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「なぜ学校健診で脱衣が必要なのか」と問う保護者に知ってほしい学校健診の役割と「脱衣」の解釈

プレジデントオンライン / 2024年6月21日 8時15分

教えて!ドクター「もっと知りたい!学校健診」(2024年6月10日配布)PDFより

毎年、学校健診の時期になると、健診時に「脱衣」が必要かどうかが話題になる。今年はSNS上で一部の保護者と医師の意見が激しく対立するという場面があった。小児科医の坂本昌彦さんは「保護者も医師も子どもを大事にしたいという思いは同じ。両者の間には誤解があるのでは」という――。

■ヘルスコミュニケーションの問題

学校健康診断(以下、学校健診)の時期がやってきました。毎年、この時期になると繰り返されるのが、学校健診において「脱衣」の必要があるかどうかという話題です。今年はSNSに「小学校の健診で児童が上半身裸で診察を受けた」ことに対する疑問の声が投稿されたのが発端となり、新聞などでも大きく報道されました。

そのなかで私が気になったのは、一部ではありますが、脱衣の必要性を訴える医療者と子どもの尊厳を守ることを訴える保護者がSNS上で対立したことです。本来、子どもの健康を守ることと尊厳を守ることは、両立可能なもの。医療者も保護者も、子どもを大切に思う気持ちは変わらないにもかかわらず、どうして対立してしまったのでしょうか。

私は、これは保護者と学校、子ども、医療者のヘルスコミュニケーションの問題だと考えています。合意形成のためには共通の理解が大切ですが、医療者と非医療者の間には医療知識に差があったり、同じ言葉でも受け取り方に違いがあります。その違いを理解し埋めていかなければ、この問題の解決は難しいのではないでしょうか。私たち医療者側も、学校健診についてまだ十分に伝えられていないのではと感じています。そこで、今回は学校健診について改めて振り返り、保護者と医療者とのギャップを少しでも埋めるお手伝いができればと考え、原稿を書くことにしました。

■学校健診の目的は「スクリーニング」

まず、学校健診とはどういうものでしょうか。学校健診は、日本ならではの取り組みとして「学校保健安全法」という法律で実施が義務づけられていて、児童・生徒および職員の健康を維持・改善するために毎年5〜6月に一斉に行われます。

学校での集団健診という形を取ることで、非常に高い参加率を維持することができ、隠れた病気を高確率で発見できます。ただ、限られた時間でたくさんの人数を診てスクリーニング(ふるい分け)しなくてはならないので、一人あたりにかけられる時間が短いという制約もあります。

実際の健診では、身長と体重を測定し、低身長や栄養不良、栄養過多(肥満)がないかどうかをチェックします。以前は胸囲や座高も測定していましたが、現在は成長の評価には不要とされて行われなくなりました。そのほかにも聴診器を使って心臓や呼吸の音を聞く「聴診」、首を触ってリンパ節や甲状腺の腫れの有無を確認するなどの「触診」、皮膚状態などをみる「視診」はもちろん、背骨や四肢に問題がないかどうかみる「運動器検診」、「視力・聴力検査」、「尿検査(提出)」などを行います。また、入学するタイミングでは「心電図検査」も行います。

■脱衣が推奨されてきた理由

こうした学校健診で、薄着や脱衣が推奨されてきたのはなぜでしょうか。それは着衣ではわかりづらい病気を見つけるためです。でも、それだけではピンとこないですよね。「着衣でも可能なのでは」という疑問にお答えしなくてはなりません。

まず、聴診時には、心臓と呼吸の音を正確に聴くことが重要です。衣類の上から聴診を行うと、その音が聞こえにくくなったり歪んだりするため、心雑音や呼吸音の異常を正確に捉えることが難しくなります。ある研究では、肌と聴診器の間に布があると呼吸音が平均5~18dBほど減少し、程度は小さいものの聞こえにくくなると報告されています(※1)。私たち医師が聴診器を直接肌に当てたいと考える理由はここにあります。ただし、上半身裸になる必要はありません。肌着などの下に聴診器をもぐり込ませて聴診を行えばいいからです。

どのような病気をスクリーニングするために聴診しているかというと、一つは心疾患です。心疾患は学校健診以前に発見されていることが多く、心雑音が見つかる頻度はそこまで高くはありませんがゼロではありません。呼吸音については、喘息などの慢性呼吸器疾患のスクリーニングが挙げられます。喘息は程度が軽いと本人も保護者も気づけないことがありますが、管理が不十分だと学業成績が低下したり、欠席日数の増加につながるとの報告もあり(※2)、子どもたちの健やかで有意義な学校生活のためには早期発見が重要です。

※1 Kraman SS. Transmission of lung sounds through light clothing. Respiration. 2008;75(1):85-8.
※2 Gracy D, Fabian A, et al. Missed opportunities: Do states require screening of children for health conditions that interfere with learning? PLoS One. 2018;13(1):e0190254.

