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「でも農大でしょ?」世田谷の新興私立小学校の人気が"幼稚舎"超えも歯牙にもかけない慶應OBOGの超自己肯定感

プレジデントオンライン / 2024年6月29日 10時15分

慶應義塾大学の旗(写真=慶應義塾大学/PD-Japan-organization/Wikimedia Commons)

「お受験で下剋上」が起きたとの報道でクローズアップされているのが、6年前に開校した世田谷区の東京農業大学稲花小学校。日本初の私立小で例年絶大な人気を誇る慶應義塾幼稚舎よりも志願者倍率が高かった。だが、慶應OBOGはそうした新興の動きを歯牙にもかけていないという。ジャーナリストの田中幾太郎さんがリポートする――。

■「幼稚舎をしのぐなど100年早い」

「稲花(とうか)という小学校を意識したことなど一度もありません。そもそも、名前を耳にしたのも今回が初めて」

と話すのは慶應義塾幼稚舎のOG。中学生の一人息子も幼稚舎からの塾生(慶應在学生)だ。

彼女が東京農業大学稲花小学校(東京・世田谷区)の存在を知ったのは先日、「日経ビジネス電子版」で「お受験で下剋上 開校わずか6年目の私立小、慶応幼稚舎しのぐ人気」(5月8日配信)という記事を読んで。そこでは同校の躍進ぶりをレポート。志願倍率などを比較し、幼稚舎に「引けを取らない人気」だと伝えている。

「志願倍率で幼稚舎を超えたと書いてあり、その通りだったんですが、少し気になったので2024年度入試(2023年11月実施)を調べてみると、稲花小の実質倍率(受験者数÷合格者数)は8.9倍で、幼稚舎(9.6倍)より下だった。もっとも、こうしたデータを比べてどちらが上でも、稲花のような新興小学校が幼稚舎をしのぐなど、100年早い気がしますが」(同OG)

稲花小学校が開校したのは2019年。東京23区内に新しい小学校が誕生するのは59年ぶりだった。東京農業大学は系列中高一貫校3校を擁するが、小学校は初めて。同大の関係者によると、「少子化の進む中、早いうちから優秀な人材を確保するために小学校から大学までの一貫教育を取り入れるべきではないかとの意見が以前からあった」という。いわゆる青田買いの発想である。

ただ、稲花小学校の場合、東京農業大学までの内部進学の可能性があるという理由で人気が出ているわけではない。「慶應義塾大学に進むことがほぼ約束されている幼稚舎とは事情はだいぶ異なる」と話すのは「お受験」の世界を30年以上見てきた幼児教室の経営者だ。「慶應と東京農大のブランド力の差は歴然としていますが、そもそも稲花小の受験者は大学までを想定しているとは限らない」という。

■大学までの一貫校ではなく進学校

稲花小学校を卒業した生徒は、「一定の学力基準に達している」という条件はあるものの、大半は隣接する東京農業大学第一高校(通称「農大一高」)中等部に内部進学する。なお、同校は来年度から高校募集を停止。完全中高一貫校になる。

東京農業大学稲花小学校ウェブサイトより
東京農業大学稲花小学校ウェブサイトより

「農大一高から東京農大に推薦入学制度を使って内部進学する生徒は少なく、毎年十数人しかいない。子どもを稲花小に入れようとする保護者からすると、小中高一貫の進学校としての位置づけ」と前出の幼児教室経営者は話す。

今年、農大一高(卒業生317人)は国公立大81人、早慶上理191人、明治大109人の合格者を出しており、その合格実績は年々高まっている。

稲花小学校が躍進している背景には上位校のこうした実績に加え、世田谷という立地の良さや、東京農業大学の農場を使った体験型学習など、理系に強いことなどがある。さらに幼児教室経営者は「現代の中流家庭にマッチしている」点を挙げる。学校に直結しているアフタースクール(学童)が共働きの家庭にも歓迎されているようだ。

通常月は週1利用で月8000円、週5で3万4000円、特別月(4、7、3月)は週1で1万400円、週5で4万4200円の費用がかかるが、ほぼ全生徒が登録。利用時間は下校時から午後6時半までとなっているが、7時まで延長預かり(有料)ができ、稲花小学校の重要なアイテムになっている。「校内のさまざまな施設を使い、イベントも盛りだくさん。楽しみにしている児童も多く、今のところ大成功だと思う」と東京農業大学関係者は自画自賛する。

「学校側も保護者たちもどこか必死な感じがする」と話すのは冒頭で登場した幼稚舎OGだ。前出「日経ビジネス電子版」で初めて稲花小学校を知ったというが、住まいは比較的近い場所にあり、いろいろ気になりだして調べてみたという。「内実はわかりませんが、目の前のことにあくせくしている雰囲気。余裕がなさすぎ」と手厳しい。

■幼稚舎OBOGの特権意識

新興小学校など歯牙にもかけないという態度の幼稚舎OGだが、その不遜ともいえる言動はどこから来るのだろうか。良くも悪くも「幼稚舎は私立小学校の最高峰」であるという強烈な自負がうかがい知れる。それもそのはず、小学校受験いわゆるお受験ブームを牽引してきたのも幼稚舎なのだ。

慶応義塾大学幼稚舎小学校
慶応義塾大学幼稚舎小学校(写真=Harani0403/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)

