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「次のiPhone」になるはずのAI端末はポンコツすぎた…元Apple幹部の夫婦が出した「Ai Pin」が酷評されたワケ

プレジデントオンライン / 2024年5月28日 16時15分

MWC2024で展示されたHumaneの「Ai Pin」。カメラとプロジェクターを搭載し、胸ピンやアクセサリーとして着用できる(=バルセロナ、2024年) - 写真=NurPhoto/AFP/時事通信フォト

■「スマホのない未来」を切り拓くはずだった

昨年から話題を呼んでいたAIデバイス「Ai Pin」が、今年4月11日、ついに発売された。Apple出身者によるスタートアップ「Humane(ヒューメイン)」が手がける、“身につける小型コンピューター”だ。

本体は5cm四方ほどのピンバッジ型で、Apple Watchのフェイス(本体)部分より一回り大きなサイズ感だ。マグネット式のプレートをはさんで胸元に付けると、レーザープロジェクターで手のひらに情報を投影する。搭載のカメラやGPSで周辺状況を総合的に把握し、ディスプレイ不要のデジタル・アシスタントとして機能する。

レーザープロジェクターで手のひらに情報を投影できる。
写真=Humane press kit
レーザープロジェクターで手のひらに情報を投影できる。 - 写真=Humane press kit

本体をタップすればAIアシスタントが起動し、ネットワーク経由であらゆる質問に回答。価格は699ドル(約11万円)と高価だが、スマホより小型かつ、アプリをいくつもダウンロードせずとも製品単体で完結する革新的なデバイスとして、スマホのない未来を切り拓く。――そのはずであった。

■「AIを日常生活の一部に取り込む」とアピール

新型端末は発売前から、多機能で優秀なAIアシスタントとして話題をさらった。

Humane社が昨年11月に公開したデモ動画では、共同創設者のイムラン・チャウドリ氏が本体をタップ。続いて「アンドリューが送ってくれた玄関のパスコードは何だった?」と尋ねると、Ai Pinが過去のメッセージ受信履歴を分析し、「7361です」と回答。「以前ならメッセージを延々遡る必要がありました」と、チャウドリ氏は利点を強調する。

このほか動画では、スペイン語と英語間の双方向通訳、カメラにかざしたアーモンドのタンパク質含有量を回答、今日食べた栄養素を集計、メッセージの文章案を作成など、多彩なタスクをネット経由でAIがこなす様子が紹介されている。

本体は服越しにマグネットで装着する。服の裏側から支えるパーツはバッテリーを兼ねており、常時ワイヤレス給電を行う。バッテリー部分を交換することで、小型ながら長時間の使用にも耐える設計だ。カメラやマイクの起動時は前面の「トラスト・ライト」が点灯し、プライバシーに配慮する。

チャウドリ氏は昨年11月に発表した声明で、「AIを日常生活の一部として取り込み、人間性を損なうことなく私たちの能力を向上させる」と製品のビジョンを公言。スマホに縛られることなく、AIとより良い関係を構築できるとアピールした。

■発売前までは「革新性に驚かされた」と絶賛

前評判はずば抜けて良かった。発売まで1カ月ほどを残した今年2月末、スペインで開催された世界最大級の年次モバイル技術見本市「モバイルワールドコングレス・バルセロナ 2024(MWC 2024)」に出展されると、テック関連各誌から賛辞が押し寄せた。

Ai Pinの装着例1
写真=Humane press kit
Ai Pinの装着例1 - 写真=Humane press kit

米CNETは、同誌が独自に選ぶ「ベスト・オブ・MWC 2024」に選出。数多く出展されたAI関連製品のなかでも、AI活用の「まったく新しい方法」であり、「その革新性に驚かされた」と講評している。

英最大規模のガジェット誌「テック・レーダー」は、MWCのベスト・ウェアラブル・デバイスに選定。「実に革新的」「実際に動いているのを見るまでは半信半疑だったが、実際に使ううえでの各種問題に対して配慮がなされているのを目の当たりにして、本当に嬉しかった」と称える。

ほか、米PCマガジンなど各誌が「ベスト・オブ・MWC 2024」にピックアップ。米タイム誌は製品発表後の昨年10月、「ベスト・インベンションズ・オブ・2023(最優秀発明賞2023)」のひとつに挙げている。同誌は、「スクリーンのない未来」をHumaneが構想しており、「Ai Pinはその第一歩である」と紹介。スマホに代わる新たなデバイスとして、大きな期待を寄せていた。

