なぜ「イチロー監督」「松井秀喜監督」は実現しないのか…プロ野球とMLBでまったく違う監督の選考基準
プレジデントオンライン / 2024年6月2日 10時15分
■メジャーリーグの監督で元スター選手はほとんどいない
大谷翔平がドジャースに移籍してから、デーブ・ロバーツ監督が日本のメディアに出ることが多くなった。2016年にドジャースの監督になって今年で9年目だが、過去8年でリーグ優勝7回、ワールドシリーズ制覇1回、当代屈指の名将だ。
母親が日本人で、沖縄生まれ。現役時代は、インディアンス、ドジャース、パドレス、ジャイアンツなどに俊足の外野手として在籍。しかしMLBでは832試合に出て721安打23本塁打を打っただけだ。
日本のファンはロバーツ監督の現役時代の成績を見て、「スター選手でもなかったのに、努力してメジャーの監督になったんだな」と思うかもしれない。
しかしその認識は少し違う。確かに努力したのは間違いないだろうが、ロバーツ監督はレギュラー選手だった時期もあるし、むしろMLB監督では「元有名選手」のうちなのだ。
以下に、現在のMLB30球団の監督の経歴を記した。
所属先、名前、MLB選手としての成績(通算安打、本塁打、勝利、セーブ)となっている。()はオールスターの出場回数。
【アメリカン・リーグ】
オリオールズ/ブランドン・ハイド/メジャー出場なし
レイズ/ケビン・キャッシュ/117安12本(0)
ヤンキース/アーロン・ブーン/1017安126本(1)
ブルージェイズ/ジョン・シュナイダー/メジャー出場なし
レッドソックス/アレックス・コーラ/828安35本(0)
ツインズ/ロッコ・バルデッリ/531安60本(0)
タイガース/A.J.ヒンチ/209安32本(0)
ガーディアンズ/スティーブン・ヴォート/560安82本(2)
ホワイトソックス/ペドロ・グリフォル/メジャー出場なし
ロイヤルズ/マット・クアトラロ/メジャー出場なし
アストロズ/ジョー・エスパーダ/メジャー出場なし
レンジャーズ/ブルース・ボーチィ/192安26本(0)
マリナーズ/スコット・サーヴィス/611安63本(0)
エンゼルス/ロン・ワシントン/414安20本(0)
アスレチックス/マーク・コッツェイ/1784安127本(0)
【ナショナル・リーグ】
ブレーブス/ブライアン・スニッカー/メジャー出場なし
フィリーズ/ロブ・トムソン/メジャー出場なし
マーリンズ/スキップ・シューメーカー/905安28本(0)
メッツ/カルロス・メンドーサ/メジャー出場なし
ナショナルズ/デーブ・マルティネス/1599安91本(0)
ブリュワーズ/パット・マーフィ/メジャー出場なし
カブス/クレイグ・カウンセル/1208安42本(0)
レッズ/デビッド・ベル/1239安123本(0)
パイレーツ/デレク・シェルトン/メジャー出場なし
カーディナルス/オリバー・マーモル/メジャー出場なし
ドジャース/デーブ・ロバーツ/721安23本(0)
ダイヤモンドバックス/トーリ・ルヴロ/165安15本(0)
パドレス/マイク・シルト/メジャー、マイナーともに出場なし
ジャイアンツ/ボブ・メルヴィン/456安35本(0)
ロッキーズ/バド・ブラック/121勝11セーブ(0)
30人の監督のうち、11人はMLBでプレーしたことはないマイナー止まりの選手だった。それどころかダルビッシュ有や松井裕樹が所属するパドレスのマイク・シルト監督などマイナー経験さえなく、高校野球の指導者からスカウトを経てパドレスの監督になっている。
オールスターに出場したのは、ヤンキースのブーン監督と、ガーディアンズのヴォート監督だけ。スター選手だった監督はほとんどいないのだ。
■日本のプロ野球の監督は「客寄せパンダ」
その多くは引退後、スカウトやマイナーリーグのコーチや監督を経て、その能力が評価されてようやくMLBで采配を執っている。MLBでは指導者の世界にも厳しい競争があるのだ。
これに対し、NPBはほとんどが「現役時代からよく知っている有名選手」ばかりだ。
