松下幸之助は「ダメな部下」をどう叱ったか…入社18年目の課長に「会社を辞めて、しるこ屋になれ」と説いたワケ
プレジデントオンライン / 2024年5月30日 10時15分
■「きみ、あしたから会社をやめてくれ」
昭和30(1955)年ごろのことである。新型コタツの発売に踏み切った直後に、誤って使用されれば不良が出る恐れがあるとの結論が出て、市場からの全数回収が決定された。
その回収に奔走していた電熱課長がある日、幸之助に呼ばれた。
「きみが電熱担当の課長か」
「はい、そうです」
「会社に入って何年になるかね」
「18年になります」
「きみ、あしたから会社をやめてくれ」
「………」
「今、会社をやめたら困るか」
「困ります。幼い子どもが2人いますし……」
「それは金がないからだろう。きみが困らないように金は貸してやろう。その代わり、わしの言うとおりにやれよ」
「はい……」
「会社をやめて、しるこ屋になれ」
「………」
「まあ、立ってないで、その椅子に座って。きみは、まずあしたから何をやるか」
「新橋、銀座、有楽町と歩いて、有名なしるこ屋三軒を調査します」
「何を調査するのや」
「その店がなぜはやっているのか、理由を具体的につかみます」
「つぎは?」
「そのしるこに負けないしるこをどうしてつくるか研究します。あずきはどこのがよいか。炊く時間と火力、味つけなどです」
「おいしいしるこの味が決まったとしよう。ではそのつぎは?」
「………」
■しるこ屋の100倍、200倍の努力が必要
「きみ、その決めた味について、奥さんに聞いてみないかん。しかし、奥さんは身内やから『うまい』と言うやろ。だから、さらに近所の人たちにも理由を説明して、味見をお願いしてまわることや」
「はい、必ずそれをやります」
「自分の決めた味に自信を持つこと。それから大事なのは、毎日毎日、つくるごとに決めたとおりにできているかどうかみずからチェックすることや」
「必ず実行します」
「それだけではまだあかんよ。毎日初めてのお客様に、しるこの味はいかがですかと聞くことが必要やな」
「はい、よくわかりました」
「きみはそのしるこをいくらで売るか」
「三店の値段を調べてみて、5円なら私も5円で売ります」
「それでいいやろ……、きみが5円で売るしるこ屋の店主としても、毎日これだけの努力をせねばならない。きみは電熱課長として、何千円もの電化製品を売っている。だからしるこ屋の100倍、200倍もの努力をしなくてはいけないな。そのことがわかるか」
「はい、よくわかります」
「よし、きみ、今わしが言ったことがわかったのであれば、会社をやめてくれは取り消すから、あしたからは課長としての仕事をしっかりやってくれ」
■悪い主人に仕えても勉強になる
戦前の話である。ある製造部長が出社してみると、自分の机とロッカーがなくなっている。かねてから折り合いの悪かった上司の事業部長が、突然、倉庫係への異動を決めてしまったのである。4、500人はいた部下が2人に減ってしまった。
一度はやめる決心をした部長であったが、“待てよ、日本一の倉庫にしてからでも遅くはない”と思い直して、朝は5時から倉庫にこもり、合理化、改造に取り組む日々を続けていた。
そんなある日、幸之助がひょっこり工場にやってきた。
「こんなとこで何しとる。きみの工場から不良品ばかり出とるぞ。どういうこっちゃ」
ここぞとばかり左遷させられた事情を説明し、事業部長との意見の相違を訴える部長を制して、幸之助は言った。
「きみな、いろいろ言いたいことはあるやろうけど、人間、大成しようと思えば、よい主人、悪い主人、どちらに仕えても勉強になるんやで。よい主人なら見習えばよいし、悪い主人なら、こないしたらあかん……とな」
その製造部長の人事は自分が預かる、以後勝手に扱ってはならない、との幸之助の決裁によって、一件は落着した。
■工場に入ったばかりの「文句の多い職人」
関東大震災のあった大正12(1923)年もまもなく終わろうとしているころであった。幸之助が工場の鍛冶場に入っていくと、見なれぬ小柄な若い職人が旋盤を使っている。どこの人かと思って尋ねると、「私はH工場の者です。ちょっと旋盤を拝借しています」とのこと。髪を長くし、鍛冶屋の職人というより芸術家のように見える。
