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なぜ「給付金」ではなく「定額減税」なのか…給与明細に記載させるほど減税を強調する岸田首相が「隠したいもの」

プレジデントオンライン / 2024年6月10日 13時48分

政治資金規正法改正案の衆院通過を受け、記者団の取材に応じる岸田首相=2024年6月6日午後、首相官邸 - 写真提供=共同通信社

■「減税」にこだわった岸田首相

「定額減税」が6月から始まった。納税者本人と家族一人ひとりに4万円(国税3万円、地方税1万円)が2024年の税金から控除される。夫婦と子ども2人の4人家族ならば16万円というわけだ。

だが、この定額減税、仕組みは複雑で、2024年の所得税から減税額分を引ききれないと見込まれる場合は、その差額を推定計算して「調整給付」として現金支給されることになっている。それなら始めからコロナと同じ定額給付金にすればよかったと思うのだが、首相は「減税」にこだわった。しかし、調整給付を受ける人の数は2300万人にのぼると見込まれる。減税対象の納税者6000万人の4割弱に相当するのだ。

扶養者の対象把握などもあり、減税のための給与計算を行う企業や基礎自治体は大わらわ。そうでなくても忙しい経理部員は忙殺されている。そこに、減税額を給与明細に記載するよう政府が義務付けた。「減税の効果」を知らしめたい、ということなのだろう。

そもそも、この定額減税。岸田文雄首相肝いりの政策だ。2023年10月23日に国会で行った所信表明演説と2023年11月2日のデフレ完全脱却のための総合経済対策で表明した。「賃上げの促進と合わせてデフレ脱却を確実にすること」が目的とされた。

■「実質賃金増加」に「減税」をぶつけて解散総選挙を打つシナリオ

首相就任以来、エネルギーや輸入品、食料品など急速に物価が上昇してきたことに対して、岸田首相は、「物価上昇を上回る賃上げ」を実現するとし、経済界や労働組合などに強く働きかけてきた。

当初、岸田首相は2023年秋にも解散総選挙を模索していた。2024年9月には自民党総裁任期を迎えるため、その前に解散総選挙で勝利、総裁続投というシナリオを描いていた。ところが、2023年7月ごろから物価上昇への批判などから岸田内閣の支持率が急落し始め、解散どころの状況ではなくなった。そこで打ち出したのが「デフレ脱却シナリオ」だった。

物価が上昇しても、それを上回って賃金が上がれば、消費は活発化し、企業が潤うことで、再び賃金が上がっていく。そんな「経済好循環」を岸田首相は思い描いた。2024年春闘で大幅な賃上げが実現すれば、それが4月の給与から増え、統計が出てくる6月には「実質賃金が増加」というニュースで沸き立つはずだった。そこに減税をぶつけ庶民の懐が暖まったところで、解散総選挙を打てば、与党に有利に働くと読んでいたのだ。

だからギリギリの段階まで6月の通常国会会期末での解散が検討されていた。

■国民に見えにくい形で近づく「負担増」

ところが2023年12月に大騒ぎになった自民党安倍派パーティー券の収入不記載問題が燎原(りょうげん)の火のごとく自民党内に拡大。首相は対応に追われることとなる。首相が会長を務めてきた自民党の派閥「宏池会」を突然解散するなど、サプライズの一手も繰り出したが、自民党への批判は一向に収まらなかった。

結局、パーティー券収入が「裏金」化して議員に環流していた問題では原因追及はそこそこに一部議員に責任を負わせることで幕引きを図ったが、対策である政治資金規制法の改正では与党の公明党や関係が良好だったはずの日本維新の会からも批判を浴び、両党の修正案を「首相決断」で丸呑みする芸当を見せた。

これで解散に突き進むのかと思いきや、自民党内の反発は凄まじく、新聞各社は「解散見送り」と見出しを立てた。このままでは岸田首相は9月の総裁選には立候補できずに退任することにもなりかねないところまで追い詰められている。

しかし、そもそもなぜ岸田首相は「減税」にこだわったのか。

実は国民にはなかなか見えにくい形で「負担増」がヒタヒタと近づいているからに他ならない。すでに防衛費を5年間で43兆円に増やすことが決まっており、法人税、所得税、たばこ税の引き上げを表明している。2027年度にはこの3税で1兆円強を確保する。当初は2024年度から段階的に引き上げていく予定だったが、25年度以降に先送りされている。

