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日本人ならスラスラ説明できて当たり前…20年ぶりに刷新された「新札トリオ」のとんでもない功績

プレジデントオンライン / 2024年7月3日 10時15分

日本銀行金融研究所貨幣博物館内に展示されている新円紙幣。新紙幣の流通開始は2024年7月3日。20年ぶりのデザイン変更となる。(=2024年5月27日、東京) - 写真=picturedesk.com/時事通信フォト

新札の顔、渋沢栄一、津田梅子、北里柴三郎はどのような人物だったか。作家で歴史家の井沢元彦さんは「この人たちの歴史的業績は一般の日本人にとってはあまり馴染みがないように思える。新紙幣発行を機に、功績が見直されていることを期待している」という――。

■「もう新紙幣など必要ない」が世界の常識

20年ぶりとなる新たな紙幣が発行されました。

中国あたりからは、なぜ日本はこの期に及んで新紙幣など発行するのかという声も聞こえてきます。というのは、これだけキャッシュレスが進んだ時代に、もう新紙幣など必要ないというのが世界の常識なのです。紙幣自体が発行部数を減らされ、最終的には消滅するのは時代の趨勢ですから。

そもそも新紙幣をなぜ発行するかといえば、主な目的は偽札防止のためです。もちろんインフレや経済事情の悪化などで高額紙幣を発行しなければいけない場合もありますが、日本は幸いにもそうした危機はうまく乗り越えてきました。ただ、紙幣は金貨銀貨などのコインと違って印刷物なので原価が非常に安く、それゆえに偽札をうまく作れれば大儲けができる。ですから、昔から贋金(にせがね)づくりというのは知能犯罪の代表的なものでした。

ところで紙幣というと、まさにその「顔」である肖像が思い浮かびますよね。なぜ紙幣には肖像がつきものなのか考えたことはありますか? 紙幣以前に使われていたコインにちなんだのではないかと思った方は、国際情勢通でもあり歴史に詳しい方ですね。確かに皇帝や国王の横顔をデザインした金貨銀貨はローマの昔からあります。しかしそれは西洋の話です。中国はあまり金が産出しない国で、昔から金貨はなく、代表的なコインである銅銭には漢字が刻まれていました。日本もその伝統を受け継いで、中国と違って世界最大級の金の産出国でもあった時代もあるのに、コインの肖像に天皇や将軍の横顔を使った例は一つもありません。とにかく、肖像を硬貨も含めたお金に使うという伝統は日本にはなかったのです。

■「顔」なら贋物だと識別できる

ところが明治維新の後、日本はコインに龍や菊といったデザインを用いたにもかかわらす、紙幣には肖像を使うようになりました。一体なぜでしょう。コインと違って紙幣は印刷物ですから贋物が作りやすい。では贋物防止の為にデザインを複雑にすれば良いかというと、決してそうではないのです。たとえばウロコがたくさんある龍の絵は確かに複雑ですが、贋物が作られると人間の目にはその違いがよくわからないのですね。今でも間違い探しというパズルがありますが、人間の目はそれほど識別力が高くはないのです。

しかし肖像だけは違います。人間の顔はあれだけ複雑な情報でありながら、ちょっとでも本物と違うとすぐに贋物だと識別できるのです。これは脳の特性の問題なのですが、それに着目した人類は昔から紙幣に多く肖像を使ってきました。日本が天皇の横顔を使ったコインなどを作らなかったのは、そんな卑しいものに神聖な天皇の顔を使うのは畏れ多いという感覚があったからです。しかし、欧米先進国並みに紙幣を発行しようと日本が考えたとき、そうも言っていられないので肖像を使うようになりました。

■新紙幣発発行でキャッシュレスが加速する

それにしてもなぜ、21世紀にもなって新紙幣発行に踏み切ったのかといえば、長年培ってきた偽造防止のための印刷テクニックを継承発展させなければならない、と国が考えたのではないかと思います。

それがこのキャッシュレス時代に、あえて新紙幣発行に踏み切った理由でしょう。ただし、このことが逆にキャッシュレスを推進する可能性もあります。というのは、これまでキャッシュレスを拒否し紙幣を使ってきた店舗は、新紙幣に合わせて食券や駐車料金の券売機を変更しなければなりません。これは結構費用がかかるんですね。

駐車場の自動精算機を操作するビジネスマン
写真=iStock.com/ablokhin
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ablokhin

確かにそうしたものを生産しているメーカーは利益になるでしょうが、そんなことに費用をかけるならば、いっそのことキャッシュレスの端末にした方がいいと考える人々も出てくるでしょう。ひょっとしたら国はそこまで考えて、あえて新紙幣発行に踏み切ったのかもしれません。これはちょっと深読みかもしれませんが。

■不遇の天才医学者「北里柴三郎」

ところで、今度の「新札トリオ」渋沢栄一、津田梅子、北里柴三郎とはどんな人物だったかご存じでしょうか。私の偏見かもしれませんが、この人たちの歴史的業績は一般の日本人にとってはあまり馴染みがないように思われます。

まず新1000円札の北里柴三郎(1853~1931)ですが、「近代日本医学の父」などと呼ばれていますし、なんとなく「偉いお医者さん」だなというイメージがあるかもしれません。しかし私に言わせれば、この人の業績はまさにノーベル賞級のものです。

「血清療法」をご存じですか? 簡単に言えば、人を殺してしまうような毒素を人工的に弱毒化させ人間以外の動物に注射し抗体を作らせ、その抗体を含む「血清」を抽出し人間に投与することによって病気を治療する方法です。実はこれを発見したのは北里柴三郎なんですね。

若き日の北里柴三郎
若き日の北里柴三郎(画像=Roy17/PD Hong Kong/Wikimedia Commons)

