「スーツにリュック」の次は「ヒールでリュック」…吉田カバンが「通勤リュック」をどんどん増やしているワケ
プレジデントオンライン / 2024年6月20日 10時15分
■スーツにリュックはアリなのか
大都市での電車通勤は、ガラガラだったのが遠い昔に思えるほど混雑している。駅構内や車中では男女ともにリュック姿が目立つ。筆者が「スーツ姿にリュックで電車通勤する人が増えた」と初めて記事に書いたのは2016年の冬で、翌年にはJ-WAVEの番組でも解説した。最近はどんな状況なのか。
紳士服大手の青山商事「ザ・スーツカンパニー」が2022年7月に10代~50代男性(1444人)に実施したアンケート調査がある。
それによれば、通勤時にメインで使用しているバッグが「リュック」と答えた人は43.9%、次いで「ブリーフケース」(32.3%)、「トートバッグ」(21.5%)の順だった。
「肌感覚では、リュック通勤はもっと多いように思う」という周囲の感想もあった。
そこで「スーツにリュックはアリか?」を改めて考えるべく「ポーター」(PORTER)で知られる吉田カバン(※)に聞いた。
(※)正式社名は株式会社吉田。名称は「吉」の「士」の部分が「土」
■「全面的にNG」という会社は聞かない
まずは、スーツ×リュックについて、吉田カバンはどう感じているのだろう。
「あくまでカバン屋として話すと、今では、まったくNGという会社はほとんど聞きません。店に来られるお客さまにも、リュック(デイパック含む)が圧倒的に人気です。年齢や役職を問わなくなりました。総じて20代から40代の方は最初からリュックを探しに来られ、50代以上の方は手提げバッグも探される傾向が多い印象です」
吉田カバンの広報部・名倉楓也さんはそう話す。
「服装との関連性もあります。肩パッドが入った上下同じ色のスーツを着る方は減り、カジュアルなジャケパン(ジャケット+パンツ)スタイルの方が増えました。年配者や役員クラスでもリュックに変えると、『両手が空くので手放せない』という声を聞きます」(名倉さん)
「毎日フォーマルスーツで出勤していた当社の古参役員も、手提げバッグから最後はレザーのリュックになりました(現在は退任)。役員や管理職がリュックにすると部下も使いやすくなり、バッグ選択の自由度が高まるようです」(同)
■契機になったふたつの天災
筆者はこれまでも仕事用バッグの選び方について消費者に聞いてきた。その声も紹介しよう。
「常にノートパソコン(PC)を持ち歩くようになり、収納量が大きいリュックにしました。また、PCが雨でぬれると心配なので防水機能のバッグを探すようになりました」(30代の男性)
コロナ禍の在宅勤務+時々出勤で、女性も含めてPC持ち運びが増えた一面も大きいようだ。
そもそもスーツにリュックが最初に注目されたのは、東日本大震災(2011年)以降だ。当日は震災の影響で交通機関がストップし、多くの人が会社から徒歩で帰宅した。
手提げバッグが主流だったが、手提げ、肩掛け、背負いを備えた3wayタイプのバッグに乗り換える人が増加した。
服装のカジュアル化という面ではクールビズ(2005年に提唱)からだが、2020年以降のコロナ禍でリモートワークが進み、スーツにネクタイ姿で働く機会が減ったことで、さらに進んだ。カジュアルな服装にリュックは馴染みやすく、よりビジネスマンのリュック使用が進んだと考えられる。
さらにPCを常時持ち歩くことが当然となったことや、仕事終わりにジムに通う人が増えたこともある。仕事に必要なPCや資料以外に、トレーニングウェアや靴を入れられる大容量のバッグが求められるようになった。
■電車内で前に抱えても迷惑にならない工夫
吉田カバンは、消費者に選ばれるリュックの変化も指摘する。
「コロナ以前なら、リュックの形がスクエア(角が四角)を選ぶ人も多かったです。それがスーツを含めて服装のカジュアル化が進み、最近はラウンド(丸い)タイプが好まれます。お客さまの多くは『オン・オフ両方で使えるものがいい』と話されます。ノートパソコンのサイズは13インチから16インチが主流となり、バッグに2台のPCを入れる方もおられるので、容量が大きいものが人気です」(名倉さん)
ここからは同社の売れ筋商品も紹介しながら、機能性を考えたい。
「『スーツでリュック』が浸透してきましたが、『ヒールでリュック』も顕著です。たとえば、女性の方には『ポーター シア』のデイパック(4万5100円、価格は税込み、以下同)が好まれます。軽量でさりげない光沢がある生地を使い、持ちやすいサイズバランスに仕上げました。ファスナーがゴールドなのも人気で、ネイルや長い爪でも使いやすいよう、長さのある革引き手を採用しています」(同)
