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なぜ宮内庁は「皇室ご一家のインスタ」を始めたのか…「2カ月で140万人フォロー」を手放しで喜べないワケ

プレジデントオンライン / 2024年6月5日 9時15分

静養で御料牧場に到着し、出迎えを受けられる天皇、皇后両陛下と長女愛子さま=2024年5月2日、栃木県高根沢町[代表撮影] - 写真=時事通信フォト

宮内庁が4月1日に公式インスタグラムを開始し、天皇皇后両陛下の公務などを発信している。宮内庁がSNSで情報発信するのは初めてで、フォロワー数は2カ月で140万人を超えた。関東学院大学の君塚直隆教授は「相当の関心を集めてはいるが、残念ながら天皇や皇族の活動に関心のない国民が多い。宮内庁には、このままでは皇室が存続できないという危機感があるのだろう」という――。

■開設から2カ月で140万人超がフォロー

2019年3月7日、ロンドンにある科学史博物館を訪れたある老婦人が、最新のSNS機器である「インスタグラム」を解説したコーナーに立ち寄り、おもむろに自身のアカウントに入力し始めた。

「いま科学史博物館にきてこの一文を入力しています」。この老婦人こそ誰あろう、ときの君主エリザベス2世女王そのひとである。当時92歳であった。

それから5年の月日が経ち、日本の皇室もようやく2024年4月1日からインスタグラムに参入し、日々の天皇・皇族のご活動を最新の画像やときには映像も交えて配信している。開設から2カ月ほどでフォロワーは140万人を超えるにいたった(2024年5月30日時点)。

■エリザベス女王がSNSに積極的になった理由

SNSを積極的に活用し始めた王室はエリザベス女王のイギリスであった。

きっかけのひとつは「ダイアナ事件」(1997年)である。1996年に当時のチャールズ皇太子(現国王)と離婚したダイアナ妃が、翌年夏に交通事故死に遭い、国民の多くが悲嘆に暮れるなか、女王はなかなか哀悼の意を示さず、沈黙を守り続けていた。

この態度に国民から怒りが沸き起こり、女王はテレビ演説もおこない、葬儀にも出席して、国民からの怒りも静まるが、その後しばらくは王室の支持率は珍しく急降下をたどった。

■「王族は贅沢な暮らしをするばかり」という人々の誤解

このとき国民の多くが、社会的な弱者のために慈善活動をおこなっているのはダイアナだけで、他の王族は贅沢な暮らしをするばかりであると「誤解」していた。

エリザベス二世女王陛下。2011年撮影、2012年公開の公式ポートレート
エリザベス二世女王陛下。2011年撮影、2012年公開の公式ポートレート(写真=Julian Calder for Governor-General of New Zealand/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

女王は自分たちの真の姿を知ってもらおうと、広報活動に積極的となっていく。1997年から立ち上げられた王室のホームページを充実化させ、21世紀に入ると、ユーチューブやツイッター、そしてインスタグラムにも参入し、王族たちの日々の活動を最新の写真入りで紹介した。

これを見て多くの国民が驚いたのである。80歳をとうに超えていたエリザベス女王が、実に600以上もの各種団体のパトロン(後援者)を務め、年間に300を超す公務に勤しんでいたのだ。

女王より5歳年上の夫エディンバラ公爵も、2017年夏に96歳で公務からの引退を決めたとき、なんと785もの団体のパトロンを兼ねていた。しかもそれらは決して「お飾り」ではなく、女王も老公もこれらの団体の総会やレセプション、資金集めのパーティーなどにフル稼働で出席し、毎日「はしご」で公務をこなしていたのである。

■最後の別れを告げる英国民が長蛇の列を作った

こうした広報活動の成果は15年かかって人口に膾炙した。ダイアナ事件から15年後の2012年、国民はエリザベス女王の在位60周年記念式典(ダイヤモンド・ジュビリー)を盛大に祝い、この86歳の偉大なる君主に敬意を表した。

それは10年後の在位70周年記念式典(プラチナ・ジュビリー)でさらなる盛り上がりを見せたが、同じ2022年9月に女王は96年の生涯に幕を閉じることとなった。女王の棺が安置されたウェストミンスター・ホールには、最大で24時間以上も待って最後の別れを告げる国民の姿も見られた。

そのような人々にテレビのインタビュアーが「なぜこんなに長く並んでいるのですか?」と尋ねると、次のような答えが返ってきた。「女王はその生涯を私たちのために尽くしてくれました。だから女王にお礼を言いたいのです」。

