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「世界一のおもてなし」がモンスター客を生んだ…「カスハラ大国」を脱するために日本企業がやるべきこと

プレジデントオンライン / 2024年6月12日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/jeffbergen

顧客による迷惑行為「カスタマーハラスメント」がたびたび話題に上っている。桜美林大学の西山守准教授は「日本ほど顧客が強い国はほかにない。企業は『担当外の業務は応じる必要はない』と従業員にはっきりと伝えるべきだ」という――。

■「世界一のサービス」とカスハラは表裏一体

東京都は、顧客が企業の従業員に理不尽な要求や悪質なクレームを突きつける「カスタマーハラスメント(カスハラ)」の防止条例を制定する方針を決めた。今年秋の条例案の提出を目指すとされている。

全国初の取り組みとして期待を集めている反面、以下の点に実効性について疑問の声も見られている。

1.カスハラか否かの線引きが難しい
2.条例が施行されても、企業側の対応が変わらない限り、状況は改善しない
3.法が整備されても、クレーマーの行動は改まらない

実際、東京都の条例は罰則を設けないとされており、抑止力は限定的なものになるだろう。その点では、3の主張は妥当性がある。

3を解決することは難しいが、法整備と平行して企業側が対策を講じることで、1、2を解決することは十分に可能であると考える。

筆者はコロナ前に頻繁に海外に行っていたが、サービスに関する考え方が日本と全く異なっていることに驚かされてきた。

筆者が日本人だからというのもあるが、日本の接客サービスは世界一であると実感している。しかし、それは日本の接客サービス従事者が過剰な対応を余儀なくされてきたことと表裏一体だ。

■海外の「顧客サービス」の発想は180度異なる

海外に行くと、顧客として不遇とも言える扱いを受けることが少なくない。

最近、ABEMAの旅番組で、実業家のひろゆき氏が南米のペルーで予約していたはずのホテルで部屋が確保されておらず、ホテルと予約サイトに対して長時間クレームを付けるというシーンがあった。こうしたことは、筆者自身も何度も体験してきた。

ヨーロッパ旅行中、博物館に1人で行った際に、入場券が2枚発券されたので「1人だから1枚分キャンセルしてくれ」と言ったところ、「自分は2枚と聞いたからキャンセルはできない」と言われ、頑として拒否された。

長距離バスでは乗車口や時間が頻繁に変更になったが、バス会社やバスターミナルのスタッフに聞いても「自分は知らないから、わかるやつに聞いてくれ」と言われて途方に暮れたことが何度もある。

安ホテルに宿泊しようとした際には、受付のスタッフはヘッドホンで音楽を聴いていて声をかけるまで気づかず、筆者が「チェックインしたい」と言っても、「5分待ってくれ」と返され、スタッフは筆者を待たせている間、別の事務作業(?)をやっていた。

国と人によっては、顧客と対等どころか「サービスを提供してやっている俺のほうが偉い」と言わんばかりの態度を取るスタッフもいた。

たまたま対応してくれる人が親切であれば、愛想良く、筆者側の要望にも柔軟に対応してくれるのだが、あくまでそれは「運が良ければ」の話だ。

ヨーロッパを1カ月ほど旅していた時に、何度か顧客がトラブルになるのを目にした。しかしそれは、顧客がスタッフにクレームを付けているというよりは、双方がお互いの主張をぶつけ合っているという風だった。日本人が見ると、喧嘩をしているように誤解しかねない勢いだった。

■日本ほど顧客が強い国はない

アジア諸国は比較的顧客を立てる傾向はあるが、それでも筆者が知る限りでは、日本ほど顧客側が強い国はない。

日本において、「お客様のほうが偉い」「客の言うことは聞くべきだ」という発想が定着してきたのはなぜなのだろう?

1.人材の均質性
2.長期雇用を前提とした教育・育成システム
3.業務範囲が曖昧な雇用慣行
4.企業側の“炎上”リスク

1~3は日本の労働市場の特性に基づくものだ。

これまでの日本は、労働者の民族や文化が均質で、教育レベルが平均的に高いため、一定水準のサービスを維持することが比較的容易だった。加えて、人材の流動性が低く、長期雇用を前提とする環境下で、長期的な職業教育、人材育成が可能となっていた。これによって、一定レベル以上のサービスを安定的に供給することが可能になっていた。

■海外では「担当外」の仕事はしない

さらに、日本の労働者は業務範囲が明確ではなく、“マルチプレイヤー”であることが求められる。英語圏では“Out of Scope”という言葉がよく使われる。これは「作業範囲外」を意味するが、海外ではサービス業に従事する人でも、作業範囲外の仕事は「これは自分の仕事ではない」と断ることが通常に行われている。

NGサインを持つ若いエプロン女性
写真=iStock.com/78image
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/78image

日本においては、顧客から依頼されたスタッフはできる限りそれに応えようとするし、自分ができない場合も別の担当者に引き継いでくれたりもする。

そうした環境が当然のものとなる中で、顧客側も「ここまでやってもらうのが当然」と考えるようになってしまったようだ。

しかし、現在では上記の1~3はいずれも成立しなくなっている。長期的雇用は崩れており、企業に対する帰属意識、忠誠心を植え付けることは難しくなっている。また、接客業を支える若年層の労働人口は減少を続けている。そうした中で、外国人労働者に頼らざるを得ないが、彼らに日本の雇用慣行を強いることはできない。

