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「川勝前知事は正しかったのでは」と思わせた…静岡県民が「自民推薦のリニア早期着工派」を選ばなかったワケ

プレジデントオンライン / 2024年5月27日 14時15分

静岡県知事選での勝利を受け、万歳する鈴木康友氏(右から2人目)=5月26日夜、静岡市葵区 - 写真=時事通信フォト

川勝平太前知事の辞職に伴う静岡県知事選が5月26日に投開票され、元浜松市長の鈴木康友氏が当選した。ジャーナリストの小林一哉さんは「『リニア問題を1年以内に決着させる』という自民推薦候補の訴えは静岡県民には刺さらなかった。県民はリニア問題をより正確に理解する候補を選んだ」という――。

■静岡県知事選は7万7000票の大差で決着

川勝平太氏の後継者を決める静岡県知事選は5月26日投開票が行われ、立憲民主党、国民民主党の推薦を受ける元衆院議員で浜松市長を4期務めた鈴木康友氏(66)が、自民党推薦の元副知事で総務官僚だった大村慎一氏(60)ら5人の候補を破り、新知事の座を勝ち取った。

同日午後8時から後即日開票されたが、大票田の静岡市などで大村氏の圧倒的な優勢が伝えられたため、NHKはじめ各テレビ局などは「当選確実」を打つのが遅れた。

午後11時頃まで鈴木氏、大村氏は競ったが、結局は鈴木氏が大村氏に約7万7000票超の大差をつけて圧勝した。

【図表】投票結果

■リニア問題を理解していない候補への逆風

9日の告示日当初から、鈴木氏のリードが伝えられていたが、自民党の組織、団体への締めつけは厳しく、県中部、東部の首長らを中心に全県的に大村氏へ強力な支援体制が敷かれた。このため、選挙戦は終盤までもつれた。

鈴木氏の最大の勝因は、何と言っても、リニア問題での大村氏本人の無様な対応に有権者が「ノー」を突きつけたことである。

大村氏は、リニア問題解決に向けて「5つの約束」を掲げたが、選挙戦の最中に、「1年以内に結果を出す」とした約束を保留にしてしまい、“リニア公約”をたがえることになった。

実際には、大村氏が静岡県のリニア問題をちゃんと理解していなかったことが図らずも露呈してしまったのである。

自民党への逆風が吹き荒れる中、“リニア公約”の「異例の保留」は大村氏に対する信頼を失わせる結果となり、鈴木氏に大きく有利に働いた。

■なぜ「1年以内に決着」は響かなかったのか

9日の大村氏の出陣式で、筆者がいちばん驚かされたのは、大村氏がリニア推進の立場を明確にして、リニア問題の早期解決に関する「5つの約束」をわかりやすいパネルに示したことである。

リニアに関する5つの約束をパネルにした大村氏
筆者撮影
リニアに関する5つの約束をパネルにした大村氏 - 筆者撮影

「流域の声を反映させる」「大井川の水と環境を守る」「国の関与を明確にする」「静岡県のメリットを引き出す」の4つの約束を掲げ、5つ目が「(その4つの約束に対して)早期に解決する。1年以内に結果を出す」と自信たっぷりに述べていた。

静岡県知事選の最大の焦点となったリニア問題に対して有権者にひと目でわかる解決策を示すのは、選挙戦略としては当然なのだろう。

また静岡工区の早期着工を目指す自民党を代表する候補だから、「1年以内に結果を出す」の約束は、至上命令だったのかもしれない。

川勝氏の退場とともに、13日に開かれた県地質構造・水資源専門部会では、リニア問題責任者を務める副知事はじめ静岡県職員は、これまでとは一転して、JR東海の主張を丸のみする方向を示した。

つまり、大村氏の主張通りにとにかく早期解決することへ舵を切った。県庁幹部OBたちが事務所に入ったことで、静岡県庁が一丸となって、大村氏の支援に回ったことは明らかだった。

■岐阜県の「水枯れ問題」が選挙期間中に発生

しかし、そんなにうまくいくのか疑問を抱いた。

川勝氏が大風呂敷を広げたリニア問題はあまりにも複雑怪奇となっていたからだ。

リニア問題を解決させるためには、知事就任後に、正確な情報を基に、これまでの議論が何だったかをちゃんと理解するところから始めるべきであると、筆者はこれまで何度も強調してきた。

そんな中、筆者の懸念が現実のものとなる「事件」が起きた。

選挙戦真っ只中の16日、JR東海の丹羽俊介社長が岐阜県瑞浪市のリニアトンネル工事による水枯れ問題を取り上げたのだ。

■「川勝前知事は正しかったのでは」と考え始めた

ことし2月頃から工事中のトンネル内に湧水が発生、現在も毎秒20リットルの湧水が出ている。その影響で、地域のため池や井戸で水位の低下が確認され、JR東海はトンネル掘削工事を一時中断し、対応に当たると説明した。

