「学校に行きたくない」にも「わかる」と返すべき…英才教育よりも効果的な「心理的安全性」を高めるフレーズ
プレジデントオンライン / 2024年7月6日 10時15分
※本稿は、黒川伊保子『孫のトリセツ』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
■成功するチームには「心理的安全性」がある
ここ数年、企業の人事部で「心理的安全性」というキーワードが話題に上っている。
グーグルが4年にも及ぶ社内調査の結果、効果の出せるチームとそうでないチームの差はたった一つ、心理的安全性(Psychological safety)が確保できているか否かだ、と言い切ったからだ。
心理的安全性とは、「なんでもないちょっとしたことを無邪気にしゃべれる安心感」のこと。つまり、脳裏に浮かんだことを素直に口にしたとき、頭ごなしに否定したり、くだらないと決めつけたり、皮肉を言ったり、無視したりする人がチームにいないことである。
結論がなくてもいい、なんなら、その言葉が浮かんだ意図さえも把握できていなくていい。たとえば「さっき、駅の階段でつんのめって怖かったんです(別に落ちたわけじゃないけど)」とか「今朝、夢を見たんですよね(何の夢か覚えてないけど)」のような、オチも結論も対策もない話が抵抗なくできること――それが心理的安全性である。
■日本では「風通しのいい職場」と解釈されたが…
数年前、グーグルがこのことを提唱したとき、日本の優良企業は、皆それをキャッチアップしたのだが、なかなか咀嚼(そしゃく)できなかったようだ。
天下のグーグルの、精鋭チームに必要な唯一の資質が、戦略力でも調査力でも開発力でも実行力でもなく、「なんでもしゃべれる安心感」だなんて……。世界を制覇した成果と心理的安全性がどうつながっているのか、それがまったく見えないからだ。
結局、「心理的安全性」を「風通しのいい職場」と解釈して、「風通しのいい職場に。ハラスメントをゼロに」というキャンペーンに代えて、お茶を濁している企業も少なくなかった。
そうはいっても、今さら「風通しのいい職場」なんていうことを、天下のグーグルが世界的に発表するだろうか。グーグルの提言の熱意と、「風通しのいい職場」という帰結のぬるさ。その温度差に、なんとも腑に落ちない、落ち着かない。それが、大方の日本の企業人の感覚だったようだ。
実際、ネットで「心理的安全性と、ぬるい会話をどう区別したらいいんだ?」という議論が交わされたりしている。
■頭ごなしの対話は、若い人の発想力を奪う
しかしながら、この提言を聞いたとき、私は雷に打たれたような気がした。なぜなら、私の研究の立場からは、「真理」のど真ん中だったから。今まさに、世界中のチームが身につけるべき資質。さすがグーグル、本当にいい企業なんだなぁと、ため息をついた。
ヒトは、発言をして嫌な思いをすると、やがて発言をやめてしまう。「こんなこと、上司に言ったって、頭ごなしに否定されるだけ」「親に言ったって、説教食らうだけ」「妻に言ったって、イラつかれるだけ」「夫に言ったって、皮肉が返ってくるだけ」――そんな思いを何度かすれば、浮かんだことばを吞み込むようになる。
最初の何回かは、浮かんだことばを呑み込むのだが、やがて、その人の前ではことばが浮かばなくなる。つまり、「感じる領域」と「顕在意識」を遮断してしまうのである。それは、とりもなおさず、発想の水栓を止めてしまうということ。つまり、いきなりネガティブな反応を返されると、ヒトは発想力を失うのである。発想力だけじゃない、自己肯定感まで下げてしまう。
グーグルは、斬新な発想で、今までにない世界観を作り上げてきたデジタル企業だ。こんな企業で、若い人たちの発想力を止めてしまったら、それこそ致命的なのである。
■いま、どんな英才教育よりも大事なこと
もちろん、同じことが家庭にも言える。大人たちの、良かれと思って繰り出す「いきなりのダメ出し」が、子どもたちの発想力に蓋をしてしまうのである。同時に、自己肯定感も低くなってしまう。AI時代に突入し、人類に必要な資質は、発想力と対話力、そしてそれを支える自己肯定感に集約してきている。
