「フリーランスの法人化」は本当に得なのか…「役員報酬と年収の違い」を税理士が徹底解説する
プレジデントオンライン / 2024年6月29日 10時15分
■年88万円の保険料が44万円に下がった理由
前回は国民健康保険の保険料(国保料)を下げる3つの方法のうち、「所得を下げる」と「減額制度」という2つを紹介した。そして今回は、国保料を下げる3つ目の方法として、特定の職種の人が加入できる「国保組合」と「法人化」を取り上げたい。
国民健康保険は2種類ある。ひとつは居住地の自治体で加入する国民健康保険(以下、「市町村国保」)。定年退職者はもちろん、フリーランスや非正規職員、リストラで職を失った人などそのほかの健康保険に入れないすべての人が加入できる、最終的な受け皿でもある。
もうひとつは、業種ごとに組織される国民健康保険組合(以下、「国保組合」)だ。例えば「食品」や「小売(市場、スーパー、商店会などに属する店舗)」「衣料(販売・加工業)」「理容」「土建」「医師」「薬剤師」「芸能人」「税理士」など約160組合がある。
私も国保組合の中の「文芸美術国民健康保険組合(以下、文美国保)」に加入している。これによって3年前、市町村国保では年88万円の保険料だったのが、国保組合(文美国保)では44万円にまで下がった。
国保組合は所得に影響されない「定額保険料」を設定しているところが多いため、所得が高くなるほど市町村国保より安くなる。現在、市町村国保に加入している人は、自分の職業に該当する国保組合がないか、調べてほしい。
■「平均年齢40歳」だから、一人あたりの医療費が安い
市町村国保と国保組合は各統計がまとめて行われていることが多く、個別の細かいデータが不明であるが、最新の調査で市町村国保は平均年齢が54歳、世帯主の職業は「無職」の割合が最も高く、全体の45%を占めていることがわかっている。一方で、国保組合の平均年齢は40歳。平均年齢が若いほど加入者一人あたりの医療費は安くなるので、保険給付費(自己負担額以外の費用)が抑えられ、それに伴い、保険料も市町村国保よりは抑えられるという面があるのだろう。
ただし難点は、国保組合にはそれぞれ独自のルールが設けられ、加入要件が厳しいことだ。私が加入する文美国保は、「文芸美術および著作活動に従事している個人事業主」を対象としている。加入するには書類提出を伴う審査があり、片手間で文美活動を行う人は対象ではないと聞いている。
同様に、他の業種でもそれぞれの基準がある。あくまで「職種のための国保」であるので、無職の人はもちろん、アルバイトで複数の職業を掛け持ちしている人は向かないかもしれない。
■所得400万円台でも「市町村国保」より「国保組合」が安い
また文美国保に加入した3年前は前述した通り、年44万円の保険料だったのだが、今年はなんと年56万円。この3年で「12万円もの保険料増額」である。繰り返しになるが、所得に影響されない「定額保険料」のため、市町村国保のように私の収入が増えたから保険料が上がったのではなく、単純に保険料が年々上昇しているのだ。
つまり、国保組合と市町村国保の差が年々縮まっている。前年度の所得が低くなれば市町村国保のほうが安くなる可能性があるし、国保組合に加入した後も、市町村国保と比較して毎年保険料を見直したほうがいいだろう。
試しに私の昨年の所得(昨年は450万円)で居住地の国保に加入した場合をシミュレーションをしてみると、市町村国保では年約76万円。400万円台の所得でも、文芸国保と比べればまだ20万円も高いという結果だった。
国保組合に入れない人や、複数の事業をもつ人は、ある事業を「法人化」するという手もある。最近は、フリーランスなどの個人事業主が設立する「マイクロ法人」が流行っているという。従業員や他の株主などが存在せず、個人事業主のための法人を指す。税金や社会保険料の節減を目的にしていると聞き、興味がわいた。
■「マイクロ法人」なら、健康保険料はもっと安くなる
税理士の服部修氏(服部会計事務所代表)に尋ねると、たしかに「節税対策で個人事業主が法人化するケースはよくある」のだという。
「消費税は2年前の収入(売上)で決定することから、個人事業主として開業して2年間、そこから自分で法人を設立してもう2年間、合計4年間、消費税が免除されるケースがありました。今はインボイス制度が導入され、多少風向きが変わりましたが、それでも自分で課税事業者を選択しなければ、また売上によって法人化して2年間は消費税免除が可能です。2つ以上の事業をもつ人は、そのうちのひとつを法人化するということもできます」
また法人化すれば国保ではなく、社会保険に加入できる。
「そして自分が設立した法人から、自分に支払われる役員報酬を低額にしておけば、健康保険料はかなり安くなるでしょう」(服部氏)
■「月10万円で足りずに手を付ける」なら「横領」になる
例えば東京都に会社を設立し、報酬月額10万4000円と設定した場合、健康保険料は事業主負担分を含めて月額1万1583円。同時に厚生年金にも加入しなければならず、厚生年金保険料は同額の報酬で月額1万9032円。国民年金が月額1万6920円なので、年金に関してはやや割高に感じたが、それでも健康保険料がかなり安く、魅力的に感じた。
しかし、ここではたと気づき、私は服部氏に質問した。
「例えば私のように、ひとつの業種から月に50万円の収入を得ていたとして、それを法人化し、自身の報酬を10万円に設定したとします。けれども10万円では自分の生活費が足りなくて、あまっている40万円に手をつけてしまうのはマズイのでしょうか?」
服部氏は「それはマズイですね」と苦笑いしながら、こう話す。
「社会保険料が高いから10万円の報酬に設定するのでしょう。けれども、その月に50万円の収入(売上)があったのなら、残りの40万円は設立した法人にプールされていると考えられます。それなのに自ら使い込んでしまったら、広い意味で『横領』になりますね。もしくは税務上、『法人から個人に貸したもの』とみなされ、利息をつけて返済を求められることもあるでしょう。
利益、つまりプールした40万円に対して法人税もかかってきます。自身が一人で会社を作るなら、現在の所得税、住民税、国保料を正確に把握し、法人にした場合の報酬(給料)や法人税を考慮しながら、社会保険料がどの程度安くなりそうか、総合的に考えましょう。税理士や社会保険労務士などの専門家が無料で相談にのってくれる窓口がたくさんあると思うので、法人化したほうがいいか悩む時は、個別にシミュレーションしたほうがいいと思います」
■「役員報酬年間600万円」では、どちらが安いか?
