睡眠の質が低下するとアルツハイマー病に近づく…睡眠医療の第一人者が教える「ボケない眠り方」大公開
プレジデントオンライン / 2024年7月8日 7時0分
■睡眠不足大国ニッポンは認知症大国でもある
日本を訪れる外国人観光客の多くが日本の魅力として美しい風景を挙げています。その一方で、日本独特の風景の一つとして挙げるのは、電車の中で眠っている人の姿です。外国人の目には奇異な風景に映るようで、海外から来た私の友人は「なぜ電車の中で眠っているの。日本人は大丈夫ですか」と心配していました。睡眠を削って仕事や勉強をすることを美徳とする価値観、根性主義がいまでも日本人に残っているのかもしれません。
経済協力開発機構(OECD)の調査で、加盟33カ国の平均睡眠時間は日本が7時間22分で最も短くなっています。やはりOECDから、全人口における認知症の有病率は日本が2.33%で加盟国の中で最高と報告されています。これは日本人の平均寿命(84.3歳)が世界第1位(WHO世界保健統計2023年)で高齢者人口が多いことからも頷けますが、近年、多くの研究により睡眠と認知症が相互に関連していることがわかってきました。
■睡眠の質低下でアルツハイマー病が
認知症は、脳の神経細胞の働きが徐々に衰え、記憶、判断力などの認知機能が低下し、社会生活に支障をきたす状態をいいます。認知とは、目(見る)、耳(聞く)、鼻(嗅ぐ)、舌(味わう)、皮膚(触れる)の五感を介して入ってきた情報から状況を確認したり、記憶したり、学習したり、言葉を操ったりするなど、人の知的機能をまとめた概念です。認知症では記憶障害、判断・計算・学習・言語などを含む脳の高次の機能(認知機能)に障害が見られます。医療の現場では、記憶力と認知機能の低下を医学的に判断し、これらの症状により日常生活動作や遂行能力に支障をきたすような状態が6カ月以上続く場合、認知症と診断されます。
認知症の原因疾患としてはアルツハイマー病が最も多く、全体の半数以上を占めます。ほかに脳梗塞などの脳血管障害、脳挫傷などの頭部外傷、ウイルス性脳炎・髄膜炎などの感染症、アルコール依存症と関連が深いウェルニッケ脳症などさまざまです。
アルツハイマー病の人の脳では、発症する20年以上前から脳内にアミロイドβという物質が溜まり始めます。アミロイドβは脳内で作られるタンパク質の一種で、健康な人では自然に排出されますが、アルツハイマー病の人では排出されずに蓄積し、そのために脳の神経細胞が死滅して情報伝達ができなくなり、脳全体が徐々に萎縮していきます。
睡眠の質が低下するとアミロイドβが蓄積し、アルツハイマー病を発症しやすくなります。また、アルツハイマー病の人では睡眠障害が高い確率で合併しているといった研究結果が報告されています。
■睡眠障害の悪循環で膨らむ「睡眠負債」
睡眠は、脳が活発に働くレム睡眠と、脳が休息状態にあるノンレム睡眠で構成されています。眠りにつくと、まず深いノンレム睡眠が現れ、その後レム睡眠が現れます。レム=REMとは、Rapid Eye Movementの略で、レム睡眠の際に、寝ている人の眼球が急速に動いていることを示します。そのサイクルは人によって違いますが、およそ約90~120分の周期で繰り返され、朝に向けて徐々に浅いノンレム睡眠が増えていきます。高齢になると深い眠りが減り、中途覚醒が増えてきます。認知症の人では睡眠の質はさらに低下します。
日中の活動を通して五感から得られた情報は脳に一時的に記録されます。夜、眠りに入ってノンレム睡眠時に脳を休ませ、レム睡眠時になると、日中に記録された情報は編集され、脳に保存されます。人は、この間に夢を見ているのです。日本国内で動物を使って行われた最近の研究で、レム睡眠中に大脳皮質の毛細血管への赤血球の流入量が大幅に増え、脳がリフレッシュされることがわかってきました。レム睡眠は人の記憶にとって重要な要素で、レム睡眠が不足すると認知機能が低下し、認知症の発症につながります。実際、認知症患者ではレム睡眠が減少していることが確認されています。
人の体は、体内時計の働きで、夜眠くなり、朝目が覚める仕組みになっています。体内時計に合わせてメラトニンというホルモンが脳の松果体から分泌されて体に時間情報を伝えます。メラトニンは、夜間に多く分泌されます。体内時計は、昼間は明るい所で体を動かし、夜は暗い所で体を休めるという環境で正しく働きます。アルツハイマー病では体内時計の機能が低下して、睡眠と覚醒の切り替えがむずかしくなります。病気が進行すると、夜間の不眠、昼間の過眠が目立つようになり、やがて昼夜が逆転します。