積み上げられる税金のブロックの前で計算機をたたく手元
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

■国民負担率の2022年度の実績は過去最高を記録

6月5日に国会で成立した「子ども・子育て支援法」による支援金制度の原資は、公的医療保険に上乗せして徴収されることが固まった。2026年度は6000億円、27年度は8000億円、制度が確立する2028年度以降は1兆円をこれで集めることになった。

要は、負担増が次々とやってくるわけだが、岸田首相は「実質負担は増えない」と言い続けてきた。保険料に上乗せ徴収されるのに「負担が増えない」と語るのは理解不能だが、給与が増えるので負担率は変わらない、という趣旨らしい。

首相は減税を打ち出した2023年10月23日の所信表明演説で、「国民負担率は所得増により低下する見込みです」と述べていた。国民負担率とは、税金と社会保険料の負担額を国民所得で割ったものだ。

ちなみに、財務省が2024年2月9日に公表したデータでは、国民負担率の2022年度の実績は48.4%と過去最高を記録した。にもかかわらず、首相の答弁に合わせるかのように、2023年度の「実績見込み」は46.1%、2024年度の「見通し」は45.1%という数字が出されている。だがこの「実績見込み」が曲者で、「低下する」という見込みが出されても、翌年の「実績」になったところで大きく数字が上昇するということが繰り返されてきたのだ。岸田首相が言うように、本当に負担が減るのか、来年2月のデータ公表が楽しみだ。

■首相が思い描いた「好循環」にはなっていない

つまり、さまざまなところで負担が増えるのを隠し、「減税」という言葉を前面に出すことで、国民の批判をかわそうとしているように見える。それで選挙に打って出て、議席を確保しようというのが戦略だったのだろう。

だが現実は、首相が思い描いた「好循環」にはなっていない。4月の賃金増加率は2.3%と29年ぶりの高い伸びを記録したが、物価上昇率はそれを上回ったため、実質賃金は0.7%減と25カ月連続のマイナスとなった。6月に実質賃金プラスという岸田首相の「デフレ脱却シナリオ」がもろくも崩れたことが、解散断念の一つの理由かもしれない。

今後も、実質賃金が本格的にプラスになっていく環境にない。政府が電気代とガス代に補助する事業を5月使用分で終了したため、6月以降の光熱費は大幅に上昇する。エコノミストの多くは、実質賃金がプラスに転換するのは、早くて2024年秋という見方だ。

もっとも、それも楽観的な見通しかもしれない。

家の形のフレームに、LED電球
写真=iStock.com/Tatiana Sviridova
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tatiana Sviridova

■「ステルス増税」で国民の目を誤魔化そうとしている

一時1ドル=160円を付けるなど円安が進んだことで、輸入物価も上昇、再び物価上昇に拍車がかかってきた。輸入食料品などの価格高騰もあり、庶民の生活を圧迫している。これに対して消費者は、消費を抑えることで乗り切ろうとしているため、生活必需品を中心に消費が減少する懸念が強まっている。

それが企業の売り上げや利益にマイナスに響いてくれば、給与を増やす余裕はなくなる。特に中小企業の場合、輸入原材料やエネルギー代の上昇を価格に転嫁するのに精一杯で、従業員の給与を大幅に引き上げる余力に乏しい。経済の好循環ならぬ悪循環が始まりかねないのだ。

本来、物価上昇で庶民の生活が苦しくなった時こそ「減税」を行うのがオーソドックスな手法だ。コロナの最中に欧米先進国では消費税減税をする国が相次いだ。消費を喚起しようと思えば、本来は消費税率を引き下げる減税を行う方が、分かりやすく、効果も明白になる。だが、財務省はいったん税率を下げれば戻せなくなるとみて、消費税減税議論は封印している。

岸田首相はよほど「増税メガネ」と揶揄されたことが嫌だったのか、徹底して増税が国民の目に触れることを避けているように見える。代わりに「ステルス(見えない)増税」で国民の目を誤魔化そうとしているように見えて仕方がない。

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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。

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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)

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