「阪神淡路の恩」が巡り巡って世界へ…日本の「あしなが」奨学金に救われたアフリカ人学生の「ココロザシ」
プレジデントオンライン / 2024年6月26日 8時15分
■阪神淡路大震災をきっかけにアフリカ人学生を支援
親を病気や事故で亡くした子供や、重度の障害により親が十分に働けない家庭の子供の学費を支援するNGO「あしなが育英会」(以下、育英会)は世界6カ国にオフィスを構えて、海外ネットワークを広げている。その中のひとつがあるのがブラジルだ。
サンパウロ市を拠点に活動する現地法人「あしながブラジル」は、ブラジルにありながら、主にアフリカ人学生をサンパウロ大学などのブラジルの名門大学に就学させることを通じて有望な人材の育成に取り組んでいる。
2019年に事務所を開設する前の2016年から、パンデミックによる新規受け入れ中断を経て、これまで30人のアフリカ人学生を迎えてきた。母体の育英会同様に、あしながブラジルが対象とするのは、事故や病気などにより片親、または両親を亡くした学生だ。
日本の遺児支援のNGOとそのブラジル法人がなぜアフリカ人学生の人材育成を行うのか。
■低所得国への恩返し
「もともとのきっかけは日本で起きた阪神淡路大震災なんです」
あしながブラジル副会長のアンドリュー・カストロさん(33)は語る。
1995年1月17日に発生し、多くの人が命を落とした阪神淡路大震災は、当時倒壊した阪神高速などのショッキングな映像が世界中に伝えられた。
「震災からの復興には世界の国々からの資金と人材の支援がありました。兵庫県に義援金を送った国のなかにはウガンダのような低所得国も多かったんです。育英会創始者の玉井義臣会長はこれに大変感銘を受け、アフリカ諸国への恩返しとして支援活動を始めたんです」
あしながブラジルの奨学制度は、母体である育英会の「あしながアフリカ遺児高等教育支援100年構想」の一環で行われている。
アフリカでは英語圏のウガンダとフランス語圏のセネガルの東西アフリカの2カ国に拠点を構え、サハラ以南のアフリカ49カ国それぞれから1名ずつ選抜した優秀な遺児学生に受験準備とリーダーシップ育成プログラムを授け、日本や世界の名門大学に就学させてきた。
あしながブラジルはこの構想にのっとり、ウガンダ支部にブラジル人スタッフを配属し、ポルトガル語圏の学生を受け持っている。
■日本、ブラジル、アフリカ間の「南南・三角協力」
「アフリカのなかでも私たちがサポートの対象としているのは、アンゴラ、カーボベルデ、ギニアビサウ、サントメ・プリンシペ、モザンビークの5カ国からの優秀な高校卒業者で、近年は各国から毎年1名ずつ受け入れています」
これらはいずれもブラジルと同じポルトガル語を公用語としている。
「日本には特に工学分野などで優れた大学がありますが、専門性の高い分野ほど留学生にとっては日本語がネックです。ブラジルには1965年から発展途上国の学生に対して学士課程修了まで学費を免除して就学させる政策があり、優れた大学では質の高い教育を受けることができます。言葉の壁もないですしね」
ブラジルには、航空機メーカーのエンブラエル、総合開発企業ヴァーレなど世界をリードする有力企業があるほか、デジタル銀行など金融部門でのスタートアップ企業も多い。これらの企業の存在は、優秀な人材を輩出する大学がある証しだ。
より開発の進んだ発展途上国が他の途上国を支援することを南南協力、そしてその協力関係に対して先進国や国際機関が資金や技術面で支援することを三角協力という。あしながブラジルの教育支援は、ブラジル・アフリカの教育事業に先進国のノウハウが投じられる教育分野における初の南南・三角協力として注目されている。
■母を亡くしたアフリカ人女性の夢
あしながブラジルの奨学制度への応募者は年々増えており、昨年は5カ国から計約1400件の応募を数えた。単純計算で競争率280倍の狭き門だ。
今年2月から名門サンパウロ大学経済学部に留学しているギニアビサウ出身のニネ・マーラ・サーさん(22)の当面の目標は、4年間で経済学の学位を取得することだ。
12歳のときに原因不明の腹痛と自国の医療不整備により母を亡くしたサーさんは海外留学を叶わぬ夢と決め込んでいたが、首都ビサウで働く姉の紹介で、ホームページ情報から応募資格が遺児にのみあることを知り、自分が挑戦すべき奨学制度だと直感した。
サーさんは書類審査、筆記試験と2度の面接を経て見事ギニアビサウ代表として選ばれた。
高校生時代、サーさんは父から与えられた昼食代の半分を、通学途中で知り合った、学校に通えない身体障害児童たちに分け与えていたそう。サンパウロ大学で学士を修了した暁には、母国で障害者であっても活躍できるような社会づくりに貢献したいと夢は大きい。
「遺児学生は、両親が健全な学生よりも世帯収入が低い場合が多いです。そのなかでも優秀な学生はHALI(high-achiving, low-income)、つまり“低収入ながら成績優秀”とカテゴライズされます。HALIの若者は努力家が多いので、サポートすることで高い成長が期待できるのです」とカストロさんは学生たちの潜在能力に期待する。
■遺児3500万人を抱えるアフリカには支援が必要
カストロさんには、出身のケンブリッジ大学と日本経済大学との交換留学制度で訪日し、2014年に育英会で研修、2016年に同会に就職した経歴がある。
「アフリカはさまざまな理由で遺児の多いエリアです。アフリカ連合の報告によると現在、アフリカ大陸全体では3500万人の遺児を数え、そのうち1100万人がHIVによる遺児だそうです。中でもウガンダは特にHIV遺児が多いんです。育英会が将来的な事業の拡大を見据えて取り組むべきはアフリカだったんです」
育英会は2003年に、HIV遺児に心のケアを施す施設「レインボーハウス」をウガンダに建設し、これがのちにあしながウガンダ事務所となる。2006年には同施設から1人の優秀な学生を早稲田大学に進学させた。これが「100年構想」の先駆けとなったのだった。
■日本の「街頭募金」とは違うブラジルでの資金調達方法
ケンブリッジ大学でラテンアメリカの国際開発で修士課程を修めたカストロさんは、近年のブラジル経済の成長を追いながらこの国に可能性を感じて、育英会のブラジル法人設立に立ち合い、2020年にサンパウロに赴任した。
「あしながブラジル設立当初は100%育英会の資金で運営していましたが、現在は年間予算約127万レアル(約3860万円)のうち30%をブラジルでの寄付で賄っています。2026年までには予算の70%をブラジルで得られる寄付金で賄い、ゆくゆくは日本の育英会に還元する計画です。ロンドンのあしながUKはすでに育英会に資金を還元しているんです」
育英会の募金活動といえば人の行き交う駅前で行う学生募金で知られている。一方、ブラジルでは、他の慈善団体の活動を含めて、街頭募金を見かけることはない。
街頭での募金には治安上の不安があるのに加えて、近年キャッシュレス社会へと邁進するブラジル都市部では、小銭すら持ち歩かない人も少なくない。街頭募金が認知されていない事情を鑑みると、その効果は期待できないのだ。
であれば、あしながブラジルはどのように資金を調達しているのか?
