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「みどりの窓口削減計画」はなぜ大失敗したのか…JR東が誤解した「5割がえきねっとを使わない」本当の理由

プレジデントオンライン / 2024年6月2日 7時15分

2022年12月10日、JR東日本・松本駅の有人窓口(みどりの窓口)(写真=MaedaAkihiko/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

■2025年度までに「約7割削減」を決めていたが…

JR東日本は5月8日、2021年以降進めてきた「みどりの窓口」の削減を凍結すると発表した。2022年度は有楽町や大崎、2023年度は浜松町や恵比寿など都心の主要駅でも窓口が廃止された結果、限られた駅に高齢者や訪日外国人が集中した。年度末やGWに大混乱が生じたことを受け、削減方針を再検討するというのである。

同社は2021年5月11日、「チケットレス化・モバイル化を推進し、『シームレスでストレスフリーな移動』の実現に向けた乗車スタイルの変革を加速します」と題して、オンライン化・チケットレス化の促進と、みどりの窓口を2025年度までに約7割(首都圏は231駅から70駅程度、地方では209駅から70駅程度)削減すると発表していた。

みどりの窓口は現時点で目標の半分程度、209駅まで削減されているが、当面はこの数を維持する。また、閉鎖直後で設備が残る一部の駅では、利用に応じて臨時窓口を設置できるようにする。

コロナ禍ではさまざまな分野でオンライン化やキャッシュレス化が加速した。業務の合理化のみならず、さらに高度なサービスの提供にはデジタル化が不可欠であり、JR東日本はコロナ前から営業制度の刷新を試みてきた。

■なぜ大失敗に終わったのか

2018年4月にSuicaで新幹線自由席を利用できる「タッチでGo!新幹線」を導入し、2020年3月にオンライン予約サービス「えきねっと」で購入した乗車券を、Suicaに紐づけてチケットレス利用できる「新幹線eチケットサービス」、2021年6月には「えきねっと」をリニューアルした。

同社の発表によれば、近距離以外の乗車券類のうち、みどりの窓口で購入された割合は2010年度の約50%から2019年度は約30%、2020年度は約20%まで低下していた。この機にあと一押しすれば一気に転換するという目論見があったのだろうが、結果から言えば大失敗に終わった。何が問題だったのだろうか。

乗車券類は1950年代半ばまで、都市部で一部に手動レバー式自動券売機が導入されたことを除けば、すべて駅窓口で対面販売されてきた。高度成長期に近距離きっぷを取り扱う電動式自動券売機が登場するが、やはり多くの乗車券類は人間が発券していた。

この頃の特急列車はすべて指定席だったが、その管理は駅から乗車券センターに電話し、センターにある台帳に記入して行っていた。しかし高度成長を迎え、列車の本数はうなぎのぼりに増えていった。指定座席数は1958年10月の2.2万席から1964年10月には約16.5万席まで増えている。

■新幹線の開業時は大混乱を呼んだ

こうなると人力の管理では追いつかず、1964年10月に鳴り物入りで開業した新幹線でさえも、満員と断られたのに乗ってみたらガラガラだったとか、苦労して手に入れた特急券がダブルブッキングだった、そもそも特急券を買うのに数時間待ちなど、乗客の不満が高まっていた。

そこで国鉄は当時最新の電子計算機技術を総動員し、駅とホストコンピュータをオンラインで接続して予約と発券を自動で行うシステム「マルス」を開発し、1965年から本格運用を開始した。そしてこの時、主要152駅にマルス端末を備える「みどりの窓口」を設置したのである(この他、日本交通公社の83営業所に設置した)。

以降、券売機以外できっぷを買うなら「みどりの窓口」に行くというのが常識となり、その名は国鉄民営化後も引き継がれた(JR東海のみ後に改称)。指定席特急券を取り扱う自動券売機が登場するのはマルス導入から約30年後の1993年のことであったが、1990年代末から2000年代にかけて主要駅を中心に拡大していった。