今回、現物を提示してもらいながら話を聞いたが、多くのリュックはサイズ感にこだわるのも興味深かった。「電車内でリュックを前に抱えている状態でも、座って膝にリュックをのせた状態でも周囲の乗客にストレスにならないよう、肩幅以内の大きさにしています」(同)
また、リュックを背負った状態だけでなく、前掛けにした状態での利便性も大切にしているそうだ。2021年8月に発売した「ポーター ロード」(デイパックは6万3800円)では、スマホやICカード、ワイヤレスイヤホンなどがショルダーストラップに収納できて、背負ったままでも前に抱えていても出し入れできる。
■「リュックでスーツが傷む」はどうすればいいか
ビジネスマンの多くは、バッグを選ぶ際にPCがどのように収納されるのかを気にしている。筆者が聞いた中では「PCや別途資料を持っていくことが増え、肩掛けタイプからリュックに買い替えました」(30代の男性)という人がいた。
「たとえば『ポーター リフト』のデイパック(4万9500円)は、カジュアルでもフォーマルでも使えるデザインですが、PC用の収納があります。バッグ類の生地の裏面にはPVC(ポリ塩化ビニール)加工を施しています。これは、バッグ形状を整えるだけでなく、水滴が中に染み込むことを防ぐ効果があります。ファスナー部分が斜めなのは、中身を出し入れしやすいようにした結果です」(名倉さん)
リュックを背負うと、スーツ生地が傷む(摩耗する)のではないか。それが理由でスーツにリュックを認めない人もいる。
「スーツ素材にもよるので難しい問題です。スーツ生地の傷みを機にされる方は手提げバッグを好む傾向が今でも多い印象です。違う角度から私たちは、毎日使うバッグとしてお客さまにベストな提案をしています。
たとえば、『ポーター シングス』(バックパックは6万6000円)は背面にキュービックアイピケライトという素材を採用しています。吉田カバンが初めて鞄に採用した素材で、バッグと身体が接触する部分の圧迫を軽減させました。通気性も高いので夏場の不快感も和らげています」(同)
吉田カバンのバッグは機能性も持ち味だが、世相を反映した一面もあるという。たとえば防水性の高い素材は、2000年代後半にゲリラ豪雨が社会問題となり、一段と開発が進んだ。
「われわれはお客さまの求めるものを用意したいと思っています。世相を反映してすぐにそれに合った商品づくりをしている……ばかりではありません。長年、人間の身体の構造や働き方などを考えて商品をつくっていますので、むしろ、過去に作っていた商品が、結果的に今の時勢にあったというケースの方が多いかと思います」(同)
■時代をうつす鑑としてのリュック
2021年には「POTR(ピー・オー・ティー・アール)」というブランドを発表した。ライフスタイルを意識して開発したブランドと聞く。
「POTR/SCOPE(スコープ)シリーズのソーシャルパック(税込み6万500円)も人気です。形はラウンド(丸い)タイプのシンプルなデザインで、リュックストラップ部分は、縫製により外側に厚みを持たせることで、肩から落ちにくく、肩への負担を軽減します。オン・オフどちらでも使い勝手がきき、リモートワークやワーケーションにも合ったバッグです」(名倉さん)
機能性で人気が定着した会社だが、近年は消費者目線をより意識した商品も増えた。
吉田カバンで人気のリュックを見ていると、それが「時代をうつす鑑」であることがよくわかる。もちろんフォーマルスーツや手提げの革バッグも一定の需要はあるが、社会情勢や生活習慣の変化により、服装や持ち物も変わっていくのだ。
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経済ジャーナリスト/経営コンサルタント
学生時代から在京スポーツ紙に連載を始める。卒業後、日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆・講演多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。
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(経済ジャーナリスト/経営コンサルタント 高井 尚之)
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