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他の大手商社より社員数が3割少ないのに同等勝負…伊藤忠が2年前に始めた社員のパフォーマンス向上の秘策

プレジデントオンライン / 2024年6月25日 17時15分

伊藤忠商事 執行役員 人事・総務部長 垣見俊之 Toshiyuki Kakimi

■健康でなければ実力を発揮できない

伊藤忠商事では2022年4月から「Sleep Innovation Platform」(睡眠マネジメントに関するコンソーシアム。以下SIP)に参画し、社員の睡眠を改善する施策を実施している。主導したのは同社の人事・総務部だ。同部を主管する執行役員の垣見俊之氏は、社員の睡眠に着目した目的について、次のように説明する。

「弊社は同業他社と比べ、社員数が3割ほども少ないのです。この条件で対等に勝負するには、一人一人のパフォーマンスを高めるほかありません。優秀な人材を採用し、育成する。あるいは生産性の高い働き方をする。こうしたことに取り組んできましたが、能力の高い人材を揃えても、健康でなければ実力を発揮できません。社員を病気にしないこと、健康でいてもらう職場環境の整備が、我々の使命でした」

軽食の無料提供も、そうした取り組みの一環だった。伊藤忠商事では13年から「朝型勤務」(現在は朝型フレックスタイム制度)を導入している。「商社の仕事は御用聞きの側面もあるが、先方に要望を聞いてから対処するのでは遅い。事前に予習し、朝イチで訪問することで的確に動ける」という、岡藤正広会長CEO(当時社長)の方針で始まった働き方で、早朝5時から8時までに出社する社員が増えた。

「早朝勤務への行動変容を促し、実践する社員の健康管理を支援する観点から、軽食の無料提供を企画しました。経営陣が健康経営を投資と位置付け、ブレずに推進したからこそできたことです。早朝から仕事を始めても、会食で遅くまで飲んでいては本末転倒です。そこで110運動(会食は1次会のみ、午後10時までに終了)などにも取り組みました」

一人一人の労働生産性を高める。それには社員が健康でなければならない。そのためにHR部門として何ができるのか。様々な取り組みをする中で「睡眠の改善」は欠かせないピースだったが、具体的な取り組みが始まるまでには1年近くの月日がかかった。

「理由は2つありました。1つは睡眠は奥が深く、科学的にどの方法が企業として取り組むのにふさわしいかを特定できなかったこと。もう1つは会社として、社員のプライベートにどこまで踏み込んでいいのかという葛藤です。それぞれに体質や仕事の都合、その他諸々の事情がある中で、一律に“睡眠はこうしなさい”などと言えるものではありません」

■睡眠負債がもたらす約15兆円もの経済損失

エビデンスについては、慶應義塾大学商学部・山本勲教授の「従業員の睡眠時間と企業の利益率」「睡眠の質指標と利益率」にプラスの相関関係があるとの研究成果が見つかった。また、睡眠の世界的権威である筑波大学の柳沢正史教授の講演でも「OECDのデータによれば、日本人の平均睡眠時間は先進国中で最短。米国のランド研究所の報告でも、睡眠負債(睡眠不足)が企業の生産性を低下させ、年間で約15兆円もの経済的損失をもたらしているという指摘がある」と様々なレポートが紹介され、裏付けを得られた。

社員の睡眠の質が高いほど、企業の利益率は高い

「そんな折に、弊社の取引先である寝具大手・西川さんから、日本人の睡眠のリテラシーを高めるコンソーシアム(SIP)をつくりたいとのお声がけをいただいたのです。代表理事に就かれるのが柳沢教授だったということもあり、弊社の健康経営推進に資するとの判断から、ぜひ参加させていただくことになったのです」

柳沢教授の精緻な調査研究に基づいた助言には「なるほど」と納得したり、「そうだったのか」と驚いたり「素人判断で進めずによかった」と思うところが多々あったという。例えば、厚生労働省は、成人の推奨睡眠時間を6時間以上としている。そうすると「6時間の睡眠時間を確保しましょう」といった呼び掛けをしがちだが、これだと「睡眠の質」の視点が抜けてしまう。

