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中国政府は「10万人の娼婦」を壊滅させたはずだったが…この10年で激変した「中国のセックス産業」の現在

プレジデントオンライン / 2024年6月15日 8時15分

毛沢東時代の厳しい禁欲主義から大きく変わった(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/Spondylolithesis

中国政府は中国での性産業を厳しく取り締まっている。その結果、かつて「10万人の娼婦がいる」とされた広東省東莞市でも、10年前とは光景が一変しているという。ジャーナリストの邱海涛さんの著書『中国の台湾武力統一が始まる』(徳間書店)より一部をお届けする――。(第3回)

■中国社会で進む「性意識革命」

筆者はこれまでに、中国人の性事情に関する本を4、5冊出版した。中国では日常会話で命のことを「生命」とはいわず、「性命」という。これは「性愛」や「セックス」がなければ「人間の命」が成り立たないという考えに基づくからだろう。

中国人の「愛」と「欲」と「性」への情熱的な渇望が垣間見える。

一方、「生命」という言葉は、中国では詩作や医学論文など特定の文脈でのみ使用される。

約40年前、中国は西側の投資を呼び込む改革開放政策へ舵を切った。

外資の進出と経済の活性化により、庶民の生活は豊かになった。それと同時に、性意識の解放を含む性文化の大革命が起こった。毛沢東時代の厳しい禁欲主義と比べ、現在の社会は大きく変わった。

■売春という社会問題も浮上

性意識革命が起こる一方で、売春という社会問題も浮上している。

14年前に出版した本では、「中国で性産業に携わる人は500万人以上、年間収益は1兆円にも上る」と記述したが、現在の性産業はどうなっているのだろうか。

過去5年間、米中貿易摩擦、コロナ禍、経済不振などが相次ぎ、若者たちのセックスライフにどのような影響があったのか。色街はまだ健在なのか。売春婦たちは心を入れ替え、どこかで真面目に働いているのだろうか。

■中国セックス産業の「王城」と呼ばれた町の現在

中国色街のナンバーワンといえば、広東省東莞市だった。かつて中国セックス産業の「王城」とも呼ばれていた。

40年前は小さな田舎の町だったが、改革開放により1990年代から外国企業が進出し、のちに1000万人の人口をもつ世界の加工工場となった。

面積はほぼ東京都と同じであるが、世界の洋服と靴の10分の1、パソコンの5分の1、子供の玩具の3分の1はここから出荷されている。

世界の有名メーカーの工場が東莞に林立しており、多くの日系企業もこの地に工場を建てた。

2000年代頃まで、東莞の経済は毎年20%以上という驚異の成長率で発展していた。市民の暮らしは非常に豊かになり、衣食住や娯楽、遊びなど、欲しいものがあれば、何でも手に入れて満足できるようになっていた。

東莞、広東省、中国
写真=iStock.com/david eric
広東省東莞市は中国セックス産業の「王城」とも呼ばれていた(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/david eric

■10万人の娼婦が全国各地から集まった

セックスライフの変化はそのなかの一つだった。

経済発展にともない、多くの出稼ぎ労働者が東莞市にやってきた。同時に、10万人といわれる娼婦が全国各地からこの地に集まった。100人に1人という割合だから多すぎる。性産業が繁栄し、東莞市は「性都」とも呼ばれるようになった。

一方、経済発展著しい都会では、間違いなく「欲」「金」「色」(色とは性のことであるが、売春ではない)が隅々にまで充満する。この条件と環境に恵まれなければ、投資家も労働者も集まらないだろう。

■娼婦に求められる「東莞式ISOサービス基準」

東莞の娼婦の性的サービスも特別のもので、「東莞式ISOサービス基準」というものが実施されていたそうだ。

ISOとは「国際標準化機構」のことであり、同組織が定めた国際的に通用する規格をISO規格と呼ぶ。このISO規格に合致した製品は、世界標準であるということになる。

要するに、東莞の性的テクニックは、お客さんも100点満点をつける超一流のものだということを示すのが、「東莞式ISOサービス基準」であり、こうした呼び方で、店の経営者たちが誇るらしい。

