医学部に合格したのに、医師にすらなれずに退学…「頭がいいから医学部受験」を疑わなかった親子の末路
プレジデントオンライン / 2024年6月2日 9時15分
■医学部に入学後、メンタル不調に
「大学に行くのがつらいんです。自分がこれほど勉強についていけなくなるとは思いませんでした」
この日が初めてのカウンセリングだったクライアントの男子大学生Aさんは、声を詰まらせながら話し始めました。私立大医学部の2年生で、入学以来、想像を超える勉強量で、授業や実習に追われる毎日。多くの医学部がそうであるように、特に2年生以降はすべての科目が必須科目となり、1単位落としただけでも留年になるという高いプレッシャーにさらされています。欠席が留年につながることもあるため、気持ちが不安定でも休めないそうです。
そして、ひと通り話し終えた後、こう呟いたのです。
「だから医学部なんて行きたくなかったのに……」
Aさんは私立の中高一貫校からの内部進学。高校の成績がよかったことから医学部も狙えると言われ、親の強い希望もあって医学部に進学しました。でも、本当は建築を学べる学部に行きたかったそうです。
ここ数年、メンタル不調を抱える大学生のクライアントさんが増えていますが、医学部や歯学部など医療系の学生が非常に多い傾向があります。Aさんが訴えているように勉強がストレスの一因ですが、それだけではありません。
■完璧主義は「全か無か」という発想になりやすい
まず、子どもの頃から成績はトップクラス。でも大学に入ってみたら自分より優秀な人がたくさんいて、自信を失ってしまうということがあります。自分は劣っているという思いが強くなると、医学部合格は運がよかっただけ、こんな自分には見合わない……などと自身を過小評価してしまう「インポスター症候群」に陥ってしまうこともあります。
例えば留年してしまったたらもう1年やり直せばいい、と考えられればいいのですが、元々、完璧主義で弱音を吐けないタイプの人が多いです。完璧主義の人は「全か無か」という発想になりやすいため、留年したらやめるしかないと思い込んでしまいます。そのため、誰にも相談できないまま、うつ状態になったり、バーンアウトしてしまったりするケースもあります。
また、人を助ける立場の医療従事者が弱くあってはいけないというスティグマ(決めつけや差別)にとらわれてしまい、「弱い自分は医師になる資格はない」と、人に相談する勇気が持てないまま自分を追い詰めてしまうこともあるのです。
■勉強はできるが、自己効力感が低いという共通点
医療系の大学でつらさを抱える学生に共通するのが、人が当たり前にできることが自分にはできない……と感じてしまい、自己効力感が低いことです。
特に人間関係に苦手意識や不安を抱えている傾向があります。Aさんも子どもの頃から塾通いや勉強で忙しく、友達と遊んだ経験が少ないこともあって、元々、人づき合いは得意ではなかったそうです。
また、大学で苦手だと感じる先生や先輩、クラスメイトなどがいても、先述したように医学部ではすべてが必修科目のため、その単位を取らない、その人から離れるという選択がしづらくなります。ますます人間関係への苦手意識が強まり、心の負担になるということもあります。
自分にはこれまで勉強以外、誇れるものがなかったのに、今はその勉強でもつまずいている。ところがまわりは勉強に加えてスポーツもでき、プライベートを楽しむ余裕がある……と、自分ができないことに目を向けてしまうのも、自己効力感が下がってしまう理由です。
さらに「好きなことなら一生懸命できるのに、苦手なことになるとできない自分」を責めてしまう傾向もあります。しかし、これは当たり前のことで、やることがいっぱいで負荷が多い時、どうにか乗り越えられるのは自分のやりたいことだからです。
■「医学部に入ったのは成績がよかったから」
ところが、カウンセリングに来る学生には、Aさんのように「医学部に入ったのは成績がよかったから」という人が非常に多い。医療ドラマの影響という人もいますが、「医師を目指している」という人が少ないことに驚きます。
そして、Aさん同様、本当はやりたいことや行きたい学部があったのに、親の反対で医療系の学部を選んだという人も多いのです。デザインを学びたかったが医学部に入った。教育学部に入りたかったが、歯学部に進んだ。親ではなく祖父に反対されたというケースもありました。
私はこのように親の反対によって自分の本当にやりたいことをやれていないことが、メンタル不調に陥っている根本原因だと感じています。そもそも医学部で学びたいわけではなかったのに、興味のないことを必死で勉強しなければいけないわけです。投げ出したくなるのも当然でしょう。
実際、うつ病にかかった場合、一般的にやる気の減少や興味・喜びの喪失が見られますが、これはすべての活動に等しく影響するわけではありません。人によっては特定の活動に対する関心やエネルギーが保たれることがあるのです。実際、うつ病と診断されていた大学生のクライアントさんは、授業は出ないが、部活には出られると言っていました。
■合格をきっかけに親子関係が悪化するケースも
このように医師になりたいというモチベーションが低かった上に、想像以上のプレッシャーやストレスで鬱状態になってしまい、最終的に医学部を退学してしまう人をたくさん見てきました。他の大学に入り直す人も多く、あるクライアントさんは2年生で中退して、好きだった絵画を学ぶために美大に行き始めました。
しかし、勇気を出して親に医学部をやめたいと訴えたものの、反対されたという声も多いです。医学部以外にはお金を出さないと言われてしまい、つらい状況を抱えたまま通い続けているクライアントさんもいます。そのまま親子関係が悪化してしまう人も多いです。最終的に家を出てしまった人、つらい状況に苦しみながらどうにか医学部を卒業したものの、結局、医師以外の道を選択した人もいました。
親の過度な期待や過干渉が影響している可能性がある場合、親御さんにもカウンセリングを提案することがあります。しかし、残念ながら実際に来てくださるケースは少ないです。また、カウンセリングを受けても、「でも、私は子どものためにこんなことをやってきたんです」と自己防衛的になる人も少なくありません。
