"腐ったバナナ"で1億円が吹っ飛ぶ大失態…海運会社社長「会社に巨額損失与えた自分が社長になれた理由」
プレジデントオンライン / 2024年6月4日 7時15分
長澤仁志(ながさわ・ひとし)日本郵船取締役会長。1958年、京都府生まれ。80年神戸大学経済学部卒業後、日本郵船入社。2019年に社長就任。23年より現職。日本経済団体連合会(経団連)副会長も務める。(撮影=大槻純一)
■世界中でロックダウン「このままでは倒産」
日本郵船は1885年に創業された、非常に長い歴史を持つ会社です。それがついに私の代で終わってしまうかもしれない――。そうした危機感を本気で抱いた出来事がありました。まだ記憶に新しい、2020年の新型コロナウイルス感染症の拡大です。
19年の末に、中国で謎の感染症が広がっているというニュースは聞いていました。ただ、それまではどこか他人事。ただごとではないと気づいたのは、翌年2月、「ダイヤモンド・プリンセス」号の船内で集団感染が起きて横浜港に入港してからです。
実は当時、グループ会社の郵船クルーズが運営する日本船籍最大の客船「飛鳥II」はシンガポールで改装中でした。運航再開は3月から。前年に社長に就任したばかりの私は運航再開を楽しみにしていましたが、郵船クルーズの社長からこう告げられました。「今運航しても、お客様は乗ってくれない。再開を延期させてほしい」
郵船クルーズの社長の訴えはもっともでした。休止すれば大きな損失が出ますが、動かしてもお客様に乗っていただけなければそれ以上の損失になる。経営会議にかけて、再開を当面見送ることにしました。
これだけでも痛手でしたが、本当の危機はその後に待っていました。4月に緊急事態宣言が発出。日本だけではなく世界各地でロックダウンが始まりました。ロックダウンになると工場や倉庫、港から人が消えます。その結果、船で荷物を運んでも港に揚げることができず、船が止まり始めました。その数がわが社の船の約半分に達して、冒頭にお話ししたように「このままでは倒産する」と青くなったわけです。
ただ、座して待つつもりはありませんでした。自分にできることは全力でやろう。そう決心して、まずはコロナにおける課題を整理しました。
取り組むべき課題は3つありました。1つ目は、お客様との約束をしっかり履行できているのかどうか。コロナ禍初期は、マスクなどの医療資材を運ぶことが国民生活を守ることにつながります。港や倉庫に人がいない中でいかに荷物を運ぶのか、非常に難しい問題でした。
2つ目は船員や現場従業員を中心にグループ社員の命と健康を守ること。海上の船は、閉ざされた空間です。船内で誰か一人でもコロナ患者が出たら、一気に集団感染するおそれがあります。
そして3つ目は財務です。コロナ禍がどれだけ続くのか全く見えませんでしたが、もし長引くと、今持っている融資枠では足りなくなります。会社を存続させるためには財務面での新たな手当てが必要でした。
これらの課題に対応するために、まず新たな情報収集の仕組みの構築に取り組みました。無論、現場から情報を集めて経営が意思決定する仕組みは以前からありました。ただ、それは対面を前提にしたもので、リモートでは機能しないおそれがありました。
新たに始めたのが週報です。日本郵船には当時7つの本部があり、各本部にグループ会社も連結されていました。現場の最新状況を各本部が集めて週報をつくり、一元化した情報をもとに7人の本部長と毎日会議を行いました。
なぜ情報にこだわったのか。実はこのとき、私は自分が情報確認を怠って引き起こした、ある失敗を思い出していました。
話は約30年前にさかのぼります。私は課長になる少し前で、冷凍船を担当。顧客の大半は海外で、南半球で穫れた果物などが主な貨物でした。
1991年は大忙しでした。1月1日に韓国がバナナの輸入を解禁。韓国の輸入業者がエクアドル産のバナナを大量に買い付けました。韓国には冷凍船を持つ船会社がなく、日本郵船に依頼が殺到しました。
当時、バナナ1箱12キロのFOB価格(輸出港渡しでの価格)は4〜5ドルでした。私たちがいただく運賃を加えると10ドル。取引のない輸入業者からの依頼なので、用心して普段より高めの運賃設定です。さらに100%の関税がかかり、韓国に荷揚げされるときは1箱20ドルになっていました。
その1箱が、バナナブームによって韓国では40ドルで売れました。冷凍船1隻で20万箱運べるので、1隻の輸入で400万ドルの粗利益になる計算。当然のように業者が群がりました。