■「世界への支援」がいずれ日本へ還元される
「ブラジルにはCSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)の意識が高い会社が多いことが資金調達を可能にしています」とカストロさんは語る。
CSRとは企業が利潤を追求するだけでなく、社会に与える影響に責任を持ち、自発的な活動としてより良い社会の構築に参画する活動だ。
「企業のCSRと慈善団体の橋渡しを行う専門のコンサルタントもあります。あしながブラジルもコンサルタントと契約することで企業からの資金調達ができているのです」
日本ではコロナと物価高により、奨学金申請者が急増したことで育英会が資金不足にあるという報道もあった。そんななか「外国人を支援する余裕はあるのか?」と疑問視する声が上がりそうだが、近い将来に資金を日本に還元することを視野に入れたブラジル法人の仕組みを知れば、世界へのネットワークの拡大こそが、母体である育英会の持続可能性を高めるのだと合点がいく。
「あしながの支援活動の基本は“Pay it forward(恩送り)”なんです」とカストロさん。
恩送りとは、誰かから受けた恩を、直接その人に返すのではなく、別の人に送ることによって善意の輪を広げることだ。その輪が世界に広がることによって、国のおかれた経済状況に左右されない強固な慈善活動が築ける。
■アフリカ人奨学生が胸に秘める「ココロザシ」
育英会は、国籍にかかわらず、遺児の奨学生に対して、自らの成長と社会への貢献を志として持つことを指導している。アフリカ人奨学生も皆、日本語の「ココロザシ」を胸に、出身国の発展に寄与することを将来の大きな夢としている。
あしながブラジル第3期奨学生でアンゴラ出身のアルフレド・ムエネコンゴ・カメイアさん(24)は、昨年末にサンパウロ市内のマッケンジー大学経営学部を卒業し、今年8月からポルトガルのビジネススクールCatólica Lisbon School of Business & Economics修士課程への進学のためにポルトガルに旅立ったばかりだ。カメイアさんは留学先がブラジルでよかったと旅立つ前に振り返ってくれた。
「欧米の国々では留学生の企業研修が認められていない一方、ブラジルではそれがOKなんです。経営を学ぶ上で実務経験が大切なことはもとより、一流のビジネスパーソンを友人に持てたこともとても良かった」
経営学を夜学で学んだカメイアさんは、日中はKPMG、イタウ銀行、クレディ・スイス、モルガン・スタンレーといった名だたる金融・コンサルティングの一流企業を研修で渡り歩き、ポルトガル進学までの間はアナリストとしてシティバンクに勤めた。ポルトガル進学の学費や生活費は、これまでサンパウロで貯めた研修補助金と研修先からの援助が元手だそうだ。
■アフリカの大地に桜の木を植えるかのよう
すでにカメイアさんの出身国への貢献は始まっている。
「2020年に私の地元ウアンボ市に、地元の旧友とともに中小企業を対象としたコンサルティング会社を設立しました。現在、約30社のクライアントの成長をサポートしています。年内にはアンゴラの首都ルアンダにも事務所をオープンします」
「“玉ちゃん“に会ってお礼がしたい!」とまだ対面叶わぬ育英会の玉井義臣会長を慕うカメイアさん、ブラジル留学での5年間を通じて、育英会への敬意とともに日本への憧れを温めている。
育英会の100年構想で、1人また1人と親日のアフリカ人を増やしていくことは、まるでアフリカの大地に桜の木を1本1本植えるかのようだ。桜の木がしっかりと根を張り、花を咲かせれば、わたしたちにとってアフリカがより親しみの持てるエリアとなり、そこからさらにビジネスや文化の交流が生まれていくと期待が膨らむ。
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ブラジル・サンパウロ在住フォトグラファー/ライター
ブラジル在住25年。写真作品の発表を主な活動としながら、日本メディアの撮影・執筆を行う。主な掲載媒体は『Pen』(CCCメディアハウス)、『美術手帖』(美術出版社)、『JCB The Premium』(JTBパブリッシング)、『Beyond The West』(gestalten)、『Parques Urbanos de São Paulo』(BEĨ)など。共著に『ブラジル・カルチャー図鑑』がある。
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(ブラジル・サンパウロ在住フォトグラファー/ライター 仁尾 帯刀)
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