店はサービスを受けた男性に採点用の調査票を渡し、満足度を十数項目にわたって調べていた。そこまで気を使っていたのだ。

■30年近く続いた性産業の繁栄に終止符

中国ナンバーワンの色街として名を馳せた東莞市だが、いまではすっかり姿を変え、健全な街づくりを進めている。マイナスのイメージから脱却し、かつて賑わっていた遊郭の風景は消え去り、売春婦はどこにもいない。

2014年、警察は本格的な取り締まりを開始し、街の売春宿を徹底的に破壊した。30年近く続いた性産業の繁栄に終止符が打たれた。

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写真=iStock.com/mattjeacock
30年近く続いた性産業の繁栄に終止符(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/mattjeacock

東莞市が長い間、売春を容認してきた理由は何か。2014年になぜ、警察が大規模な取り締まりを行ったのか。一つの原因は、改革開放の初期は外資誘致を優先し、売春の問題をある程度容認していたことにある。

■政府要人と公安警察36人が処分された

さらに、警察内部には売春組織と結託し、暴利を貪る者もいた。性産業の規模が東莞市のGDPの7分の1にも達していたため、腐敗警察や腐敗役人の資金源として狙われていたのだ。

当時、売春容疑のある店に対する通報も少なくなかったが、警察が現場に駆けつけると、すでに明かりも消え、店じまいされているようなケースも多かった。明らかに警察内部から情報が漏れていた。

2015年2月6日、中国公安部は記者会見を開き、2014年以来、全国の公安機関が取り組んできた重大な治安問題を紹介した。犯罪行為を厳重に取り締まったことで、全国で指定されていた134件の凶悪事件がすべて解決されたという。

東莞の売春問題も、警察の働きによって解決されたと発表された。売春に関わり職務を怠った疑いのある政府要人と公安警察36人が処分され、そのうちの17人は刑事責任を問われ逮捕されたという(「新聞晨報」〈上海市政府傘下の新聞〉2015年2月7日付)。

逮捕されたなかには、現地の公安高官もいたことは間違いない。

手錠
写真=iStock.com/choochart choochaikupt
政府要人と公安警察36人が処分された(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/choochart choochaikupt

■「新指導部の誕生」で性産業が壊滅

東莞市の性産業が壊滅した背景には、中国共産党の新指導部の誕生があるだろう。

2012年、習近平が中国共産党の総書記に選出され、新指導部が誕生した。同年、元中国共産党政治局常務委員で中国公安、司法のトップにあった周永康(しゅうえいこう)が職権濫用、収賄、国家秘密漏洩の罪および女性問題で逮捕された。

この事態が、2014年に東莞で売春ビジネスへの大規模な取り締まりが実施された一因であると思われる。

周永康は、長年、中国で生活していた筆者にとっても、非常に恐ろしい存在だった。彼は長い間、中国警察と司法の指揮権を握り、中国の法律を無視して多くの冤罪や法律違反の裁判を生み出していたからだ。

1976年に「四人組」が逮捕されて以来、政治局常務委員が逮捕されたのは周永康が初めてで、37年ぶりの出来事だった。

■性産業は地下に潜った

ところで、東莞の性産業は壊滅したが、いうまでもなく、中国から売春が消えたわけではない。

広いホールで女たちがセクシーな衣裳を身にまとい、列をなして愛嬌ある声で「いらっしゃいませ」と男たちを迎える光景は、もうどこの地方でも見られない。

しかし、かたちを変えて性産業は依然として続いている。厳しい取り締まりを受けても、地下河川のように地上から地下へと潜り込み、勢いが衰えずに膨らんでいる様子を見せている。つまり、一つの巨大な地下産業として成長しているのだ。

