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「きっと許してもらえる」という甘えがある…市川猿之助と香川照之に共通する「男子校ノリ」の危うさ【2023編集部セレクション】

プレジデントオンライン / 2024年6月8日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/TkKurikawa

2023年下半期(7月~12月)にプレジデントオンラインで配信した人気記事から、いま読み直したい「編集部セレクション」をお届けします――。(初公開日:2023年7月17日)
2023年6月27日、母親の自殺幇助の疑いで歌舞伎俳優の市川猿之助容疑者が逮捕された。猿之助容疑者と同じ暁星学園OBで、神戸学院大学の鈴木洋仁准教授は「今回の事件と、その発端となった週刊誌報道からは、仲間内だけで許されてきた内輪の『ノリ』と、狭い世界特有の繊細さを感じた。コンプライアンスと透明性が重視されるなかで、こうした暗黙の了解は通用しなくなっている」という――。

■香川照之が見せる東京の男子校の「ノリ」

2023年6月27日、歌舞伎俳優の市川猿之助容疑者が、みずからの母親の自殺を手助けした疑いで逮捕された。事件の捜査はつづき、真相の解明が急がれる。

一方、従兄弟であり、おなじ歌舞伎俳優の香川照之氏もまた1年前にセクハラが発覚し、活動を大幅に縮小している。2人は、ともに男子校、それも、暁星学園という“名門”出身だった点でも共通している。

香川照之氏は、ドラマやCMだけではなく、バラエティ番組でも引っ張りだこだった。

特に、クイズトーク番組「ぴったんこカン・カン」(TBS系)には、男性ゲスト出演回数として1位を誇り、準レギュラーと呼べるほど、しばしば出演していた。

登場時には、しばしば、香川氏の出身校である、東京の暁星学園の同窓生や同級生を訪ね、華麗なる人脈を披露している。

香川氏の先導で、フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」を合唱するのも定番で、東京の男子校特有の「ノリ」は、微笑ましく受け入れられたのだろう。

2020年8月のプレジデントオンラインでも、コラムニストの辛酸なめ子氏が、「超ヒット『半沢直樹』の顔芸は名門カトリック系暁星高校の男子校ノリが生み出した」(*1)と題した記事を掲載している。

TBS系で毎週日曜日夜9時から放送されていたドラマ『半沢直樹』の主要キャストに、香川氏、市川氏だけではなく、北大路欣也氏、賀来賢人氏といった幅広い年齢層の暁星OBが出演していた。

辛酸氏が、「主要キャストの顔芸が激しく、アドリブも独創的になっていったのは、同じ男子校のノリがあったのでしょうか」と推測しているように、香川氏がテレビで見せるアクの強さは、「ノリ」として認められてきた。

■「悪ノリ」の結果としてのセクハラ

そんな香川氏は、2022年、セクハラを告発される。

銀座のクラブで、ホステスの胸を触ったり、キスをしたりするといった性加害に及んだため、被害女性がPTSD(心的外傷後ストレス障害)を患っていたと、週刊新潮の2022年9月1日号が報じた。

香川氏は、当初、大きな問題とは考えていなかったのではないか。

担当していた、朝のニュース番組「THE TIME,」(TBS系列)の毎週金曜日のキャスターを続ける姿勢を見せていたほどである。

セクハラを報じた週刊新潮の発売が2022年8月24日水曜日、その翌々日に生出演した「THE TIME,」で、香川氏は謝罪したものの、「与えていただける仕事に対しましては、しっかりと真摯(しんし)に真面目に一生懸命、全力でこれまで通り挑んでいきたいと思っております」と述べている。

もちろん、香川氏の思いだけでは決められない。

TBSやスポンサー、所属事務所など、数多くいる関係者の事情や意向を総合的に判断した結果だったに違いない。

とはいえ、少なくとも、香川氏本人が、生出演を強く辞退しようとしたとは思えない。

それは、もとのセクハラそのものを、彼自身が「悪ノリ」が過ぎた、程度にとらえていたからではないか。「男子校のノリ」が行き過ぎた程度で、キャスターを降板するほどではない、と考えていたからではないか。