■苦しんでいる子の親に公認心理師が問いかけること
カウンセリングに来てくださった親御さんには、ポジションチェンジといって「自分の立場」「相手の立場」に立って感情を表現した後、それを客観的に見つめる「第3の立場」に立ってもらうワークをやっていただくこともあります。その後、視点に柔軟性がある状態で「お子さんがよくなるために何ができそうですか?」と問いかけると、最適な答えを引き出しやすくなります。
あるお母様は「医学部をやめて大学を受け直したい」という息子さんに「もし、どこも受からなかったらどうするの?」「あなたのことを考えて言っているのよ」と反対していました。しかし、ポジションチェンジで「自分が親に同じことを言われたらどう思うか?」を考えてもらったところ、ハッとして「自分を信じてもらえていない。これでは自分の考えていることはダメなんだ。心配をかけている自分はダメだ、と思ってしまいますね」と、自分の理想を押し付けていることに気づいたようでした。
親御さんに考えてみてほしいのは、「子どもが自分で考えられる余裕、自分で選べる権利を与えることができているか?」ということです。
■「絶対にやめてはいけない」と言うのは逆効果
実際、「やめたい」と考えている人に「絶対にやめてはいけない」というのは逆効果なことが多いです。親に「医師になってほしい」という気持ちを押し付けられていると感じている人は、「やめてもやめなくてもいい」という選択の自由があることが分かると、気持ちが楽になるものだからです。「やれるだけのことをやって、それでも無理だと思うならやめていいよ。あなたの気持ちと健康が一番大切」と伝えた時のほうが、もう少しやってみようと思えるものなのです。「せっかく医学部に入れたのに」という気持ちを捨てて「やめてもいい」と伝えられる親御さんの勇気が問われます。
しかし、子どもがメンタル不調で留年してしまい、大学に行かなくなってずいぶん経っているのに、医学部を辞めさせたくないと学費を払い続けている親御さんもいます。
大学生のクライアントさんの場合、カウンセリングは長期にわたるケースが多く、Aさんも時間をかけてさまざまなワークを行ないました。他者を思いやるように自分自身を大切に思えるようにする「セルフコンパッション」、物事の見方を変える「リフレーミング」などのワークです。
■「頭の中に犬が住み着いただけ」と考える
自分のネガティブな思い込みの癖をコントロールするワークも行いました。思い込みの癖を「犬」に例えて、正義犬、批判犬、負け犬、心配犬、謝り犬、諦め犬、無関心犬のように分類。そうした癖は自分が生まれ持った性格ではなく、ただ、頭の中に犬が住み着いただけ、と考えるのです。完璧主義で自他に厳しいAさんには「正義犬」がいると考え、犬をやさしくなだめてハウスに帰ってもらうことで不安を解消していきます。さらに「励まし犬」を登場させて、「自分にはこんな長所があるから、もっと自信を持とう」と力づけられれば完璧です。
親御さんにも「正義犬」や「心配犬」がいつも吠えていませんか? とお話しすることがあります。親自身が変わらなければいけないと気づいて見守ることにした、親自身が自分の楽しみを見つけた、といった変化を経て、親子の関係がよくなったという例もたくさんあります。しかし、残念ながら親が変わろうとせず、今度は息子さんの交際相手の学歴に文句をつけたのをきっかけに親子関係が断絶してしまった、というような例が少なくないのが現実です。
■自分を許し見守ることで、「レジリエンス」が高まる
その後、Aさんは時間をかけて心理療法を行い、徐々に気持ちが安定するようになりました。また、3年生になってからは、「初めて彼女もできました。以前の自分では考えられないことです」とうれしそうに報告してくれました。ただ、授業を休めないプレッシャーは続いているということで、何かあればいつでもカウンセリングに来るように伝えています。
大学生のクライアントさんの中には、カウンセリングで泣き出す人もいます。学生というせっかくのモラトリアム期間を、苦しんで過ごしている姿を見るのは本当につらいものです。今、悩んでいる人には、自己犠牲ばかりでは疲弊してしまい、本当の力は発揮できないということ。そして、自分の人生なのだから、もっと楽しみ、自分で選んでいいことをぜひ知ってほしいと思います。
周囲を優秀だと感じて自己効力感が低下してしまうことを「ビッグフィッシュ・リトルポンド効果」と言います。医学部の学生さんをはじめ、同じような悩みを抱える学生さんには、実はよくあることだと知ってもらいたいです。まずは、こういう状況だから、こうなることもあるよね……と自分を許し温かく見守ってあげましょう。そうやってセルフコンパッションを育んでいくことで、レジリエンス(逆境力)が高まり、困難があってもしなやかに乗り越えていけるのです。
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公認心理師
臨床心理士、産業カウンセラー、不安専門カウンセラー。鎌倉女子大学児童学部子ども心理学科卒業。東海大学大学院前期博士課程(文学研究科コミュニケーション学専攻臨床心理学系)修了。義母の末期がんの看病をきっかけにピアノ教師からカウンセラーを志し、自身の不安症の克服経験から、大学院等で「脳は心を解き明かせるか」「脳から見た生涯発達と心の統合」を学ぶ。2005年より大学やメンタルクリニック、企業研修などの活動を開始し、現在は「メディカルスパ西鎌倉」「メディカルスパみなとみらい」でカウンセリングを行う。1万回以上の個人セッション経験を通して相談者の共通パターンを発見。独自メソッドで解決に導いている。著書に『晴れないココロが軽くなる本』(フォレスト出版)、『不安な自分を救う方法』(かんき出版)。
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(公認心理師 柳川 由美子)
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