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「リニア問題」は解決できるのか…川勝前知事がぐちゃぐちゃにした「静岡県vs.JR東海」の落としどころ

プレジデントオンライン / 2024年6月4日 8時15分

静岡県知事選での初当選から一夜明け、新聞を手にする鈴木康友氏=2024年5月27日午前、浜松市 - 写真提供=共同通信社

静岡県の鈴木康友新知事の誕生でリニア問題はどう動くのか。ジャーナリストの小林一哉さんは「JR東海の社長も昨年交代しており、お互いの顔ぶれは一新された。静岡県とJR東海の信頼構築から始めるしかないだろう」という――。

■自民党推薦候補の落選で、リニア問題の解決は遠のいた

川勝平太前知事が混乱だけを巻き起こした静岡県のリニア問題に関わる環境は、新知事の誕生によって大きく変わった。

JR東海は、元副知事で総務官僚だった自民党推薦候補が当選すれば、早期解決への道がすぐにでも開けると見ていた。

結局、JR東海の期待通りの結果にはならず、リニア問題の解決にはもうしばらくの時間が掛かることになった。

川勝氏の後継者として、静岡県の立て直しを託されたのは元民主党衆院議員で浜松市長を4期務めた鈴木康友・新知事。

5月29日就任会見の鈴木知事
筆者撮影
5月29日就任会見の鈴木知事 - 筆者撮影

鈴木知事は5月29日の就任記者会見でリニア問題について「これからしっかりと全容を把握し、JR東海、国、大井川流域の市町と連携して、課題をクリアしていく。課題解決に加えて、静岡県としてのリニアに関わるメリットの部分をしっかりJR東海と交渉していく」と「リニア推進」の姿勢を見せながら、具体的なことはこれからであるという慎重な発言に終始した。

つまり、川勝氏が大風呂敷を広げたリニア問題の議論をちゃんと理解することから始めるつもりだ。

■「リニア騒動」第2ラウンドの鐘が鳴る

一方、JR東海は丹羽俊介社長が2023年4月から、金子慎・現会長とバトンタッチして、リニア問題の解決に腐心する。

JR東海の丹羽社長
筆者撮影
JR東海の丹羽社長 - 筆者撮影

昨年12月には、静岡工区の未着工を理由に東京・品川―名古屋間の2027年開業を「2027年以降」とした上で、ことし3月、2027年開業を正式に断念した。

丹羽社長は「1日でも早い着工に向けて、静岡県との対話を精力的に進めたい」と強調した。6月5日には早速、鈴木知事と初めて面談する予定だ。

また国は静岡工区着工に向けて、ことし2月にモニタリング会議を立ち上げた。座長に、川勝氏とも関係の深い、矢野弘典・県ふじのくにづくり支援づくりセンター理事長(産業雇用安定センター会長)が起用された。

すべて新たな顔ぶれで、静岡県の「リニア騒動」の第2ラウンドが始まることになった。

リニア問題の解決の糸口は果たして見つかるのか。

■川勝知事はなぜリニア妨害を始めたのか

「あたかも、水は一部戻してやるから、ともかく工事をさせろという態度に、わたしの堪忍袋の緒が切れました」

2017年10月10日のこの川勝氏の発言で、静岡県の「リニア騒動」が始まった。

当時、JR東海と大井川流域の利水者11団体との間で、静岡工区着工に向けた基本協定を結ぶ詰めの交渉が行われている最中だった。

ところが、川勝氏は「堪忍袋の緒が切れた」と怒りをあらわにしたあと、「水問題に具体的な対応を示すことなく、静岡県民に誠意を示すといった姿勢がないことを心から憤っている」などとさらにヒートアップした。

そして、「勝手にトンネルを掘りなさんな」と基本協定の交渉にストップを掛ける「ちゃぶ台返し」をしてしまった。

この日の知事会見を皮切りに、川勝氏による無理難題の言いたい放題が始まり、「リニア騒動」と呼ばれるさまざまな混乱が続いた。

■問題となった金子前社長のあいさつ

2018年夏から、静岡県は2つの専門部会を設置して、JR東海との「対話」を始めたが、何らの進展も見られなかった。

この事態に国は、リニア工事による大井川の水環境への影響を科学的、工学的に議論する「有識者会議」の設置を決めた。

2020年4月17日に開かれた第1回会議の冒頭でJR東海の金子社長(当時)があいさつをしたが、その中身がさらに静岡県との溝を深めることになった。

川勝前知事と金子JR東海前社長
写真=JR東海提供
川勝前知事と金子JR東海前社長 - 写真=JR東海提供

金子社長は以下のように述べた。

「南アルプスの環境が重要であるからといって、あまりに高い要求を課して、それが達成できなければ、中央新幹線の着工が認められないというのは法律の趣旨に反する」
「有識者会議におかれては、静岡県の整理されている課題自体の是非、つまり、事業者にそこまで求めるのは無理ではないかという点を含めて審議してもらいたい」
「それが達成できなければ、工事を進めてはならないという静岡県の対応について国交省は適切に対処をお願いしたい」

金子社長は、このままではリニア工事に入れないので、静岡県の対応を何とかしてほしいと有識者会議、国交省への強い期待を率直にそのまま述べてしまった。

■会議の方向にまで踏み込む「政治的発言」

もともとの会議の趣旨は「これまでの議論の検証、政治的ではなく、科学的、工学的な議論の場にしていく」(水嶋智・国交省鉄道局長(現・国交省審議官))ことだった。

それなのに、国の有識者会議初会合で、金子社長は期待する本音の部分を明らかにした。「政治的な発言」を行ってしまったのだ。

金子社長は「有識者会議では、専門的な知見から、これまで心配な事態の起こる蓋然(がいぜん)性について、どの程度のものか、また、発生する可能性が大きいと考えているのか、あるいは小さいものなのか示してもらいたい」と有識者会議の議論の行方にまで踏み込んでしまった。

