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なぜ同額で1袋10g→9g→8g→4.2gと減量した商品が「額2倍 9g」で大成功したのか…顧客が許す値上げのやり方

プレジデントオンライン / 2024年6月27日 16時15分

藤江 太郎味の素株式会社取締役、代表執行役社長、最高経営責任者。1961年、大阪府生まれ。85年京都大学農学部卒業後、味の素社入社。中国の食品事業部長をはじめ、フィリピン味の素社社長、ブラジル味の素社社長など世界各地で事業責任者を歴任。2022年より現職。

■着任した7月から8月も、9月も赤字……

「藤江君、次はフィリピンだ。頑張ってこいよ」

当時の上司からそう告げられたのは、中国で食品事業部長を務めていた2011年のことでした。赴任に向けてはそれ以上のことは語られません。常日頃から薫陶を受けていた方からの辞令だったので、考えてもらった異動のはず。全力を尽くそうと決意したのを覚えています。

フィリピン味の素社(APC)は1958年創業の歴史ある会社で、ブランド力が高く、売り上げも当時の中国とは10倍くらい開きがありました。中国の社員たちには、将来自分たちがどんな会社になりたいか目指す姿を考えようという海外研修をやっていたのですが、フィリピンはそのときの研修先の一つでもありました。だから話を聞いたときは、「今度は大企業に行くんだ」という感覚でした。

ところが社長として着任し、7月の月次決算を締めると赤字。続いて8月も赤字、9月も赤字……。このままでは年次で赤字転落の危機、という状況に陥っていました。創業当時こそ赤字の時期はありましたが、それ以降のAPCはグループ全体に利益をもたらす優良企業でした。それが、私が赴任した時期は競争激化や各種コストの上昇で、赤字に転じてしまったのです。着任して1カ月くらいで「これはあかん」と気付きました。

APCはどんな会社だったか。一言で言うと「いい会社」です。ただ、その分「甘い」。

それが表れていたのが売掛金の回収でした。日本では約束手形を振り出した会社は基本的に支払ってくれますが、フィリピンの会社はうるさく支払いを迫る取引先から順に支払っていきます。期日が遅れるのは大して問題にならず、それぞれの会社の財務担当者の仕事の一つが、なるべく売掛金の支払いを渋ることでもある。そんな商習慣が定着しています。

APCの売掛金の回収は甘かったので、なかなか支払ってもらえませんでした。そのまま5年、6年と時間が経つと「そんな昔の話は知らない」と回収できない売掛金も発生します。一方、「いい会社」なので買掛金の支払いは早い。これはもう「あかん」会社の典型です。一刻も早く損益を改善する必要がありました。

■会社の状況が悪いと認識されていなかった

事業の立て直しは、すでに中国で経験がありました。中国に赴任した当時、現地の食品事業の赤字が売り上げの10倍に膨らんでいて、上司から私に与えられたミッションは「事業を続けるか、閉鎖するか決めてこい」だったのです。

そんな状況で従業員と話し合って作成したのが、味の素中国社の未来が天国のように良いものになるという意味の「味来天」計画でした。これはいわゆる会社の「ありたい姿」。きちんと儲けて中国の従業員や中国の明るい未来に貢献する、という内容でした。

ありたい姿をつくると「多少しんどくてもやってみよう」と考えるメンバーが増え、だんだん事業が良くなっていきました。そしていろいろな指標が良くなると、みんな仕事が面白くなり始め、ますます頑張るようになりました。

中国で新製品出荷に立ち会う藤江氏(左)
中国で新製品出荷に立ち会う藤江氏(左)。次に赴任したフィリピンで、問題に直面する。

最前線の従業員がやる気になり、明るく楽しく前向きに取り組むようになると、結果として業績も良くなる――。中国で身をもって学んだので、同じやり方をフィリピンでも踏襲しました。

まず始めたのは、会社の状況を従業員にわかりやすく説明することです。それまでAPCは「一般社員は数字を知らなくていい」という考え方だったので、これほど会社の状況が悪いとはあまり認識されていませんでした。「利益は毎月赤字で、借金がこれだけある。かつ売掛金の回収がこんなに滞っている」と示すと、みんなこのままではダメだとわかり、ではどうすればよいか、どうありたいのかと考えるようになり、売掛金の回収以外にもいろいろな課題に取り組み始めました。

■度重なる減量で中身がスカスカに

その中で直面した課題の一つが「値上げ」です。

フィリピンでは「味の素」を小袋に詰め、ワンコインで販売する伝統がありました。歴史をたどると1950年代には1ポンド(約454グラム)で販売していた時代もありますが、それでは当時、日銭で暮らしている方が多かったフィリピンではなかなか買えません。

そこで、今はもう亡くなられてしまったのですが、当時フィリピンで販売責任者を務めていた古関さん(啓一・後、味の素専務取締役)が、小袋に分けて買い求めやすいワンコインで販売する販売方式を開始しました。味の素グループではフィリピンが初めてのことでした。この販売方式はその後、東南アジア、南米、アフリカと世界中に広がりました。

フィリピンの市場を訪問する藤江氏(中央)
フィリピンの市場を訪問する藤江氏(中央)。後方の店舗には袋詰めされた味の素も並ぶ。

私が着任する10年ほど前は1ペソで1袋10グラムという価格設定でしたが、原材料等の上昇で徐々に9グラム、8グラムと中身が減量されていき、着任時は4.2グラムに減っていました。

