国産では自信を持ってお客に出せない…創業70年の名店が「サバの文化干し」をノルウェー産に切り替えたワケ
プレジデントオンライン / 2024年7月2日 10時15分
■保存性を高めて旨味を引き出す干物
日本の伝統食ともいえる魚の干物。日本では縄文時代から魚や貝を干して食べていた痕跡が残っており、江戸時代には各藩が地元で獲れた魚を利用して、長期保存が利く庶民の日常的な食べ物として重宝されてきた。
全国津々浦々、さまざまな干物が作られてきたが、今、周辺の魚資源の減少によって、干物の原料となる魚が国産で賄えず、海外から集められて生産されるようになっている。
魚の干物は、単に保存性を高めるだけでなく、旨味をより引き出す効果もある。水分量が多い魚を塩分入りのタレに浸けてから干すことが多く、腐りにくくすると同時に、旨味成分・アミノ酸が増え、旨味が凝縮されておいしく感じられる。
もともとは地元で獲れた魚を有効利用、ひいては付加価値を高めるべく生産されてきた干物だが、今や外国産の原料がじわり浸透している。製造するのは国内各地の水産加工業者なのだが、周辺でたくさん獲れていた魚の水揚げが少なくなり、原料を確保できなくなっているという。
■身が大きく脂が乗った国産サバは安定調達できない
国内有数の魚の水揚げを誇る千葉県の銚子港では、かなり古くから干物生産が盛んに行われてきた。カタクチイワシを使った目刺しや、マイワシの丸干しなどのほか、干しサバの生産も盛んだ。銚子港で魚の仕入れを行う水産業者によると、「20年以上前には、地元で獲れたサバを中心に、多くの業者が干物を作っていたが、今は作れないね」という。
なぜかといえば「干物に向くような、ある程度の大きさで脂が乗ったサバが地元で調達できないから」とこの業者は説明する。銚子では、かつてサバがたくさん獲れた時期もあったものの、ここ何年も水揚げは少なく小型魚ばかり。缶詰用か、飼料や肥料向けが大半を占めるようになっている。
同市の水産加工業者「丸安」でも、乾燥機を使ったサバの「文化干し」の原料は「銚子港の水揚げが不安定なため、かなり前からノルウェー産を使っている」という。仕入れの担当者は、「十数年前、地元の冷凍業者から銚子で揚がったサバを薦められて使ったことがあるが、干物に向く質と量がまかなえず、継続的な仕入れはできなかった。ほかの産地のサバも探したが、なかなか安定して仕入れられる原料は見つからない」と話す。
急激な円安により、仕入れ値は高くなっているが、「十分な量が確保できることと脂の乗りが良いことなど、ノルウェー産のサバにはいい干物を作るのに必要な条件がそろっている」(丸安)と説明する。高品質のサバの干物を安定的に生産するには、今や国産の原料ではまかなえないようだ。
■老舗ブランドでも10年以上前からノルウェー産
1953年創業、干物の老舗である「判助」(福島県いわき市)では、干しサバの製造に加え、高級ブランド干物店「銀座判助」(東京都中央区)で商品の販売や、併設された飲食店で干しサバ料理を提供し、大人気となっている。判助の加工場担当者によると、「干しサバの原料については、10年以上前からノルウェー産」だという。
仮に常磐・千葉沖などで獲れたサバを使おうとしても、数が揃わないばかりか、小さくて脂の薄いサバが大半で、いつでもおいしいサバの干物を提供するのが難しいというわけだ。その結果、国産サバの多くが飼料や肥料、もしくは缶詰用をはじめ、海外需要に可能性を見いだす輸出に向けられている。
銚子の干物業者も含め、「地元で獲れたサバを主体とした干物作りは、大量生産に向かなくなった。地元中心の小さな干物業者なら別だが、都市部のスーパーなどに納める規模の大きな干物業者にとって、国産のサバが干物原料の主流だったのは今から30~40年も前のことではないか」(銚子の水産業者)とみる。それ以降、次第にノルウェー産の比率が高まってきたようだ。
■アジの開きも韓国産とヨーロッパ産頼み
干物の名産地、神奈川県小田原市の加工業者「山安」では、古くからアジの開きを作ってきたが、ここでも近場の漁港で原料となるアジを調達できなくなったため、数十年前から外国産、あるいは、遠く長崎県産などのアジを原料にするようになったという。
同社の関係者によると、「今は韓国産のアジを仕入れることが多く、あとは北欧産など。なかなか国産のアジは確保できず、輸入魚が7割近くを占めるようになっている」と打ち明ける。
