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なぜAppleは「環境に優しい」と連呼するのか…多くの日本人が気付いていない「世界のビジネスの新常識」

プレジデントオンライン / 2024年6月27日 10時15分

世界アースデイにアップルストアのロゴが緑の葉でライトアップされた。2021年4月16日、中国・上海。 - 写真提供=CFOTO/共同通信イメージズ

ビジネスにとって「持続可能性(サステナビリティ)」はどれだけ重要なのか。立教大学ビジネススクールの田中道昭教授は「新しいApple Watchが『カーボンニュートラル』を謳っているように、グローバル企業ではサステナビリティに取り組むことが当たり前になっている。すでに世界の潮流となってしまっているので、日本企業は出遅れないほうがいい」という――。

■アップル「2030年までに全製品をカーボンニュートラルにする」

世界中のユーザーが注目するアップルの新製品発表会「Apple Event」。昨年9月のApple Eventでは、機能やデザイン、価格とは別の視点から目を引いた製品があった。アップル初の“カーボンニュートラルな製品”として発表されたアップルウォッチ・シリーズ9(第9世代)だ。

Apple Watchシリーズ9は、Apple初のカーボンニュートラルな製品
アップル、コーポレートサイトより

カーボンニュートラルとは、温室効果ガスの排出量を実質ゼロにするという意味だ。

製品にかかわる排出源は、主に素材・電力・輸送の3つがある。このアップルウォッチでは、製造に100%クリーン電力を使用し、排出量の78%を削減。削減しきれない部分は、環境保護プロジェクトに投資することなどで相殺する。この計算には、販売後にユーザーが充電する総電力量も含まれている。

カーボンニュートラルは、自社の活動だけで達成するのは難しい。アップルはサプライヤーに協力を求め、関連業務には再生可能エネルギーを使用してもらった。

アップルは2020年に発表した「Apple2030」で、2030年までに全製品をカーボンニュートラルにすると宣言している。製造や輸送にかかわるグローバルなサプライチェーン全体、製品のライフサイクル全体を含めてカーボンニュートラルにするというもので、「Apple2030」の第一歩となったのがアップルウォッチ・シリーズ9ということだ。

■iPhoneは「クリーンなエネルギーを利用できる時間帯」を表示

昨年9月のApple Eventでは、環境・政策・社会イニシアティブ担当のリサ・ジャクソン氏が次のように語った。

「アップルは実績のある長年の取り組みにより、気候変動との闘いにおける推進的な役割を果たしてきた。再生可能エネルギー、低炭素設計への重点的な取り組みで、すでに業界をリードする排出量削減を実現している。そして、私たちは手を緩めない」

彼女がいう“気候変動との闘い”は大げさでなく、アップルの危機感と使命感が相当に強いことを示している。

アップルはオフィス、店舗、社員の出張などに関してカーボンニュートラルを達成したと2020年に発表している。具体的には、オフィスで消費電力の80%を削減し、再生エネルギーのプロジェクトを進め、他社と温室効果ガスの排出権を取り引きするカーボンクレジットも積極的に購入している。

2021年の株主総会では、全製品をリサイクル材だけで生産する構想を発表した。実際にiPhoneでは、リサイクル素材の使用が継続的に拡大している。

アプリの開発にも“気候変動との闘い”は表れている。昨年iPhoneやiPadのホームアプリに追加した「グリッド予報」だ。よりクリーンなエネルギーを利用できる時間帯が表示され、ユーザーの電力使用に役立てるツールとなっている。

■メガテック企業が「持続可能性」に取り組む理由

日本でもカーボンニュートラルをめざす企業が年々増えている。しかし、欧米企業に比べると出遅れた印象は否めない。日本全体で経営者、従業員、消費者、株主などの危機感と使命感が、欧米ほど強くないせいではないだろうか。

アップルはじめGAFAMは、持続可能性(サステナビリティ)に積極的に取り組んでいる。IT企業はデータセンターなどで多大な電力を消費するため、当然の使命感ともいえる。しかし、積極的なサステナビリティへの取り組みに、業界の違いによる差はあまり見られない。

テスラは製品のEV車だけでなく、クリーンエネルギーのエコシステムも高く評価されている。太陽光で発電し、蓄電池に蓄え、EV車で効率的に使うというエコシステムだ。

テスラはマスタープランでも、気候変動の問題には必ず触れてきた。順を追って見ていくと、危機感と使命感の高まりが読み取れるのではないだろうか。

マスタープラン1(2006年)
〈テスラの最大の目的は、採鉱と燃焼による炭化水素経済から太陽光発電経済への移行を促進すること〉

マスタープラン2(2016年)
〈私たちは持続可能なエネルギー経済を実現しなければならない、さもなければ、燃やす化石燃料がなくなり、文明が崩壊する〉

マスタープラン3(2023年)
〈地球全体のために持続可能なエネルギーを創造する〉
〈地球に投資するということ〉
〈持続可能なエネルギー経済は、技術的に実現可能であり、現在の持続不可能なエネルギー経済を継続するよりも、少ない投資と少ない資源で達成できる〉

■「地球」や「人類」を主語にして考えるテスラ

ただのスローガンや大言壮語でなく、マスタープラン3では目標となる具体的な数値が示されている。

蓄電:240TWh
再生可能エネルギーによる発電(電力):30TW
製造設備への投資:10兆ドル
必要なエネルギー:2分の1
必要な地表面積:0.2%以下
2022年の世界GDPに対する割合:10%
リソース面での解決困難な課題:ゼロ