MLBと同様にセ・パ両リーグの監督の現役時代の実績を並べるとこうなる。
【セントラル・リーグ】
阪神/岡田彰布/1520安247本(8)
広島/新井貴浩/2203安319本(8)
DeNA/三浦大輔/172勝0セーブ(6)
巨人/阿部慎之助/2132安406本(13)
ヤクルト/髙津臣吾/36勝286セーブ(6)
中日/立浪和義/2480安171本(11)
【パシフィック・リーグ】
オリックス/中嶋聡/804安55本(6)
ロッテ/吉井理人/89勝62セーブ(5)
ソフトバンク/小久保裕紀/2041安413本(11)
楽天/今江敏晃/1682安108本(3)
西武/渡辺久信/125勝27セーブ(6)※
日本ハム/新庄剛志/1309安205本(7)
※5月26日、西武は松井稼頭央監督(2090安201本オールスター出場9回)の休養を発表。渡辺久信GMが兼務のまま監督代行になった。
12球団の監督全員が、現役時代は立派な成績を残してオールスターにも3回以上出場している。コーチから監督に昇格したケースが大部分だが、中日の立浪監督、日本ハムの新庄監督は、コーチの経験さえなくいきなり監督になっている。
日本では、監督の知名度、スター性で観客を呼ぶという部分がある。
1993年2月の春季キャンプ、巨人の監督に復帰した長嶋茂雄がウィンドブレーカーを脱いで「背番号33」のユニフォームを見せたときは、報道陣が殺到し、翌日のスポーツ全紙が一面トップにでかでかとその写真を掲載した。
スター選手は引退してもファンの心に強く残っている。言葉は悪いが、興行であるプロ野球にとってスター監督は「客寄せパンダ」的な存在でもあるのだ。
■監督はあがりのポジション
MLBで「客寄せパンダ」的な監督がいないのは、スター選手がFAなどで頻繁に移籍することもあるが、同時に監督(Manager)は、マネジメントのプロとして雇われているのであり、客寄せは選手の役割と割り切っている部分がある。
さらに、NPBの場合「親会社の文化」が影響しているとみることもできる。
日本のプロ野球は広島を除く11球団が親会社を持っている。いずれも日本を代表する大企業だが、日本企業では「営業、技術職などの現場で活躍した若手社員が出世して管理職、さらには経営者になる」のが一般的だ。
現場で頑張った社員が論功行賞的に管理職になり、経営者になる。その日本的な慣習がプロ野球でも下敷きになって、「スター選手から監督へ」という流れができているのかもしれない。
しかし、物を売るのが上手な社員や優秀な技術者が、管理職としても優秀で、部下や組織をマネジメントできるとは限らない。日本経済の停滞の一因に、硬直した人事体制があるのは多くの方が指摘する通りだ。
■なぜイチロー監督が実現しないのか
これに対してアメリカでは現場とマネジメントは別個の役職であり、異なる機能だと認識されている。
90歳過ぎまで一記者として大統領のインタビューをしたヘレン・トーマス(1920~2013)のような名物記者がいる一方で、20代で大きなメディアのデスクとして活躍する管理職もいる。
野球の世界でも、選手として有名だったからと言って監督になれるわけではない。中にはドン・マッティングリーのように、ヤンキースのスター選手を経て引退後にドジャースやマーリンズの監督をしたケースもある。ただ、彼はヤンキースなどで6年間のコーチ生活を経て監督になっている。たまたまスター選手が、監督の資質も兼ね備えていた、というケースだ。
多くの監督は、マイナーからメジャーへとステップを歩みながら「マネージャー」としての実力を蓄えていくのだ。
MLBのスター選手が監督にならない一因に、選手年俸が監督よりはるかに高額なこともある。スター選手の多くは、極端な浪費家でなければ、引退時点で巨額の資産を蓄えている。しかもMLBに10年在籍すれば62歳から年額2000万円以上の選手年金も受け取ることができる。
