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「アメリカの同盟国だから、中国は日本を攻撃しない」は甘い…ロシア・ウクライナ戦争でわかった「核抑止」の現実

プレジデントオンライン / 2024年7月4日 9時15分

東京大学先端科学技術研究センターの小泉悠准教授。 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

ロシアのウクライナへの軍事侵攻が続いている。東京大学先端科学技術研究センターの小泉悠准教授は「この侵攻は、ロシアが核保有国でウクライナが非核保有国だからこそ起きた。核を持つ中国と隣接する日本も同じ構造にある」という――。(前編/全2回)(インタビュー・構成=ライター・梶原麻衣子)

■ウクライナが5月末に独断で行った「危険な賭け」

――開戦から2年が過ぎたロシア・ウクライナ戦争ですが、2024年5月末から6月にかけて「西側各国がウクライナに対し、自国が支援した武器でロシア領内を攻撃することを許可する」という大きな動きがありました。

【小泉】実はこれに先立って、ウクライナが少々ヒヤッとするような行動に出ていました。ウクライナは5月23日ごろと26日ごろに、ロシア領内の弾道ミサイル早期警戒レーダーへのドローン攻撃を行ったのです。

これによってロシアが核の脅しのギアを上げてくるのではないかと冷や汗をかいたのですが、そうはならず、むしろ西側がロシア領内への攻撃を許可するという動きになっています。

具体的には、レーダー攻撃の翌日にNATOのストルテンベルグ事務総長がロシア領内攻撃を認めるべきだとの発言をしたのに続き、西側の中でも特に慎重だったドイツのショルツ首相、そしてアメリカのバイデン大統領も渋々ながら、限定的なものと条件を付けつつ攻撃を認めるに至りました。

これは、ウクライナが“賭け”に勝ったことを示しているのではないかと思います。

■狙ったのはロシアではなくアメリカ

これまで、西側諸国は「やり過ぎればロシアのレッドラインを踏み越え、事態のエスカレートを招き、核による報復が行われかねない」としてウクライナに自制を求めてきました。

ロシア自身も、あたかも明確なレッドラインがあるかのように振る舞い、エスカレーションを示唆することで西側諸国の介入を防いできました。これがロシアにとってはアメリカなどの直接介入を防ぐ最適戦略だったわけです。

一方、ウクライナの最適戦略は、「レッドラインなど存在しない」と示すことです。

「やり過ぎ」によるエスカレーションを恐れてロシアへの反撃が限定的なものにならざるを得ないことが、戦争を長引かせている。

そこでウクライナは、「ロシアは脅してくるけれど核なんて使えっこない、レッドラインなんてないんだ」ということを証明するためにレーダーへの攻撃を行ったのではないか。

いわば、ウクライナによるロシア領内への攻撃は、ロシアというよりはアメリカに対して「早く攻撃許可を出せ」との脅しの意味を持つデモンストレーションだったのではないかと思うのです。

■ロシアは「眼」を攻撃されても、核は使わなかった

――西側が思っていたよりも核使用のレッドラインはずっと後方にあった、と。

【小泉】核使用は、国家元首にとってはやはり究極の選択です。あれこれと使用条件を提示していても、実際には「いつ使うか」「どうなったら使うか」なんて、実際のところはプーチン本人にもわからない。これが「宣言政策」と「運用政策」の根本的な違いです。

演説するプーチン大統領「核の3本柱」の開発継続
写真=タス/共同通信社
演説するプーチン大統領「核の3本柱」の開発継続 2024年6月21日、モスクワのクレムリンで軍大学校の卒業生らを前に演説するロシアのプーチン大統領 - 写真=タス/共同通信社

宣言政策とは、「こういう事態に至った場合には核を使う」と明確にチェックリスト方式で述べることを指します。もともとロシアの軍事ドクトリンには核使用の二つの基準があり、それは「相手が大量破壊兵器を使った場合」と「通常兵力による侵攻であっても、ロシア国家が存亡の危機に陥った場合」に核を使うとしています。

さらに2020年に「核抑止政略の分野における国家政策の基礎」という文書が公表され、先の二つに加えて「ロシアの核抑止政策・核抑止力に影響を及ぼすような重要インフラが攻撃を受けた場合」と「核弾頭を積んでいることが確実な弾道ミサイルの発射を探知した場合」が追加されました。

これはあくまで宣言政策なので、実際の運用となると最終的にはプーチンが脂汗をかきながら、核を使うかどうか判断するんだろうと思います。チェックリスト通りに「この条件が満たされたので、次は核使用」というようにはいかない。

実際、ウクライナが攻撃したレーダーは核抑止力を支えるシステムであり、ロシアの「眼」ともいえる重要なインフラですが、ここが攻撃されてもロシアは核による報復を行いませんでした。

■欧州の小国がウクライナを見捨てないワケ

――プーチンはこれまでも折に触れて「核の脅し」に言及してきました。

【小泉】5月29日にも、プーチンは訪問先のウズベキスタンでの会見で「世界的紛争になる」と述べています。これまでにも「第三次世界大戦になるぞ」という脅しは使ってきましたが、この時にはさらに加えて「NATOに加盟している小国は、国土が狭く人口が密集しているのだから、誰を相手にしているか自覚すべきだ」と、かなりあからさまな発言をしています。

しかしだからと言って、ヨーロッパの小国がこれに怖気づいてウクライナを見捨てるかというと、現状ではそうなっていません。もちろん、さまざまな考え、立場の人がいますが、「プーチンの核の脅しにいちいち怯えていたらきりがない」と考える人たちが多いのではないかと思います。核の脅しに屈して、プーチンの望む状況の中で生き続けることが、本当に幸せなことだといえるのか、と。

ロシアの核を使わせないために何が必要か、は考えなければなりませんが、ロシアが核の脅しを行うことですべてロシアの思い通りになるような事態も防がなければなりません。そういう思いは多くの人が持っているし、ウクライナが実証しようとしているのはまさにそのことなんだろうと思います。

■被害が限定的な「戦術核」でも、影響は計り知れない

――ロシアの攻撃でウクライナ側に万単位の死者が出ている状況でも、核となるとハードルの高さは段違いなのですね。

ロシア国旗と太陽の背景にミサイルのシルエット
写真=iStock.com/vadimrysev
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/vadimrysev

【小泉】今回のウクライナ戦争で確認できている死者の数は1万数千人程度で、ロシア軍の占領地域に埋葬されていて確認ができない死者を含めてもその数倍とみられています。

もちろんそれでも大変な人数ですが、核で奪うことのできる命の数は、一発で10万人、20万人という規模に及びますから、文字通り桁違いの破壊と犠牲を生じさせることになります。

冷戦時代には都市が一つ、二つ住民ごと丸ごと吹っ飛ぶような核をヨーロッパで何百発も使う想定がなされていました。しかしそれはあくまでも軍事の理論であり、さらに時代の進んだ21世紀の現在、核使用は政治的に受け入れられるものではなくなっています。2017年の北朝鮮のミサイル危機の際に米軍は先制攻撃オプションをトランプ政権に提案したそうですが、あのスティーブ・バノンですら突き返したといいますから、やはり相当なハードルの高さがある。

また、ひとたび核を使った場合、それが戦場に限定されたもの、つまり戦術核と言われるものだったとしても、実際にはそれだけでは収まらない。必ず戦略的な意味を帯びて、戦場の外側にまで影響してきます。

小泉悠氏
撮影=プレジデントオンライン編集部
「この戦争が始まってからトルストイの『戦争と平和』を読み返したんです。だいぶ昔の小説ですが、思ったよりも今に通じる話が多くて驚きました」 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■なぜ「使えない核の脅し」が最適戦略になるのか

【小泉】仮にロシアがウクライナに核を使った場合、アメリカは戦術核を使うかもしれない。今度はロシアが米軍に核を使う可能性も出てくる。となるとその次は……と、必ずエスカレーションを呼ぶことになります。

それが全面核戦争にまで発展するかもしれない。これをみんな恐れているからこそ、一方ではロシアの核の脅しは最適戦略にもなるのです。

――エスカレーションを恐れるからこそアメリカをはじめとする西側諸国はおいそれと介入できず、戦争が長引いてしまっている面もあります。

【小泉】核兵器の登場からまもなく指摘されることになった「安定・不安定パラドックス」の問題ですね。

核が存在するがゆえに、大国同士がぶつかり合うような第三次世界大戦の勃発は抑止できる一方、核を持つ国が核を持たない国を相手として起こす局地戦争や地域戦争は防ぐことができず、不安定化するというパラドックスです。

■核があるからウクライナ戦争が起きた

昨年の広島原爆の日の式典挨拶で、湯﨑英彦知事がまさにこのことを述べています。

広島県 知事 湯﨑英彦
広島県 知事 湯﨑英彦(写真=内閣府 地方創生推進室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

〈ウクライナが核兵器を放棄したから侵略を受けているのではありません。ロシアが核兵器を持っているから侵略を止められないのです。核兵器国による非核兵器国への侵略を止められないという現在の状況は、「安定・不安定パラドックス」として、核抑止論から予想されてきたことではないですか〉

湯﨑知事は「だから核抑止は無意味になった」と述べているのですが、私からすると「核抑止は昔と同じ欠陥を抱えながら大国間戦争を防止するという役割だけは変わらず果たし続けている。そうであるがゆえに安定・不安定パラドックスのような面倒な現象が起きるのだ」という話なんですよね。

ロシアの軍事ドクトリンは戦争を四つの段階に分けてとらえています。①最も大きなものが大規模戦争(第三次世界大戦)で、以下、②地域戦争、③局地戦争、④武力紛争と分類しています。

ウクライナとの戦争は、局地戦争と地域戦争の間くらいのとらえ方で、核があるゆえにこの段階の戦争がかえって起きやすくなっている面はあります。核を持っているからこそ、核を持っているアメリカの介入を受けないだろうと予見してしまう。だから紛争や局地戦争に及ぶ。

■日本にとって「対岸の火事」ではない

【小泉】核兵器にはいろいろな効果があって、実際に戦場で兵器として使うだけでなく、相手の攻撃を抑止する効用もあり、強要や駆け引きに使うこともできます。

先行研究では、「核で脅して言うことを聞かせる」ことは難しいが、「核で他の超大国を牽制しながら、核を持たない相手に武力行使する」ことはできてしまうと分析されています。これがまさに今、ロシアがやっていることです。

――核を持つ超大国に囲まれた小国はやられ放題になってしまう可能性があるとなると、日本も無視できません。

【小泉】重要なのは、「既存の核戦略理論はあくまでも超大国間の安定に関するものであって、超大国ではない日本にそのままあてはまるものではない」という点です。

超大国が安定しているという戦略レベルの話とは別に、日本は地域レベルの安定も考えねばならない。超大国の安定と、地域レベルの安定の二つが揃わないと安定・不安定パラドックスが生じてしまいます。そうならないために、日本としては地域レベルの抑止をきちんと、自分たちの力でやらなければならない。

■ロシアへの攻撃を2年もためらったアメリカ

【小泉】ウクライナ戦争からは日本についてもまざまざといろいろなことを考えさせられます。今ロシアがやっていることが、東アジアで起きたらどうなるのか。

中国は驚異の勢いで核弾頭の数を増やしています。米ロに追い付くにはまだ10年、15年かかりますが、このままいけば私たちが現役世代でいる間に米ロに並ぶ核超大国・中国が誕生することになります。

もちろん中国がむやみに核を使って周囲に乱暴を働くと思ってはいません。しかし、「乱暴をしてはいけない」とメッセージを伝えられるだけの能力をわれわれは持っておかなければならない。

私たちはウクライナ戦争で、核抑止によってアメリカが介入せず、ロシア領内への反撃さえも2年以上、二の足を踏み続けてきた姿を目撃しています。そのアメリカを唯一の同盟国として防衛の多くを恃(たの)んでいる日本が学ぶべきことはたくさんあるのです。

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小泉 悠(こいずみ・ゆう)
東京大学先端科学技術研究センター准教授
1982年、千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究員、未来工学研究所客員研究員などを経て、2022年1月より現職。ロシアの軍事・安全保障政策が専門。著書に『「帝国」ロシアの地政学』(東京堂出版、サントリー文芸賞)、『現代ロシアの軍事戦略』(ちくま新書)、『ロシア点描』(PHP研究所)などがある。

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(東京大学先端科学技術研究センター准教授 小泉 悠 インタビュー・構成=ライター・梶原麻衣子)

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