H工場は松下電器の下請工場で、急ぎの修理や旋盤仕事をするときには、松下の鍛冶場を随時使用していた。青年は東京で震災にあい、職を求めて大阪に来て、つい最近H工場に入ったばかりだという。仕事ぶりを見ていると、手の運びや動作に、素人離れしたところがあった。
その後数日たって、H工場の主人に会ったとき、幸之助は言った。
「きみのところにいい職人が入ったね。このあいだうちの鍛冶場で旋盤の仕事をしているのを見たよ。なかなかうまいようだから、間に合うだろうね」
「大将、あれはダメです。文句ばかり多くてダメですわ。うちの仕事の方法や何やかやに文句ばかり言ってます。あら、ダメですわ」
「きみはそう言うけれど、あの男は相当仕事ができるように思うがなあ」
「実は弱ってるんです。いっそのこと、大将のほうで使ってくれませんか。うちではあれに適当な仕事もありませんから頼みます」
「きみがそう思うなら、ぼくのところによこしたまえ。しかるべく使ってみよう」
そんな経緯で入社した22歳の青年は、のちに新しいアイロンやラジオを開発し、技術担当の副社長として活躍した。
■自分で商売をしているつもりでやる
「きょうの売上げはいくらになったか」
突然の質問に答えるべく、日計表を取り出そうとした担当者に、幸之助は言った。
「きみ、日計表を見なければ返事ができないようでは、ほんとうに真剣に仕事をしているとは言えんな。きのうまでの売上げはいくら、きょうはいくら、今月の目標はいくらだから何パーセントの達成率で、月末までの見込みはいくらだ、ということが常に頭に入っていなければほんとうの商売人やない。それはおそらくきみが店員として使われているという気持ちだからだと思う。きみ自身が自分で商売しているつもりでやってみてくれ!」
■何のための仕事をしているのか
昭和13(1938)年ごろのことである。
毎日のように工場と事務所を巡回していた幸之助が、ある青年社員に声をかけた。
「きみ、その仕事は何をやっているのかね」
「はい、これは販売統計表です」
「その統計表は何のためのものかね」
青年は答えられなかった。
「だれから指示されたのかね」
「主任です」
幸之助は主任を呼び、尋ねた。
「この統計表は何のためのものかね」
主任も的確な回答ができなかった。幸之助は、
「仕事をする場合、あるいは仕事を指示する場合には、必ず目的をはっきりさせていなければいかんよ」
のちに幹部となった社員の、入社2カ月目の思い出である。
*「問う」を発する際、重要なのは人に考えさせること。その点が幸之助のコミュニケーションの特徴で、その問いは、経営の本質を突くものがほとんどであった。
■「いちばん高いところ」での会議
扇風機事業部は、扇風機という季節商品だけでは事業が成り立たないと、製造を担当する大阪電気精器と共同し、年中売れる商品として換気扇を開発した。しかし最初のころは、月産わずか200台、せいぜい食堂の厨房に業務用として使われる程度で、商売にならなかった。
関係者が集まっていろいろ考え、それまでの排気扇という名を換気扇に変えるなど、イメージの刷新をはかったが、それでも在庫が増える一方であった。
事業部長がそうした状況を幸之助に報告したところ、
「それは急には売れんだろう。だけど必ず売れる方法があるはずだ。一度、おもだった人と大阪のいちばん高いところで会議をしてみたらどうかね」
と言われた。
当時、大阪でいちばん高いところといえば、大阪城であった。気楽な気持ちで大阪城に上った部課長、技術者たちは、
「ずいぶん家が並んでいるなあ」
と、景色を眺めていて、ふと気づいた。
「これらの家には一台も換気扇がついていない。この一軒一軒に換気扇をつければ相当な需要になる」
この会議を契機に、公団住宅用の換気扇を開発するなど、一大開発運動が展開された。
やがて、換気扇が一台もない家のほうが珍しい時代となった。
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(PHP理念経営研究センター)
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