■多機能券売機も早く撤去したいJR東の本音

余談だが筆者は2000年代初頭、JR東日本の駅員アルバイトをしており、その業務のひとつが指定席券売機の案内業務だった。導入当初だけでなく、その後もしばらく(もしかすると今も)案内要員を置いたことからわかるように、誰にでも使える機械ではなかったのが実情だ。

一部の企画乗車券や、係員のチェックが必要な割引券、通常のきっぷであっても行き先や乗り継ぎによっては発券できないケースがあり、完全に代替することはできなかった。

自動券売機でみどりの窓口を代替させる動きが本格化するのは2000年代後半以降である。JR東日本はマルスのシステムを使い、特急券だけでなく乗車券、定期券などの発券や指定券の乗車変更、払い戻しなどに対応した多機能券売機の設置を拡大した。

また「もしもし券売機 Kaeruくん(2005~2012年)」、「話せる指定券発売機(2020年から導入中)」といったマイクとカメラを用いてオペレーターが遠隔対応するシステムの導入も進めており、これらと引き換えにみどりの窓口の整理に着手した。

ただ近年は多機能券売機でさえも撤去が進んでいるのが実情だ。JR東日本からすれば人から機械にとどまらず、一気にオンライン販売、チケットレスへ移行したいのが本音である。その受け皿となるのが「えきねっと」だ。

■なぜえきねっとは「使いにくい」と言われるのか

えきねっとが誕生したのは2000年、実は四半世紀近い歴史をもつサービスだ。当初は「インターネット電子モール」の扱いで、JR東日本グループ・ホテルの予約や商品の販売を行っていた。乗車券・特急券の取り扱いは2001年に始まったが、バーチャルモールとしてのえきねっとに、JR東日本と日本航空、JTBが共同で旅の総合サイト「えきねっとtravel」を出店する扱いだったのは時代を感じる。

その後、えきねっとはリニューアルを繰り返しながらサービスを拡充していくが、サービス開始から現在に至るまで「使いにくい」「わかりにくい」と言われ続けている。駅員が操作するマルスをベースにしているため、きっぷを発券する側の思考で組み立てられており、乗客側の「知りたい」「買いたい」ニーズと一致していないからだ。

2021年の大規模リニューアルを経た現行えきねっとも根本的なところは変わっていない。試しに6月30日(日曜日)、筆者最寄りの大宮駅から乗車し、母方の郷里である長野県の岡谷駅に12時までに到着するきっぷをえきねっとで検索してみよう。

経由駅を指定しなかった場合、最初に表示されるのは、大宮駅から北陸新幹線「かがやき」で長野駅まで出て、長野から松本まで特急「しなの」、松本から岡谷まで特急「あずさ」を利用するルートだ。到着は11時25分、所要時間は2時間49分で、乗車券・特急券は計1万500円(割引適用なし)だ。

筆者提供

次に表示されるのは、大宮から埼京線で武蔵浦和、武蔵野線で西国分寺に行き、中央線で立川に出て「あずさ」に乗るが、この「あずさ」は岡谷駅には停車しないので上諏訪駅で普通列車に乗り換える。11時41分に到着し、所要時間は3時間18分、乗車券・特急券は5980円(同)だ。

■本当に必要なきっぷにたどり着かない

一般的には首都圏から諏訪地方に行く場合、中央線特急「あずさ」を利用する。確かに所要時間で見れば新幹線と特急を乗り継ぐ前者のルートが最速なのかもしれないが、乗車距離が長いため運賃と特急料金がかさむし、2回の乗り換えが必要だ。顧客は12時までに到着するルートを探しているのだから、倍近く高い選択肢を選ぶ人はいないだろう。

しかし、えきねっとが提案する中央線ルートもおかしい。素直に新宿駅から「あずさ9号」に乗ればいいのに、武蔵野線経由で立川からの乗車が示される。運賃、上諏訪までの特急料金とも同額(岡谷まで乗ると立川からの乗車が310円安くなる)なのに、なぜこうなるのかというと、この時間帯は武蔵野線を経由すると所要時間が3分短い(大宮駅を3分遅く出発できる)だけのこと。

新宿駅の標識
写真=iStock.com/voyata
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/voyata

