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保育園児であっても「お子様ランチ」は出さない…中目黒の保育園が給食にフランス料理を出す理由

プレジデントオンライン / 2024年6月3日 17時15分

コビーアンドアソシエイツが園児に提供するロールケーキ。月に一度献立会議を開き、料理5品+おやつ5品の新メニューを開発している - 写真提供=コビーアンドアソシエイツ

全国で34の認可保育園を運営し、児童3000人超を抱えるコビーアンドアソシエイツ(東京都目黒区)では、ホテル総料理長経験者が児童の献立を監修し、園には調理師とキッチンスタジオまでついている。なぜそこまでやるのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉さんが聞いた――。

※本稿は、野地秩嘉『少子化に挑む保育園』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■銀座東急ホテルの元総料理長が監修

保育指針にある「1.保育の内容、2.健康及び安全、3.子育て支援、4.職員の資質向上」のうち、健康と安全に密接に関わるのが毎日の昼食と、おやつである。

働くママたちは午前6時には起きて、子どもに食事を摂らせてから登園する。

しかし、前夜遅くまで仕事をしているママだっている。0歳児、1歳児の子どもを持つママは慢性的に寝不足だから、寝坊をすることだってある。そうすると、子どもに朝ごはんを食べさせる時間はない。

園長や保育士はそういうママたちの状況をわかっている。だから「なぜ、子どもに朝食を食べさせないんだ」と文句は言わない。だからといって認可園では朝食を出すことはできない。出すとなったら、コンビニおにぎりとはいかないので、職員は午前6時に登園してこなくてはならない。やれることはおなかを空かせた子どもたちに栄養のある昼ごはんを食べさせること。

コビーでは独自のスタイルで手づくりの昼食とおやつを出している。委託した業者がつくったものではなく、園にいる栄養士が毎日、つくる。栄養を考え、カロリーを計算し、そのうえで旬の素材を使った料理を出す。

メニューの監修は総料理長の三枝清知が行う。銀座東急ホテル総料理長だった三枝は調理部門と現場の保育士と毎月、会議を行い、新メニューを含む献立を決める。

■ラタトゥイユとカッペリーニの冷製、ジュリエンヌスープ…

さらに、コビーの園では調理室が保育室のすぐ隣にある。「コビーキッチンスタジオ」と名付けたそれで、保育室にいる子どもたちはガラス越しに調理の様子を眺めることができる。調理師たちもまた子どもたちがごくんとつばを飲み込む音を感じながら調理をする。

子どもたちはつくっている様子、流れてくるにおいをかいで、「今日はカレーだ」と楽しみにする。低年齢の子どものなかにはほとんど食べない子、残してしまう子がいる。だが、コビーではキッチンスタジオ、メニュー構成など「食べてもらう演出」をしているから料理を残す子どもは少ない。

ちなみに、わたし自身も試食させてもらった。食べたのは7月である。

ラタトゥイユとカッペリーニの冷製、ささみのチーズ焼き、コーンサラダ、ジュリエンヌスープ、パイン。おやつはホワイトチョコとライムのレアチーズケーキと牛乳。

ジュリエンヌとはフランス語で「女性の髪のように細い千切り」の意味。野菜を千切りにしてコンソメで煮たスープだ。そんなもの、生まれて初めて食べた。おそらく今後食べることはないだろう。

■おいしい料理と演出で子供は食事に感謝する

わたしにとってはそれほど希少なジュリエンヌスープをコビーの子どもたちはごく普通に食べている。わたしは5歳児と同じ量の食事をしたのだが、「5歳児ってこんなにたくさん食べるのか」と驚いた。大人と同じ量を食べて、彼らはカッペリーニやジュリエンヌスープをおかわりするのである。