「就寝の1~2時間前に湯舟に浸かってから入眠するのと、食後にソファで1時間寝落ちしてからベッドに移動し5時間眠るのとでは、同じ6時間でも睡眠の質はまるで違うというのです。まずは現実を知らなければならないということで、社員37名(男性19名・女性18名)を対象に睡眠実態調査を実施しました」

その結果、37名中17名(45.9%)に不眠や睡眠時無呼吸症候群の傾向があることがわかった。さらにそのうちの9名が、柳沢教授率いるS’UIMIN社の提供する「インソムノグラフ」(睡眠時脳波計測)を受けたところ、5名が「睡眠改善が必要」「睡眠障害の疑いあり」のC・D判定となり、参加者全体の13.5%に睡眠課題があるという結果になった。

「驚いたのは、自分では“よく眠れている”と思っていた人がC・D判定だったり、“なかなか寝つけない”と悩んでいた人がじつは3分で深い眠りについていたなど、自覚と数値のギャップが大きかったことです。アンケートや聞き取りなど、個人の感覚による調査はまったくアテにならないのだと思いました。確かな手応えもありました。それは睡眠が客観的なデータで示されることで、(判定を受けた人の)眠りに対する興味や関心ががぜん高まるということです」

アフター5の過ごし方について、会社があれこれ指図するのは適当ではないし、体質や個人差による違いも大きい。睡眠に関しては一律に「こうすべき」「こうあらねばならない」とは言えない中で、人事・総務部としてまずすべきは、正しい情報を提供してリテラシーを高めることであるとの結論に行き着いた。

■社員の睡眠に対する意識が確実に変化

そこで全社員を対象に「睡眠改善プログラム」の希望者を募ってみると、じつに736名もの応募があった。同プログラムは、睡眠実態調査(アンケート)→判定結果の即時フィードバック→コンサルティング/専用デバイスによる追加測定→睡眠改善で構成されている。20代であっても「睡眠の改善が必要」という指摘を受けるケースが見られたという。

調査に参加した半数以上の社員が睡眠課題を抱えていることが判明

指摘を受けた社員の一人は、「睡眠の質をデータや数値として確認することができ、睡眠の重要性を実感。改善に向けて、入眠前の過ごし方や食事の摂り方に気をつけ始めた」と語っており、プログラムによって社員の睡眠に対する意識が確実に変化したという。

プログラムの実施後に開催した柳沢教授を講師に迎えての「朝活セミナー」には、朝7時半からの開催にもかかわらず約500名(オンライン含む)もの社員・従業員が参加した。睡眠に対する関心が着実に高まったことをうかがわせる盛況ぶりだったという。

「社員も会社の本気度を見ているのだと思います。“関心のある人はご参加ください”程度では、誰も関心を寄せてくれません。朝活セミナーは16年から始めた取り組みですが、一度でもつまらない講演があると“参加する価値がない”と見切られてしまうでしょう。ですから妥協はできません。“この人の話を聞いてみたい”と思ってもらえる人選はもちろん、講師の方とは何度も打ち合わせを重ね、練り上げた内容にしています」

多くの社員が自分の睡眠のリアルを把握することができた。更なる一手はあるのだろうか。

「一人一人の社員が睡眠を改善するための選択肢をどれだけ多く揃えられるかだと思っています。アプリを使った継続的な支援、質の高い眠りにつながる寝具や器具の紹介、睡眠課題を抱える社員には産業医と連携してきめ細かくサポートしたり、睡眠改善作用のあるサプリを提供するなどが考えられます。お仕着せではなく、社員の自覚を促し行動変容につながる実効的な施策を打っていきたいと思います」

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年7月5日号)の一部を再編集したものです。

(伊藤忠商事 執行役員 人事・総務部長 垣見 俊之 文=渡辺一朗 撮影=大槻純一)

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