■「ノリ」の裏表の繊細さ

市川猿之助氏については、どうか。

母・延子さんの自殺を助けた疑いで逮捕されてから、市川氏の供述として、「3人で、死んで生まれ変わろうと話し合い、両親が睡眠薬を飲んだ」とし、「週刊誌報道がきっかけだった」と説明しているという(*2)

事件は、いまだ捜査中であり(※)、その供述の真偽をふくめて、報じられている以上には何もわからない。ここは、真相を邪推する場でも、市川氏をかばう機会でも、非難する場でもない。

編集部註:2023年11月、懲役3年、執行猶予5年の有罪判決が確定

警視庁目黒署から出る歌舞伎俳優の市川猿之助容疑者を乗せた車両
写真=時事通信フォト
警視庁目黒署から出る歌舞伎俳優の市川猿之助容疑者を乗せた車両=2023年6月27日午後、東京都目黒区 - 写真=時事通信フォト

わたしが暁星の後輩として見聞きするかぎりの同氏は、きわめて繊細で、傷つきやすい人だった、という点に着目したい。

先にあげた、ドラマ『半沢直樹』での「同じ男子校のノリ」の裏側には、その「ノリ」をわかってくれる人だけに(しか)心を許さない、あるいは許せない、世界の狭さがある。

市川氏のセクシュアリティがどうだったか、わたしは全く知らないものの、暁星での一般論として、いわゆる「男性」以外の性自認を見聞きする機会はある。

たとえば、わたしの数年後輩に『わたし、男子校出身です。』(*3)をあらわした椿姫彩菜氏がいる。

■「ノリ」には事情をわかってくれる人たちが必要

いまは、読み仮名は同じで「椿彩奈」と名乗る同氏は、その著書にあるように、暁星ではほとんど何も差別を受けず、反対に、みんながやさしく接していたという。

「ノリ」を生み出す、その裏側には、決定的には相手を追い込まず、触れられたくない話をそっとしておく、そうしたマナーがある。

おなじく同校OBでミュージシャンのモト冬樹氏は、椿姫氏からの挨拶をきっかけに「イジメとか一回も見たことがない」とブログで振りかえっている(*4)

イジメがまったくなかった、わけではないだろうし、7年前には、校内で刺傷事件が起きている(*5)から、みんなが品行方正で、学校生活すべてが円満で問題なし、でもない。

ここで指摘したいのは、市川氏が「ノリ」を見せるためには、みずからの事情をわかってくれる人たちが必要だったと思われるところであり、彼にとって「週刊誌報道」は、理解者とは正反対だったと考えられる点である。

市川氏がどんな性的指向であろうと、まわりには、そのデリケートな性格を理解してくれる人がいた、そんなふうに後輩としてのわたしは側聞している。

暁星中学校・高等学校
暁星中学校・高等学校(写真=Nyao148/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)

■強い差別感情や悪意があったとは思えない

香川氏も市川氏も、ともに芸能界、それも歌舞伎という、男(だけ)の世界に生きている。

ミソジニー(女嫌い)とホモフォビア(同性愛差別)だと、その時代遅れの体質をあげつらうのは、たやすい。

しかし、椿氏にみられるように、暁星という「男子校のノリ」には、ホモフォビアはなかったし、少なくとも目立ってはいなかった。

故・瀬戸内寂聴氏の最後の恋を描いたと噂される小説『J』の作者・延江浩氏もまた同校OBであり、ミソジニーと呼べるほど、男だけの世界を満喫する風潮が漂っていたとは言いがたい。

女嫌い「ではない」様子も、同性愛差別を「していない」実態も、どちらも証明するのは、むずかしい。

とはいえ、香川氏のセクハラにせよ、市川氏にまつわる週刊誌報道にせよ、どちらも、強い差別感情や、何らかの根強い悪意があったとは、後輩の身びいきとはいえ、どうしても思えないのである。