しかし埼玉から長野まで200キロ以上も移動する際に、3分のために2回も余計に乗り換えたいと思うだろうか。単なる乗り換え検索であれば「そんなルートは使わない」と無視もできるが、えきねっとは検索結果に表示されたきっぷしか買えないので、経由駅に新宿を指定することに思い至らなければ立ち往生だ。

みどりの窓口に依頼した場合、仮に立川から「あずさ」に乗ったほうが安くなる場合でも、そのようなきっぷを提案することはないだろう。駅員にお願いすれば常に合理的なきっぷが出てくる安心感があるが、えきねっとでは利用者自身が(場合によっては明示されていない)さまざまな条件を考慮しなくてはならない。

■慣れれば便利だが、慣れるまでが大変?

えきねっとはサービス開始から長らく、ネット上で予約・決済した後に、みどりの窓口か自動券売機できっぷを発券する必要があった。一応、モバイルSuica特急券のサービスが2008年3月に始まり、タッチだけで新幹線に乗車できるようになったが、現在2600万枚以上を発行するモバイルSuicaが、まだ約74万枚程度の「ガラケー時代」であり、一部の新しもの好きやヘビーユーザー向けのサービスにとどまっていた。

チケットレス化は2010年代半ば、在来線特急から始まった。成田エクスプレスには2010年に「えきねっとチケットレスサービス」が導入されていたが、2013年に運行開始した高崎線特急「スワローあかぎ」以降、全車指定制の在来線特急へと広がった。2019年にはこれら列車のチケットレスサービスに対応した「えきねっとアプリ」が公開された。

新幹線では前述の「モバイルSuica特急券」が長らく役目を果たしたが、2020年3月にサービスを終了。通常のSuicaに加え、PASMOやICOCAなど全国共通カードで利用できる「新幹線eチケットレスサービス」に移行した。

これはえきねっとで購入時に所有するICカードのIDを入力すると、そのカードをタッチするだけで乗車券・特急券として利用できるサービスで、駅できっぷを発券する必要がないため慣れれば非常に便利だ。

だがICカードの裏面右下に記載されたID、モバイルSuicaでは画面をタップして表示しなければわからない英数字の羅列を探して入力する必要があり、それだけで面倒と感じる人もいるだろう。

ただJR東日本の決算資料を見ると、えきねっと利用者・チケットレス利用者は(世間の不評のわりには)意外と多いようだ。

■分割民営化の縦割りの弊害がデジタル面にも

JR東日本は新幹線のチケットレス利用率の目標を2027年度に75%としており、実績値は2023年度末時点で56.4%だ。えきねっと取り扱い率も目標65%に対し、昨年度末で55.2%まで来ている。これを多いと見るか少ないと見るかは議論があるが、一定のシフトが起きているのは事実だ。

しかしみどりの窓口7割削減の前提のひとつがチケットレス利用率7割だったとすれば、窓口削減率が5割強、チケットレス使用率が5割強の現時点で混乱が生じるのは、ロードマップ自体に問題があったことになる。

JR東日本がオンライン化・チケットレス化に注力したのは、広く見ても2010年以降、本格化という意味では2019年以降のことである。そうなると、みどりの窓口が中心だった時代が約40年(1965~2005年)、指定席券売機が急速に普及したのが15年(2005~2020年)、チケットレス化を強く促している5年(2019年~2024年)となる。

しかも、みどりの窓口にさえ行けば考えずとも最適な回答を得られた時代とは異なり、今のさまざまなサービスは利用者がそれぞれ選択し、使い分けなくてはならない。またJR東日本、JR東海、JR西日本がそれぞれ予約システム、利用方法を持っているように、分割民営化の縦割りの弊害がデジタル化で余計浮き彫りになっている。

■JR東はどのように進めるべきだったのか

みどりの窓口削減問題というと、他に選択肢のない時代を生きた70代後半以上の高齢者を思い浮かべがちだが、現在の65歳であっても2000年に41歳なのだから、携帯電話やインターネットも一定、使いこなしていたはずだ。