Ai Pinの装着例2
写真=Humane press kit
Ai Pinの装着例2 - 写真=Humane press kit

■発売後、世間の評価は一変した

海外メディアが絶賛したAi Pinだったが、今年4月11日の発売後、世間の評価は一変した。製品が実際のユーザーたちの手に渡ると、鮮やかなデモとはほど遠い、苛立ちを覚えるほどの使い勝手の悪さが明らかになった。

ニューヨーク・タイムズ紙の記者は、「シックな美学とコンセプトが好きだった」と述べ、デザインを好感。意気揚々とトライアルに臨んだようだ。

役に立った場面は確かにあり、ハワイへの旅行の荷造りをしていると、帽子や日焼け止めなどを勧めてくれた。「とてもクールだ」と記者は言う。

だが、肝心のハワイではまるで役に立たなかった。ホテル近くのロコモコ店の名前を検索しても、結果は得られない。結局のところ、スマホでの検索を余儀なくされたという。

植物園で花の名前を尋ねた際には、カメラで捉えた花の色を正確に答えたものの、本来の質問である花の名前については回答がなかった。隣にいた妻は、「ウコンラッパバナよ」と事もなげに言う。Google画像検索であっという間に出てきたようだ。最新ガジェットを活用する目論見だった記者は、「居心地の悪い思いをした」と振り返る。

ほか、ファインダーなしでの写真撮影は、画角が掴めず難しい。音楽再生機能は、現在のところ主流ではない音楽ストリーミングサービス「Tidal」のみに対応するなど物足りず、不満を募らせたようだ。

■酷評の嵐「できることすべてが苦手」

著名YouTuberたちは、さらに容赦ない。

英BBCが「世界で最も有名なテック・レビュアーの一人」と認めるマルケス・ブラウンリー氏(登録者1890万人)は、自身のYouTubeチャンネルで、「できることのほとんどすべてが苦手だ。基本的に(使っている間は)ずっと」と酷評している。

ルックスについては「超未来的なウェアラブル・コンピューター」と絶賛したものの、「残念ながら現在のところ、これまでレビューしたなかで新たなワースト製品でもある」と厳しい評価を下した。

Ai Pinの筐体
写真=Humane press kit
Ai Pinの筐体。シンプルなデザインだ。 - 写真=Humane press kit
横から見たAi Pin
写真=Humane press kit
横から見たAi Pin - 写真=Humane press kit

不満の第1は、応答速度の遅さだという。

「ワシントン記念塔の設計者は?」と問いかけると、4秒ほど経ってから「設計者を調べています……」と中継ぎの回答。発話を終えて7秒ほど経ってやっと、「19世紀のサウスカロライナ州出身の傑出したアメリカ人建築家、ロバート・ミルズによって設計されました。建設は段階的に完了し……」と冗長な説明が続く。ただ待ち続ける7秒の時間は、不安になるほどに長く感じる。

第2に、聞き取りが正確ではなく、待たされた挙げ句に見当外れの回答が返ることがある。

ブラウンリー氏が「このあたりで良いアジアン・レストランは?」と聞くと、何度尋ねても「アジアン」を「アッシュ(灰)」と解釈。「いらっしゃる場所で回答できる情報はありません」と、すれ違った回答ばかりを返す。

「ここからエンパイア・ステート・ビルまでの交通状況は?」と問うと、しばし待たされた末にAi Pinは、ボイス・コマンド機能を使って質問するよう促す。今まさに、ボイス・コマンド機能で質問しているにもかかわらず。待たされた上に何も情報が得られない、もどかしさだけが募る。

■翻訳は比較的機能しているが…

一方、翻訳機能はかなりうまく動作するようだ。ウォール・ストリート・ジャーナル紙の名物記者であるジョアンナ・スターン氏は、Ai Pinを装着してマンハッタンの中華料理店を訪問。「トイレはどこですか?」と尋ねると、質問がうまく中国語に変換されたようだ。

店員が中国語で回答したのを受け、Ai Pinが「ああ、トイレですね。2階にあります。この横のエレベーターに乗って、あとはまっすぐ行って左に曲がってください」と英訳し、入り組んだコミュニケーションを成立させた。

しかし、さらにレストランの食卓に着いてから試すと、様子がおかしい。中国語への翻訳を何度頼んでもスペイン語に訳してしまい、スターン記者も店員も困惑。サムソンのスマホ「ギャラクシー S24」の方がずっと安定して信頼できるとの結論に至った。

