JRE BANK誕生早々に申し込み殺到…特典大判振る舞いの「Suica経済圏」がトップに躍り出る日はくるか
プレジデントオンライン / 2024年7月2日 9時15分
■口座開設の申し込み殺到で受付制限も
2024年5月9日より、JR東日本グループは、デジタル金融サービス「JRE BANK」を開始した。アプリやウェブサイトから口座開設や振込、定期預金、住宅ローンなど銀行サービスが利用可能なだけでなく、鉄道会社ならではの特典やキャンペーンの魅力もあり、口座開設の申し込みが殺到した。状況によって受付を制限する日があるほどの人気となっている。足元の獲得口座数は未公表ながら、当初目標の100万口座獲得は、早期に達成されそうな勢いだ。
申し込み殺到の原因となった、JRE BANKの主な特典サービスには、①1枚でJR東日本営業路線内の片道運賃・片道料金を4割引で提供する「JRE BANK優待割引券」(最大年10枚)、②「どこかにビューーン!」(通常6000ポイント)を4000ポイントで提供するクーポンのプレゼント(最大年12枚)、③無料の普通列車グリーン券(Suicaグリーン券)を提供(最大年4枚)の3大特典に加え、JR東日本グループホテル宿泊料金の最大20%割引やルミネカード年会費相当額(1048円)の還元など、条件に応じて様々な特典を得ることができる。
■商業施設やホテルとの相乗効果も期待
なお、JR東日本グループは、主なSC運営事業として、新宿、大宮、横浜などターミナル駅中心のルミネ、恵比寿・品川・上野、川崎などのアトレに加え、エキュートやグランスタ等の駅ナカ商業施設を展開している。
また、JR東日本ホテルズは、東京駅内にある「東京ステーションホテル」や、外資系高級ホテルブランドと提携した「メズム東京、オートグラフ コレクション」を有する。その他にも、丸の内や池袋、長野、仙台にあるメトロポリタンホテルズ(16棟)、渋谷や秋葉原、新潟などにあるJR東日本ホテルメッツ(30棟)など、全部で64棟を有している(※1棟は台湾)。
こうした自社グループが展開する商業施設やホテルに対するJRE BANKの追加の特典やキャンペーンなどにより、双方にさらなる相乗効果が生まれることも期待できよう。
■背景には人口減少と移動ニーズの減少がある
滑り出し好調のJRE BANKを開設したJR東日本の狙いはどこにあるのだろうか。
JR東日本グループの経営ビジョン「変革2027」(2018年7月)によれば、今後の経営環境の変化として①人口減少と②鉄道による移動ニーズ減少を挙げている。
①人口減少においては、営業路線内である東京圏(東京、埼玉、千葉、神奈川)では、2025年以降、緩やかに人口が減少し、東北地方では、2040年までに3割近くの人口減少が見込まれる。
②鉄道による移動ニーズ減少では、2020年以降、人口減少や働き方の変化、ネット社会の進展や自動運転の実用化などにより、鉄道による移動ニーズが縮小し、固定費割合が大きい鉄道事業では急激に利益が圧迫されるリスクが高い、としている。
このため、鉄道を中心とした輸送サービス事業から、生活サービス事業とIT・Suica事業に経営資源を重点投入することで、鉄道事業と非鉄道事業との割合を現状の7:3から6:4にシフトしようとしている。
JR東日本では、銀行を持つことでJRE POINTやSuicaの魅力を高め、①鉄道やホテルの利用や駅ナカ消費の拡大、②顧客マーケティングへの活用などにより、グループ全体の収益の多様化と拡大を目指しているのだ。
![山手線の電車](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/d/0/1200wm/img_d0369d0568a59a1145ca855ec97be775772819.jpg)
■「ごちゃごちゃしている」という改善点
JR東日本肝いりの銀行開設であり、特典もキャンペーンも大判振る舞いではあるが、JRE BANKには改善点も多そうだ。
その際たるものが、「ごちゃごちゃしている」「面倒くさそう」というものだ。
最大の売りである、特典を得るためクリアすべき条件が複雑に設定されており、特典を受ける際には、「えきねっと」などJR東日本の他のサービスとIDを連携する必要がある。
細かい話だが、割引など特典利用の対象は、JR東日本の営業路線に限られており、例えば、多くのビジネス・観光需要があるJR東海道新幹線はJR東海の管轄のため対象外である。また、敦賀まで開業したばかりで話題のJR北陸新幹線も、特典の対象となるのはJR東日本の営業路線内である東京~上越妙高間までだ。
無料Suicaグリーン券を除けば、特典の多くは割引特典であり、パッケージツアーや50歳以上が入会できる「大人の休日倶楽部」の方が、割引率がよく使い勝手がいいとの声もある。