企業側としても、顧客の厳しい要求(一部は不当な要求)に答えることは、もはや困難な状況になっている。

■SNSがカスハラ対応を難しくさせた

上記の1~3に加えて、最近は「企業側の“炎上”リスク」という新たな問題が加わっている。

「クレーマー」という言葉が広く使われるようになったのは、1999年に起きた「東芝ユーザーサポート事件」と言われている。

この事件の簡単な経緯は次の通りである。同社の商品を購入した顧客が、商品の欠陥を訴えた際に、同社の渉外担当とのやり取りを録音し、インターネット上にアップ。渉外担当者が暴言と取れる発言を繰り返ししていたことで、メディアにも取り上げられて批判され、東芝の副社長が謝罪するに至った。

この事件から25年が経ち、スマートフォンが普及して映像や音声の記録が取りやすくなった。さらに、SNSや動画共有サイトが普及し、個人の情報共有、情報拡散が容易となった。

インターネットが普及するまでは、カスハラの大半は当事者間で解決すべき問題だった。現在は、企業側の対応が正当なものであれ、不当なものであれ、ネット上でその行動が拡散され、企業イメージに影響を与える時代となっている。SNSの普及が企業のカスハラ対応をより難しくさせたと言えるだろう。

海外でも顧客対応の不備がSNS上で炎上することは頻繁に起きている。しかしながら、顧客が高いレベルのサービスを期待していない国では、日本と同レベルでの炎上は起きづらい。また、企業と顧客が対等な関係であれば、企業側は顧客のSNSの投稿に泣き寝入りすることなく、反論することもできるし、消費者も一方的に顧客側の肩を持つこともない。

■カスハラ対策で企業がすべきこと

最近では、消費者の意識も変わりつつあるだけでなく、企業側の対策も始まっている。

JR西日本、東京電力エナジーパートナー、ANAホールディングスなどが、カスハラ対応の強化を発表している。公益性の高い企業が率先して取り組みを進めれば、多くの企業が追随しやすくなるだろう。

法整備を前にして、企業側には以下のような対応が求められる。

1.カスハラの基準を明確にすること
2.マニュアル化と、それに基づく社員教育を進めること
3.紛争が起こった際の対応を強化すること

これまでは、苦情対応は現場の裁量に任せられることが多かったが、それでカスハラ防止は難しい。問題のある顧客に毅然とした対応を取るとなると、これまで以上に顧客との紛争は増えることになるだろう。カスハラとどう向き合っていくのか、企業イメージを壊さないためにはどうすればよいのか――そういったことを考える必要がある。

まずは「カスハラかそうでないか」の基準を明確化することが重要だ。次に、その基準に基づいてマニュアル化を行い、それに基づいてスタッフを教育し、マニュアルの浸透を図ることが求められる。

接客は人と人とのコミュニケーションではあるが、属人的になり過ぎると、「以前は対応してくれた」、「別の人は対応してくれた」というクレームを生む可能性もある。

■サービスに対する認識をアップデートさせる

顧客が自分の受けた対応をSNSで拡散するリスクも想定しておく必要がある。企業側は、自社の対応の正当性を説明することが必要になる局面も出てくるだろう。最も望ましいのは、音声や動画などの証拠となるような記録を取る体制を作ることだ。

すでに、大手企業では取り組みが始まっている。不当な要求には一切対応しない、悪質なものは警察や弁護士などと連携して法的措置も検討する、といったかなり踏み込んだ対応策も表明されている。

いずれにしても、カスハラに屈しない、クレーマーをつけあがらせないことが重要だ。クレーマーと判断された場合は、それ以上のサービス提供の拒否や、法的措置への移行も検討しても良いだろう。

筆者が知っている案件でも、相次いで迷惑行為を行った顧客を、企業側が弁護士と連携して出入り禁止にしたことがあった。その場では揉めたが、最終的には顧客側が折れざるを得なかった。クレーマーと言えど、大半の人は弁護士を自腹で雇ってまで企業と争おうとまではしないし、不当な行為を行った個人の主張が法的に正当化されることはまずないだろう。

企業イメージ低下のリスクに配慮する必要があるが、今後は早い段階で法的措置を講じることも考えるべきだろう。

一方で、サービスを受ける側も、もはやこれまでと同じクオリティーのサービスを同じ価格で受けることはできないことを理解しておく必要がある。また、不適切な対応を取ると、今後サービスを受けられなくなったり、法的なリスクを抱えたりする可能性もあることも自覚すべきだ。

法整備をきっかけに、企業側と顧客側の両者が、顧客サービスに関する認識をアップデートすることが求められる。

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西山 守(にしやま・まもる)
マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授
1971年、鳥取県生まれ。大手広告会社に19年勤務。その後、マーケティングコンサルタントとして独立。2021年4月より桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授に就任。「東洋経済オンラインアワード2023」ニューウェーブ賞受賞。テレビ出演、メディア取材多数。著書に単著『話題を生み出す「しくみ」のつくり方』(宣伝会議)、共著『炎上に負けないクチコミ活用マーケティング』(彩流社)などがある。

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(マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授 西山 守)

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