1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

「中国のトヨタ」の異名を持つ…テスラと激しい首位競争を繰り広げる自動車メーカーの「驚きのものづくり力」

プレジデントオンライン / 2024年7月3日 10時15分

記者会見場の前に展示された比亜迪(BYD)のEV「シール」=2024年6月25日午前、東京都渋谷区 - 写真提供=共同通信社

中国の自動車メーカーBYDが存在感を増している。高千穂大学商学部教授の永井竜之介さんは「EV販売台数においてテスラと激しい首位競争を繰り広げている。競争力の源泉となっているのが、独自の自動車製造体制だ」という――。

■テスラと首位競争を繰り広げるBYD

電気自動車(EV)といえば、アメリカのテスラを真っ先に思い浮かべる方が多いかもしれないが、そのテスラと激しい首位競争を繰り広げる、もう1つの有力企業がいる。それが、中国のBYDだ。

2023年第4四半期にBYD(約52万6000台)がテスラ(約48万5000台)を上回ると、2024年第1四半期にはテスラ(約43万3000台)がBYD(約30万台)を抜き返し、EV販売台数の世界トップの座をかけた熾烈(しれつ)な競争が続いている(※1、2)

BYDは、バッテリー電気自動車(BEV)とプラグインハイブリッド車(PHEV)、燃料電池車(FCV)を含む「新エネルギー車(NEV)」の2023年の年間販売台数が300万台を突破し、NEVカテゴリーでも世界をリードする存在になっている(※3)

■「中国のテスラ」「中国のトヨタ」と呼ばれる

日本には2023年から進出を始め、2024年4月には女優の長澤まさみさんを起用して「ありかも、BYD!」とうたった広告展開が話題を呼んだ。このBYDに対して、「中国のよく分からないEVブランドが日本に出てきた」という認識は、大きな誤りである。中国国内の激しい競争を勝ち上がり、これから本格的にグローバル市場を開拓していく「EVの本命」といえる存在が日本にも上陸してきた、という見方が適切だろう。

EVの本命として、BYDはトヨタ自動車から「手を組む相手」に早くから認められている。トヨタは、すでに2019年の時点で、あまたある中国EVメーカーからBYDを選んで合弁会社設立の契約を結び、その後にセダンタイプのEV「bZ3」シリーズを共同開発している(※4、5)

BYDは、EVの有力企業ということで「中国のテスラ」と呼ばれると同時に、新たな大衆車を世界に広めていく存在として「中国のトヨタ」とも呼ばれる自動車メーカーである。ここでは、トヨタも認める、もう1つのEV本命のBYDに注目して、コア・コンピタンス(競争力の源泉)がどこにあるのかについて見ていこう。

■携帯電話用バッテリーを作る電池メーカーだった

「Build Your Dream」の頭文字を合わせて名付けられたBYD(比亜迪)は、王伝福氏が1995年に深圳で創業した企業で、もともとは携帯電話用バッテリーを作る電池メーカーだった。中国・安徽省の田舎に生まれた王氏は、学士・修士を取得した後に北京の国有研究機関で研究職に就き、その後、関連のバッテリー製造会社の責任者を務めた。当時は携帯電話の普及が加速していたタイミングで、その部品のバッテリーに大きなビジネスチャンスを見込んで、王氏が29歳の時に起業に踏み切った(※6、7、8、9)

BYDはコストパフォーマンスの高さを武器に、携帯電話用バッテリーやイオンリチウム電池の市場で成長を進めると、2003年に小さな国内自動車メーカーを買収して自動車産業に進出した(※9)

当初こそ「安かろう悪かろう」で自動車市場での成長を進めたBYDだったが、後発の中国ブランドが勝ち上がっていくには、独自の強みを発揮しなければならないと考え、もともとの得意分野である電池を動力とするEVに注目。2005年に初のEV「F3」を発表するなど、自社の未来の命運をEVに賭けて、EV開発製造にいち早く着手していった(※7、9)