医師がノートにメモ書きしている手元
写真=iStock.com/PeopleImages
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PeopleImages

■衣服で隠れる皮膚を視診する

皮膚トラブルがないかどうか、虐待がないかどうかを視診でチェックする際も、やはり目に見える範囲が広くなる薄着のほうがいいといえます。特に虐待によるあざは衣服で隠れる部分に多いので、体操服などを着ていたら見つけづらくなるのです。

皮膚トラブルでもっとも多いのは、アトピー性皮膚炎などのコントロール不良の湿疹です。こうした湿疹のあるお子さんがいた場合、定期的に皮膚科または小児科に通院しているかどうか、その情報を学校が把握しているかどうかを確認し、受診歴がない場合には学校からご家族に受診を促すよう伝えます。

虐待に関しては数は多くありませんが、あざなどが見つかることがあります。ただ虐待の痕跡を見つけても、健診は短時間ですし、子どもは信頼できる相手でなければ正直に話すことが難しいでしょう。それでも身体や頭髪や衣服などの状態、本人の様子を見て、暴力やネグレクトなどを疑うきっかけになることはあります。また健診の機会が定期的に設けられていることで、子ども自身が虐待を受けていることを相談するきっかけにもなりうるでしょう。

■側弯症は脱衣のほうが見つけやすい

もう一つ、視診により見つかるのが運動器の異常です。2016年から開始された「運動器検診」は背骨が左右にねじれ曲がる側弯症(そくわんしょう)を含む背骨の病気、胸部が凹む漏斗胸(ろうときょう)などの胸郭の異常、手足など四肢の異常を見つけるためのもの。

このうちもっとも多く見つけられるのが、側弯症です。生まれつきの場合もありますが、8割以上は「特発性側弯症」といって思春期に進行するもの。11歳以上の女性に多く、早期発見できないと手術が必要になることもありますが、進行が緩やかなために見つけづらい点が問題です。そのため学校健診で定期的に、肩の高さ、肩甲骨、ウエストラインの左右差を評価し、前屈したときの肋骨隆起(背中の高さの左右差)を確認します(※3)。その際、服を着ている状態だと評価が非常に難しくなるため、脱衣が望ましいとされているのです。

でも、本当に服を着ていると評価が難しいのでしょうか。もしも体操服を着たままでも同じなら、それに越したことはありませんね。ある研究によると、小中学校の健診時の着衣状況と側弯症の発見率を調査した結果、タンクトップなどの下着で健診を行った女子における発見率は2.8%だったのに対し、体操服で健診を行った女子における発見率は0.5%と明らかに低い結果でした(※4)。やはり体操服を着たままで側弯症を見つけるのは難しいことがわかります。ただ、脱衣といってもブラトップやタンクトップなどの下着を着ていてもいいですし、側弯症の場合は背中が評価できればよいので前は隠していても問題ありません。

※3 運動器の健康・日本協会. 学校での運動器検診の手引き[1]. 検診のための準備印刷物. 2020.
※4 吉直 正俊. 側弯症検診・検診環境(着衣状況)からの疑い率. 島根医学. 2018;38(3):163-8.

脊柱側弯症とみられる子供の診察中
写真=iStock.com/Alona Siniehina
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Alona Siniehina

■「脱衣」イコール「裸」ではない

そもそも、私は「脱衣」という言葉の解釈に、医療者と保護者との間のギャップの原因があると考えています。医療者が「脱衣」と言うとき、必ずしも「上半身は完全に裸になる」という意味とは限りません。側弯症でないかどうかの確認の際、背中側は脱衣で見せてもらえたほうが正確な診断につながります。でも今の時代、特に小学校高学年以上に対して、何の理由もなく上半身の前側まで完全にあらわにすることを求める医療者は少ないと思います。

周囲の医療者に聞いても「体操服を着たままではなく肌着で」という意味で「脱衣」と言っているケースが多いようです。ただし、漏斗胸など何らかの問題があるとき、側弯症の確認をするとき(背中側)は脱衣で見せてほしい、という意味も含まれていると思います。これが誤解されて、医療者が裸にこだわっていると思われてしまったのかもしれません。SNSはどうしてもコミュニケーションが不完全になりがちで、そのボタンの掛け違いを直さないまま議論すると噛み合わなくなります。

運動器検診を開始後、学校健診で側弯症が発見されるケースは増えています。ある研究では、運動器検診開始後、思春期特発性側弯症全体のうち学校検診で発見された割合は75%で、運動器検診開始前の44%よりも改善し、また発見時年齢も下がっていることを報告しています(※5)。学校検診は側弯症の早期発見につながっているといえそうです。

なお、運動器検診では、事前に保護者向け問診票が配布され、家庭で保護者が子どもの背中をチェックすることになっています。これは学校と家庭のダブルチェックで見落としを少しでも減らし、早期発見の可能性を高めようという試みです。

※5 伊藤田 慶, 林田 光正ほか . 思春期特発性側弯症患者の発見理由は運動器検診開始後に変化したか. 整形外科と災害外科. 2019;68(4):795-8.