出先では立ち食いそば程度しか食べないわたしはコビーの昼食を必死になって食べ、そして、反省した。

「もっと栄養を摂って、かつ真剣に食べなければいけない」

おいしい料理、新しいメニュー、演出された食卓が用意されていれば子どもたちは真剣に食事に向き合う。そして、食事に感謝する。

2011年からコビーの総料理長としてメニュー開発と監修にあたっているのが山梨県生まれのグランシェフ、三枝清知だ。佐伯栄養専門学校で栄養学と調理を学び、卒業後、愛媛県のホテル奥道後に就職。同ホテルは来島どっくなどを再建した経営者、坪内寿夫がつくった豪華リゾートである。

その後、26歳の時に銀座東急ホテルへ移り、料理人の道を歩む。パリの2つ星料理店、ミッシェル・ロスタンで研修を受けたこともある俊英なのである。同ホテルの総料理長を務めた後、コビーに招かれた。

総料理長の三枝清知さんはホテル奥道後(愛媛県)、銀座東急ホテル総料理長などを経てコビーに招かれた
写真提供=コビーアンドアソシエイツ
総料理長の三枝清知さんはホテル奥道後(愛媛県)、銀座東急ホテル総料理長などを経てコビーに招かれた。大人が食べてもおいしくて、栄養があるランチをつくるよう指導している - 写真提供=コビーアンドアソシエイツ

■大人が食べてもおいしくて、栄養があるものを

彼は習い覚えた一流ホテルのレシピで、子どもたちのために安全安心な料理をつくっている。フードロスが出ないよう調理指導をし、新鮮な素材をいかに仕入れるかといった調理以外のことも教えている。

三枝総料理長の話だ。

【三枝】コビーでは保育士も子どもたちと同じものを食べます。ですから、私は大人が食べてもおいしくて、栄養があるものをつくるよう指導しているのです。大切なのは、子どもも大人も一緒に食べて、一緒においしいと感じること。それが食育です。調理をする際には、HACCP(ハサップ)の基準に基づき、「大量調理・衛生管理マニュアル」を活用しています。中心温度が85℃で1分以上の温度を保つ調理ですね。

私は銀座東急ホテルに27年、在籍していました。銀座東急ホテルは2001年に閉館し、跡地は現在、時事通信社の本社ビルになっています。私自身はホテルが閉館した後に東急ホテルを辞めて、出身校の佐伯栄養専門学校で講師として教えていました。

数年の後、小林代表から「料理を見てほしい」と声がかかったんです。それが2011年でした。当時、コビーはすでに複数の園を運営していて、料理に熱心な保育園と聞いていましたから、仕事を引き受けました。

■子どもたちが大好きなカレーも調理を変えた

【三枝】仕事に就く前、代表をはじめとするみなさんと面接したのですが、その時に言いました。

「私がやりたいのは給食ではありません。ホテルのようなちゃんとしたランチです」

家庭料理でもなく学校給食でもない。ちゃんとしたランチを出して、子どもたちと保育士に食べてもらいたい。代表はその答えが気に入ったのではないかと思います。

指導に行った時のことはよく覚えています。コビープリスクールのだ、でしたね。

最初は栄養士、調理師は私の話をなかなか聞いてくれませんでした。それまでやってきたやり方がいいと思っていたのでしょう。

私はみなさんを叱りました。

料理人ってついつい本気になるとそうなってしまうんです。以降、みなさんは私の話を真剣に聞いてレシピに取り入れてくれるようになりました。

たとえば、コビーカレーという子どもたちが大好きなチキンカレーがあるんです。私はレシピをリニューアルしました。玉ネギの炒め方、炒める方法、香辛料をいつ入れるのか、トマトを入れたらどこまで炒めるのか、すべて変えたのです。

それは子どもが食べやすいようにするための工夫でした。玉ネギを飴色に炒めるにはどうすればいいのか。どうすれば時間もかからず、きれいに炒めることができるのか。

それは現場で鍛えられたプロの料理人しか知らないことなんです。

季節に合わせて旬の食材を使うよう心掛ける一方、食品ロスの観点から可食部を極力使い切るくふうもされている
写真提供=コビーアンドアソシエイツ
季節に合わせて旬の食材を使うよう心掛ける一方、食品ロスの観点から可食部を極力使い切るくふうもされている - 写真提供=コビーアンドアソシエイツ