ダイアナ事件のあとに、女王がそれまでどおりの生活を続け、イギリス王室とはなにか、女王の仕事とはなにかを国民に知らしめるための、新たな広報活動を怠っていたならば、このような現象は起こらなかったであろう。

女王の棺に別れを告げるために並んでいたのは年配の人々だけではない。文字どおりの老若男女すべての国民が、SNSなどを通じて、彼女の生涯を通じての国民への「奉仕」に感謝するために夜を徹して並んだのである。

■多くの国民に「気づき」を与える効果

このようなイギリス王室の広報活動は、同じく立憲君主制を採る北欧(デンマーク、スウェーデン、ノルウェー)やベネルクス(ベルギー、オランダ、ルクセンブルク)などの王室にもすぐに採用された。各国は競ってSNSに参入し、君主をはじめ王族たちの日々の活動をアップすると同時に、彼らが取り組んでいる慈善活動も詳しく紹介した。

イギリスを筆頭とするヨーロッパの王室が関わる団体は、自然環境の保護、野生動植物の保護、都市環境の整備、老人福祉、障がい者福祉、青少年の育成、貧困の撲滅、医療の進歩、科学技術の振興など、ありとあらゆる分野に及んでいる。近年では多文化共生社会の実現や幼児虐待の防止、LGBTの権利擁護など、最先進の問題に積極的に取り組んでいるのもヨーロッパ各国の王室なのである。

現代社会においては、これら新たなる問題や「病(やまい)」もクローズアップされるようになっている。しかし多くの人々がそういうことを知らずに過ごすことが多い。ここで国民から信頼や人望の厚い王族(たとえばイギリスのキャサリン皇太子妃など)がそのような問題に積極的に関わっていたり、病に苦しむ人々の施設を訪れたり、そのような人々を支援する団体を激励したりすれば、国民の多くに「気づき」を与えることになる。

■政府のお役所仕事で賄いきれない部分を、王室が補う

21世紀の現代では、政治や外交、軍事や経済の実質的な部分は、これらヨーロッパの立憲君主国においては、政府やプロの外交官、軍人らにすべて任され、君主や王族がこれに直接的に関与する機会は減っている。

しかしそれと同時に、現代の政府は対処しなければならない問題があまりに膨大すぎて、どうしても「手からこぼれ落ちて」しまう課題が出てくる。残念ながらその大半が、社会的な弱者の救済という問題なのである。

ヨーロッパ各国の王室は、王族自身が関わる団体での活動を通じて、いま彼らがなにを一番欲しているかを生の声で聞くことができ、またそれにすぐに対処できる。文字どおりの政府のお役所仕事では賄いきれない部分を、王室が補っているのである。

こうした王族らの活動を示すとともに、人知れず苦しんでいる人々の存在を、とりわけ若い世代に知らしめているのがSNSを通じての広報なのである。

それはヨーロッパを越えて、他の地域でも見られる現象である。比較的民主化が進んでいるとはいえ、もともと男尊女卑の気風が強い中東地域においても、ヨルダンのラーニア王妃は積極的に女性や女子のための活動に邁進している。

国内に女性のための職業訓練学校を作る一方で、ユニセフの親善大使も務め、まさに世界中を駆け回っている。そのようなラーニア王妃のインスタグラムも、フォロワー数は実に1000万人を超えているのだ。

■皇室に対する「無関心」を打ち破る一手になる

近年、日本においても皇位継承問題や皇族数の確保といった問題が、政府や国会レベルでもようやく採り上げられるようになった。実際には、もうずいぶん前からこれらの問題は深刻化していたにもかかわらず、国民のあいだに議論が生じなかったのはなぜなのか。

そもそも国民の大半が「天皇とはなにか」「皇室とはなにか」「皇族の方々は日々どのような生活を送っているのか」といったことをほとんど知らないがゆえに、これだけの深刻な問題にもかかわらず、皇室に対する「無関心」が支配的だったからではないだろうか。

イギリスやヨーロッパ各国の事例を持ち出すまでもなく、「国民は自分たち王室のことを知ってくれている」などと安心していてはいけないのである。

むしろ国民は自分たちのことをわかっていない、だから自分たちの真の姿を知ってもらうためにも、とりわけ今後の皇室の存続を担っていくためにも、若い世代の人々を中心に皇族の日々の活動や各人の関心領域などを最新の機器を使って広報する必要があるのだ。

日本の歴史と文化にとって欠かせない「天皇」や「皇室」とはなにか。それがいま存続の危機に瀕している。これはなんとかしなければならないのではないか……といった声が、政府や国会からではなく、国民のあいだから沸き起こらない限り、皇位継承や皇族の確保といった問題の真の解決はあり得ない。そのためにもSNSを通じての広報活動は必定であると考えられる。

■エリザベス女王は「クリスマス・メッセージ」を欠かさなかった

日本ではいまだインスタグラムしか開設できていないが、これまでの2カ月ほどの広報活動を見ても、かなり軌道に乗りつつあると思われる。

しかし、実によくできた映像などはむしろユーチューブにあげ、天皇皇后両陛下や各皇族方の日々のご公務はツイッターにも簡単にあげることで、機能を「棲み分け」ていくことも可能となろう。これらをすべて活用することで、皇室の広報にとってさらなる相乗効果も期待できる。

さらに申しあげれば、SNSによる日々の活動報告だけではなく、年に一度の大切なときに天皇陛下から国民にメッセージがあってもよいのではないか。

亡きエリザベス女王は70年以上に及ぶ在位のなかで、毎年ほぼ欠かさず12月25日の午後3時から「クリスマス・メッセージ」を国民(さらに彼女が女王を兼ねるコモンウェルスの国々)に向けて発信されていた。それは現在のチャールズ3世国王に引き継がれるとともに、これまたヨーロッパ各国の王侯や共和制を採るフランス大統領、ドイツ首相にまで模倣される慣習となっていった。

■宮内庁のホームページに掲載された「ビデオ・メッセージ」の限界

実はコロナ禍の2021年と22年の正月に、新年の一般参賀が取りやめられる代替として、天皇皇后両陛下によるビデオ・メッセージが作成された。なぜ「実は」などと付け加えるのか。国民の大半がこの事実を知らないからである、筆者はご縁があって全国で講演会にお招きにあずかるが、この事実をご存じの聴衆はほぼ皆無であった。

それもそのはず。元日の午前5時半から宮内庁のホームページへアクセスしないと見られないしくみになっている。もちろんオンデマンドでいつでも見られるが、そもそもこのビデオ・メッセージに関する広報それ自体が不足していた。

せっかくメッセージを寄せられるのであれば、イギリスを嚆矢にヨーロッパ各国が実行しているように主要なテレビ局とタイアップして、たとえば元日の午後7時のニュースの最初の5~6分に放映するのはいかがであろうか。もちろん一局だけに任せるのはよくないという声が上がれば、主要な各局が輪番制で毎年担当し、そのかわりその時間帯はすべての局が同時放映する。

このような試みひとつだけでも、天皇陛下が日頃から望まれている「国民にさらに寄り添う」姿勢を強化できないだろうか。

上記のコロナ禍でのビデオ・メッセージは、2023年に一般参賀が再開されるや、再びおこなわれなくなってしまった。

■「神秘に包まれた皇室」のままではいけない

かつて「君主制はつねにある種の神秘に包まれていなければならない」とイギリス君主に苦言を呈した老臣がいた。もちろんそのような側面は否定できない。しかしこのことばから実に100年以上を経過した21世紀のこんにち、君主制は国民の支持なくしては成り立たない情況がさらに強まっているというのが現状である。

エリザベス女王がその70年に及ぶ在位のなかで、試行錯誤を繰り返しながらも続けてきた「先祖からの伝統は守る一方で、時代とともに変わる王室」を実現していかない限り、王室であれ、皇室であれ、その存続は危ぶまれるのではないかと思う昨今である。

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君塚 直隆(きみづか・なおたか)
関東学院大学国際文化学部教授
1967年東京都生まれ。立教大学文学部史学科卒業。英国オックスフォード大学セント・アントニーズ・コレッジ留学。上智大学大学院文学研究科史学専攻博士後期課程修了。博士(史学)。東京大学客員助教授、神奈川県立外語短期大学教授などを経て、関東学院大学国際文化学部教授。専攻はイギリス政治外交史、ヨーロッパ国際政治史。著書に『立憲君主制の現在』『悪党たちの大英帝国』(新潮選書、前者は2018年サントリー学芸賞受賞)、『エリザベス女王』(中公新書)、『王室外交物語』(光文社新書)、『イギリスの歴史』(河出書房新社)、『貴族とは何か』(新潮選書)他多数。

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(関東学院大学国際文化学部教授 君塚 直隆)

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