今、どんな英才教育より、子どもたちの心理的安全性を確保しなければならない。
心理的安全性を確保するには、2つの原則がある。
(1)相手が話し始めたとき、いきなり否定しない
(2)相手に話しかけるとき、ダメ出しから始めない
否定もダメ出しも、もちろんしていい。ただし、いきなりしない。ただそれだけでいいのである。まぁただこれが、案外難しいのだ。
■家族全員が2つの原則を守る
そうそう、もう一つ、気をつけなければならないことがある。孫の心理的安全性を確保するためには、家族全員に、同じように接しなくてはならない。
孫にはできても、自分の連れ合いに、あるいは子どもたち(孫の親や叔父叔母)に、心理的安全性を損ねるような会話を常時展開していたら、孫は、安心することができない。一貫して、「気持ちを受け止める余裕のある人」であることを見せる必要がある。
まぁ、そうは言っても、家族は一発触発、時には感情がぶつかり合うときもある。たまのことは、あまりに気にしないでいい。脳は繊細な感性を持っているけれど、だからこそ「粗雑な異常値」は「雑音」として切り落としてくれる。日常にしなければいい。
■一言目は「いいね」か「わかる」で受ける
それでは、心理的安全性を確保する対話術その1、「相手が話し始めたとき、いきなり否定しない」について。コツは簡単、家族の話は、「いいね」か「わかる」で受けると覚悟を決めればいい。
相手が無邪気に言ったこと、ポジティブな気持ちで言ったことが、たとえ「ふざけんな」と思うことであっても、気持ちだけは受け止めてあげたい。なぜなら、無邪気に言ったことを否定されると、ヒトは話すことをやめ、発想力に蓋をするからだ。
私は、息子を育てるとき、この「その1」のルールを、けっこう守ってあげた。1991年生まれの彼が、AI時代を生きていく第一世代になることがわかっていたから。
「今日は学校に行きたくないなぁ」にも「わかるわぁ。雨だしね」みたいに。「いっそ、休んで遊んじゃおうかな」にも「いいね、ママも休んで、ホットケーキ焼いてあげたいなぁ」で受ける。「けど、そんなわけにはいかないこと、わかってるんでしょ?」と言うと、「まあね」と言ってランドセルを背負ったっけ。
たまには、そのまま休む日もあったけど、人生、それくらいの息抜きがあったっていいんじゃないのかなぁ。まぁ、そのあたりの考え方(学校は休まずに行くべき)は、人それぞれの哲学なので、気持ちを受け止めた後、きっぱりと送り出すのもよし。要は、子どもの最初のつぶやきを受け止めるってことだ。
息子が33歳になる今でも、私は、彼の気持ちの発露は「そうね」で受けている。週末、山で遊んできた月曜日の、「こんな日は会社に行くのがつらいよね」(私が社長の会社なんだけど)にも「そうよねぇ」と笑顔で。
■心は受け止めて、事実はクールに進める
実際、腹も立たない。ヒトの脳には、情の回路と理の回路があって、その2つの回路の答えは大きく違う。情で揺れても、理性でなんとかするのが人間だもの。揺れた情の一言をいちいち正す必要もない。共感して慰撫(いぶ)してやれば、たいていは、理の回路に切り替わる。
人間のコミュニケーションには、2本の通信線がある。「心の通信線」と「事実の通信線」だ。心は受け止めて、事実(ことの是非)はクールに進めるのが、対話の達人である。
「わかるよ、君の気持ち」と受け止めたあと、「でもね、相手にしてみたら、受け入れがたいかも」とダメ出しをし「こうしたら、スムーズだったんじゃない?」とアドバイスをする。他人にそれができる人でも、家族には、いきなり「何やってんの。お前も○○すればよかったんだよ」とダメ出しする人が多い。
前者は、心理的安全性が確保される対話、後者は心理的安全性が損なわれる対話ってことになる。
■名前を呼ばれても「イヤ」なイヤイヤ期
子育てのフェーズには、「親が、子どもの言動をいきなり否定しやすい時期」がある。最初に来るのが2歳のイヤイヤ期、次に4歳のなぜなぜ期、最後に思春期である。