■情報を軽く見たせいで会社に損害を与えた
ところが、バナナブームは数カ月であっさり終焉します。価格が暴落したために関税を払えない業者が続出して、荷揚げできないバナナが腐り始めました。腐ったバナナは担保になりません。運賃の回収も限界があり、約1億円の損害が発生しました。
今思えば、これは防げた損失でした。日本郵船は韓国にも事務所があります。そこから青果市場の情報を逐一得ていたら、ブーム終焉の予兆は察知できていたはず。情報を軽く見ていたために会社に損害を与えてしまったのです。
身をもって情報の重要性を知った私は、バナナ事件以降、人一倍、情報に敏感になりました。コロナ禍という会社存続の危機にあたって情報の仕組みを精査するのは、ごく自然な発想だったわけです。
実際、週報ベースの情報共有の仕組みは役に立ちました。コロナの水際対策は各国で異なります。中国はとくに厳しく、船で荷物を運んでも船員は上陸を許されませんでした。船員の交代ができずに船の上で長期間隔離されれば、メンタルの問題も起きやすくなります。ただ、幸か不幸か、当時は動いていない船がたくさんありました。そこでそれらの船を使って船員を輸送し、日本の港で交代させるといった対応をしました。これができたのは各本部を超えて船や船員の情報を共有していたから。ほかにも危機対応でイレギュラーなことをいろいろやりましたが、週報の仕組みがなければもっと混乱していたでしょう。
財務的には、船が半分動かなくても半年やっていけるだけの融資枠をメインバンクから確保できました。ただ、困ったのは株主総会です。決算発表がずれ込んだので株主総会も延期したのですが、日程変更で会場を確保できなくなり、自社15階のホールで開催することに。株主の皆様に来ていただき、クラスターでも発生させたら大変なことになります。株主総会が無事に終わるまで、気が気ではありませんでした。
夏に近づくにつれて少しずつ船が動き始め、経営的には光が見えてきました。秋にはほとんどの船が稼働。「飛鳥II」が11月に定員を半数にして運航再開したときは私も乗船しましたが、6割ほど埋まっているのを見て安堵したことを覚えています。
![郵船クルーズが運営する豪華客船「飛鳥II」。運航再開のタイミングでコロナ禍が直撃した。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/d/1200wm/img_bd92d29a853afac80be063c8dc09d1a0407692.jpg)
コロナが発生してから約4〜5カ月は、まさに肉体的にも精神的にもギリギリの毎日でした。ただ、仕事から逃げたいという気持ちは全くなく、郵船を存続させる使命感と責任感で激動の事態に対応していました。また、グループ役職員も困難の中職務を果たしてくれました。
日本郵船のカルチャーも大きかったと思います。バナナ事件で失敗した後、私は毎週のように韓国に行って事後処理をしました。失敗したこと自体は厳しく怒られましたが、会社は失敗した後に挽回しようとする私の姿勢を見て、チャンスをくれました。
実は専務のときにもM&Aした海外企業の経営が悪化して、約130億円の損失を出したことがあります。誰のせいにすることもなく自身で責任を負いましたが、わが社はそんな失敗をやらかした人間を後に社長にした。日本郵船は逃げない人間を評価するのです。
そうしたカルチャーを持つ会社のトップが逃げるわけにはいきません。起きたことはすべて受け止める。その覚悟ができていたからこそ、この危機も乗り越えられたのでしょう。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年6月14日号)の一部を再編集したものです。
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日本郵船取締役会長
1958年、京都府生まれ。80年神戸大学経済学部卒業後、日本郵船入社。LNGグループ長、常務、専務、副社長を経て、2019年に社長就任。23年より現職。日本経済団体連合会(経団連)副会長も務める。
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(日本郵船取締役会長 長澤 仁志 構成=村上 敬 撮影=大槻純一 写真提供=郵船クルーズ)
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