「BYD DOLPHIN」
「BYD DOLPHIN」(画像=ビーワイディージャパンプレスリリースより)

■2008年に世界初の量産型PHEV「BYD F3DM」を発売

2010年には、世界有数の技術力を誇る日本の金型メーカー「オギハラ」の館林工場を買収し、製造拠点としてTATEBAYASHI MOULDING(TMC)を設立した。当時は日本の金型メーカーの多くが存続危機に追い込まれていた時期で、BYDによる買収は、TMCの人材や技術にとってポジティブな機会となった。BYDは特に外観デザインに強いこだわりを持っており、その技術的な要望は、時にトヨタを超えるほどだという。そうしたBYDからの要望に応える形で、TMCはより一層、自動車の車体製造の技術力を高め、それによってBYDの自動車の品質は急速に向上した(※9、10、11)

BYDは、2008年に世界初の量産型PHEV「BYD F3DM」を発売すると、その後、数多くのPHEV、BEVの電気自動車を発売して、中国国内でのNEVシェアを伸ばしていった。EV化を推進する中国政府の方針を追い風に、公共交通用のEVバスも主力商品となった。2015年からは4年間にわたって、NEVの販売台数で世界トップを獲得し続けた。2019年にテスラが上海に巨大工場を立ち上げて一気に台数を伸ばし、その後3年間はトップの座を明け渡したが、2022年からは再びその座をBYDが奪い返している(※1、3、12)

■技術開発や製造を重視したものづくり

BYDの強みの一つは、技術者出身の創業者が立ち上げた会社であることだ。自動車産業への参入当初を除けば、技術開発や製造を重視したものづくりを進めている。2024年4月の北京自動車ショーでは、競合他社の先を行き、充電や燃料補給なしで2000キロ以上の走行を実現する新型PHVを発表して大きな注目を集めた(※13)

自動車のデータ解析を専門とするアメリカのケアソフト社は、BYDの自動車を分解して品質を分析した結果、BYDの低価格帯EVが、アメリカ製の高価格帯EVに匹敵する品質を備えていることを明らかにしている。当初は「テスラのパクリに過ぎない」と考えていたというが、実際に分解して分析してみると、製造技術、装備、外観・内装、走行性能、安全性能、いずれも高水準であり、「もし米中間の貿易障壁が無ければ、海鴎(BYDの車種)は米国市場で大きな競争力を持つことになる」と指摘したうえで、「米国でこのような低価格の車を製造できないのは、米国の人件費が高いことだけが原因ではなく、米国メーカーの自動車製造に対する考え方、製造技術や製造プロセスなどが中国に後れを取っているからだ」とまで指摘している(※14)

「BYD ATTO 3」
「BYD ATTO 3」(画像=ビーワイディージャパンプレスリリースより)

■内製化率が高く、バッテリーも自ら製造できる

BYDが、これほどまでに競争力の高いEVを実現できる背景には、独自の自動車製造体制がコア・コンピタンス(競争力の源泉)として発揮されていることがある。BYDの自動車製造の特徴として、内製化率が極めて高い点がある。一般的な自動車メーカーが半数を超えるパーツを外注しているのに対して、BYDは75%を自前で製造することができるのだ(※15)

BYDは、車体、車載用半導体チップ、エンジン、計器、ブレーキ、ワイパーなど、タイヤとガラス以外は一通りを自前で製造できるほどに、自動車の部品を内製化している。海外のサプライヤーに依存しているのは、クアルコム社から調達している先進運転支援システム用のチップくらいだという(※16)

そのなかでも、バッテリーを自前で作れる強みは大きいものだ。EVのコアであるバッテリーに関する技術力に優れ、EV用に独自開発した「ブレードバッテリー」は高品質で、希少金属を用いないことで低コスト化を実現している。バッテリーを自ら製造できる自動車メーカーである点は、競合他社にはないBYDだけの特別な強みとなっており、EVの高いコストパフォーマンスの源になっている(※6、14、17、18)