最も優秀な監督である、ドジャースのデーブ・ロバーツ監督でも、年俸はレギュラー選手よりはるかに安い 325万ドル(約4億8000万円)で、多くは100万ドル(1.5億円)程度と言われる。その報酬にうまみは感じないだろう。
巨人などが、イチローや松井秀喜に対して毎年のように監督のオファーを出しているが、MLB選手にとっては「選手のあがりが監督」という認識はないし、報酬的にも火中の栗を拾うだけのメリットはないといえよう。
■名指導者が消えたわけではない
例外的にNPBでも現役時代の実績が乏しい選手が、コーチとして実績を積んで名監督になったケースがある。
現役時代はわずか56安打、2本塁打に終わりながら、阪急・オリックス、日本ハムの監督として1322勝をあげ、日本一に3度輝いた上田利治(1937~2017)が代表格だ。
現役監督では、その上田監督時代の阪急に捕手として入団し、西武、横浜、日本ハムで29年もの現役生活を送ったオリックスの中嶋聡監督が該当するだろう。
阪急の大投手・山田久志から松坂大輔、三浦大輔、ダルビッシュ有、ブルペンでは大谷翔平の球も受けたという長いキャリアの持ち主で、引退後は日本ハム、オリックスのコーチを経て監督になった。現役時代に目立った成績はないものの、監督としては選手起用の的確さ、若手を抜擢する目の確かさで昨年までリーグ3連覇を果たした。
筆者はプロ野球のコーチの話を聞く中で、中嶋監督のように、現役時代はスター選手でなくとも優秀な監督になるのではないか、と思わせるコーチがいる。
ある投手コーチは、自軍の投手が自分の判断でフォームを変えても「なぜ変えたんだ」とは言わず、じっくりと投手の動作を確認する。フォームを変えても成績が上がらない投手が、コーチに聞いてきたときに、短くポイントだけを指摘して、投手自身に気づかせる、と語った。
ある打撃コーチは、遠征先のホテルの大浴場で湯船から選手の動きをじっと見るといった。どこかをかばっていたり、足を引きずっていたら、機会を改めて「どこか痛いのか?」と声をかけるという。
■「名選手必ずしも名監督ならず」
チームが不振になると、メディアはそのチームの「有名選手=レジェンド」の名前を出して次期監督と騒ぎ立てるが、指導者としての適性も考えずに、ただただ名前が知られているからというだけで「候補だ」というのは、そろそろやめにしてはどうか。
この度の西武の監督交代でも、選手時代の下積みが長かったが選手指導に定評のある平石洋介ヘッドコーチ(通算37安打、オールスター出場0回)ではなく、西武のエースだった渡辺GMが再任された。
「名選手必ずしも名監督ならず」という言い古された言葉の通り、選手としての才能と指導者、監督としての能力はまったく別個のものだ。
今は、目上のいうことを「はい!」と言ってそのまま従うような選手は少ない。「なぜそうなのか」を自分で理解し、納得してからでないと動かない選手が多い。
そういう選手を指導するには、指導論も技術論も学んだうえで、どうすればいいのかを日夜考えている「プロの指導者」が必要なのだ。
元ソフトバンクの工藤公康、現ロッテの吉井理人など引退後、大学院でコーチング論を学ぶ指導者もでてきている。そうした人材が、経験を蓄え、マネジメント能力がある指導者としてチームを率いるような例が増えれば、野球選手だけでなく、野球指導者にとってもプロがお手本、目標になってくるだろう。
プロ野球が「俺についてこい」的な昭和風の指導者ではなく、選手を伸ばし、活かす本当のプロの指揮官の活躍の場になれば、日本野球の意識変革はさらに進むだろう。
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スポーツライター
1959年、大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。
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(スポーツライター 広尾 晃)
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