくべきだろう。

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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。

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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)

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