2030年までに上記の数値を実現すれば、2050年には地球全体が100%持続可能なエネルギーに転換できると説明している。

もはやテスラが何に取り組むかの問題でなく、対象は〈地球全体〉、主語は〈われわれ人類〉というようにスケールが大きくなっている。

CEOのイーロン・マスク氏は「私たちが伝えようとしているのは、希望的観測ではなく、実際の物理学と現実的な計算に基づいた希望と楽観のメッセージです。地球は持続可能なエネルギー経済に移行できるし、移行するでしょう」と語っている。彼の危機感、使命感も相当に強いことがわかるだろう。

【図表】テスラの本質
筆者作成

■いち早くカーボンニュートラルを達成したボッシュ

日本で気候変動の問題が語られるとき、企業のコスト負担、費用負担が強く意識され、「事業との両立は難しい」との意見が聞かれる。しかし日本は、2030年度に温室効果ガス46%削減(2013年度比)、2050年にはカーボンニュートラルを達成するという目標を掲げている。すでに是非を議論する段階は過ぎ、いまはどのように取り組むかを検討すべきだ。いずれ取り組むことになるなら、早く着手するほうが得策だとの見方もできる。

世界最大の自動車部品サプライヤーであるボッシュは、2020年にグローバルな製造業で初めてカーボンニュートラルを達成した。現在は、自社のノウハウを提供する事業を展開し、地球環境保護と収益性の両立を追求している。

欧米企業の危機感が高いのは、数値データをもとに現状を捉えているからだろう。例えば、世界の平均気温は昨年も最高を記録し、おそらく今年も更新すると予想されている。

持続可能性を高める活動に取り組み、成果を出している経営は「サステナビリティ・トランスフォーメーション」(SX)と呼ばれる。このSXについて、富士通は昨年15カ国・11業種の経営者層600人を対象にアンケート調査を実施し、「富士通SX調査レポート2024」にまとめた。

■「持続可能性への取り組み」が、高い事業成果をあげる

この調査では、持続可能性に取り組むと同時に高い事業成果をあげている企業を「チェンジメーカー」と呼んでいる。チェンジメーカーは調査サンプル全体の11%を占め、そのうち過去12カ月間で利益、株価、市場シェアが増加したと回答した企業は、チェンジメーカー以外よりも高い割合を示したという。

チェンジメーカーの65%は、SXへの取り組みが売上・収益に直接貢献したと回答した。チェンジメーカーは、自社の利益拡大を最重要課題とせず、地球と社会にプラスの影響を与えるために持続可能性に取り組むが、結果として高い事業成果をあげるという“チェンジメーカーのパラドックス”を生んでいるというのだ。

【図表】過去12カ月で増加・向上した指標、「富士通SX調査レポート2024」より
「富士通SX調査レポート2024」より

チェンジメーカーがSXを推進する主な動機を見ると、「ブランドイメージ・評価向上」63%、「社会に良い影響を与える」60%、「地球環境の影響を低減」54%、「事業成長と拡大」52%、「投資の呼び込み」52%がベスト5となっている。過去12カ月で増加・向上した指標では、「顧客満足度」65%、「社会的責任(CSR)指標」65%、「収益」60%、「環境パフォーマンス指標」60%、「従業員満足度」59%がベスト5である。

■なぜ日本から「チェンジメーカー」が出ないのか

この調査からわかるのは、一部のチェンジメーカーはSXに取り組むことで、売上増大、生産性向上、社員エンゲージメント向上を実現していることである。

SXが事業成果に与える影響は、業種による違いがある。SXと事業成果を両立しやすい業種、両立しにくい業種があるということだ。

チェンジメーカーが各業種で占める割合を見ると、上位5業種は「資源・エネルギー」17%、「医療・ヘルスケア」13%、「銀行・金融」11%、「製造」11%、「流通・小売」11%となっている。

【図表】業種別チェンジメーカーが占める割合
「富士通SX調査レポート2024」より

しかし業種の違いによる差は、国の違いによる差よりはるかに小さい。

国別にチェンジメーカーが占める割合を見ると、ドイツ24%、フィンランド23%、シンガポール17%、スペイン17%、米国12%となっている。最下位は、0%の日本とニュージーランドだ。

【図表】国別のチェンジメーカーの割合
「富士通SX調査レポート2024」より

アンケート調査なので、国ごとのSXに対する意識や景気などが影響することも考えられる。ドイツやフィンランドでは「SXと事業成長は両立するのが当たり前」と考える経営者層が多く、日本の経営者層は謙遜して「両立していない」と答えたのかもしれない。

ただしアップル、テスラ、ボッシュなどの例を見ると、日本ではまだ際立ったチェンジメーカーが出ていないことも確かだ。これからサステナビリティと事業成長を両立する日本企業が出てくることを期待したい。

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田中 道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント
専門は企業・産業・技術・金融・経済・国際関係等の戦略分析。日米欧の金融機関にも長年勤務。主な著作に『GAFA×BATH』『2025年のデジタル資本主義』など。シカゴ大学MBA。テレビ東京WBSコメンテーター。テレビ朝日ワイドスクランブル月曜レギュラーコメンテーター。公正取引委員会独禁法懇話会メンバーなども兼務している。

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(立教大学ビジネススクール教授、戦略コンサルタント 田中 道昭 構成=伊田欣司)

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