1994年、「スウィート・ホーム」(TBS)というドラマが大ヒットした。山口智子が演じる母親がお受験の狂騒に巻き込まれていくストーリーだ。最終回で主人公の息子が合格するのが「慶陽幼稚部」という小学校だった。

この回は26.9%の最高視聴率を記録した。演出したのは昨夏大きな話題となった同じTBSの日曜劇場「VIVANT」などヒットを飛ばし続ける福澤克雄氏。慶應を創設した福澤諭吉の玄孫(やしゃご)である。慶陽幼稚部のモデルが福澤氏の母校・幼稚舎なのはいうまでもない。ちょうどこの頃、幼児教室を始めたという前出の経営者は次のように振り返る。

「“お受験”という言葉が広まったのも、このドラマからです。そうした世界を皮肉った内容なのに、これをきっかけに小学校受験が右肩上がりで伸びていく。ドラマによって幼稚舎が身近になり、セレブの日常が自分たちの手の届くところにあるとママさんたちに思わせたのです」

幼稚舎が開校したのは1874年。日本最古の私立小学校である。幼稚舎の生徒は「自分たちこそが慶應を代表しているといった意識が6年間のうちに植えつけられていく」(OG)という。幼稚舎から中等部や普通部に内部進学すると、そうした意識の影響がもろに出る。幼稚舎の卒業生以外は中学や高校を受験して慶應に入ってきた生徒。そこで、幼稚舎出身者は自分たちのことを「内部」、中学からの生徒を「外部」と呼んで区別するのだ。

「幼稚舎でないほうが人数が多いし、差別されたわけではありませんが、彼らが僕らのことを外部と呼んでいるのを知って、いささかショックでした」と振り返るのは慶應義塾高校(通称「塾高」)から入学した塾員(慶應義塾大学卒業生)だ。

「幼稚舎からの連中の中にはものすごく勉強ができる生徒もいる代わりに、劣等生も少なくなかった。塾高ではけっこう留年者も出るんですが、その多くは幼稚舎OBだった。なのに、いつまで経ってもエリート意識だけは持ち続けている感じでした」

■横浜初等部など相手にしていない

慶應には幼稚舎のほかにもう1校、小学校がある。2013年に開校した慶應義塾横浜初等部だ。2024年度入試の志願倍率は幼稚舎が10.6倍(定員144人、志願者数1532人)だったのに対し、横浜初等部13.2倍(108人、1429人)。横浜初等部のほうが狭き門ということになるが、幼稚舎OGは「他の新興小学校と一緒。伝統の重みがまるでない。相手にしていない」と眼中にない様子。幼稚舎のプライドなのか、負け惜しみなのか判然としないものの、前出の幼児教室経営者は「たしかに幼稚舎のほうが人気ははるかに上」だと話す。「慶應は戦略的に入試日をずらして、幼稚舎も横浜初等部も受けられるようにしている。どちらも合格した場合、幼稚舎を選ぶケースが圧倒的に多い」というのだ。

慶應義塾大学校旗
慶應義塾大学校旗(写真=XIIIfromTOKYO/CC-BY-3.0/Wikimedia Commons)

保護者からすると、幼稚舎にセレブ家庭が多いという点に魅力を感じるようだが、理由はそれだけではない。中学への内部進学で、両校には明白な差があるのだ。幼稚舎からは中等部、普通部、湘南藤沢と慶應傘下のすべての中学を選べる。一方、横浜初等部からは湘南藤沢以外の選択肢はない。さらには、中等部からはすべての高校、男子校の普通部からは慶應義塾女子高校を除くすべての高校に行くチャンスがある。しかし、湘南藤沢中学からは湘南藤沢高校だけ。つまり、あらゆる可能性を残している幼稚舎とは違い、横浜初等部に入った時点で高校までのコースが決められてしまうのだ。

「当面、幼稚舎の優位性は揺るぎそうにない。あくまでも大学までずっと慶應という前提ですが」と幼児教室経営者は話す。

ただ、そのアドバンテージも最近、少し怪しくなっている。大学までの内部進学がほぼ約束されている有名小学校の人気に陰りが見え始めているのだ。2024年度の志願者数は前年度から軒並み大幅に減った。幼稚舎52人減、横浜初等部56人減、早稲田実業初等部142人減、青山学院初等部54人減、成蹊小学校112人減……。

「小学校の段階で子どもを大学まで決められたコースにはめ込んでしまっていいのか、親たちも疑問を感じだした。子どもたちにはなるべく楽をさせたいが、本人の主体性に委ねる余地も残しておかなければならないと気づき、稲花小のような新興小学校にも目が向くようになった」(幼児教室経営者)

お受験の世界も大きな曲がり角に来ていることだけは間違いなさそうだ。

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田中 幾太郎(たなか・いくたろう)
ジャーナリスト
1958年、東京都生まれ。『週刊現代』記者を経てフリー。教育、医療、企業問題を中心に執筆。著書は『慶應三田会の人脈と実力』『三菱財閥最強の秘密』(以上、宝島社新書)、『日本マクドナルドに見るサラリーマン社会の崩壊/本日より時間外・退職金なし』(光文社)ほか多数。

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(ジャーナリスト 田中 幾太郎)

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