■中国政府から多額の助成金を受け取っている

また、この高い内製化率を実現しているのが、関連企業の買収を通じた垂直統合モデルの確立だ。バッテリーの原材料のリチウム鉱山までをブラジルやアフリカで買収している。世界的な半導体不足が発生したときにも、自社グループのBYDセミコンダクター社でEV向けチップを製造できるために、苦境を回避することができた。垂直統合モデルによって、きめ細やかな設計・製造が可能になり、コストダウンと品質向上を両立している。垂直統合モデルは、組織が巨大化することで、販売不調時に経営が圧迫されるリスクをはらんでいるが、BYDはグループ企業に他メーカーの製造も請け負わせることでリスク分散を図っている(※15)

こうした強みを持つBYDだが、現状のメイン市場は中国国内に偏っており、その成長の背景には自国ならではの手厚い優遇が存在していることは確かだ。販売実績などに応じて額が決められる中国政府からのNEV助成金として、2021~22年度でBYDは約1020億円(1位)、テスラは約400億円(2位)を受けており、BYDへの支援が特に多いことが分かる(※18)

■グローバル市場での真価が問われるのはこれから

中国がEV先進国になっている背景には、消費者がNEV購入時に利用できる政府の補助金が大きいことや、渋滞や環境の悪化を抑えるための政府による自動車購入制限がNEVでは免除されることなどがある。さらに近年、国産ブランドの品質が向上して、コストパフォーマンスに優れて使いやすく、デザインも現地の好みに合っている点などから、中国の消費者の間で海外ブランドから国産ブランドへの回帰の動きが強く進んでいる。こうした環境要因から、中国国内市場でEVトップブランドのBYDは、大きな追い風を受けている(※19、20)

BYDにとって、グローバル市場での真価が問われるのは、これからが本番といえる。その主戦場は、EV後進国で市場規模の小さい日本や、高い関税で中国メーカーの進出を制限しているアメリカではないだろう。主戦場の1つは、欧州市場だ。

すでに、欧州で購入可能な自動車の中から最優秀が選ばれるAUTOBEST「Best Buy Car of Europe 2024」においてBYD「Dolphin」が優勝を果たしており、自動車の品質へのお墨付きは得られている(※21)。BYDは、中国から欧州へ輸出する際に用いる自動車船を8隻に増やして海運の輸送能力を大幅に向上させるとともに、ハンガリーに工場を新設して3年以内に現地生産体制を整えることも発表しており、2030年までに欧州の主力メーカーに成長することを目指すと宣言している(※22、23、24)

■トヨタへの強いシンパシーを公言

世界におけるEV市場は、EVよりもハイブリッド車(HEV)の方が伸びているなど、近年の予測よりも成長速度は鈍化しているものの、市場規模の拡大は堅調に続いている。国際エネルギー機関(IEA)は、2035年には世界の新車販売の5割以上がEVになる、という予測を発表している(※25)

かつての「Made in Japan」のような垂直統合モデルによるものづくりで、これから世界を開拓していくBYDは、トヨタへの強いシンパシーを公言している。「電気自動車を世に問うていった時のわれわれの心境は、1965年のトヨタと同じ心境でした。当時のトヨタは、自分たちはアメリカ市場で通用するのかという不安を抱えたまま、乗り込んで行きました。実際、アメリカ人は当初、日本の自動車メーカーに疑心暗鬼でしたが、やがて受け入れました。同様に、わが社の電気自動車も、やがて世界が受け入れてくれる日がくると信じています」(※7)。新たな大衆車として、EVを世界に売り込んでいくBYDは、「中国のトヨタ」として世界からさらなる注目を集めるだろう。