質のよい睡眠のためには自律神経のバランスが重要です。日中は交感神経が優位となって、脈拍、血圧が上昇し活動的になります。副交感神経が優位になる夜間は脈拍、血圧が低下し、心身が休まります。質のよい睡眠を取って朝を迎えると、スムーズに交感神経に切り替わります。中途覚醒を繰り返したりして睡眠の質が低下すると、朝目が覚めにくく、気分もスッキリしません。副交感神経と交感神経の切り替えがはっきりしないまま、日中をだらだらと過ごすと、今度は夜になっても交感神経の刺激で心身の興奮がおさまらず、睡眠の質が低下します。繰り返す睡眠障害は悪循環を生み「睡眠負債」は膨らんでいきます。
■60歳になったらMCIに注意
認知症にはなっていないが、健常ともいえない状態を軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment:MCI)といいます。認知症の一歩手前の状態であり、医療機関でMCIと診断された人が認知症になるのは1年で1割前後といわれています。25年に65歳以上の認知症の有病者数は約700万人になると推計され、その予備群であるMCIとなると相当の数になると推測できます。
私は、60歳になったらMCIに気をつけるべきだと考えています。特に、他人の意見に耳を傾けず自分の意見を曲げない人や、怒りっぽい人は認知機能の低下が始まっている可能性があります。眠らないことを自慢したり、「昼寝は怠け者の習慣」と古い価値観で生きている人も、アミロイドβが蓄積しているかもしれません。
当クリニックでは「活動計」と呼ぶ精密センサーを内蔵した小型デバイスを使って患者の活動量を検査しています。検査結果はグラフ化され、一日の姿勢、歩数、活動カロリーなどの推移から、睡眠状態と覚醒状態を推測することができます。健康な人は日中と夜間の活動量の差が大きく、引きこもりの人は一日を通して活動量が少ないのでグラフにメリハリがありません。認知症の人のグラフも平坦で、外出せずに一日中家で過ごしている様子が窺えます。
また、眠っていたと思っていても実際は目が覚めていたとか、眠れなかったという時間帯も実際は眠っていたということはしばしばあります。患者の「眠れない」という状態を客観的に把握することで、安易な睡眠薬の処方に歯止めがかかるはずです。
日々の睡眠は睡眠日誌で管理することができます。また、睡眠アプリで睡眠の状態を大まかに観察することはできますが、レム睡眠とノンレム睡眠の推移がわかるほど精密なものではありません。自分の眠りの経過を見ることに集中しすぎるあまり、不眠になるリスクがあります。これはオルソソムニアといわれ、不眠をもたらす現代病として注目されています。
■危険な睡眠薬と安全な睡眠薬
睡眠薬は不眠の状態が正しく診断されたうえで適正に処方されないと、睡眠が改善しないばかりか、薬物依存などを引き起こし、健康を害する危険性をはらんでいます。
日本で長く使われてきたベンゾジアゼピン系の睡眠薬・抗不安薬は麻薬類似薬とされ、WHO(世界保健機関)は精神治療薬以外で安易に使用しないよう呼びかけています。また、ベンゾジアゼピン系製剤は認知機能障害を引き起こしやすく、長期間の投与で睡眠が悪化することが知られており、国も使用について注意を促しています。
現在、睡眠薬として安全に使えるのはメラトニン受容体作動薬とオレキシン受容体拮抗薬です。依存性の心配がなく、自然な眠りを誘発する薬剤として安心して使うことができます。
睡眠障害があると認知症のような症状が見られることがあります。認知症の治療を受けている患者の中に、実は認知症ではないケースがあるかもしれません。睡眠障害の人に認知症治療薬を投与しても無効であるばかりか、逆に健康を損ねる可能性があります。私は日常臨床の中で、MCIになる前の段階で睡眠を整えるだけで認知機能が正常に戻った症例を数多く経験しています。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年7月5日号)の一部を再編集したものです。
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めいほう睡眠めまいクリニック院長
1988年愛知医科大学大学院卒業・医学博士修得。92年米国イリノイ大学耳鼻咽喉科留学。2000年愛知医科大学睡眠障害センター副部長。11年名古屋市立大学病院睡眠医療センター長。21年より現職。著作に『60歳からの認知症にならない眠り方』など。
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(めいほう睡眠めまいクリニック院長 中山 明峰 構成=宇佐美拓憲 図版作成=大橋昭一)
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