例えば私のように、収入(売上)から経費を引いた「所得100%」でないと生活が難しい時。法人の利益をゼロにし、役員報酬年間600万円(年収600万円)としたら、どうだろう。
ファイナンシャルプランナーの内藤眞弓氏(所属:生活設計塾クルー)が答えてくれた。
「令和6年度標準報酬月額保険料額表によると、月額50万円(年600万円)の報酬で事業主負担分も入れて健康保険料が月額5万7900円です。笹井さんが加入する文藝美術国保は月額4万6800円ですから、それよりも高い。けれども市町村国保の月額6万3333円よりは多少安いですね」
法人化して社会保険に入るメリットとしては、家族を扶養に入れられる、すなわち保険料が一人前で済むこと。市町村国保も国保組合も、配偶者や子ども分は上乗せされてしまうので多少健康保険料が高いくらいであればお得に感じる。加えて健康診断などの給付サービスも国保よりは充実しているだろう。
■「公私の区別をつける」なら法人化は悪くない
しかし、厚生年金は驚くほど高い。
「報酬50万円の場合、事業主負担を含み月額9万1500円です。会社員のように給料を得ている方なら、事業主と労使折半のため、月収50万円の人でも厚生年金は半分の4万5000円で済んでいるでしょう。事業主負担分まで自分の懐から出るとなると高く感じますが、年金は掛け捨てではありません。厚生年金なら国民年金のみよりも将来の年金が増えるのですから、老後の蓄えととらえるのも一案だと思います」(内藤氏)
社会保険料以外の点では、マイクロ法人を設立する際には設立費用(合同会社であれば7万5000円程度)や、決算報告書などを税理士に依頼するためのコストが一般的に月に数万円程度はかかる。必ず税理士に依頼しなければならないわけではないが、個人事業主の立場でいるよりもはるかに事務手続きが煩雑で、提出書類も多くなるため、個人で行うのは簡単ではない。バーチャルオフィスなどから住所を借りる場合は、利用料が少なくとも月に数千円は必要だろう。
そういったコストや手間は増えるものの、内藤氏は「今後その仕事にしっかり取り組んでいくなら、法人化するのはお勧め」という。
「自分の給料を自分で決めて、それに伴った社会保険料を事業主分も含めて払う。公私の区別がつき、仕事を続けていく覚悟も定まります」
■支払いばかりを考えると憂鬱になるけれど…
改めて、社会保険料を下げる手段を考える時、自身の仕事の向き合い方を見直す契機にもなると思う。
第4回で紹介したような「退職後」なら今後の人生の方向性を考えなければならないし、第5回に記した減額制度の適用になるほど経済的に困窮するなら別の仕事か、何か収入が増えることを始めたほうがいい。
今回の「法人化をするかどうか」については、ひとつの業種を深く掘り下げるタイプであれば、私は個人事業主のまま国保組合などを利用するのが向いているように感じた。一方でアイデアが豊富で複数の事業をもつ活発な人なら、そのひとつを法人化して社会保険に加入し、手広くやっていくのもいい。
もちろん会社員も、勤務先が副業を禁止していなければ可能性がある。今の時代ならYouTuberやコンサルティング、オンライン販売など、スキルを活かした法人化もやりやすい。支払いばかりを考えると憂鬱になるが、あわせて新たに収入を得る分野も、いつも考えておきたい。
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ジャーナリスト
1978年生まれ。本名・梨本恵里子。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)など。新著に、『野良猫たちの命をつなぐ 獣医モコ先生の決意』(金の星社)と『老けない最強食』(文春新書)がある。ニッポン放送「ドクターズボイス 根拠ある健康医療情報に迫る」でパーソナリティを務める。 過去放送分は、番組HPより聴取可能。
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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)
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