マッチョな男たちが、女性や同性愛者を虐げる、といった、わかりやすい構図ではなく、もっと幼く、より単純に、未熟な男の子たち(ボーイズ)が、わちゃわちゃと騒いでいる、それが「男子校のノリ」だったのではないか。

騒ぎはするものの、誰かを最後まで追い詰めはしない。そんな気遣いによって「ノリ」がつくられてきた。

この「ノリ」は、都会(暁星は、東京の千代田区、靖国神社のすぐそばにある)で、幼稚園から高校まで長ければ14年間にわたって育まれる、ひよわさ、かぼそさによって生み出された、危ういものにほかならない。

■ボーイズクラブの(屁)理屈は、もう通じない

フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」は、中学から入った「外部生」のわたしも、ほどなくして歌えるようになったし、同級生は、ひねくれたわたしを、やさしく認めてくれてきた。いまも多くのクラスメイトと交流がある。

本稿で挙げた諸先輩方だけではなく、Wikipediaを見ればわかるように、錚々たるOBがいくらでもいる。

元・博報堂の三浦崇宏氏や、元・経済産業省のキャリア官僚・宇佐美典也氏といった、わたしよりもはるかに活発で、世の中に貢献している後輩もおり、暁星OBであることは、わたしにとって身に余る。

1888年創立以来、さまざまな分野に多彩な才能を輩出してきた歴史は、ここで語り尽くせるものではないし、また、根本的に「病」があるわけでもないだろう。

ただ、香川氏のセクハラにせよ、市川氏の事件にせよ、「男子校のノリ」、というか、「ボーイズクラブ」だから甘く見てもらえる、守ってもらえる、という(屁)理屈は、もう通用しない。

たとえ、その「ノリ」が、細やかな気遣いに支えられたものだったとしても、コンプライアンスと透明性が重視されるなかでは、暗黙の了解は、避けられこそすれ、尊ばれるものでは、ない。

言わぬが花、という慣用句は、江戸期の浄瑠璃が由来とされるが、もはや、そんな悠長なことは言っていられない。

「ノリ」を阿吽の呼吸でわかる人だけで固まるのは許されず、説明責任が声高に求められるなかで、甘やかされてきた、わたしたちのような男子校出身者、なかでも「お坊ちゃん」と言われてきた暁星OBたちは、どうやって生きていけば良いのだろうか。

(*1)「超ヒット『半沢直樹』の顔芸は名門カトリック系暁星高校の男子校ノリが生み出した 北大路欣也、香川照之、市川猿之助…」プレジデントオンライン、2020年8月14日9時00分配信
(*2)「市川猿之助容疑者を逮捕 “週刊誌報道がきっかけ” 趣旨の説明」NHKニュース、2023年6月27日16時24分配信
(*3)椿姫彩菜『わたし、男子校出身です。』(ポプラ社)
(*4)「椿姫彩菜が後輩?」ツルの一声 モト冬樹 オフィシャルブログ、2017年3月13日配信
(*5)「名門『暁星学園』で起きた刺傷事件、友人関係の悪化か」デイリー新潮、2016年10月28日配信

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鈴木 洋仁(すずき・ひろひと)
神戸学院大学現代社会学部 准教授
1980年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金、東京大学等を経て現職。専門は、歴史社会学。著書に『「元号」と戦後日本』(青土社)、『「平成」論』(青弓社)、『「三代目」スタディーズ 世代と系図から読む近代日本』(青弓社)など。共著(分担執筆)として、『運動としての大衆文化:協働・ファン・文化工作』(大塚英志編、水声社)、『「明治日本と革命中国」の思想史 近代東アジアにおける「知」とナショナリズムの相互還流』(楊際開、伊東貴之編著、ミネルヴァ書房)などがある。

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(神戸学院大学現代社会学部 准教授 鈴木 洋仁)

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