もちろん人類初のことで、この成果は共同研究者のエミール・ベーリング(1854~1917)と連名の論文で世界に発表されました。にもかかわらず、第1回のノーベル生理学・医学賞(1901)ではベーリングのみがその功績で受賞し、北里は選ばれませんでした。はっきり言いましょう。この時代は欧米列強が世界を制し、有色人種の国を植民地化していた時代でした。だから当然白人優越の思想があり、北里はそうした人種差別によって受賞できなかったのだと私は確信しています。

残念ながらノーベル賞委員会はこうした見方を否定しているようです。そんな差別はなく、ではなぜ北里が受賞できなかったという問いに関しては「北里は血清療法を開発したのではなくベーリングに実験結果を伝えただけ」と「誤解」したからなのだそうです。しかしなぜそんな誤解をしたのかといえば「有色人種にそんな画期的な発見ができるはずがない」という偏見があったからではないでしょうか。それを人種差別と人は呼ぶのではありませんか。

ちなみにペスト菌を発見したのも北里柴三郎ですが、これも同時期に発見した白人医学者の功績になっています。これも有色人種に対する偏見のせいだと考えるのは私のひがみでしょうか。私はこの新紙幣発行が契機となって、北里の功績が見直されることを期待してやみません。

■当時の常識を覆した「津田梅子」

新5000円札の津田梅子(1864~1929)の功績は何でしょうか。

日本における女子高等教育の推進者で、女性の地位向上に貢献した――その通りなんですが、こういう書き方をするとその人がいかに苦労したかが消えてしまう、というのが歴史学者ならぬ歴史家としての私の意見です。

男女同権といえばそれが完全に実現されているかどうかは別として、誰もが否定できない理想ですよね。ただしそれは現代の常識であって、かつてはむしろ「女はでしゃばらずに家庭に引っ込んでいろ」というのが日本の常識でした。昭和20年以前、つまり戦前にも普通選挙はありましたが、選挙権を持っているのは男子だけで女子は除外されていました。それが「普通」だったのです。

当然、「女には高等教育など必要ない」ということを公言しても、非難されるどころか喝采を浴びることすらありました。そうした中、津田梅子は女子高等教育の実現を成し遂げたのです。彼女の創立した学校は女子英学塾と言いましたが、現在は彼女の名前をとって津田塾大学と呼ばれているのも、彼女の功績が極めて大きいからです。

津田梅子の肖像画
津田梅子の肖像画(画像=Reka severnaya/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons)

ではどうして日本は「女は引っ込んでいろ」という世界だったのか。実はそれは江戸時代からの話であって、戦国時代以前の女性はもっと自由でした。そもそも卑弥呼も北条政子も女性です。日本は女性が強い国だったのです。ところがそれが変わったのは、徳川家康が日本に武士の道徳として儒教それも女子に対する偏見が根強い「朱子学」という学派を導入したからです。

■不可能を可能にした「渋沢栄一」

家康がそうしたのは、日本に主君に対する忠義というものを確立するためでした。家康は兄貴分の織田信長が、引き立ててやった明智光秀に殺され、その天下も引き立ててやった豊臣秀吉に奪われたのを見ています。徳川の政権下でそんなことが起こっては困りますから、主君に対する忠義を極めて重んじる朱子学を武士の道徳としたのです。

1866年頃の渋沢栄一
1866年頃の幕臣・渋沢栄一(画像=WTCA/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons)

ところがこの事には恐るべき副作用がありました。一つは今述べたことです。朱子学は男尊女卑が徹底しているために、女性の地位が日本の歴史の中で一番低下しました。そしてもう一つ、朱子学では「商売は人間のクズのやること」と考えており、朱子学が普及するにつれて武士たちの誰もがそういう考え方を抱くようになったことです。

信長が永楽銭というコインを旗印にしていたように、日本にはそのような伝統はありませんでした。しかし朱子学の普及によって、商売あるいは国際的な商売である貿易もすべて「悪」になってしまったのです。明治維新の時に、日本は貿易立国を目指し国内でも商業を盛んにする必要があったのに、多くの武士はそれを「悪」だと考えていたということです。

井沢元彦『歴史・経済・文化の論点がわかる お金の日本史 完全版 和同開珎からバブル経済まで』(KADOKAWA)
井沢元彦『歴史・経済・文化の論点がわかる お金の日本史 完全版 和同開珎からバブル経済まで』(KADOKAWA)

それなのになぜ、日本は近代化に成功し資本主義が確立したのでしょうか?

それは新1万円札の渋沢栄一(1840~1931)が常識を変えたからなのです。ではどうやって変えたのか?

今回の新紙幣発行にタイミングを合わせる形になりましたが『歴史・経済・文化の論点がわかる お金の日本史 完全版 和同開珎からバブル経済まで』(KADOKAWA刊/2024年6月19日発売)を上梓させていただきました。

不可能を可能にした渋沢の功績――それは「お金の日本史」のメインテーマでもあります。私はそのことを日本人にもっと深く理解して欲しいと思って、この本を書きました。

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井沢 元彦(いざわ・もとひこ)
作家/歴史家
1954年、名古屋市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、TBSに入社。報道局在職中の80年に、『猿丸幻視行』で第26回江戸川乱歩賞を受賞。退社後、執筆活動に専念。独自の歴史観からテーマに斬り込む作品で多くのファンをつかむ。著書は『逆説の日本史』シリーズ(小学館)、『英傑の日本史』『動乱の日本史』シリーズ、『天皇の日本史』『絶対に民主化しない中国の歴史』(いずれもKADOKAWA)など多数。

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(作家/歴史家 井沢 元彦)

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