ところが時代の変化はどんどん早くなる。2000年代以降、さらにここ5年の急速な変化に追いつけず、みどりの窓口に頼らざるをえない層が一定程度出るのは仕方のないことだ。公共交通機関である以上、時代の変化についていけない人を切り捨てるなどという選択肢は存在しない。ではJR東日本はどのように「変革」を進めればよかったのだろうか。

オンライン予約やチケットレス化自体はサービス向上であり、利用者にもメリットがある。利用者の多くは乗車券類のデジタル化は中長期的には必然と考えているだろう。だが、コロナ禍の打撃に加え、人口減少・担い手不足に直面する事業者は一刻も早く合理化を進めたいから、自らの都合で時代の趨勢に便乗して強制的に進めようとする。これではうまくいくはずがない。

■Suicaでさえ、きっぷ派からの批判は少なくなかった

みどりの窓口、券売機というリアルの接点から、オンライン・チケットレスに移行するのであれば、どちらも選択できる環境を整えつつ、後者の利便性をアピールするか、割引の設定などインセンティブを設けることで、利用者自身に移行を選択させなければならない。デジタル化に対応できない人だけが残れば、対面窓口をそうした機能に特化することができるので、業務の合理化にもつながる。

2001年にサービス開始したSuicaが急速に普及して首都圏のインフラにまでなったのは、従来のきっぷやイオカードと「券売機で購入(入金)して改札機を通過する」利用形態が同じだったことと、繰り返し使える利便性や再発行、自動精算などの機能が評価されて、自発的な移行が相次いだからだ。

IC専用自動改札機の導入はSuica登場から5年ほど後のこと。さらに5年もたつと、ほとんどの改札機がIC専用化され、券売機も大幅に削減された駅は珍しくなくなった。都市部のIC利用率はかなり早い段階で9割に達していたが、それでも磁気券で通れない改札機の増加を批判する声は少なくなかった。

JR原宿駅の改札
写真=iStock.com/y-studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

■「みどりの窓口に行く理由」を解消するのが先だ

たったこれだけのことに時間を費やし過ぎたという反省がJR東日本には、あるのかもしれないが、オンライン化・チケットレス化は鉄道利用時の行動様式が根底から変わる大改革であり、余計に慎重に進めなければうまくいくものもいかなくなる。

JR東日本が手をこまねいているわけではない。今年4月1日には通学定期券購入時の通学証明書の確認を年1回から初回購入時のみに変更、またクレジットカードで購入したきっぷを指定席券売機で払い戻しできるようにするなど、みどりの窓口に行かなければならない理由を徐々に解消している(順番が逆だろうという指摘はもっともだ)。

また導入を進めている新しいSuica改札システムでは、エリアの拡大・統合が予定されており、Suica1枚でJR東日本エリア全域を移動できるようになる日も遠くない。だが根本的な解決には、100年以上の継ぎ足しで複雑極まりない規程・基準の簡素化が必要なのだろう。

2001年のアニュアルレポートで、当時の大塚陸毅社長は「徹底的にお客様の視点に立った考え方を打ち出していかないと、当社のサービスを選択していただくことは難しい」とした上で、「私は、常日頃言っていますが、ある物事をやるかやらないか迷ったときは、お客様の利便性が向上するかしないかという視点を常に持てば、答えはわりと簡単に出てくるものです」と語っている。

これは綺麗ごとに過ぎなかったのか、20年が経過して悠長なことを言っていられなくなくなってしまったのかはわからないが、いずれにせよ鉄道は事業者、利用者、地域、社会のどれが欠けても成り立たない公共交通機関だ。利用者との信頼関係を築かずして、どんな未来像があるというのだろうか。

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枝久保 達也(えだくぼ・たつや)
鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家
1982年、埼玉県生まれ。東京地下鉄(東京メトロ)で広報、マーケティング・リサーチ業務などを担当し、2017年に退職。鉄道ジャーナリストとして執筆活動とメディア対応を行う傍ら、都市交通史研究家として首都圏を中心とした鉄道史を研究する。著書『戦時下の地下鉄 新橋駅幻のホームと帝都高速度交通営団』(青弓社、2021年)で第47回交通図書賞歴史部門受賞。Twitter @semakixxx

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(鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家 枝久保 達也)

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