■ウィーチャットで売春取引が可能になった

この変化には10年近くかかった。最大の理由は、中国で2000年からインターネット技術が急速に普及し始めたことにある。

「いらっしゃいませ」という女性の声は聞こえないが、性産業は見えないところで、ハイテクの力を駆使して勢いよく展開されている。

インターネット世界における性的取引は、基本的に発覚することは稀で、隠蔽性が非常に強い。SNSはその一例で、男女交際アプリを使えば、簡単に性的情報を発信できる。

さらに、ウィーチャット(LINEと同じ)を利用すると、2人だけの密閉された空間にいるため、詳細な性的取引が容易になる。このような「場所」では、売春行為の摘発はほぼ不可能だろう。

オンラインメッセージ
写真=iStock.com/Urupong
ウィーチャットで売春取引が可能になった(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/Urupong

■SNSで使われている「暗号」

性的情報の発信は暗号化されることが多く、立証は非常に困難だ。

たとえば、SNSを使用した売春では、次のような「暗号」が使われる。

「喝茶」(お茶を飲む)
「新茶已到」(新茶が入荷する)
「你今天来喝茶吗?」(今日お茶を飲みに来ますか)
「最近茶叶怎么样?」(近頃、お茶の味はいかがでしょうか)

……

これらの「お茶」はいずれも符丁で、女性を指す。

また、SNSは、通常では一生会えないかもしれない人たち、どこにいるかわからない人たちが集う交際の場としての特徴ももつ。

そのため、売春組織者と売春婦たちは、一度も面識のない「赤の他人」のような関係であることも多い。

その結果、売春婦が捕まっても、刑法上、より罪の重い組織運営者の居場所を突き止め、法で裁くことはほとんどできないのだ。

■1日100件の売春が摘発された浙江省

2021年4月、浙江省政府はホームページで、2015~20年までの5年間に摘発された売春事件が18万2737件に上ったことを発表した。1日100件の売春が摘発された計算だ。水面下のものも含めれば、実際の売春行為はその1000倍は発生しているのではないだろうか。

2023年3月28日付の「上海法治声音」(上海市政府系ネットニュース)によれば、2022年に警察が全国で摘発した売春と賭博の治安事件は、40万件あまりにのぼっているという。

日本では売春を犯罪事件とするが、中国では売春(組織者を除く)が刑事犯罪にならず、治安条例違反の不法行為と見なされる。賭博については少人数で金額が小規模ならば、同じく刑事犯罪にならず、治安条例違反の不法行為と見なされる。

邱海涛『中国の台湾武力統一が始まる』(徳間書店)
邱海涛『中国の台湾武力統一が始まる』(徳間書店)

前述の検挙数で、売春と賭博が半々だとすると、売春は毎日548件摘発されていることになる。

ただし、日頃、警察が発表している摘発事件はほとんどが売春事件で、小規模の賭博事件にふれることは稀である。実際には、売春の摘発件数は賭博を大きく超えているはずであるから、2倍だとすると、売春が毎日1000件あまりも発生している。そして、摘発されない地下売春事件の数は計り知れない。

驚くことに、ゼロコロナ政策の終了宣言が行われたのが2022年12月である。ということは、ロックダウンの時期に、これだけの売春が行われていたということだ。

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邱 海涛(きゅう・かいとう)
ジャーナリスト
1955年中国上海生まれ、上海外国語大学日本語科卒業。父親は国民党による台湾人弾圧「228事件」をきっかけに、台湾から中国へ逃れており、台湾にルーツを持つ。1985年に来日し、慶應義塾大学および東京外国語大学で学んだ後、日本企業で10年間勤務する。1995年、日本に帰化。現在、中国と日本の間で出版や映像プロデューサーとして幅広く活動中。著書に『中国五千年性の文化史』(徳間文庫)、『ここがダメだよ中国人!』『中国大動乱の結末』『中国でいま何が起きているのか』(以上、徳間書店)、『中国セックス文化大革命』(徳間文庫カレッジ)、『チャイニーズ・レポート』(宝島社)など多数。

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(ジャーナリスト 邱 海涛)

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