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第2の「セクシー田中さん」が生まれるだけ…「芦原さんの死は日テレのせい」という安易な決めつけが危険な理由

プレジデントオンライン / 2024年6月21日 16時15分

ドラマ「セクシー田中さん」公式ホームページより

日本テレビのドラマ「セクシー田中さん」の原作者で、漫画家の芦原妃名子さんが亡くなったことを受け、日本テレビと小学館が出した調査報告書に批判が殺到した。桜美林大学の西山守准教授は「『芦原さんの死去は全て日テレのせい』という安易な犯人捜しに終始しては、『ドラマ作りはどうあるべきか』という本当に学び取るべきことにたどり着けない」という――。

■日テレ、小学館の調査報告書発表で「批判合戦」に逆戻り

「セクシー田中さん」の一連の問題について、5月31日に日本テレビが、6月3日に小学館がそれぞれ調査報告書を公表した。

発表当初は、両者の報告書の主張の食い違いを中心に、ネットや週刊誌では様々な議論が飛び交った。多くは関係者に対する批判を含むもので、矛先の多くは日本テレビに向かっていた。SNSではドラマの脚本家を批判する声も目立った。小学館に対する批判も少なからず見られた。

テレビや新聞も踏み込んだ報道は少なく、多くが日本テレビと小学館の主張の食い違いを批判する内容に終始していたように思う。世の中全体からすると「詳しくはよくわからないが、何か酷いことが行われたようだ」という印象が残ったまま、一連の事案はすでに風化しつつあるように見える。

建設的な論考は目立たず、原作者である芦原妃名子さんの死の直後と同じような批判合戦が再び巻き起こってしまったように思える。

残念ながら、本件から本当に学び取るべきことが、いまだ十分に語られていないように思えてならない。

それは、今後、原作者を尊重したドラマ、さらには実写作品をどう作っていくのかということだ。

ここに目を向けずに、芦原さんの直接的な死の引き金となったと思われる他者への攻撃を容認し続けていると、「セクシー田中さん」で起きたような悲劇が違った形で繰り返されることになりかねない。

■原作者は完成したドラマを愛していた

日本テレビと小学館から別々に報告書が出されており、双方の認識が異なる点も多いことから、主張の違いばかりが取り沙汰される結果となっている。

そこを議論することは悪いことではないが、見解が一致している部分も同時に明確にして、事実の可能性が高いところを理解し、そこを前提として議論をしなければ片手落ちになる。

有識者も含めて、多くの人が見落としているのは、「原作改変はなされていない」「原作者は完成したドラマに満足していた」とした点だ。

日本テレビの調査報告書には「本件原作者は作品の出来自体には満足している様子が見られた」とある。また、小学館の調査報告書には「本事案では、多大の労力を要したものの最終的には、芦原氏が納得した脚本が完成し、テレビドラマも成功と言える成績を上げた」とある。

自身で削除してしまっているはいるが、芦原さん自身が2024年1月26日に投稿したブログの締めくくりの文章は下記の通りである。

最後となりましたが、素敵なドラマ作品にして頂いた、素晴らしいキャストの皆さんや、ドラマの制作スタッフの皆様と、「セクシー田中さん」の漫画とドラマを愛してくださった読者と視聴者の皆様に深く感謝いたします。

■原作改変は最終的には「阻止」された

また、原作改変については、同じ芦原さんのブログ投稿から、下記のことが述べられている。

・1~7話は、脚本家から上がってきた脚本に芦原さんが加筆修正を加えて、ほぼ「原作通り」となった
・ドラマオリジナルの8~10話の脚本については、8話は改変される前の内容に芦原さん側で修正した。9話、10話は芦原さん自身が書いた

日本テレビ、小学館の両方の報告書を見比べても、この点に間違いはなかったようだ。そもそも、芦原さんは小学館側と事実確認をした上で、このブログを投稿しているのだから、小学館の報告書で同じ結論になるのは、当然と言えば当然のことである。

■「ドラマはクソ」という主張はおかしい

原作者の芦原さんの死という悲劇を経て、「セクシー田中さん」に関して、「原作は良いけど、ドラマはクソ」といった声が聞かれた。

様々な圧力がある中で、原作者が納得のいくまで何度も手を入れ、原作にない部分は芦原さん本人が書いた(しかも脚本家が降板までした)。そして、最終的には原作者も満足している。そんな作品を、制作過程と放映後に起こったトラブルを見て全否定するのは、いかがなものだろうか?

ドラマ「セクシー田中さん」は制作過程で原作者と制作側で多くの行き違いが生じ、様々なトラブルが発生した。

ドラマ放映後には、降板となった脚本家がSNSに投稿し、それに対して原作者の芦原さんがブログとSNSに説明の投稿をして、第三者を巻き込んでの批判合戦が起きた。芦原さんの死は、ここが引き金になっていると思われる。

ドラマ制作時に起きたこの2つのトラブルについては、しっかりと反省して再発防止を図る必要があることは言うまでもない。

■「原作のあるドラマはもう作るな」という主張は的外れ

SNSでは「もう原作のあるドラマは作るな」という批判まで出ているが、これはピント外れの意見であると思う。

マンガ
写真=iStock.com/brunocoelhopt
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/brunocoelhopt

両社の報告書を読むと、「原作者側が強硬に主張すれば、原作者の意向を通すことができる」という事実がよくわかる。

小学館の報告書では、著作人格権の中の「同一性保持権」について何度も言及されている。これは著作者の許諾なしに著作物を改変することは許されないという権利である。要するに、原作者と小学館は、これを盾に原作者の要求をドラマ制作側に呑ませたということなのだ。

