「月商100万円以下」では採算が合わない…零細飲食店が頑なに「モバイルオーダー」を導入しない切実な理由
プレジデントオンライン / 2024年6月1日 17時15分
■スタバのモバイルオーダーシステム障害がニュースに
5月20日、スターバックスでシステム障害が起き、モバイルオーダーが利用できない状況に陥ったことがニュースになった。
念のため説明すると、モバイルオーダーとは飲食店で客が自分自身のスマホやタブレットを用いて注文を行う方法だ。スタバでは2019年より専用システム「Mobile Order & Pay」をスタートし、ほぼ全店舗で導入している。朝の慌ただしい時間帯に起きたトラブルに、SNSでは来店した客たちの嘆きや困惑が多く見られた。
あるいは、同時期にXで話題になったのが「モスバーガーはモバイルオーダーをすると通信費を10円くれる」という旨のポストだ。このサービスを「令和最後の善意」と評したポストは1300万以上のインプレッションに達している。
モバイルオーダーに関する話題が大きく広がるのは、それだけこの方法が社会に浸透してきているからだろう。
■利用した客の9割が「満足」と回答
ぐるなびが2022年6月30日に発表した「モバイルオーダーの利用実態調査」によると、41.4%もの人が食店におけるモバイルオーダーを利用したことがある。年代別では20代が56.4%で最も多い。利用業態は「ファストフード」が50.4%、「寿司」が15.0%、「居酒屋」と「ファミレス」が12.8%と続く。利用シーンは「家族との外食」が42.0%、「一人での外食」が39.9%、「友人、知人との外食」が22.5%。さまざまなTPOで活用されており、「満足」「やや満足」とした利用者は88%にのぼった。
別の調査でも、51.8%が「モバイルオーダーを使ったことがある」と回答(New Innovations「モバイルオーダーに関するアンケート」2023年10月12日発表より)。これは同社が半年前に行ったアンケートより10%増加している。週1回程度以上の利用が46.9%となっており、モバイルオーダーを利用したことがある人のうち、96.6%が「とても満足している」「やや満足している」と回答した。
■オーダー業務がなくなって少人数で運営が可能に
スタバやモスのみならず、多くの大手飲食チェーンがモバイルオーダーを導入している。マクドナルドやケンタッキー・フライド・チキン、吉野家やすき家といったファストフードのほか、ガストやバーミヤンなどを運営するすかいらーくグループ、磯丸水産や鳥良商店などを運営するクリエイト・ダイニング等、さまざまな業態で活用されている。
これほど一気にモバイルオーダーが世に広まったのは、当然のことながら、店側のメリットが大きいからだ。
飲食店からすれば、オーダー業務がなくなるのでサービススタッフを減らすことができ、人的工数や人件費を削減できる。飲食業界は人材不足に陥っているので、より少ない人数で運営できるのは魅力だ。ワンオペの飲食店なら調理だけに集中できるようになる。
システムによっては、クレジットカードに加えてQR決済や電子マネーなどさまざまな決済手段にも対応している。これによって会計業務も省ける。
結果としてサービススタッフは、配膳(サーブ)や下膳(バッシング)だけを行えばよくなり、接客により注力できて顧客満足度を高められる。
■オーダーミスが減って提供時間も短縮できる
口頭でのオーダーは、客からサービススタッフ、サービススタッフからキッチンスタッフへと伝達されるが、その過程で伝え間違いが発生する余地はかなりある。客側の言い間違い、サービススタッフの聞き間違いや伝票への書き間違い、キッチン側の読み間違い等々、ミスはどこかで発生し得る。
モバイルオーダーであればこうしたことが防げる。客が間違えたメニューをタップしてしまったり数量を誤ったりといった可能性は残るが、確認画面も存在しており、口頭に比べればオーダーミスの発生率ははるかに低い。
提供にかかる時間も短縮できる。客がスタッフを呼んで口頭でオーダーを告げ、サービススタッフがキッチンスタッフに伝えるまでには数分を要するものだ。モバイルオーダーであれば、客からキッチンへオーダーが“直送”されるので、タイムロスが削減される。
客がスタッフをつかまえられずにオーダーを諦めることがなくなるので、注文機会の損失を防げるのも大きい。気楽にオーダーできるので注文が増えて客単価も上がる。