■地域の子どもを守るための学校健診

さて、私たち医師はどんな気持ちで健診に臨んでいるでしょうか。今回、SNSでは「開業医の場合は休診にしなくてはならないし対価は少ないので、仕方なく対応しているのでは」という書き込みも見られました。それはちょっと違います。確かに学校健診は短時間にたくさんの子どもたちを診察しなくてはならないため、負担が軽いとはいえません。でも、地域の子どもたちの健康を守るためにと誇りを持って対応している医師がほとんどだろうと思います。

「学校健診は、ボランティアに近い」という書き込みも見かけました。この点については地域によってさまざまでしょうから、一概にはいえません。ただ、私が診療を行っている佐久地域を一例として挙げると、学校健診業務は学校と医療機関で個別に年間契約をしていて、就学時健診、学校健診(年1回)、行事前の臨時健診等を実施することになります。金額は確かに高くはないですが、低すぎるかどうかは意見の分かれるところです。

日差しが入る教室
写真=iStock.com/gyro
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gyro

■児童・生徒への配慮はとても大切

ここまで医療事情や医療者の思いをお伝えしてきましたが、もちろん思春期に身体を見られたくないお子さんの気持ちは十分に理解できます。子ども時代に配慮不足で尊厳を傷つけられたという思いは、一生残るかもしれません。だからこそ私たち医療者は学校とともに、子どもたちに納得し安心して健診に臨んでもらえるよう十分な説明を行い、可能な限り配慮していく必要があります。

文部科学省は今年1月、児童生徒等の健康診断の実施にあたってプライバシーや心情に配慮することが重要であるとして、①診察時に児童生徒の身体が周囲から見えないよう囲いやカーテンなどを準備する、②児童生徒の診察に立ち会う教職員は同性となるよう役割分担を行う、③着替える場所の準備や待機人数を最小限にするなどの工夫を行う、④正確な検査や診察に支障のない範囲で着衣やタオルで体を覆うなど児童生徒のプライバシーに配慮する、などが提案されました。

さらに男女ともに同性の医師が対応できる体制を作れれば理想的かもしれません。でも、残念ながら健診業務の多くを担う開業医に占める女性医師の割合は男性医師と比べるとかなり少なく、現実的ではありません。

■学校健診の意義や大切さの共有を

一方で、学校関係者や保護者は「学校健診で医師に身体を見せることは、自身の健康を守るために必要である」ことを、子どもたちに詳しく説明することも大切ではないでしょうか。私がメンバーとして活動している「教えて!ドクタープロジェクト」では、学校健診について3枚のPDFにまとめました。ぜひ利用していただけたらと思います。

そのうえで、どうしても集団健診に抵抗がある場合は、クリニックでの個別健診という選択肢も今後は議論に上がるかもしれません。ただ個別健診にすると、親子でクリニックへ足を運ぶ必要が出てくるため、健診実施率はどうしても下がります。子どもの隠れた病気を見逃さないためにも、個別健診の場合は必ず受診していただく仕組みを工夫したいところです。

今回は学校健診がなぜ必要なのか、各検査の内容と必要性、また着衣と脱衣の問題についてまとめました。私たち医療者が学校健診にこだわる理由――それは学校健診だからこその高い実施率によって子どもの隠れた病気を見つけて治療へつなげたい、それにより将来的に不利益が起こらないようにしたいという一心からです。そして保護者の皆さんが脱衣に懸念を抱くのも「子どもの尊厳を守りたい」という気持ちからでしょう。

どちらも子どもたちのことを大切に思っているからこその意見ですから、同じくらい重要だと私は考えます。医師と学校、保護者、そしてお子さんが健診に対する知識や考え方のギャップを埋め合う努力をし、納得して検診が受けられる環境が整うことを心から願っています。

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坂本 昌彦(さかもと・まさひこ)
佐久総合病院佐久医療センター・小児科医長兼国際保健医療科医長
2004年名古屋大学医学部卒業。2009年小児科専門医取得。2011年東日本大震災を機に福島県に移り、県立南会津病院にて勤務。南会津では「教えて!ドクター」の活動の原型となる出前講座や啓発パンフレット作成に関わった。2012年タイ・マヒドン大学熱帯医学部にて熱帯医学研修コース(DTM&H)修了。2013年ネパール・ラムジュン郡立病院小児科にて勤務。2014年より現職。専門は小児救急、国際保健(渡航医学)。2024年帝京大学大学院にて公衆衛生学博士取得。日本小児科学会専門医および指導医。日本小児救急医学会代議員、日本国際保健医療学会理事。2015年から保護者の啓発と救急外来の負担軽減を目的とした「教えて!ドクター」プロジェクト責任者。Yahoo!エキスパートオーサー。Yahoo!オーサーアワード2022最優秀賞受賞。Eテレ「すくすく子育て」「キッチン戦隊クックルン」医事監修担当。著書に『子どもを事故から守る本』(中外医学社)、『赤ちゃん育児なんでもQ&A』(赤ちゃんとママ社)など。

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(佐久総合病院佐久医療センター・小児科医長兼国際保健医療科医長 坂本 昌彦)

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