今回のことから学ぶべきは、原作者、あるいは原作が尊重されるドラマは、現行の法体系でも十分に作れるということであり、それを実質的に可能にするためにはどうすればよいのかを考えることがこれからの課題であると思う。

■プロデューサーは絶対権力者ではなく「調整役」

日本テレビの報告書を読んで、時間のない中で、関係各所と調整してドラマを作り上げることの困難さが改めて明るみに出たように思えた。タイトなスケジュールの中で、経験の少ない若手プロデューサーに重荷を負わせてしまったのもよくなかったとは思うのだが、そもそも「原作者の意向」という変数が、あまり想定できていなかったようにも思える。

ドラマの制作過程において、「原作者が軽視された」と言われてもやむを得ないところが多々あったのは事実である。しかし、原作者が多くを要求してこない(あるいはできない状況にある)他のケースと比べると、どうしても調整に時間がかかるし、スケジュールもさらにタイトになって、制作側が追い込まれ、人間関係のトラブルも生じがちになる。

特に、ドラマ放映後に火種となった、原作者と脚本家の認識のずれが、制作が進むにつれて徐々に拡大し、大きな亀裂となったことが両社の報告書からも伺える。

筆者は広告会社に勤務して、広告制作やイベントの企画・運営に携わったことがあるが、上記のようなトラブルは日常茶飯時である。プロデューサーと聞くと格好よく聞こえるが、仕事の大半は調整とトラブルシューティングだ。

現在に至っても、小学館側と日本テレビ側の事実認識が一致せず、「責任の押し付け合い」と批判されている。だが、このような認識の齟齬は頻繁に起こる。実際に筆者自身も体験してきた。

このギャップをどう埋めていくのかというのが今後の大きな課題となる。

■安易な犯人捜しは事実を捻じ曲げる

日本テレビの報告書の「第5 今後へ向けた提言」、小学館の報告書の添付資料「当社刊行作品の映像化に関する、今後の指針について」にこれからの指針が示されている。

本来は、ここをしっかりと検討して、実質的に機能する体制を構築することが重要なのだが、ここについて言及する人は少ない。

SNSユーザーや多くのメディアが求めているのは「原作者はこんなにひどい目に遭った」というストーリーであり、「原作者をひどい目に合わせたのは誰なのか?」という犯人捜しである。

漫画家をはじめとする多くの原作者も、本件に関して「原作改変された」「原作者がないがしろにされた」と解釈したようで、映像化に伴う自身の理不尽な体験を語る人も多かった。

そのため、「セクシー田中さん」についても、「原作改変された」という誤解が蔓延してしまったのだが、それは事実ではなかったことが、報告書からも確認できる。

最終的に権利を勝ち取った芦原さんが犠牲者になってしまった――というのが、この事件の特殊なところであり、誤解を招きやすいところでもある。

■日テレは芦原さんの死の全ての責任を負うべきなのか

筆者は、日本テレビにはドラマの制作過程で生じたトラブル、事後の脚本家のSNS投稿に対する対応不足など反省しなければならないところは多々あるとは思う。また、脚本家がSNSに投稿する前に当事者同士で折り合いを付けられなかったものかとも思う。

ただ、芦原さんの死の責任までを彼らに負わせ、攻撃をすることは不当であるとも感じている。

前述の通り、完成したドラマは不当な原作改変はされていない上に、原作者も作品に満足していたと想定される。かつ、芦原さんの死の直前のメッセージを読めばわかるように、ドラマ制作側とのトラブルと芦原さんの死との間に因果関係があったと見なすことも難しい。

脚本家の投稿に傷ついて芦原さんが亡くなったということであれば、日本テレビや脚本家に道義的責任を取ることもできるだろう。しかし、芦原さんのメッセージをみても、その可能性は低いと思われる。

小学館も攻撃されているが、少なくとも担当編集者レベルでは、原作者に寄り添って、最終的には原作者の主張を制作者側に受け入れさせている。筆者には、非難に値するようなことは何もないように見える。

■芦原さんの件を教訓にドラマ作りの在り方を探るべき

小学館の報告書には、芦原さんのブログ投稿後に「芦原氏が思いは果たしたので、予期していなかった個人攻撃となったことを詫びるコメントを出して、投稿を取り下げることになった」と記述されている。

実際に投稿は取り下げられた。しかし、芦原さんはXに「攻撃したかったわけじゃなくて。ごめんなさい」と投稿して亡くなった。「日テレは保身しか考えていない」「責任逃れをしている」といった批判合戦は、果たして芦原さんの遺志に沿ったものだろうか?

芦原さんの死の真相は公式には明らかにされていないが、両社の報告書、芦原さんのブログ、そして最後の投稿をすべて踏まえて考えれば、改めて見えてくるものがあるはずだ。

日本テレビと小学館の主張の食い違いは、いくら調査をやり直したところで埋めることはできないだろうし、芦原さんの死とドラマ関係者とのトラブルとの因果関係も明確にはならないだろう。当事者ではない第三者は、批判や攻撃を一旦おいて、今後、原作者が尊重されるようなドラマ作りのあり方がどのようなものかを議論したほうが建設的だと思う。

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西山 守(にしやま・まもる)
マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授
1971年、鳥取県生まれ。大手広告会社に19年勤務。その後、マーケティングコンサルタントとして独立。2021年4月より桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授に就任。「東洋経済オンラインアワード2023」ニューウェーブ賞受賞。テレビ出演、メディア取材多数。著書に単著『話題を生み出す「しくみ」のつくり方』(宣伝会議)、共著『炎上に負けないクチコミ活用マーケティング』(彩流社)などがある。

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(マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授 西山 守)

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