メニューの変更も容易だ。紙のメニューであれば作り直すのはコストがかかるが、モバイルオーダーなら管理画面で修正すればよく、フレキシブルにメニューを変更できる。
卓上据付型の専用端末機に比べ、導入コストや維持コストが抑えられるのも助かるところだ。LINEと連携していればプロモーションを送れたり、POSシステムや顧客管理システムと連動していれば経営やマーケティングにつなげられたりもする。中小企業・小規模事業者などを対象としたIT導入補助金が支給されるケースもある。
■焼肉や焼鳥はモバイルオーダーに向いている
こう書くと良いことずくめのようだが、あらゆる店がメリットを享受できるわけではない。モバイルオーダーの導入には向いている飲食店と向いていない飲食店がある。
最も向いている業態は、カウンターでオーダーと受け取り、支払いを行うタイプのファストフードやカフェだ。テイクアウトであればなおさらマッチする。
大箱のレストランも相性がいい。通常、飲食店では1人のサービススタッフが4テーブル程度を担当するが、80席を超えるような大型店舗ではホールスタッフだけで5人も必要となる。モバイルオーダーによってオーダー業務だけでもなくせれば、必要な人手の数を2割から3割は減らせる。
大型店舗でなくても焼肉や焼鳥のように注文点数が多い業態、つまりスタッフの仕事におけるオーダー業務の割合が高い飲食店では有用だ。あるいは店内が細長かったり席がセミプライベートな造りになっていたり、個室が多いなど、スタッフを呼びづらい構造の店も導入の効果が出やすいだろう。
■月商100万円以上でなければ導入費用が負担大
反対に、向いていない業態の筆頭は、サービスにも大きな価値が含まれるファインダイニングだろう。熟練のサービススタッフにコースや料理を相談して最適なものを選択したり、ソムリエに好みを伝えてワインを薦めてもらったりするのは、高級店だけでしかできない体験だ。おまかせコースが中心の店では、個別に注文するのはドリンクのみのためモバイルオーダーは必要にならない。
それから、地下の店舗などで、携帯電話の電波が弱い上にWi-Fiを設置していないところも不向きだ。スムーズに注文ができず、客のストレスを溜めてしまう。
コストの面でみれば、モバイルオーダーの導入費用は10万円から20万円、月額費用が1万円から3万円が相場となっている。飲食店の営業利益率は10%もあればよいほうで、5%程度が一般的とされる。月商100万円以上の規模がなければ、月に1万円以上の新たな出費を許容するのは厳しいかもしれない。
総務省統計局の2016年経済センサスによると、日本標準産業分類「76 飲食店」では、全国45万3541事業所のうち、個人事業主が30万4983事業所。つまり飲食店の約67.3%は個人事業主が経営している。同調査によれば個人事業主による飲食店の売上は平均で年間約1000万円。月商は80万円程度ということになる。
多少無理をして導入したとしても、オーダー管理をこれまでのアナログからデジタルに替える必要があり、スタッフへの再教育が必要となる。当然、管理機能の使い方もマスターしなければならない。小規模店にとってはこれも無視できないコストだろう。
■キャッシュレス非対応と同じように敬遠される可能性も
飲食店ではコロナ禍で接触機会の削減を目的としてキャッシュレス化が進み、現金しか対応していない店は敬遠されるようになってきている。同様に、モバイルオーダーに慣れた客が店員とのやりとりのわずらわしさなどを理由に、口頭でのやりとりしかできない店を避ける可能性も今後は出てくるかもしれない。
飲食店にとってモバイルオーダーのメリットは大きい。ただし店舗によって事情が異なるだけに、導入するべきか否か、判断力が試される時期となっている。
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グルメジャーナリスト
1976年台湾生まれ。「TVチャンピオン」(テレビ東京)で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。
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(グルメジャーナリスト 東龍)
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