そんな状況で、スタッフから「またコストが上がったので3.8グラムに減量したい」と提案があったのです。が、これではもうスカスカです。

■なぜワンコインなのか改めて考えさせる

APCにはお客様の台所にお邪魔して、家庭の中でどんな調理をしているか見学するホームビジットという仕組みがあります。私も実際に見に行くと、我々がメインとするお客様層の多くは人数が7〜8名の大家族で、コークス(石炭)や薪の火力を使い大鍋で料理を作るんです。野菜を炒め、最後に味の素を一袋投入して味を決める、という作り方をしていました。

ホームビジットの取り組みの様子
ホームビジットの取り組みの様子。現地の家庭を訪問することで、自社の課題を分析する。

しかし10年前から少しずつ内容量を減らしていたために、一袋ではうま味が足りず、いつの間にか競合の風味調味料を一緒に使う習慣ができてしまい、シェアを奪われていたことが判明したのです。ここでまた内容量を減らしてしまったら、うま味がますます弱くなり、さらにシェアを落とすことになりかねません。

スタッフには「もう一度、考えてみよう。なぜワンコインでなければいけないのか?」と伝えました。ワンコインを1袋で販売する伝統をつくった古関さんとは、私も過去に直接お話をしたことがありよくわかっていたのですが、絶対にワンコインにしなければならないということはありません。お客様が買い求めやすい価格にすることを重視しているだけで、この販売方式が始まった最初の頃は1ペソの半分の50センタボという時代もあった。そこから値上げをして1ペソになっていたわけです。

私が赴任していた当時も物価が上がっているという背景がありました。そして、買い物風景を見ると1ペソだけ持って味の素を1袋だけ買いに行く人はもういません。みんな10ペソ、20ペソは持って、他の食材と一緒に買い物をしています。ならばワンコインである必要はありません。

■スタッフからの提案に驚かされた

それに、うまくいかなかったら元に戻せばいい。物事にはプラスの面とマイナスの面の両方があるもの。プラスの面が大きいと判断できるなら、やってみたほうがいい。会社の経営状況が良くないなら、新しい施策をしない理由はありません。

最終的にスタッフから上がってきた提案は「9グラム2ペソにしましょう」。これには驚かされました。私は従来の4.2グラムを2倍の8.4グラムにして2ペソにするというアイデアに落ち着くかなと考えていました。しかし、スタッフの提案は2倍以上入って値段は2倍。more than doubleをキャッチコピーにして売り出していく、というアイデアで、なかなかうまいと感心しました。

袋数が半減するのでは、との危惧も出されましたが、結果、歩留まりは約7割で、かつ包装費等のコスト削減や製造の効率性向上により、採算は大きく改善されました。

値上げと並行して、自分たちで職場環境を整備する5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)活動に取り組み始めました。APCは在庫がかなり多かったり、使っていないPCや社用車があったりしたので、倹約精神で丁寧にお金を使い、しっかり利益が出たら従業員の給与や教育機会に使っていこうと。

そこで人づくり・街づくりのために街を挙げて5S活動に取り組んでいる栃木県足利市に従業員を派遣して、5S研修を実施しました。フィリピン人にはなかなかビザが出ないのですが、会社の研修なら日本に行けます。

私の在任中に1回15人程度で全3回、足利市で5Sを学ばせていただきました。帰国した従業員は本当に楽しそうに「こんなことをやろう」「あんなことをしよう」といろいろな取り組みを進めていきました。

■日本では不安が煽られすぎている

しんどかったこともあると思いますが、フィリピンはラテンカルチャーが強い国です。あるときは「藤江さん、5Sがなかなか進まないので5Sミュージックアラートをやっていいか」と相談されました。毎週火・木の8時から30分間、ポップな音楽をガンガンかけながら、職場の整理・整頓・清掃を行いたいと。

OKを出すと「藤江さんもやってくださいね」。毎週2回ではすぐやることがなくなるのではと思いましたが、書類やPC内の整理等、意外とやることはたくさんありました。ミュージックアラートは現在も行われているようです。

最前線の従業員が明るく楽しく前向きに事業基盤の強化に取り組んでいったことで業績は改善。13年の春には従業員全員に一律10万円の臨時ボーナスを出しました。一律にしたのは、フィリピン人の取締役が「みんなで儲けたから、みんなで分けよう」と言ってくれたからです。

私がAPCにいた3年間で事業利益は25倍に伸び、V字回復を実現できました。当初、赤字で不安を感じなかったのかと聞かれることがありますが、もともと私はあまり不安を感じません。いろいろな学びがあって不安を感じなくなった、というのが正確でしょう。

日本では不安が煽られすぎている面もあると思います。その結果、みんなお金を使わなくなり、企業は値上げできず、失われた30年を招いてしまいました。中国やフィリピンを見ても、適度な値上げと賃金上昇、そして景気が好循環する社会のほうが絶対にいい。健全な値上げが可能になった現在は、失われた30年をブレイクスルーする大きなチャンスだと思います。

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年7月5日号)の一部を再編集したものです。

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藤江 太郎(ふじえ・たろう)
味の素 社長
味の素株式会社取締役、代表執行役社長、最高経営責任者。1961年、大阪府生まれ。85年京都大学農学部卒業後、味の素社入社。中国の食品事業部長をはじめ、フィリピン味の素社社長、ブラジル味の素社社長など世界各地で事業責任者を歴任。2022年より現職。

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(味の素 社長 藤江 太郎 構成=宮内 健 撮影=大槻純一)

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