特典に関しては、こうした特典利用の煩雑さに加え、他社でみられるような、開業キャンペーン後の特典改悪リスクを早くも懸念する声もある。
また、JR東日本のサービスには、既にSuicaやビューカードなどがあり、「JRE BANKとJREポイントの違いは?」「JRE BANKとSuicaやビューカードとの関係が分からない」「JALカードSuica付が、ポイント還元で最強なのでは」といった声もSNSには上がっている。
■「Suicaアプリ」を2028年度に投入する計画
その他、特典を得るために必要な、預金残高300万円以上や給与振込口座への指定などの条件も、多くのユーザーにとってハードルが高いといえよう。
特に、給与や年金の振込口座の指定変更は、JRE BANKに限らず、簡単ではない。例えば、既に利用しているメガバンクやネット銀行の給振口座を、住宅ローンやクレジットカード、電気料金などの引落口座にしている場合も多く、これらを同時に移すとなると手続きも大変なものになる。
こうした問題点の解決には、ポイントやIDの整理統廃合や、分かりやすいマーケティングが不可欠であるが、JR東日本側でも早速、以下の対応策を打ち出している。
2024年6月、JR東日本は、中長期ビジネス成長戦略「Beyond the Border」を発表した。このなかで「Suicaアプリ(仮称)」を2028年度に投入するとしている。「Suicaアプリ」では、鉄道・交通、移動と一体のチケットサービス、金融・決済、生体認証、マイナンバーカード連携、タイミングマーケティング、健康、学び、物流、行政・地域サービスとの連携などを順次盛り込んでいくという。
「Suica経済圏」を拡大し、鉄道サービスだけでなく、非鉄道サービスと連携した事業拡大により、楽天、PayPay、Ponta、dポイント、Vポイントの5大ポイント経済圏に挑むことになる。
![街角でスマホを使う女性](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/3/1200wm/img_9348a498304951a4c052691af015bd44168627.jpg)
■会員IDの統合により「ごちゃごちゃ」の解消へ
なお、JR東日本では現在、「モバイルSuica」や予約サービスの「えきねっと」など鉄道サービスの他、クレジットカードの「ビューカード」、銀行サービスの「JRE BANK」、ポイントサービスの「JRE POINT」、ECの「JRE MALL」などを展開している。それらの多くは会員IDなどが別々だ。2027年度までにこれらの会員IDを統合し、統一IDを構築するという。まだ先の話だが、ユーザーからの不満が多い「ごちゃごちゃしている」「面倒くさい」も解消していきそうだ。
JR東日本では、会員ID統合とSuicaアプリなどによる「Suica経済圏」の拡大により、2023年度の非鉄道サービス(生活ソリュ-ション)の営業収益8470億円、営業利益1703億円を、10年後の2033年度には倍増させる計画だ。
なお、国内では、Suicaをはじめ交通系ICカードが独占状態だが、海外では普及しているクレジットカードの「タッチ決済」での乗車が可能な鉄道やバスが、国内でも増えてきている。首都圏では、東急電鉄が2024年5月から、クレジットカードでのタッチ決済乗車の実証実験を始めており、Suicaには潜在的脅威となりそうだ。
■ゆうちょ銀行との連携も考えられる
公益性を持つ鉄道事業も運営するJR東日本の最大の強みは、格付けにも裏付けされた、圧倒的な安心感・信頼感・ブランド力である。
そのJR東日本が運営するJRE BANKを含むSuica経済圏は、この先、JR各社や首都圏私鉄各社との連携に加え、日本郵政や楽天などとの連携も考えられよう。
実際、2024年2月には、JR東日本グループと日本郵政グループとが、「社会課題の解決に向けた連携強化」に関する協定を締結している。顧客減少に直面する両社は、郵便局・駅の一体経営などに加え、デジタル化による地域の暮らし支援として、①ゆうちょ銀行とモバイルSuicaの連携、②両社グループ共同での加盟店開拓を挙げており、JR東日本・日本郵政連合の進展も見込まれる。
![日本郵政グループ、JR東日本グループの共同会見。写真は左から増田寬也日本郵政社長、深沢祐二JR東日本社長=2024年2月21日、都内](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/3/1200wm/img_53835504ece932bb207da606c904cbaa326562.jpg)
■JRE BANKが所属しているのは「楽天銀行」