このように不安定な挙動が、ユーザーのあいだで第3の不満点になっているようだ。

■パスワードを入力するだけで疲弊する

ハードウェアも使いにくい。第4の不満に、目玉機能であったはずのレーザプロジェクターが挙げられる。

文字や画像を手のひらに投影するコンセプトは近未来的だが、明るい屋外では極めて見づらい。スターン記者は、「なんで外で見えないスクリーンなんて作ったの?」と不満を漏らす。

第5に、未来的だが直感的でない操作性が挙げられる。

米エンガジェットの記者は、「Ai Pinを使った暮らしは、まるで詐欺に遭ったような感覚」だとこぼす。はじめは「シンプルなデザインと、プロジェクターという面白い趣向」に惹かれたが、日が経つごとに苛立ちが大きくなったという。

メニュー操作はプロジェクターを通じて行うが、指がつりそうな複雑なジェスチャーが必要となる。手のひらにメニューを投影した状態で、手を上下左右に傾ける、親指と人差し指で円をつくる、指を閉じてグーの形にする――などを何度も繰り返し、メニュー項目をたどる。

パスワードの入力は、まさに悪夢だ。手のひらを遠ざけたり近づけたりすると、投影される数字が0~9に変化する。任意の数字を表示した状態で、指を円にして決定。これを桁数の分だけ繰り返す。

例えば、外が寒いからとカフェに入り、上着を脱いだとする。上着からシャツへとAi Pinの付け直しとなり、こうなるとパスワードも再入力だ。英数字混じりのWi-Fiパスワードに至っては、入力は「苦痛というよりは、不可能」だと記者はいう。

■「怪我をすることなどあってはならない」

第6に、安全面の配慮が足りない。

バッテリーは非常に熱くなり、エンガジェットの記者は体勢を変えた拍子に「うぉっ!」と驚きの声をあげた。試用中、腕を組んだときなど、何度もやけどをしたという。同記者は「700ドルもするガジェットで怪我をすることなどあってはならない」と、安全面への配慮不足を指摘する。

ワイヤレスで充電できるAi Pin
写真=Humane press kit
ワイヤレスで充電できる - 写真=Humane press kit

最後に、AI特有の誤回答「ハルシネーション(幻覚症状)」も大きな問題だ。

米テックメディア「ヴァージ(https://www.youtube.com/watch?v=_w1vv7_dU2Y)」のデイヴィッド・ピアース記者は、米ライドシェアの「ryde(ライド)」の街頭広告にAi Pinを向け、「この会社は何?」と質問。

するとAi Pinは、「この会社はLyft(リフト)と呼ばれています」と、大胆にもライバル企業の名を挙げた。ピアース記者は大声で笑い出し、カメラ係は「ワオ……」と絶句。しばしのあいだ、ピアース記者の笑いが止まることはなかった。

■共同創業者は元Apple幹部の夫婦

不評の嵐に見舞われているAi Pinだが、Apple出身者のスタートアップが開発し、かつOpenAIのサム・アルトマンCEOが個人出資しているとあり、事前の期待は大きかった。

夫のイムラン・チャウドリ氏は、ヒューマン・インターフェース・チームの元デザイン・ディレクターとして20年以上にわたり、Macintosh、iPod、iPad、Apple Watch、iPhoneの開発に携わってきた。

妻のベサニー・ボンジョルノ氏は天体物理学の元研究者であり、Apple入社後はオペレーティングシステムのディレクターとしてiOSとmacOSの開発を率いた。このほか、元エンジニアリング・シニア・ディレクターのパトリック・ゲイツ氏がHumaneの最高技術責任者を務めている。

Ai Pinへの期待の大きさは、Humane社の資金調達にも現れた。

ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、開発中の昨年3月、Humane社が1億ドル(5月21日のレートで156億1250万円)を調達した。Chat-GPTを手がけるOpenAIのサム・アルトマンCEOが個人で出資し、AI処理を行うクラウドサービスでマイクロソフトとの協力が発表されたことでも注目を浴びた。

ロイターは昨年11月、マイクロソフトやアルトマン氏などからこれまでに総額2億4100万ドル(5月21日のレートで約376億2685万円)を調達したと報じている。

ドリームチームが最高の布陣で世に出したAi Pinだが、残念ながら現在の評価は低い。

■不評を買っているもうひとつのAIデバイス

不評を買っているAI製品は、Ai Pinだけではない。米スタートアップの「rabbit(ラビット)」は今年1月、AIアシスタント・デバイス「r1」の出荷を開始した。