【参考文献】
※1 AFPBB News「BYDがテスラを抜いてEVシェア世界一に マスク氏がコメント」を参照。
※2 AUTOCAR JAPAN「BYDを抜き『世界一』へ テスラ、第1四半期で生産台数43万台超 予想下回るもライバル追い抜く」を参照。
※3 BYD Auto Japan「BYD 2023年の年間販売台数が過去最高となる300万台超え 世界の新エネルギー車(NEV)市場を大きくリード」を参照。
※4 トヨタ自動車「BYDとトヨタ、電気自動車の研究開発合弁会社『BYD TOYOTA EV TECHNOLOGYカンパニー有限会社』が発足」を参照。
※5 ダイヤモンド・オンライン「テスラを猛追!『EVの新王者』中国BYD、新車ドルフィンは300万円を切るのか?」を参照。
※6 Forbes JAPAN「中国のEVメーカーBYD創業者が語る『テスラを追い抜けた理由』」を参照。
※7 JBpress「日本市場に乗り込んできた中国『BYD』、痛感せざるを得ない歴史の変わり目」を参照。
※8 中華IT最新事情「株価158倍の神株『BYD』。EVシフトの追い風に乗る中国版テスラ」を参照。
※9 Science Portal China「王伝福-中国電気自動車産業のパイオニア」を参照。
※10 現代ビジネス「自動車業界の覇権争いを制するのはどこか…トヨタが中国『BYD』に屈する日」を参照
※11 日経XTECH「館林の金型メーカーがBYDと歩んだ12年、『いい判断だった』TMC社長」を参照。
※12 EV DAYS「BYDの電気自動車(EV)」を参照。
※13 Bloomberg「BYDが新型プラグインハイブリッド車発表、航続距離2000キロ超え」を参照。
※14 36Kr Japan「中国BYDの高コスパEVは『米国には作れない』 車両の分解で明らかにされた驚きの理由」を参照、および引用。
※15 Seizo Trend「なぜBYDは世界を獲れた?『BYD・テスラ・VW』3車分解比較で判明、圧倒的コスパの秘密」を参照。
※16 中華IT最新事情「欧州EV市場は中国とテスラに侵食される。UBSの衝撃的なレポート」を参照。
※17 BYD Auto Japan「【特集】BYDの電気自動車(EV)はなぜ優れているのか?」を参照。
※18 現代ビジネス「『テスラ』を猛追…中国『BYD』を率いてEV世界制覇を目指す、『電池大王』の正体」を参照。
※19 ShinDengen「中国における電気自動車の普及率と売れている理由 日本での取り組みも紹介」を参照。
※20 KDDI research atelier「研究員コラム もう海外ブランドは選ばない、中国消費者たちの国産ブランド回帰 ~国産ブランドの爆発的集客策~」を参照。
※21 BYD Auto Japan「BYD DOLPHINが『Best Buy Car of Europe 2024』を受賞」を参照。
※22 日本経済新聞「BYD、欧州攻略へ自動車船 2年で7隻追加」を参照。
※23 BYD Auto Japan「ハンガリーに欧州初のBYD新エネルギー乗用車工場建設へ」を参照
※24 Reuters「BYDが25年に欧州2カ所目の組立工場建設を計画 低価格車投入」を参照。
※25 日本経済新聞「世界のEV販売、2035年に新車の5割超 IEA見通し」を参照。

----------

永井 竜之介(ながい・りゅうのすけ)
高千穂大学商学部教授
専門はマーケティング戦略、消費者行動、イノベーション。産学官連携活動、企業団体支援、企業との共同研究および企業研修などのマーケティングとイノベーションに関わる幅広い活動に従事。主な著書に『 マーケティングの鬼100則』(ASUKA BUSINESS)、『 分不相応のすすめ 詰んだ社会で生きるためのマーケティング思考』(CROSS-POT)などがある。

----------

(高千穂大学商学部教授 永井 竜之介)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください