日本に豊田章男氏がいたのは幸運だった…「EV化の真実」を主張し続けた豊田氏が筆者に明かした「真意」
プレジデントオンライン / 2024年7月5日 8時15分
※本稿は、杉山大志ほか『SDGsエコバブルの終焉』(宝島社)の原文を元に一部を再編集したものです。
■豊田章男という「政治と戦える経営者」
世界中の自動車メーカーが政治に翻弄されるなか、日本にとって幸運だったのは、豊田章男という政治と戦える経営者(日本自動車工業会会長も兼任)がいたことだ。
「すべてEVにしろと言う政治家がいるが、それは違う」と、真っ向から権力に立ち向かった。
EV脳のメディアは「EVに出遅れたからハイブリッドにしがみついている」、「エンジン廃止宣言をしたホンダを見習え」とトヨタバッシングを繰り広げた。
典型例が、2021年8月に朝日新聞系のウェブサイト「論座」が掲載した「米国で強まるトヨタ自動車批判」という記事だ。
トヨタがロビー活動によってEVの普及を妨害しているというその筋ではちょっと有名な日本人記者が書いたニューヨークタイムズの記事を引用しながら、気候変動問題に消極的なメーカーというレッテルをトヨタに貼った。
■トヨタのマルチパスウェイ戦略は明らかに正しい
しかし、急速なEV一本化は無理だから、ハイブリッド、プラグインハイブリッド、水素など、あらゆる手段を使いつつ、ベストミックスを探って二酸化炭素を着実に減らしていきましょうというトヨタのマルチパスウェイ戦略は論理的にみて明らかに正しい。
後述するが、この考えは欧州自動車工業会も同じだし、バイデン政権の方向性とも基本的には合致する。
ニューヨークタイムズと言えば朝日新聞の提携相手。そして論座は朝日新聞の直系メディア。身内の日本人記者が書いた記事を逆輸入し、海外でも批判されているという印象操作を行った自作自演記事と思われても仕方ないだろう。
■「豊田章男氏の姿勢は支持に値する」米紙が紹介
この記事が出た2年後の2023年、ウォールストリートジャーナルが社説で「トヨタのEV対応、異端視され標的に」と題する非常に興味深い記事を出した。
気候変動対策推進派のロビー団体や進歩的な投資家たちがあの手この手でトヨタにプレッシャーをかけている状況を伝える一方、EV急増に見合うバッテリー需要を満たすだけの天然資源の確保は困難であること、EV1台分のバッテリーに使う原材料でプラグインハイブリッドなら6台、ハイブリッドなら90台生産できること、そして90台のハイブリッドによる二酸化炭素削減量はEV1台による削減量の37倍に達するというトヨタの試算を紹介。
「気候変動対策推進の信奉者にとって不都合な真実を語る豊田章男氏の姿勢は支持に値する。そして、自動車業界リーダーの中で、そうした行動を取る勇気を持った人物が彼だけだというのは、恥ずべき状況だ」という結論で締めくくった。
■「豊田章男会長のコメント」の中身
実はこの記事を紹介した私のSNSに、豊田章男会長からコメントが付いた。
「残念ながらこんな記事を書いてくれるメディアは日本にはありませんね。日本での発信は、正直、意味がなくなってきてますね」
本当にそうだと思う。
なかでも傑作だったのが、上記ウォールストリートジャーナル社説の1カ月後に出た日本経済新聞の社説だ。
「日本車は謙虚な学びでEV化に対応を」と題し、「電気自動車(EV)の波が自動車市場の競争ルールを塗り替えつつある。エンジン時代に世界をリードした日本車各社は、過去の栄光にとらわれて後手に回ってはならない。先を走る海外の例から学んで事業モデルを刷新し、日本を引っ張る基幹産業として存在感をさらに発揮してほしい」。
数年前ならまだしもEVブームの減速が表面化した時点でどれだけ周回遅れなんだよ、と、このご高説に自動車関係者の多くが呆れたのは言うまでもない。
■G7広島サミットで「EV販売の数値目標」は盛り込まれなかった
もうひとつ、傑作だったのが2023年11月の東洋経済オンライン「トヨタ最高益を礼賛できないEV周回遅れの深刻」という記事だ。
お馴染みの周回遅れ論だけでは飽き足らず、還暦過ぎのライターが54歳の佐藤恒治社長に対し歳をとりすぎだと批判。ここまで来るともはやギャグである。さすが、「ハイブリッドは座礁資産」と書いたメディアである。
ここは同じギャグで「トヨタを礼讃できない周回遅れメディアの深刻」と返しておこう。
ほとんど知られていないが、2023年5月に開催されたG7広島サミットは、EVにまつわる一連の騒動に区切りを付ける大転換点となった。
共同声明にEV販売の数値目標は盛り込まれず、文書化されたのは「2035年までに保有車両のCO2排出量を2000年比で半減」というフレーズのみ。
「敵は二酸化炭素であり内燃機関ではない」、「脱炭素には様々な技術で取り組むべき」という日本自動車工業会の主張が主要先進国に認められた格好だ。
これはまさにパラダイムシフトである。
■二酸化炭素削減率なら日本がトップ
環境原理主義的な考えをもつ米国のケリー気候問題担当大統領特使は最後までEV販売目標の記載にこだわったと聞いているが、最終的には議長国の日本が押し切った。
岸田首相と経済産業省、サポート役の日本自動車工業会は素晴らしい仕事をしたと思う。
尺度がEV比率から二酸化炭素削減率になった途端、実績面でも技術面でも日本が一気にトップに躍り出るからだ。
そもそも二酸化炭素を一切出さないEVこそが唯一の解決策であるという意見は、生産から廃棄に至るトータルでの指標、LCA(ライフ・サイクル・アセスメント)という考え方のもとでは説得力が薄れる。
たしかに走行時の排出はないが、バッテリー生産時に多くの二酸化炭素を排出すること、また火力発電が主流である限り間接的に二酸化炭素を排出するからだ。
大量のバッテリーを積んだ大きく重くパワフルなEVを「エコだから」と選ぶ行為は笑止千万であって、むしろ貴重で高価なバッテリーを有効活用するべく、EVの数十分の1のバッテリー容量で済むハイブリッド車を多く販売した方がトータルとしての二酸化炭素排出量を減らすことができる。
事実、2001年を基準にした過去20年間の自動車による二酸化炭素排出量を見ると、先進国のなかで最も削減率が大きいのはマイナス23%を達成した日本。イギリスがマイナス9%、フランスがマイナス1%と続き、多くの人が環境先進国だと思っているドイツはプラス3%、米国に至っては9%も増えている。
■日本人はハイブリッド・軽自動車を誇りに思うべき
日本の削減率がダントツに高いのは、他のどの国よりもハイブリッドの普及率が圧倒的に高いことに加え、安くて小さくて軽くて燃費のいい国民車=軽自動車が販売シェアの約40%を占めているからだ。
われわれはこの事実を誇りに思うべきだし、売る側(自動車メーカー)と買う側(ユーザー)が一体となって成し遂げた成功モデルを広く輸出することが世界に対する日本の貢献にもなる。
■「EVオンリーでカーボンニュートラル達成はできない」各国が一致
ケリー氏の抵抗を押し切り、日本政府がここまで粘ることができた背景には、意外かもしれないが各国自動車工業会の後押しがあった。
サミット直前の4月4日、日本自動車工業会が一通のリリースを出した。大手メディアにはまったく注目されなかったが、そこには驚くべき内容が書かれていた。
「2050年カーボンニュートラル達成に向け各国自動車工業会と方向性を再確認」という題名で、内容は大きく3つ。
カーボンニュートラル達成には、①EVだけでなく様々なアプローチが必要。②新車に加え使用中の自動車から出るCO2を削減するためにカーボンニュートラル燃料の技術開発が必要。③政府と産業界のパートナーシップをより深め信頼できるインフラと強靱なサプライチェーンを構築することの重要性。
内容もさることながら、私が注目したのは賛同団体として、イタリア、アメリカ、カナダ、フランス、ドイツ、イギリス、日本、EUつまりG7を構成するすべての国と地域の自動車工業会の名前が入っていた点だ。
広島サミットを前に、各国の自動車業界が「EVオンリーでカーボンニュートラル達成はできない」という意見で一致していることを示し、各国政府にプレッシャーをかけることがこのリリースの狙いであり、政治はそれを受け入れた。
こうして広島サミットを機にG7各国は公式にEVオンリー政策から距離を置き、現実的なマルチパスウェイ政策へと舵を切ることになった。
もちろん、そこにはもうひとつの背景として中国に対する警戒もある。
性急なEV推進は、バッテリーやモーターの原材料を牛耳っている中国への依存度を高めることに直結するからだ。
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モータージャーナリスト
青山学院大学理工学部機械工学科在籍中から自動車関連の執筆活動を開始。2008年からテレビ神奈川「クルマでいこう!」のMCを務める。日本自動車ジャーナリスト協会理事。日本カーオブザイヤー選考委員。著書に『EV推進の罠』(ワニブックス)など。
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(モータージャーナリスト 岡崎 五朗)
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