女児の陰毛を診察した「専門医」は、なぜ「今後も見る」と開き直ったか…元大学教授がトンデモ行動に出る根本原因
プレジデントオンライン / 2024年6月23日 9時15分
■「するなと言うなら見逃しを許容するしかない」
群馬県みなかみ町立小学校で6月4日におこなわれた健康診断で、70代の男性小児科医が児童の下半身を下着をおろして視診していた問題は、その発生直後からテレビをはじめ多くのメディアで報じられ、ネットでも瞬く間に賛否の議論が沸騰した。
「通常の学校検診ではありえない」「なぜ下半身の診察が必要なのか」といった声がSNSで上がると、それにたいして「思春期早発症を発見するための診察で、専門医なら当然おこなう」と当該医師を支持し、医師の裁量権を盾に「するなと言うなら見逃しを許容するしかないだろう」と突き放す声も医師アカウントから上がり、双方の意見が感情的にぶつかり合う様相すら呈した。
子どもたちのことを考えればこそ、なぜこのような事態が発生したのか、今後どうすべきなのかということを考えねばならないはずなのだが、議論に冷静さを欠いては問題の本質が見えなくなってしまう。
そこで本稿では論点を整理した上で、本件の根底に横たわる問題について、臨床医そして研修医の教育を担う者としての視点で、冷静に分析してみたい。
※当該医師は記者会見で顔出ししており、一部テレビの報道番組では氏名も明示されているが、本稿では「A医師」とする。
■もし本当に必要な診察なら、事前の説明は必須だった
まず最初に共通認識とすべきことは、A医師の行為によって傷ついた子どもがいるという事実である。これはA医師のおこなった診察方法(以下、当該診察という)が医学的に正当な根拠に基づいたものであるとの主張を支持する人たちにも、絶対に認識しておいてもらわねばならないことだ。
共通認識とすべきもうひとつは、これまでの学校検診で、当該診察がルーティーンでおこなわれてきたものではないという事実である。昨年も同様におこなったというA医師にしてみれば、ルーティーンと言えるのかもしれないが、少なくとも全国の学校で日常的におこなわれてきたものとは言えない。これも事実としてA医師を支持する人にも認識してもらう必要がある。
次に議論すべきは、当該診察が学校検診で今後ルーティーンにおこなわれるべきものかどうかである。もし思春期早発症の早期発見が非常に重要であり、これまで当該診察をしてこなかったことによる見逃しが看過できないとの知見が小児科専門医の間で常識となっているのであれば、早急に必須項目にせねばならないだろう。
そしてその場合は、学校検診をおこなう全国の医師にその意義と方法を周知、学校の教職員とも情報共有を徹底し、保護者と子どもたちにも十分に説明した上で理解を得ねばならないことは言うまでもない。しかし今回は、そのような事前調整も説明も一切なかった。
ここまでは異論ないだろうか。
■「変態医師」と片づけられない根深い問題がある
では次に、当該診察はA医師が自らの性的欲望のためにおこなったのではないかとの疑念の声についてはどうだろうか。もしそれが事実なら、当然ながら重大かつ許されざる性犯罪だ。しかし私は、本件をA医師個人の性的嗜好の問題に“矮小化”してしまうのは適当ではないと考えている。
注記したようにA医師は顔出しをしており、氏名も出ていることからネット検索すれば過去の経歴や言説も見ることができる。それによると彼は小児内分泌学の専門家であり、国立大学教授、日本小児内分泌学会会長、日本小児保健学会会長も歴任している。
そして彼は記者会見において「これは私の考えだが、小学校の6年間は、成長と成熟のアンバランスを見ることが一番大事」、そして「専門家の立場としては必要なこと。それで見つかる病気の人がいるから、しないよりはしたほうがいい」と述べている。さらには、「私が校医をやっている限りは見る」と、自説を曲げない考えも示した。
もちろんこの発言のみをもって、A医師の行為が自身の性的欲望に端を発したものではないと断定することはできない。しかし私は、本件は「変態医師」が引き起こしたものではなく、「専門医」であるがゆえに引き起こしたものであるとみる。そして、だからこそ問題の根は深いと感じている。
それはどういうことか。
■「それほどショックを受けると思ってなかった」
A医師は記者会見で「パンツを開いて陰毛が生えてるか見ただけだが、女の子にとってはかなりショックだったと思う。それほどショックを受けると思ってなかったけど」とも発言している。私はこの一言に今回の問題の本質を見るのである。
この一言を見るだけで、医師であれば当然備えていなければならない「プロフェッショナリズム」が、A医師には著しく欠けていたと思わざるを得ないからだ。
この「医師のプロフェッショナリズム」とは何か。
すべてを説明するのは紙幅の都合から困難であるが、端的に言えば「医師が専門家としていかに振る舞うべきか」という最も基礎的かつ不可欠な素養である。私も臨床研修指導医として医学生や研修医と接する際には、常に意識させ、私自身も常に自省しているつもりだ。
この概念を建物にたとえて説明しよう。まず医師には「医学的知識・医療技術」が最低限の土台として必須であることは言うまでもないが、当然ながらそれだけでは不完全である。患者さんとのコミュニケーション能力が必須だからだ。その上の基礎部分には「倫理的・法的理解」も必須であり、さらにその上に「卓越性」「ヒューマニズム」「説明責任」「利他主義」という4本柱があって、それらが「プロフェッショナリズム」という大屋根を支える。
■医師教育は「患者をいかに納得させるか」に偏ってきた