こちらはピン型ではなく、スマホを2つに折って正方形にしたようなサイズの手持ち型だ。オレンジの筐体に、カメラと小型ディスプレイが備わる。価格は199ドル(約3万1000円)で、Ai Pinの3分の1以下と比較的手頃だ。

1月10日公開の動画で同社のジェシー・リューCEOは、使い方を覚える必要もないほど直感的な、コンピュータの「コンパニオン(親しい友人)」を世に出したいと説明。そのためには、「既存のスマホの、アプリを前提としたOS」から決別すべきだと訴えた。

リュー氏は、既存のスマホはホーム画面がアプリで埋め尽くされており、何をするにも専用アプリが必要だと指摘。さらに、アプリのダウンロード・ランキング上位をゲームが埋め尽くしている現状とあわせ、「私たちのスマートフォンは時間を節約する道具ではなく、時間を潰す道具になってしまった」と主張する。

そこで、AIが口頭で指示を受け、アプリなしであらゆる基本的なタスクをこなす独自のOSを搭載した「r1」を発売し、複雑化したスマホの世界を変えたいという趣旨だ。

■デザインはキュートだが、使い続けることは「重荷」

ところが、r1にも逆風が吹く。

米テックメディアのワイアード誌は、10点満点で3点の低評価でレビュー。「キュートでレトロなデザイン」は肯定したが、発売時点での対応機能の少なさ、プライバシーへの懸念、AIによる誤った回答が繰り返し起きていることを問題に挙げた。

備え付けのスクロール・ホイールも操作性が悪く、総合的に「ああ、これはイライラする!」と記事は吐露する。1週間ほど試用したが、AIに質問しても回答に時間がかかるうえ、正確な答えを得られないことが多かったようだ。

どこへ行くにもスマホに加えて2台目のデバイスを持たねばならないうえ、r1では完結しないタスクが多いため、スマホを取り出す機会はさして減らない。記事は、r1は「パーソナル・アシスタントではなく、重荷である」と述べる。

エンガジェットも、現状では「AIアシスタントとしてほとんど機能しない」と指摘する。

宅配フードの注文など限られたタスクをこなすことができるが、「スマホでやったほうが早くて簡単だ」という。「携帯電話が同様のAIタスクを処理できるようになった今、R1(原文ママ)はその存在を正当化するのに十分ではない」との指摘だ。

バッテリーは8時間で底をつき、Uberは30秒丸々待たされたうえに注文できず、画面上の「笑ってしまうほど小さな」キーボードは苦痛で、2Wの貧弱なスピーカーで音楽を奏でる意味もわからないと記事は指摘する。

■iPhoneと真逆のスタートを切ったAi Pin

Ai Pinやr1に限らず、いつの世も新しいガジェットは、多少なりとも未完成の状態で登場してきた。それでもたいていの製品は、磨き上げれば光ると感じさせる新規性があった。

Appleの初代iPhoneは数個の純正アプリしか使えなかったが、世間の支持を得た。

iRobotの初期型Roombaは原始的で、何度も壁に当たってはほぼランダムな経路で走行するだけだった。それでも人々を掃除から解放し、ロボット掃除機のスタンダードの地位を築いた。

米スタートアップが生んだFitbitは、わずか数桁を表示するディスプレイしか備えないが、健康管理トラッカーのスタンダートになっている。

こうした完成度の高い製品は、少なくとも発売当初の初期型において、「限られた機能しか搭載しないが、シンプルゆえに万人が使える」という共通点がある。

ところがAi Pinやr1は、その正反対の道を歩んだ。「AI搭載で何でもできそうだが、実際にはほとんど何もこなせない」製品に陥ってしまった。これが失敗の理由の1つと言えよう。

■スマホに代わるデバイスになり得るのか

さらには、ポケットサイズで何でもこなすスマホがすでに普及している今、アンチ・スマホの立場を打ち出したことも、度を超えて野心的であったかもしれない。

未完成ゆえに愛される製品はあるが、Ai Pinやr1は目下、高価なだけの試作品レベルに留まっている。AIブームへの便乗商品に終わるか、それとも、真に人々とスマホとの接し方を変える歴史上の分岐点となるか。

巻き返しの道は相当に険しいが、幸いにもAI製品はアップデートによる進化の余地がある。今後の改善が期待される。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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