親が何をしても、誰かが一貫して言動を受け止めてあげれば、心理的安全性は確保できる。その誰かになってあげて。
我が家の孫息子は2歳3カ月、今まさにイヤイヤ期真っ最中である。おむつを替えるのもイヤ、着替えるのもイヤ、何にせよ、こちらから誘うと全部イヤ。調子に乗って、返事が「イヤ」になるのが面白すぎる。
名前を呼んでも「イヤ」、おやつに誘っても「イヤ」、「抱っこする?」にも「イヤ」。もちろん、いけしゃあしゃあとおやつを食べ、抱っこしてもらいに来るけどね。反射的に、口について出ちゃうみたい。
そのほか、「ちがうよ〜」もよく言うけど、力が入りすぎると、ヤンキー兄さんみたいに「ちげぇ〜よ〜」になって、これもめちゃかわいい。
「お風呂に入るよ〜」と言ったら絶対来ないので、私が先に入って、ボディソープの泡で、鏡や壁をもこもこにしておいて、「消防士さん、お願いします!」と呼ぶと、タッタと走ってきて、シャワーできれいに流してくれる。仁王立ちになって、両手でシャワーヘッドを掲げる姿は、まさに消防士そのもの。その間に、さっさとシャンプーしちゃう。
■親は「わかるよ」と言ってやれる余裕がない
お風呂へ誘い込むのはうまくいっているけど、お風呂上がりのおむつはなかなかさせてくれないので、夕べは、ソファにしっかり水たまりを作ってしまった。
我が家は大人が4人いて手が足りているので、ここで叫ばないで済むけど、ワンオペだったら、きっと「何なのぉ〜」って叫んでるだろうなぁ。「イヤ」も「ちげぇ〜よ〜」もかわいいなんて言っていられないに違いない。
親たちがイヤイヤ期を楽しむ余裕は、どれだけ手が足りているかと、イヤイヤ期を「誰でも通る当然の道」としておおらかに笑い飛ばしてくれる祖父母がいること。
2歳児のイヤイヤには、そう全部「わかるよ」とも言っていられない。特に日常生活を回している親には。
■祖父母が「地球実験」をやらせてほしい
でもね、親がいたずらだと決めつけて叱る「地球実験」を、たまには、祖父母はやらせてほしい。この星に降り立って、わずか2年。彼らは、この星がどういう星か確かめるために、実験を重ねているのである。すべての実験が叱責で封じられてしまったら、脳が好奇心に駆られて走り出すより、あきらめるほうが簡単だと思ってしまう可能性がある。
昨夜、孫は、フォローアップ・ミルクの瓶に手を突っ込んで、ミルクの粉をがしがしと握った。私は、彼にウィンクをして、「たしかにそれ、やってみたくなるよね」と言ったら、満面の笑顔を浮かべたあと、恍惚となりながら手触りを楽しんでいた。
ミルクは無駄になっちゃったけど、彼の脳に、感性情報を一つ送り込めたなぁとしみじみする私。けれど、その後、そのミルクを布団の上にばらまきそうになったときは、手を握って「ダメーっ」って叫んだけどね。こっちにだって、さすがに限界はある。
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脳科学・AI研究者
1959年、長野県生まれ。人工知能研究者、脳科学コメンテイター、感性アナリスト、随筆家。奈良女子大学理学部物理学科卒業。コンピュータメーカーでAI(人工知能)開発に携わり、脳とことばの研究を始める。1991年に全国の原子力発電所で稼働した、“世界初”と言われた日本語対話型コンピュータを開発。また、AI分析の手法を用いて、世界初の語感分析法である「サブリミナル・インプレッション導出法」を開発し、マーケティングの世界に新境地を開拓した感性分析の第一人者。近著に『共感障害』(新潮社)、『人間のトリセツ~人工知能への手紙』(ちくま新書)、『妻のトリセツ』『夫のトリセツ』(講談社)など多数。
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(脳科学・AI研究者 黒川 伊保子)
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