静岡県の沼津市の干物作りも、輸入原料への依存度は高まっている。沼津市の干物業者によると、「地元で獲れるアジはごくわずかで、良質のアジをコンスタントに仕入れることはできない」といい、国産の干物に向く原料を求めて、長崎県などの漁港で水揚げされたアジを扱っている。
それでも十分な原料な確保できないことは多く、これまで韓国産のほか、オランダやアイルランド産のアジを調達することで生産を継続してきた。最近は「オランダやアイルランド産のアジが減産で品薄となっているため、韓国産を仕入れるケースが多い」(沼津市の干物業者)と話しており、アジの開き作りも輸入魚なしでは成り立たない現状があるようだ。
■居酒屋ではアメリカ産のシマホッケが人気
首都圏の台所、東京・豊洲市場(江東区)でも、取引される干物の原料原産地が、外国産という種類は少なくない。サバ、アジのほか、ホッケやアカウオの開き干しも、外国産の魚が使われているのだ。
豊洲市場の加工品専門卸「丸千千代田水産」によると、ホッケの開き干しといえばかつては北海道産のマホッケが中心で、米国・アラスカ産などのシマホッケは「水っぽくて不人気だった」と話す。ところが近年、「居酒屋などで『身離れが良くて食べやすく、脂が乗っておいしい』と人気が上がり、料理店からの注文が絶えない」(豊洲卸)という。
米国産シマホッケの人気は、築地場外市場(東京都中央区)でも上昇中。今ではホッケといえば「シマホッケ」というほど需要が高まり、マホッケの仕入れをしない干物店もある。同様にアカウオの干物も、豊洲・築地ともに国産に比べ、アラスカ沖で漁獲された米国産が目立つ。さらに、干したシシャモは国産原料が少なく、ノルウェーやアイスランド産が原料に使われている。
干物原料に輸入魚を使うことが増える一方、「ハタハタやカマスは国産が少ないものの、外国産の代替原料がなくて品薄気味」と豊洲の卸会社。これに対し、カタクチイワシなどを使った目刺しや煮干し、シラス干しはいわゆる純国産。ムロアジなどを原料にした「くさや」についても、十分な国産原料があることなどから、わざわざ輸入魚を使って作る必要もないようだ。
■原料は変わっても継承された技術は変わらない
輸入魚を使った干物などの情報は一部はラベルなどで確認できるが、干物のパックでは前面に「銚子加工」や「沼津加工」といった加工地や干物業者の屋号などの表示が目立ち、原料が輸入物とは気付かないこともあるだろう。干物を含め水産加工品を製造・販売する際には、製造者(加工業者)の所在地のほか、原料原産地の表示が義務付けられているから、買って食べる前にチェックしてみるのもいいかもしれない。
海洋環境の変化に伴い、日本周辺の魚の水揚げは低調に推移。近年は、過去最低水準を更新しているというのが現状だ。そうした中で、今後も干物の原料に外国産の魚を使うケースは増えそうだ。
ただ、原料が外国産であっても、国産を敬遠して安い輸入魚で儲けを出そうというわけではない。特に今は円安に加え、世界的に魚需要が高まっているため、簡単に安く魚を輸入できる環境ではなくなっている。
各地で干物を生産する干物業者は、かつて地元の魚を使った保存食として干物を生産してきたが、状況は一変。それでも、それぞれ培ってきた技術や製法を継承しながら、自慢の干物作りを行って消費者に提供し続けている。
例えば沼津市の干物は、アジの開き干し作りに関し、慎重な原料選びの上で魚をさばき、血抜きをし、駿河湾の海洋深層水を使った特性の塩汁に浸けてから一枚一枚アジを並べ、独自の乾燥法で旨味を引き出しながら干物を完成させている。うまく輸入魚を活用しながら、自慢の干物を作ることで伝統的な製法を守り続けていることを忘れてはならない。
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時事通信社水産部長
1967年、東京都生まれ。専修大学経済学部を卒業後、1991年に時事通信社に入社。水産部に配属後、東京・築地市場で市況情報などを配信。水産庁や東京都の市場当局、水産関係団体などを担当。2006~07年には『水産週報』編集長。2010~11年、水産庁の漁業多角化検討会委員。2014年7月に水産部長に就任した。著書に『ルポ ザ・築地』(時事通信社)、『美味しいサンマはなぜ消えたのか?』(文春新書)など。
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(時事通信社水産部長 川本 大吾)
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