■料理5品+おやつ5品の新メニュー開発を毎月行う

今のコビーカレーは前のものよりもココナッツミルクの量が抑えてあります。以前は少しココナッツミルクが多かった。それで半分以下に抑えたんです。ココナッツミルクを減らして、仕上げにバターモンテ(冷たいバターを熱いソースに加えること)をして、風味を付ける。そうすると、カレーの風味が格段によくなるわけです。仕上げのバターモンテが料理の味、香りをアップさせる。

現場で鍛えられたプロの料理人は料理人として型とかスタイルを持っていないといけない。私の場合は臨機応変。要するに、その時に応じて柔軟にいちばんいい方法を取る。

そうやってコビーの給食をおいしいランチに変えました。

今は月に1度、献立会議をやっています。新しいメニューを提案してもらって、代表、数人の園長と私で試食するのです。各園の調理師、栄養士に2カ月先の新メニューを開発してもらう。料理が5品とおやつが5品。

調理師のプレゼンを聞いてから試食です。私たちがチェックするのは味だけでなく、ネーミング、季節感、そして、見た目。味はどこでもそれほど食べられないというものはありません。そこの差はあまりない。

■「サイクルメニュー」を出す一般の給食とは違う

【三枝】ネーミングは大事です。子どもたちが食べたくなるようなネーミングにするのも料理の一環ですから。そして、真冬に夏の食材を出すのもおかしいし、盛り付けも重要です。給食ではなく、ホテルのランチですからね。そこは厳しくチェックします。

出てきたメニューを不採用にすることが目的ではなく、このメニューはここをこう改良したらどうだろうかといったことも重要な話題です。そうして、改良したら採用するメニューもあるのです。

代表も園長たちも新メニューに関してはかなり突っ込んだ意見を言いますよ。まあ、いちばん厳しい意見を言うのは私ですけれど。

試食用の新メニューをつくるのはひとつの園の調理師ですけれど、出すのは34園です。

統一メニューですから。東京でも山形でも仕入れることのできる材料でなくてはいけない。3000人の子どもが食べるわけですから、厳しくチェックするのは当然なんです。ちょっとおいしいくらいのものじゃいけない。

一般の給食は「サイクルメニュー」と呼ばれています。カレー、ハンバーグ、シチューといったものをぐるぐる回す。一方、うちは毎月、つねに新メニューが10品入ります。

■フルーツの皮は薄く、煮物の水は少なくする理由

ここまでやっている保育園はないですよ。栄養士、調理師にとっても新メニューを毎月、つくるのはいい勉強になる。ある意味、調理師にとってチャンスの多い職場です。

年に1度、スイーツコレクションズって、おやつスイーツのコンテストもやっています。毎年、3月に全園が新しいスイーツを出して、試食した私たちがグランプリを選ぶ。

身内のコンテストですけど、34園あるから、グランプリはたいしたものですよ。

野地秩嘉『少子化に挑む保育園』(プレジデント社)
野地秩嘉『少子化に挑む保育園』(プレジデント社)

うちではそういったおいしさ、見た目だけではなく、フードロスも考えてメニューを開発しています。コロナ禍から物価が上がっていますよね。食用油なんか倍近くになっている。そういうなかで今までと同じ意識だったら絶対にコストが上がってしまう。また、フードロスを減らすことは時代の要請です。環境問題にも関わることだから、何でもかんでも捨ててしまうという調理はどんな飲食店でももうできません。

フルーツを剥く時は分厚く剥くと食べられるところを捨ててしまう。私はみんなにそういうところを注意するようにしています。

煮物なら、水をたっぷり入れると、それだけだしが必要になるでしょう。これももったいない。積み重なると調味料も油ももったいない。コビーのランチは給食レベルではありません。スイーツも専門店で売れるくらいのものになっています。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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