静岡県はなるべく「不測の事態」が起きないよう求めていた。いくら科学的、工学的な議論を重ねても、「不測の事態」が起きないと断言できる専門家はいない。

それなのに、金子社長は始まってもいない議論に介入した上で、「法律の趣旨に反する静岡県の対応について適切に対処願いたい」と自分たちが正しいことを前提に、静岡県にけんかを売ってしまったのだ。

■静岡県とJRの間に生まれた「致命的な溝」

金子社長の発言によって、地元の強い反発を生んでしまい、静岡県とJR東海との間に取り返しのつかない亀裂が生じた。

知事を筆頭に、流域10市町長、11利水者団体代表は、水嶋局長宛に金子社長の発言に対する「抗議文」を送付した。抗議文はA4用紙7枚にも及ぶ長文だった。

「無礼だ」と怒り心頭の川勝氏は金子社長の直接の謝罪を求めることで、「リニア騒動」の混乱を招いてしまう。

その中で、川勝氏は国交省の水嶋局長を名指しで批判した。

「folly(愚か者)、猛省しなければならない」「金子社長を会議に呼んだのだから、責任を取るのは会議を指揮した水嶋局長ではないか」「金子社長の発言を許したのは水嶋局長、金子社長を(有識者会議に)呼んで謝罪、撤回させるのが筋だ」「水嶋局長は筋を曲げている。約束を守らない。やる気がない」などと徹底的にこきおろした。

極めつきは「あきれ果てる運営で、恥を知れ、と言いたい」だった。

逆に、静岡県が国交省にけんかを売ったことになってしまった。

このような中で、金子社長は5月29日の会見で、自身の発言を正式に謝罪、撤回した。この事件を契機に、「リニア騒動」はますますこじれていった。

■「小異を捨てて大同につく」姿勢

そこから4年過ぎてもリニア問題の解決の糸口は見えてこなかった。

そんな中で、鬼の首を取ったかのような川勝氏の言いたい放題が終わりを迎えた。

嘘やごまかし、あまりの言い掛かりなどが日常茶飯事となってしまい、不適切発言が続いたことで、最後は自分自身の首をしめてしまった。

突然の辞職に当たって、川勝氏は「リニア問題に大きな区切りがついた」と述べた。その理由に、国のリニア静岡工区モニタリング会議座長に矢野氏が就いたことを挙げた。

国のモニタリング会議の矢野座長
筆者撮影
国のモニタリング会議の矢野座長 - 筆者撮影

「矢野さんを信じている。任せられる。矢野さんにバトンタッチできる」などと述べていた。

つまり、川勝氏は昔から懇意の矢野氏に「リニア騒動」の混乱すべてを託すことにしたのだ。

矢野氏が静岡県のリニア問題を解決に導くキーパーソンであることは間違いない。

中日本高速道路会長だった矢野氏は2007年に川勝氏と初めて会い、環境問題の有識者会議委員に川勝氏を指名した。その縁で矢野氏は2011年4月から静岡県土地開発公社、道路公社、住宅供給公社を束ねるふじのくにづくり支援センター理事長を引き受けている。

モニタリング会議では静岡県、JR東海の代表者に忌憚(きたん)のない意見を言ってもらい、矢野氏は「小異を捨てて大同についてもらう」のだという。つまり、大筋で一致させて、相互に協力させていくという姿勢である。

■「不測の事態」でも揺るがぬ信頼関係構築を

2020年4月の金子社長の発言の前、2019年12月3日付産経新聞「主張」には以下の記事が掲載された。残念ながら、金子社長は読んでいなかったのだろう。

「リニア新幹線は静岡県内に駅がなく、その経済的なメリットは小さいとされる。川勝氏はことし6月にJR東海による経済的な代償を求める考えを示唆した。同社による一定の合理的な負担を含め、国交省が主導して環境対策などでも真摯な協議を進めるべきだ」

そこに静岡県のリニア問題をどのように解決すべきかのヒントがあった。

当時の金子社長の頭の中には、リニアは国家的な事業なのだから、国と有識者会議に、静岡県の言い掛かりを何とかしてもらえるという強い期待だけがあり、「一定の合理的な負担」という自分たちがすべきことを忘れていた。

トンネル工事ではいくら「不測の事態」が起きないよう求めていたとしても、またいくら科学的、工学的な議論を重ねても、「不測の事態」は起きてしまうことがある。

岐阜県瑞浪市のリニアトンネル工事で発生した湧水はまさに「不測の事態」なのだろう。

それでも湧水は現在も出続けている。その影響で、地域のため池や井戸で水位の低下が確認され、日常生活に支障が出ているから大騒ぎとなってしまった。

リニア南アルプストンネルでは大井川の湧水が毎秒2トン減少することが予測されている。実際には、トンネルを掘ってみなければ、どのような不測の事態が起きるのかわからない。

その前に揺るぎない信頼関係を築き、その上で「小異を捨てて大同につく」ことが理想的である。

83歳の矢野座長、66歳の鈴木知事、58歳の丹羽社長が一堂に会して、忌憚のない意見を交わすことから始めたほうがいい。

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小林 一哉(こばやし・かずや)
ジャーナリスト
ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。

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(ジャーナリスト 小林 一哉)

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