患者さん側からすれば、これらは医師たるもの当然に備えていなければならない素養・資質だと誰もが思うことだろう。現在、医師の卒前卒後教育でも、これらをしっかり教育するようガイドラインで決められている。しかし、これらについての教育が昔からしっかりされてきたかといえば、じつはそうとは自信をもって断言できない。
自分が研修医だった30年前を思い起こしてみても、これらについて系統的に教育・指導された記憶はほとんどないのだ。4本柱のひとつである「説明責任」についても、いかに医師側の治療方針を患者側に納得させるか、いかに患者側に訴えられないよう予防線を張っておくかといった、パターナリズム(父権主義)に基づいた説明態度がむしろ主流であったといっても良い。徒弟制度のもと、先輩医師のそうした「背中」を研修医は見て学んできたのである。
翻って現在は、拙著『大往生の作法』(角川新書)でもアドバンス・ケア・プランニングを例にして述べたように、患者さんの価値観や人権を尊重する「患者中心の医療・ケア」の重要性が叫ばれている。医学教育のガイドラインにプロフェッショナリズム教育が組み込まれているのも、その流れによるものだ。
■子どもだから許されるとでも考えていたのか
だが現場では今なお、徒弟制度的に「背中を見て学べ」と考える指導医も少なくないと聞く。プロフェッショナリズムについても「医師として当たりまえのこと」として、わざわざ「良い例」「悪い例」を具体的に示して教える指導医も主流とは言えないようだ。一方の研修医にも、当たり前のことすぎて今さら改めて学ぶのは時間の無駄ではないかと感じる者もいるらしい。
しかし指導医の「背中」は、本当にプロフェッショナリズムを見せていると言えるのだろうか。
本件のA医師は、医学部教授までのぼり詰めた“優秀な研究者”だ。だが彼は医師のプロフェッショナリズムを、教育者として後進に見せたと言えるだろうか。少なくとも今回の行為、その後の記者会見での「それほどショックを受けると思ってなかったけど」との言動からは、それを読みとることはできない。
大人にも同じことを言えるのだろうか、それとも子どもだから許されるとでも考えていたのだろうか。
小児内分泌学の権威として、どんなに知識や技術があっても、それらを子どもの利益を考えて使ったのだと主張したとしても、説明責任を果たさず、子どもたちの知る権利とプライバシーといった「人権」を蔑(ないがし)ろにしたことに変わりはない。
では、A医師のプロフェッショナリズムが皆無かというとそれも違う。A医師が過去に発表した性分化疾患にかんする論説を読むとそれがわかる。
■患者よりも自身の専門性を優先してしまった結果
「出生時、性分化疾患が疑われた場合は、緊急事態であり速やかに、かつ適切な対応がとられねばならないが(中略)差し迫った問題は親に何と説明するのか、性の判定は家族にとって最大の関心事である。説明の仕方によってはその後の育児、養育、家庭生活などに重大な影響を及ぼす。性分化の専門ではない医師への初期対応マニュアル、使用しない方がよい用語などをまとめたものを作成する必要がある」
性分化疾患患者の包括的な支援だけでなく、家族の心理的負担への対応の重要性にも言及している。机上ではこのようなまっとうな論述をされたA医師が、なぜ現場ではあのようなプロフェッショナリズムにもとる行動をとってしまったのか。
その理由は私にもわからないが、私と同じく「医師のプロフェッショナリズム」について系統的な教育を受けぬまま、専門医そして教授へとのぼり詰めてしまったことで、「患者中心」から自身の専門性を優先してしまったのかもしれない。
■専門医ゆえに陥りやすい「落とし穴」
それは「専門医」ゆえに陥りがちな落とし穴であるとも言えるだろうが、「専門医」ましてや「教授」という医師を育てる仕事をするならばこそ絶対に落ちてはいけない穴である。
だが今からでも遅くはない。医師ならずともすべての社会人に言えることだが、日々勉強、生涯学習が重要だ。そしてそれは何歳になっても成長し続けられるという意味にほかならない。とくに医師は、教授や先輩医師から教育を受けるだけでなく、患者さんから多くの学びを得て育つ。まさに生涯日々勉強なのだ。
まずは関係したすべての子どもたちに面と向かって心からの謝罪をおこなうこと。そして頑なに自説を押し通す姿勢を改め、子どもたちから上がった声に謙虚に耳を傾けること。その声から学びを得ることこそが医師のプロフェッショナリズムそのものであると、A医師をはじめ私を含めたすべての医師が、今一度、肝に銘ずるべきではないか。ネットに湧いた一部の医師たちの唯我独尊的な書き込みに接して、私は強くそう思う。
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医師
1968年生まれ。医師。10年間、外科医として大学病院などに勤務した後、現在は在宅医療を中心に、多くの患者さんの診療、看取りを行っている。加えて臨床研修医指導にも従事し、後進の育成も手掛けている。医療者ならではの視点で、時事問題、政治問題についても積極的に発信。新聞・週刊誌にも多数のコメントを提供している。2024年3月8日、角川新書より最新刊『大往生の作法 在宅医だからわかった人生最終コーナーの歩き方』発刊。医学博士、臨床研修指導医、2級ファイナンシャル・プランニング技能士。
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(医師 木村 知)
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