ところで、実は、JRE BANK自体は銀行免許を持っておらず、ネオバンクという形態をとっている。
ネオバンクとは、自らは銀行免許を持たず、既存銀行のインフラを利用し、金融サービスを主にスマホなどで提供する形態だ。
JRE BANKの場合、所属銀行は楽天銀行であり、JR東日本グループ傘下のビューカードが銀行代理業者となる。ユーザーが持つ口座も、楽天銀行「JREはやぶさ支店」、同「JREとき支店」、同「JREこまち支店」のいずれかとなり、実際の預金の預かりや住宅ローンの貸付などは楽天銀行が行うことになる。
ネオバンクとして、金融サービスを提供するメリットは、時間とコストだ。自社で銀行免許を取得するには、システム構築など莫大(ばくだい)なコストがかかり、認可にも長い期間を要することになる。
金融インフラを提供する楽天銀行や住信SBIネット銀行など既存銀行側のメリットは、顧客層と手数料の拡大となる。
■JR東日本・日本郵政・楽天の連携には注目
なお、現状、JRE BANK口座と楽天IDとの連携はなく、楽天ポイントが付与されることもない。今のところ、可能性は低いが、将来的に、Suica経済圏と楽天経済圏が連携するようになれば、他を圧倒する一大ポイント経済圏が誕生することになろう。
なお、2021年3月、日本郵政グループと楽天グループは資本・業務提携しており、日本郵政が楽天グループに1500億円出資している。JR東日本・日本郵政・楽天の3社による連携の動きにもこの先注目しておきたい。
■京王電鉄は2023年にネオバンクを設立
ネオバンクは、既に、JALや高島屋にヤマダデンキ、オープンハウス、北海道日本ハムファイターズなどが設立している。巨額のコスト負担なくスピーディに銀行業務に参入できることから、この先も、日常的に顧客と多くの接点を持ち、デジタル会員IDを多数保有しているような非金融企業によるネオバンク設立が続きそうだ。
鉄道会社では、JR東日本に先立ち、2023年9月、京王電鉄が鉄道グループ初のネオバンク「京王NEOBANK」を設立している。銀行サービスに加え、京王沿線約750店舗で京王ポイントが貯まり使えるサービスを展開しており、京王NEOBANK住宅ローンでは、最大12万円相当のポイントが付与されるという。
JR東日本と同じように、他の多くの鉄道会社も、人口減少と鉄道需要の減少に直面するなか、鉄道事業から非鉄道事業へのシフトとして、小売り・不動産・デジタル・金融の強化などを進めたり検討したりしている。
![電卓の上にのった家の模型](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/e/1200wm/img_4ec37e42d254d20b383be837b21f051d158568.jpg)
■デジタル個人金融での競争激化が予想される
例えば、ドル箱の東海道新幹線を抱えるJR東海、関西圏を抱えるJR西日本などに加え、首都圏では、東急や小田急、西武や京急、東京メトロなど、JR東日本の銀行設立を踏まえ、非鉄道サービスの強化の一環として、ネオバンクなど金融業の強化を検討することになろう。
鉄道会社など固定顧客を持つ異業種のネオバンクが参入することは、ユーザーにとっては選択肢が増え、多様で利便性が高いサービスが提供されることになる。
一方で、メガバンクや地銀だけでなく、金融DX企業にとっては、異業種の新規参入により、ポイント経済圏に代表されるデジタル個人金融でのさらなる競争激化に晒(さら)されることが予想される。
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株式会社マリブジャパン 代表取締役
金融アナリスト、事業構想大学院大学 客員教授。三菱銀行、シティグループ証券、シティバンク等にて銀行クレジットアナリスト、富裕層向け資産運用アドバイザー等で活躍。2013年に金融コンサルティング会社マリブジャパンを設立。世界60カ国以上を訪問。バハマ、モルディブ、パラオ、マリブ、ロスカボス、ドバイ、ハワイ、ニセコ、京都、沖縄など国内外リゾート地にも詳しい。映画「スター・ウォーズ」の著名コレクターでもある。1993年慶應義塾大学経済学部卒。2000年青山学院大学大学院 国際政治経済学研究科経済学修士。日本金融学会員。著書に『銀行ゼロ時代』(朝日新聞出版)、『いまさら始める?個人不動産投資』(きんざい)、『なぜニセコだけが世界リゾートになったのか』(講談社)、『地銀消滅』(平凡社)など多数。
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(株式会社マリブジャパン 代表取締役 高橋 克英)
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