17日から工事を中断して、6月から地質や地下水を確認する調査ボーリングを開始することになった。

静岡県の場合、リニアトンネル工事でJR東海は大井川の湧水が毎秒約2トン減少すると試算して、その対応策を発表した。

毎秒2トンは、瑞浪市の湧水の100倍にも当たる膨大な水量である。だから、その影響について、2018年夏から6年近くも協議してきた。

岐阜県のリニア工事に端を発した不安が静岡県にまで伝わった。多くの県民が川勝氏の主張が正しかったのではないかと考えた。事実、NHKの出口調査では「川勝県政を大いに評価する」「ある程度評価する」が計67%と過半数を占めた。

退任した川勝知事
筆者撮影
退任した川勝知事 - 筆者撮影

2月頃からリニアトンネル内の湧水発生で地域の地下水位の低下などが起きていたのに、JR東海の岐阜県への連絡が遅れたことを問題視して、大村氏は、選挙戦の遊説の中で、JR東海の対応を厳しく批判した。

そして、「1年以内に結論を出すは、いったん保留にする」と宣言したのだ。

■大村氏の主張の浅さを県民は見透かした

大村氏はこの時ようやくJR東海への不信感をあらわにした。2008年夏から静岡県でリニア問題の議論が続いているのに、なぜ、解決へ向かわなかったのかをちゃんと理解できていなかったことになる。

静岡県はJR東海の情報開示の姿勢を問題視して、当初はまともな議論にならなかった。

それなのに、大村氏は「1年以内に結果を出す」と、あまりにも軽すぎる約束をしたのだ。

つまり、大村氏の「5つの約束」は、有権者に訴えるキャッチコピーであり、内容の伴わない無責任な約束だったことを明らかにしてしまった。

有権者は、大村氏の主張の底の浅さを見透かした。

対する鈴木氏は、大村氏のように期限を区切らず、リニア問題について知事就任後にちゃんと理解した上でさまざまな対応に取り組むとしてきた。

それが当たり前のことであり、有権者はそれぞれの主張の違いを見極めたのである。

鈴木氏は派手なパフォーマンスに走ることなく、堅実な姿勢を見せて有権者の信頼を勝ち取り、リニア問題をリードできた。

■静岡選出国会議員の印象の悪さも裏目に

今回の知事選の結果は、大村氏のリニア問題に対する選挙戦略の失敗が大きいが、同時に自民党への逆風も大きな影響を及ぼした。

自民党静岡県連が大村氏の推薦を党本部に上申したのと同じ4月23日、安倍派座長で派閥の裏金疑惑で離党勧告処分を受けた塩谷立・元文科相は不満たらたらで自民党を離党した。

塩谷氏は静岡8区(浜松市中心部)を選挙区として、県連会長を務めるなど自民党の重鎮だった。

塩谷氏は座長といっても、安倍派5人衆とは違い、何の発言権もないことは周知の事実だった。塩谷氏は党の離党勧告処分に対して再審請求を行い、「岸田首相も責任を取れ」と主張したが、県内では見苦しい対応だと受け取られた。

さらに、安倍派の裏金疑惑の際に、暴露発言をした宮沢博行・元防衛副大臣(衆院比例東海)が女性問題で辞職した。宮沢氏は、磐田、掛川など静岡3区を地盤としていた。

テレビ、新聞は2人の醜聞を繰り返し報道、静岡県の自民党政治家のイメージは地に落ちた。

極めつきは、最後の選挙サンデーとなった19日、地元選出で女性外相として世界を飛び回る上川陽子外務相を応援弁士としたことだ。

上川氏は18日の静岡市内の演説会で、「この方(大村氏)をわたしたち女性が(知事として)うまずして何が女性でしょうか」と発言した。

上川氏の発言は、上川氏の支持者らに向かって、女性たちの力で大村氏の知事誕生を後押ししてほしい、と「出産の苦しみ」をたとえに使ったに過ぎない。

共同通信が「うまずして何が女性か」の見出しで、「子どもをうまない女性は女性ではないと受けとられかねない不適切発言」とする野党幹部の談話とともに記事を配信した。静岡新聞、中日新聞がそのまま記事を掲載、テレビ各局も続いた。

■自民の逆風にも抗えず「早期決着」は空虚に響いた

大村氏の総決起集会を終えたあと、報道陣の取材に対して、上川氏は「真意と違う」などと発言そのものを撤回した。

静岡県では、磐田市、掛川市など静岡3区を選挙区とした、自民党重鎮だった柳沢伯夫元厚労相が2007年に「女性は子どもを産む機械」と発言したことを連想してしまい、上川氏の「真意」を誤解した県民のほうが多かった。

今回、派閥の裏金疑惑で始まった自民党への逆風を抑えたい自民党県連は「自民色」払拭に躍起となっていた。

結果的には、「うまずして」発言の騒ぎで、上川氏がすべての話題をさらい、肝心の大村氏の存在感は非常に薄くなってしまった。

選挙戦最終盤まで自民党へは逆風が吹き荒れ、それを克服する一手の上川氏の起用も失敗した。リニア問題に続く失点となり、大村氏の敗北につながった。

鈴木氏は28日午前に当選証書を授与され、知事職に就く。29日に就任後初の記者会見に臨む。

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小林 一哉(こばやし・かずや)
ジャーナリスト
ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。

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(ジャーナリスト 小林 一哉)

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